私は一人で90歳の義父の介護を続けていましたが、夫は私に……

第2部

私はさらに続けた。

「恵はね、自分の親くらい年の離れた男性じゃ物足りなくて、おじいちゃんくらいの男性が好きみたいだよ。その証拠に、恵の旦那さんは九十代なんだから」

正夫がすっとんきょうな声を上げた。「う、嘘だ……」

「嘘じゃないよ。私と離婚して恵と結婚するの? もしかして二重関係をお望みなんじゃないの? 他で結婚しているんだから、正式に籍を入れられないわよね」

正夫が青ざめた顔で恵を見る。恵は唇を噛んでそっぽを向いた。

「まさか……そんな……」

正夫は頭を抱えて愕然とし、やがて怒りに駆られて恵の腕を掴んだ。「恵! 明子の話は本当なのか!」

強く問い詰められた恵は、大粒の涙をこぼした。「ごめんなさい……正君を騙すつもりなんてなかったの……」

だが恵は私が思っていたよりずっと狡猾だった。正夫の胸に顔を埋め、か弱い女性を演じ始めた。

「私も騙されたの。結婚相談所でうまいこと言われて、よくわからないお年寄りと結婚させられちゃったの。私が世間知らずで純粋な女の子だからって……ひどいでしょ?」

涙で見上げられ、正夫の表情に同情が混じった。

「正君、私が愛してるのは正君だけ。お腹の赤ちゃんも正君を愛してるよ」

恵が抱きつくと、正夫の心は決まったようだった。「恵ちゃん……俺も愛してるよ。騙されて結婚したなんてかわいそうに」

正夫の腕の隙間から、恵が勝ち誇った顔で私に笑みを送ってきた。

「まずはその年寄りと離婚できるように、俺が話をつけよう」

正夫が言いかけたとき、恵が切り出した。「あ、待って。離婚はしなくていいと思う。私の旦那さん、九十歳で、もう半年以上入院してるの。自宅には戻れないって言われてる。もうすぐ未亡人になるから、正君だけのものになるわ」

正夫は口元を歪めたが、次の言葉で目を輝かせた。

「それにね、旦那さんすっごい資産家なの。亡くなれば、私は奥さんだからお金をもらえるの」

「え……」

正夫の声が明るくなった。

「二、三億くらいだよ。俺たちめっちゃ幸せになれるな」

欲望がにじみ出ていた。私は一刻も早く離れたいと思った。

「正夫、まず離婚届にサインして」

正夫ははけるような笑顔を浮かべた。「そっか、やっぱり親父の世話してくれなくていいや。もうすぐ大金が手に入るし、施設にでもぶち込んどけよ。明子に三万円あげられなくなっちゃってごめんね」

私は一切の抵抗もせず、身を引いた。離婚はすぐに成立し、慰謝料も財産分与も要求通りに支払われた。

「貯金一千万をまるまる持っていくなんて、お前は鬼だな」

正夫は余裕たっぷりの顔で言った。「これで縁は切れた。後で泣きついてきても知らないからな」

助けを乞うことになるのは、彼らの方だった。

離婚から数ヶ月後。

思った通り、恵と正夫が私の実家に駆け込んできた。両親は能面のような顔で二人を突き放したが、それでも泣きついてきた。

「助けて……どうしよう……」

私はすでに知っていた事実を、静かに告げた。

「遺産は二、三億だっけ? 羨ましいわね。でも騙されたってどうしたの? まさか本当は十億くらいの『負の遺産』だったりして」

恵の顔が一気に歪んだ。「なんで知ってんの!」

「本当に十億の借金だったの? すごいね。遺産でも『負の遺産』十億って想像もつかない大金だわ」

恵の体がガタガタと震え出した。

「恵はお年寄りに夢を見せてあげるボランティアをしていたんだよね。立派な行いだと思うよ。でも、恋愛感情もないお年寄りに近づいて『愛してる』『老後の面倒を見てあげたい』って甘い言葉をささやき、全財産を相続させる遺言まで書かせた。でも妻らしいことはせず、入院してからもたまに見舞うだけ。嘘だったんでしょ?」

恵は喉が詰まって声も出せない。

「その嘘は旦那さんにもバレていたんじゃない。だから莫大な負の遺産があることを伏せたまま、全財産を残した。若い子に好かれたくてお金があるふりをしたお年寄りと、愛しているふりをして遺産目当ての恵。どっちもどっちよ」

以前病院前で揉めていた男性は、恵の夫の息子だった。息子は負の遺産があることを知っており、恵が金目のものを奪う前に手を引いてほしかったのだ。亡くなった母の宝石や着物を持ち出されたことが、何より悲しかったという。

「あのじじい! 優しくしてやったのに恩を仇で返しやがって!」

恵が足を踏み鳴らす。自分だって騙していたくせに、恨み節ばかりだった。

正夫が私を避難した。「そこまで知ってて黙ってたのか! 人でなしだぞ!」

私はわざと申し訳なさそうに言った。「教えてあげるべきだったわね。てっきり恵は旦那さんの莫大な借金を知ってると思ったの。普通、奥さんなら家庭の懐事情を知らないわけないじゃない」

そして、もう一つ教えておいた。

「恵のお腹にいる子、正夫の子じゃないよ」

正夫の膝がガクガクと震えた。

「嘘だ……」

「嘘じゃない。恵の本命はホストだよ。本当は年上じゃなくて年下が好きみたい。推しの男の子はまだ二十歳だって。私たちの子供より若いよ」

正夫はようやく正気を取り戻した。「初めからおかしいと思ってた。酔った勢いで一線を超えたんだ。たった一回で奇跡が起こったと言われても違和感しかない」

「お前なんかもう知らない! 離婚だ!」

強気に攻める正夫に、恵はべったりと張りついた。「いや、捨てないで! 一緒にお腹の子の名前も考えたじゃん! もう家族でしょ!」

「知るか! 他人の子供なんか育てられない!」

私はにっこり笑って言った。「もう籍を入れちゃってたの? 亡くなった旦那さんの喪が明けないうちに、非常識ね。でもこれじゃあ恵は正夫から離れないだろうね。覚悟を決めて奥さんと子供を愛しあげなよ」

恵はヘドロのようにねっとりと正夫に張り付いて離れない。正夫が目で救いを求めてきたが、私は首を横に振った。

「そんなに苦しそうな顔をしなくて大丈夫だよ。私とは離婚して正式に恵の旦那さんなんだから、思う存分流し合いなさい」

すでに吹っ切れた私は、純粋に二人を祝福した。

ここで沈黙を貫いていた父が、ようやく口を開いた。

「出ていけ」

母が塩をまいた。「二度と来るな。赤ちゃんが生まれても見せてあげないから」

出来合いされた両親にまで見放された恵は、捨てゼリフを吐き、絶望して気の抜けた正夫を強引に引っ張って去っていった。

「あの二人、意外とお似合いなのかもね」

私が笑うと、母が静かに私の肩を抱いた。

それから一年後。

「二度と来るな」と宣言した恵が、正夫と揃って実家にやってきた。気まずそうにすり寄ってくる。

「お姉ちゃん、ちょっとお仕事しない? 月三万円で」

三万円と聞いてピンときた。

「お父さん?」

「うん……施設はやめて在宅介護にしようかなって」

呆れてため息をつくと、正夫が私の手を握ってきた。「頼れるのは明子しかいないんだ」

自ら介護をしたくないのに施設をやめる理由は、施設代を出せなくなったからだろう。

「あら、もうお金なくなっちゃったんだ」

正夫の顔付きが変わった。「まさかお前、知ってたのか? 世話をしてくれる人にお父さんが礼のお金を渡すこと」

「私にも三万円くれていたものね。お父さんはヘルパーさんにも『取っておけ』ってよくお金を渡していたよ。施設に入っても変わらなかったんだね」

義父はかなりの見えっぱりだった。感謝されたい、常に人の上に立っていたい性格なのだ。

恵が吐き捨てた。「あのクソじじい、なんて無駄遣いしてんだ。他人に渡す金があるなら家族に起こせよ。金がないならただのお荷物じゃん」

どうやら恵は「二重にいい思いができそう」と正夫を狙ったらしい。優しい男なら騙しやすく、子供の面倒も見てくれる。しかも本命の九十歳金持ちおじいちゃん付き——施設にぶち込んで放置しておけば、すぐにぽっくり行くと思っていた。

だが人生はそううまくいかない。

「忙しいのでってしばらく放置してやったよ。どんどん弱って、どうせボケてすぐに死ぬってさ。それがあのじじい、めちゃくちゃ元気になってやんの。よぼよぼだったはずなのに歩けるようになって、周りのじじばばと楽しくエアロビクスしてたの。意味わかんない」

さすがプロの施設だ。私みたいな素人が世話をしていた頃より、義父は生き生きしている。

「お父様がお元気そうで安心したわ。この調子なら百歳まで生きられそうね。でも正夫のお父様と私は他人なので、三万円をぶら下げられてもお世話なんかするわけありません」

笑顔で言い切ると、二人にじわじわと絶望が広がっていく。

「じゃあどうしたらいいの!」

恵が涙ながらに絶叫した。「私は介護なんかできないし、施設に入れてたらどんどん金がかかる。正夫を捨てれば簡単だけど、十億の借金はあるし……もうわけわかんない!」

資産家のお年寄りを騙すとか、姉の夫を奪うとか、そういう思考回路こそわけがわからない。私にはお手上げだった。

「ごめんなさいね。私にもわけわかんないわ。とにかくお父様のご健康とご長寿をお祈りしているわ」

泣き崩れる二人に小さく手を振り、玄関のドアを閉めた。向こう側から「どうしたらいいの」とかれた声が聞こえてくる。

「どうぞ、お好きなように生きてください」

その後、両親と共に私は引っ越した。両親ももう八十歳目前。新居はバリアフリーのマンションだ。

そこへ今日は、可愛らしいお客さんが来ている。

「すごい、もう歩けるんだよ」

よちよち歩きの一歳の赤ちゃん。この子は恵の子だ。幸運なことに、正夫の子供がいない親戚に引き取られた。血のつながりがなくとも、実の親と暮らすより間違いなく幸せである。

一応は恵の子、両親の孫に当たるため、優しい親戚がたまに顔を見せに来てくれている。

最近足腰が弱り、座ってばかりだった両親が、立ち上がって赤ちゃんの後ろに続く。

「可愛い、可愛い。転ばないように気をつけて」

赤ちゃんと両親のよちよち歩きは、とても微笑ましかった。

赤ちゃんはこれからどんどん成長する。両親も「腰が痛い」なんて言っていられないだろう。パワーを分けてもらって、元気に長生きしてほしい。