第2部

健一は何も言えず、誠を見つめていた。
小さな顔。
穏やかな寝息。
そして、父親によく似た目元。
誰が見ても分かるほど、その子は健一の血を受け継いでいた。
「……嘘だろ」
健一の声が震えた。
隣の美香も状況を理解できず、不満そうに聞いた。
「ちょっと待って。この子、誰の子なの?」
私は冷静に答えた。
「健一さんの子です」
その瞬間、美香の顔から余裕が消えた。
「そんな……」
私は玄関のドアを閉めた。
もう彼らに説明する必要などなかった。
誠を守ることだけが、私にとって一番大切だった。
しかし、その夜。
予想通り、義母から電話が来た。
画面には「義母」の文字。
私はしばらく見つめた後、通話ボタンを押した。

「もしもし」
すると電話の向こうから怒った声が響いた。
「由美さん!本当に健一の子なの?」
昔と変わらない。
自分の都合しか考えていない声だった。
「はい」
私が答えると、義母は突然態度を変えた。
「そう……なら話があるわ」
嫌な予感がした。
翌日、義母は実家へやってきた。
「その子を見せなさい」
挨拶もなく、命令するような口調だった。
私は誠を抱いたまま立っていた。
「何のためですか?」
義母は鼻で笑った。
「田中家の孫なのよ。当然でしょう」
その言葉を聞いた瞬間、私は胸の奥で冷たいものを感じた。
10年間、私を責め続けた人。
子供ができない私を「役立たず」と言った人。
その人が今、孫だけを欲しがっている。
「この子は私の子です」
私が言うと、義母の顔が歪んだ。
「あなた一人で育てられると思っているの?」

「健一には収入がある。田中家には財産もある」
「あなたに渡した方が、この子は幸せよ」
私は呆れた。
この人はまだ分かっていない。
子供に必要なのは、お金だけではない。
愛情なのだ。
「お断りします」
私がはっきり言うと、義母は怒鳴った。
「後悔するわよ!」
しかし私はもう昔の私ではなかった。
その後、私は弁護士の木村さんへ連絡した。
木村さんは大学時代の先輩で、今は優秀な弁護士だった。
私は全ての証拠を見せた。
健一と美香の関係。
新しいマンションの契約書。

離婚前から進められていた計画。
そして義母との会話。
木村さんは静かに言った。
「由美さん、あなたは何も悪くありません」
「むしろ、相手側の問題が多すぎます」
私は少しだけ安心した。
でも、健一たちは諦めなかった。
数日後、健一から書類が届いた。
内容は、誠の親権を自分へ渡せという要求だった。
理由は簡単だった。
私が無職だから。
自分の方が経済力があるから。
私はその書類を見て、静かに笑った。
10年間、私の苦しみを見ていなかった男が、今さら父親を名乗る。
あまりにも都合が良すぎた。
さらに、その裏には別の理由があった。
美香からの電話で全てが分かった。
「私、赤ちゃんなんて育てたくないの」
美香は言った。
「健一さんと結婚したいだけなの」
私は驚かなかった。
やはりそうだった。
健一も義母も、誠を愛しているわけではない。

田中家の跡継ぎとして欲しいだけ。
その時、私は決めた。
もう遠慮しない。
誠を守るためなら、私は戦う。
そして数週間後。
健一と美香の結婚式の日。
私は木村さんと一緒に会場へ向かった。
彼らは今日、幸せの頂点にいるつもりだった。
しかし、その場所で全ての真実を明らかにする。
不倫の証拠。
離婚前からの裏切り。
親権を金と家のために利用しようとした証拠。
全てを。
式場の前で、私は深呼吸した。
もう昔の私はいない。
泣いて耐えるだけの妻ではない。

私は誠の母親だ。
この子の未来を守るためなら、どんな壁でも越えてみせる。
そして私は、静かに会場の扉を開けた。
彼らが作り上げた偽りの幸せが、崩れ始める瞬間だった。

