「これからは給料も別々に管理しよう。 もう君を養うのはうんざりだ。」と夫は宣言した。 私は喜んで同意した。 そしていつものように…

「今月の給料から、お金の管理は別々にしよう」

夫の健二は、突然そう言った。

「もうお前を養うのはうんざりだ」

その言葉を聞いた里見は、怒ることも泣くこともしなかった。

ただ静かに夫の顔を見つめ、そして微笑んだ。

「いい考えね。私も賛成するわ」

健二は驚いた。

彼は妻が反論し、悲しみ、感情的になると思っていた。しかし里見は、まるで待っていた答えを聞いたかのように落ち着いていた。

里見は31歳。大手物流会社で国際輸送チームの課長を務め、月収は50万円以上あった。

一方、健二は建設会社の設計エンジニアで、収入は月35万円。

5年前に結婚した時、里見は「私は専業主婦になるつもりはない。夫婦は対等でいたい」と伝えていた。

健二もその時は理解していた。

しかし結婚生活が始まると、家事のほとんどは自然と里見が担当するようになった。

掃除、洗濯、料理。

それは彼女が好きでやっていたことだった。

特に料理は里見にとって幸せな時間だった。

週末になると、彼女は何時間もキッチンに立ち、家族のために料理を作った。

しかし、その「家族」の中には、健二の両親や兄家族も含まれていた。

毎週土曜日になると、健二の母・里子、兄の大樹、その妻と3人の子供たちが里見の家へやって来た。

里見は9人分の食事を準備した。

ローストチキン、牛肉の煮込み、手打ちうどん、サラダ、パン、デザート。

食材費だけで毎回1万円以上。

さらに5時間近く料理に時間を使った。

それでも里見は楽しんでいた。

みんなが美味しそうに食べてくれる姿を見るのが嬉しかったからだ。

しかし、義母の里子はいつも同じだった。

「鶏肉はまあまあね。でも煮込みはもう少し味を工夫した方がいい」

「うどんの麺は少し太すぎるわ」

褒めることより、欠点を探すことが多かった。

そして食事が終わると、里子は当然のように保存容器を取り出した。

残った料理を大量に詰めて持ち帰る。

里見は何も言わなかった。

これが家族だと思っていたから。

しかしある夜、里見は何気なく家計簿を確認した。

過去1年間、健二の家族のために使った食費。

その金額は72万円を超えていた。

しかも、それは食材費だけ。

時間や光熱費、プレゼント代は含まれていない。

里見は初めて気づいた。

自分は家族のために多くを与えていた。

しかし、それを当然と思われていたのだ。

そんな時、健二が同僚から聞いたという話を始めた。

「最近の夫婦は別々にお金を管理する方がいいらしい」

「共同のお金だと離婚すると揉めるから」

里見はすぐに理解した。

これは健二自身の考えではない。

誰かに影響され、そして母親の里子も同じ考えを後押ししている。

数日後、健二はついに言った。

「俺たち、別々にお金を管理しよう」

「お前を養うのはもううんざりだ」

里見は静かに答えた。

「分かったわ。明日から始めましょう」

その瞬間から、夫婦の生活は大きく変わり始めた。

健二はまだ知らなかった。

自分が望んだ「経済的独立」が、妻の本当の強さを目覚めさせることになるとは。


第2部 失ったものに気づいた夫

翌朝から、里見は約束通り行動した。

朝食は自分の分だけ。

冷蔵庫の食材には「里見」と書かれたシールが貼られた。

「別々のお金の管理なら、食事も別々ね」

健二は戸惑った。

しかし何も言えなかった。

それは彼自身が望んだことだったからだ。

その日の夜、里見は高級なエビ、アボカド、チーズ、ワインを使った料理を作った。

一方、健二は冷凍餃子を茹でた。

しかし料理経験のない彼が作った餃子は、皮が破れ、形も崩れていた。

以前なら里見が何も言わず作ってくれた。

でも今は違う。

彼は自分の責任で生活しなければならなかった。

数日後、健二は少しずつ苦しみ始めた。

食事。

洗濯。

掃除。

今まで里見が当たり前のようにしていたことが、どれほど大変だったのか初めて理解した。

一方、里見は自由になった。

自分の好きな食材を買い、自分の好きな料理を作った。

友人と食事を楽しみ、自分のためにお金を使った。

そして土曜日。

本来なら健二の家族が来る日だった。

しかし里見は料理をしなかった。

「今日は両親が来るんだぞ」

健二が慌てる。

「あなたの家族でしょう。あなたが準備して」

健二は絶望した。

今まで毎週、里見がどれだけ大変なことをしていたのか。

彼は初めて実感した。

結局、健二はスーパーで冷凍食品を買った。

しかし料理は失敗。

そして約束の時間。

里子、大樹、その家族がやって来た。

いつものような豪華な料理はなかった。

食卓に並んだのは、健二が作った不格好な料理だけ。

義母の里子は絶句した。

「これは何なの?」

その時、里見が静かに現れた。

「別々にお金を管理しているので、私は料理していません」

「健二さんが家族をもてなしたいなら、自分のお金と時間でするべきです」

里子は怒った。

「私たちは家族でしょう!」

里見は冷静に答えた。

「家族なら、誰か一人だけが犠牲になるべきではありません」

その言葉に、大樹がうつむいた。

「母さん……里見さんの言う通りだよ」

「俺たちは今まで彼女に甘えすぎていた」

妻の由香も静かに頷いた。

「毎週料理を持って帰ること、本当は申し訳ないと思っていました」

初めて、里見の努力を理解する人が現れた。

その夜、健二は里見に謝った。

「俺が間違っていた」

「君を養っているつもりだった。でも本当は、君に支えられていた」

里見は家計表を見せた。

そこには、1年間で里見が負担してきた金額、時間、努力がすべて記録されていた。

健二は言葉を失った。

自分は35万円稼いでいるから偉いと思っていた。

しかし実際には、里見の方が家族を支えていた。

「私はあなたのお客さんじゃない」

「私はパートナーよ」

健二は涙を流して頷いた。

その後、夫婦は少しずつ関係を修復していった。

健二は家事を手伝うようになり、里見への感謝を言葉にするようになった。

義母も態度を改め、以前のように料理を当然だと思わなくなった。

しかし、里見の心には傷が残っていた。

「お前を養うのはうんざりだ」

その言葉は消えなかった。

彼女は夫を許した。

でも、以前と同じように無条件で信じることはできなかった。

愛情は戻った。

しかし、形は変わった。

里見はもう、自分を犠牲にする妻ではなかった。

自分の価値を知り、自分の人生を大切にする女性になった。

そして健二はようやく理解した。

本当に失いかけたものは、お金ではない。

25年間、自分を支えてくれていた大切な人の心だったのだ。