「まきこさん、どうして今まで教えてくれなかったの?私をのけ者にして家も遺産も全部独り占めするつもりでしょ!」
義妹の組が葬儀場で突然、泣き叫びながら私を指差した。義母が棺に納められたばかりの、その大切な日に。
私は言葉を失った。何度もメールを送り、電話もした。帰っておいでと伝えた。それなのに、組は全部無視して、挙句の果てには電話番号まで変えていた。その組が、今になって私を悪者にしようとしている。
私は小林まき子、24歳の会社員。夫の高一は海外に単身赴任中で、年に3回ほどしか会えない。私は夫の実家で義母と2人で暮らしていた。
義母は優しくて理解のある人で、世間で言う「嫁姑問題」とは無縁だった。夫が子供の頃に離婚し、それからは女手一つで夫と組を育ててきた。離婚の原因は、仕事ばかりで家庭を顧みない元夫…つまり義父だったそうだ。
義母は最近までジムで働いていたが、体の不調が続き、仕事を辞めて家で過ごしていた。私はなるべく家にいて、義母の家事を手伝う日々を送っていた。
一方、3歳年下の義妹・組は昨年家を出て、近所のアパートで一人暮らしをしている。美容師をしているが給料は良くないらしく、頻繁に実家に来ては義母にお小遣いをねだっていた。義母は「親心だから」と微笑みながら、毎月2万円までと上限を決めて渡している。私はその姿に納得がいかなかった。働いている25歳の娘が、仕事を辞めた母親からお金をもらうなんて。
ある日、またもや組が仕事帰りに家に来た。そして当然のように「夕飯は何?」と尋ねる。
「私、まきこさんのチャーハン好きじゃないんだけど」
台所でその声を聞きながら、私はうんざりした。組はソファーでふんぞり返り、義母が洗濯物を畳むのを手伝おうともしない。
「組さん、お母さんのこと手伝ってもらえますか?」
私がそう言うと、組は面倒くさそうに起き上がり、文句を言いながら洗濯物を畳み始めた。そしてすかさず、
「お母さん、これ終わったらお小遣いちょうだいね」
その言葉に、義母が静かに口を開いた。
「母さんね、もうあなたにお小遣いはあげないことにしたわ」
「え、なんで?」
私も驚いたが、組の声は信じられないものを見たような響きだった。予想通り組は反発し、「そんなのありえない!」と大声を上げた。すると義母は、さらに静かな声で言った。
「私ね、癌になったみたいなのよ」
その瞬間、空気が凍りついた。私は台所で手を止め、慌てて居間へ行き義母の説明を聞いた。健康診断の案内を見て病院に行ったところ、血液検査で引っかかり、詳しい検査の結果、進行性の癌が見つかったという。もうあちこちに転移しているらしい。
背筋がゾクゾクした。もっと取り乱してもいいはずなのに、義母は非常に落ち着いていた。私と組の手を握りながら、抗がん剤治療を頑張ると言った。しかし、長くは生きられないかもしれないと感じているようで、私たちに向かってこう言った。
「まきこさん、もしもの時が来たら迷惑かけるけど、よろしくね。それと組は、私に頼らなくても生活できるようにならないとね」
私はただ呆然と頷くことしかできなかった。まだ60歳過ぎたばかりの義母が死ぬなんて、考えたくなかった。
しかし組の反応は、全く逆だった。
「そっか。じゃあ生きている間にお金ちょうだいよ。自立なんて、死んじゃった後でもできるし」
その言葉に私は絶句した。組は続けて「あれがしたい、これが欲しい」と言い始め、しまいには「自分のお店を持ちたい」と無謀なことまで言い出した。義母が怒るだろうと見てみると、義母はさっきと同じ穏やかな表情のままだった。私は我慢できず、組に向かって怒鳴った。
「いい加減にしてください!」
すると組は、
「まきこさん、うざいよ。私の勝手でしょ。病人の世話なんて私には無理なんで。まきこさんがやったらいいでしょ」
そう言い放ち、義母の手を振り払って家を出て行った。いつも身勝手な組だが、ここまで腹が立ったのは初めてだった。義母は「冷静になって」となだめてくれたが、私の怒りは収まらなかった。
それから1年以上が経った。あの日以降、組は実家に一切来なくなった。義母の容態は徐々に悪化し、最近は寝ている時間が多い。私は仕事を退職して介護に専念していた。日に日に痩せていく義母を見るのは辛かったが、一番辛いのは本人だと思い、少しでも支えになれればと頑張る日々だった。
義母は随分と頑張ったが、年が変わる前にこの世を去った。63歳という若さだった。悔しさが募るが、最後まで見届けることができたのは良かったと思っている。
結局、組は一度も姿を見せなかった。電話をかけても出ず、電話番号を変えられてからは連絡手段もなくなった。職場を訪ねても、すでに退職して行方不明。LINEも既読にならず、メールだけを私は送り続けた。
私は一人きりで義母を見送った。悲しくて、寂しくて、孤独を感じる日々だった。義母は遺言で、夫の帰国が間に合わない場合は私を喪主に指定していた。夫の帰国は2日後。私は責任を持って見送るつもりだった。
葬儀が始まり、優しく声をかけてくれる親戚に感謝しながら、私は式を進行していた。参列者の中に、離婚した義父の姿が見えた。義母から「呼ぶように」と頼まれていたから呼んだのだが、本人はどんな気持ちなのだろう。一番後ろの席で誰とも話さず静かにしている義父に、私はまだ声をかけられないでいた。
すると突然、参列者の後方から鋭い声が響いた。
「お母さん!」
組が現れたのだ。どうやら私が送り続けたメールで葬儀の案内を知ったらしい。組は泣きながら義母の棺桶に駆け寄り、すがりついた。私は「なんとかギリギリ間に合った」と思い、少し安心した。
しかし次の瞬間、組は私を鋭く睨みつけて言った。
「まきこさん、なんで今まで教えてくれなかったの?私をのけ者にして、家も遺産もあなたが独り占めするつもりでしょ?」
組は大声で泣き出し、さらに「実家から追い出したのはまきこさんだ」と筋違いの主張まで始めた。嘘もいい加減にしてほしい。どうしてそんな嘘をつくのか、私には理解できなかった。
組の主張を聞いた親戚たちが、何やらこそこそと話し始める。私に向けられる疑いの目。義母から遺産を全て奪うなんてひどい、と。
「私にだって、法律で保障された権利があるのよ!まきこさんに遺産を独り占めなんてさせないわ!」
組の狙いは分かっていた。親戚の前で私を悪者にして、自分の都合のいいように遺産分与を進めようとしているのだ。
「お母さんのことはメールで教えたし、私もお母さんも『帰っておいで』って言いましたよね。都合が悪くなったからって、そんな嘘つくの?最低な人ね」
私は怒りで震えたが、義母を送る大切な日に争いを大きくしたくなかった。どうすればいいのか分からず、参ってしまっていた。
「今日の葬儀は、よろしくお願いします」
すると突然、義父の声が聞こえた。
「もうやめなさい」
さっきまで後ろの席にいた義父が、一番前まで歩いてきていた。組は義父に駆け寄り、私を指差して「この人は酷い人間だ」と訴えている。義父はそんな組を見て、静かに話し始めた。
「見苦しいことはやめなさい。言っておくけどな、母さんに遺産なんてないんだよ」
「そんなはずないでしょ!家だってあるし、お小遣いだってくれていたんだから!」
組が食ってかかると、義父は喪服のポケットからスマートフォンを取り出した。
「母さんのメッセージを聞かせるから、よく聞きなさい。私が死んだらこれを聞かせるように、と母さんから預かったんだ」
義父はスマホを掲げ、再生ボタンを押した。画面には、生前の義母が映っている。少し痩せた姿は、今年の秋頃に撮られたものだろう。
『お父さんにお願いして、メッセージを残します。お葬式が終わったら、まきこさんと組に見せてくださいとお願いしています。組も来てくれるといいんだけど…』
義母の表情は、少し寂しそうだった。私はこらえていた涙が止まらなくなった。
『まきこさんへ。私を大切にしてくれて、本当にありがとう。高一とはなかなか会えずかわいそうだけど、あなたにはこれからいっぱい幸せになってほしいと願っています』
『それから組へ。あなたと連絡が取れなくて、来てくれているのか心配です。先日も話したけど、母さんはもうあなたにお金の支援ができません。お買い物ばかりしないで、どうか現実を見てください。貯金は全て病院代と生活費で使い切るつもりです。まきこさんたちにお金の無心はせず、自立できるように頑張りなさい』
義母のメッセージに、組は絶句していた。自分がついた嘘が、義母の言葉によって暴かれたのだ。親戚たちは義母の言葉を信用し、組を非難する声が方々から聞こえてくる。
『最後に…みんな、幸せになってください』
そう言って映像は終わった。2分にも満たない短い動画。身体が辛いはずなのに、義母は私たちの幸せを願ってくれていた。それが嬉しくて、涙が止まらなかった。
「まきこさんと母さんは、何度も組に連絡しても無視していたそうじゃないか。一度も見舞いに来なかったって、母さんが言ってたぞ」
義父の言葉に、組は悔しそうな顔をした。
「これでまきこを悪者にするっていうのは、卑怯で見苦しいことだ」
「うるさいわよ!父親ぶらないでよ。もう他人なんだから!」
組は開き直った。そして、とんでもないことを言い出した。
「遺産がないなら、家を売ればいいでしょ!売ったお金を私によこしなさいよ!」
すると義父が、驚くべきことを口にした。
「ああ、あの家はな、母さんも売り払っちゃったんだよ」
「は?」
私も義父の言葉に驚いて、思わず聞き返した。
「家を売ったお金は、治療費や生活費になったんだ」
私は目の前が真っ暗になった。今まで実家だと思っていた家が、もう誰かの持ち物になっていたなんて。家賃は誰に払えばいいのだろうという現実的な疑問まで浮かんでくる。
組は黙っていなかった。
「貯金もないし、家もないの!?母さんは何も残さないで逝っちゃったの?何ももらえないなんて最悪!マジでありえない!」
「金、金、金って…恥ずかしくないの?あんたみたいな娘でも、母さんは会いたがっていたんだよ!」
私もこらえきれず、組に言いたいことをぶつけた。
「自分の美容室の開店資金が必要なの!どうしたらいいのよ!お母さん、ひどいよ!どうしてこんなことするの!」
組は錯乱して叫び続けるが、誰も組に近づかない。結局、義父が組を外へ連れ出し、葬儀は続けられた。
葬儀の後、義父と共に戻ってきた組は、すっかり大人しくなっていた。当てにしていたものが全てなくなったショックが大きいようだ。お金もないのに美容室を開くなど、何を考えていたのだろう。今日ここに来たのも、お金をもらうためとしか思えない。
偶然実の父である義父が参列していて、結果的に組は葬儀が終わってから義父に引き取られることになった。義父は今、郊外の静かな場所で蕎麦屋を営んでいるそうだ。家庭を顧みず仕事ばかりだった義父は、自分の人生をやり直すために移住したという。組はその店の仕事を手伝い、自活できるようになるまで義父が世話することになった。
葬儀の後始末が残っている私は、義父とは葬儀場でお別れした。そこで義父から、さらに驚くべきことを聞かされた。
「まきこさん、家賃の心配はいらないよ。高一が帰ってくるまで、一人で寂しいだろうけど、このままそこに住んでほしい」
「家賃をいただかないなんて…私にはわけが分かりません」
私が困惑していると、義父は苦笑いしながら説明を始めた。
「実はな、あの家を買ったのは私なんだ。もう1年以上前から、あの家の持ち主は私なんだよ」
義母が癌と診断された頃、義母から義父に連絡があり、家を買ってほしいと相談されたのだという。治療費でお金がかかるから助けてほしい、と。義父は、赤の他人に買わせたら義母と私が追い出されてしまうかもしれないと考え、買うことに決めたのだそうだ。
私が知らないところで、義母と義父はそんなやり取りをしていた。離婚後ほとんど関わりのなかった義父が、こんな風に私たちを気遣ってくれていたなんて。
「母さんの介護、本当にありがとう。いつか、高一と二人で幸せになってくれよな」
義父とのお別れの時、組はすでに車の助手席に座っていたが、うつむいたままこちらを見ようとしない。義父の運転する車が、葬儀場から出ていくのを見送った。
組のことは義父に任せた。夫・高一の帰国はあと1年の予定だ。
私はこれから、自分の幸せを考えて生きていこう。爽やかな秋空を見上げながら、私はそう決意した。



