「母さん、夏休みもそっちに行くから。8月10日から15日くらいまでで大丈夫」
そのLINEを読んだ瞬間、胸が締め付けられる感覚がありました。今までなら迷わず「待ってるわ」と返信していたはずなのに、指が動かない。頭の中は「また準備か」「お金はどうしよう」という思いでいっぱいでした。
私たち夫婦は70代。かずや一家が帰省するたびに、私は張り切って料理を用意し、布団を干し、孫たちの好きなものを買い揃えてきました。でも最近、体力がついていかないのです。
ゴールデンウィークの帰省時、私は足が痛む中、必死に孫たちの好みに合わせた料理を作りました。手の込んだ煮物、孫たちが好きだと言ったハンバーグ、彩りを考えたサラダ。テーブルに並べた時、「わあ、すごい」という孫たちの声に、疲れも吹き飛ぶ思いでした。ところが、食卓の端で私の作った料理にほとんど箸をつけない大人たちがいました。
「最近、うちももっと簡単なものでいいんだけどね」
みかさんが何気なくつぶやいた言葉に、私は笑顔のまま固まってしまいました。正彦と目が合ったけれど、何も言えませんでした。
夕方、かずやが買ってきたお菓子を子どもたちに配っている時、みかさんが言いました。「母さん、こういうのは買ってくると楽でいいよね」。何気ない一言のはずなのに、心にチクリと刺さりました。私は1日中、キッチンに立って食事の準備をしていたのに。それが「買ってくると楽」という言葉で、すべてが無意味に感じられたのです。
翌日、孫たちがお菓子や飲み物を欲しがるたびに、私は冷蔵庫や戸棚から出してあげました。すると、みかさんが「おばあちゃんちは何でもあるね」とうれしそうに言いました。何でもあるように見えるのは、私が前もって準備しているからなのに。その準備の苦労や費用については、誰も考えてくれていないのだと気づきました。
その後、キッチンで1人洗い物をしながら、目に涙が滲んできました。正彦にこの気持ちを話すと、「気にするな。世代が違うんだから」と慰めてくれました。でも、その言葉はあまりにも痛々しく、傷は簡単には癒えませんでした。
数日後、みかさんとLINEでやり取りをしていた時です。孫の写真を送ってもらった後、「ありがとう」と返信しようとした瞬間、明らかに誤送信と思われるメッセージが届きました。
「義母の料理って本当に古臭いのよね。子供たちも飽きちゃうし」
すぐに「ごめんなさい、送信間違えました」と訂正がありましたが、一度読んでしまった言葉は消すことができません。必死に準備した料理、孫たちの好みに合わせようと工夫したメニュー。それらがすべて「古臭い」の一言で片付けられた現実に、言葉を失いました。
スマホを置き、しばらくぼんやりと庭を眺めていました。正彦に話すと「気にするな。世代が違うんだから料理の好みも変わるさ」と慰めてくれましたが、傷ついた心は簡単には癒えません。
その夜、自分自身について考えました。若い頃は体力もあり、家族のために何時間でも働くことができました。今は違います。疲れやすくなり、持病も増え、何をするにも時間がかかるようになりました。かずやが子供の頃、夫婦で必死に育てました。教育費を惜しまず、良い環境で育てようと努力しました。それは過去の貢献であって、現在は評価されないものなのでしょうか。
親は役に立たなければ価値がないという考えが世の中にあるとしたら、それはあまりにも悲しいことです。
時が経ち、かずやからの一方的な「行くから」という連絡に、私たちは「いいわよ」と返信しました。でも以前のような心からの喜びはなく、むしろ乗り越えなければならない山のような重圧感を感じていました。孫に会える喜びよりも、準備への不安が大きくなっている。その現実が悲しくもありました。
カレンダーを見ると、8月10日から15日まで予定が埋まっています。エアコンの電気代、食費、お小遣い、プレゼント。ざっと計算しても6万円は必要です。しかも正彦は最近、高血圧の薬が変わり、月に1万7千円も医療費が増えました。貯金通帳を見ると、この半年で15万円ほど減っていました。このペースが続けば、あと2年で緊急の貯金が底をつきます。
正彦と2人で話し合いました。「正直なところどう思う?」と私が切り出すと、彼は「疲れたよ」と素直に答えました。「でも孫たちに会えるのはうれしいのよね」と言うと、「それはそうだ。でもこのままのペースだと体が持たないし、経済的にも厳しい」と言います。初めて2人で本音を話し合う時間を持てた気がしました。
「このままじゃいずれ貯金が…」という私の言葉に、正彦も深刻な表情になりました。かずやに言うべきかどうか。迷惑だとは言いたくない。かと言って現状維持も難しい。その狭間で、どのような選択肢があるのかを2人で考え始めました。
友人の井上さんは、息子夫婦が来る時は近くのビジネスホテルに泊まるよと言っていました。最初は複雑だったけど、お互いの時間も取れて良いみたい。その言葉が新鮮に感じられました。滞在日数を短くする、食事は外食と手作りの組み合わせにする、費用の一部を分担してもらう。考えることはたくさんありました。
でも、どう伝えれば孫たちを傷つけずに済むだろう。それが一番の大きな葛藤でした。おばあちゃんの家に行けなくなったと感じさせたくはありません。
決断した翌日、かずやに電話をすることにしました。何度も何度も頭の中でセリフを練り、メモにも書き出します。攻めるような言い方はしない。具体的な提案をする。感情的にならない。そんなポイントを意識しながら、受話器を手に取る手が少し震えていました。
「もしもし、母さん?」
かずやの声が聞こえた瞬間、準備していた言葉が一瞬頭から消えました。深呼吸をして気持ちを落ち着けます。
「かずや。ちょっと大事な話があるんだけど、今話せる?」
そう切り出した私の声は、意外にも落ち着いていました。
「実は、帰省のことで相談があるの。私たち夫婦、年も年だから、このままのペースで帰省を受け入れると体力的にも経済的にも厳しくなってきてね」
かずやは最初こそ戸惑いましたが、意外にも理解を示してくれました。
「母さんの気持ち、全然知らなかった。ごめん」
その言葉に、長年溜め込んでいた思いが解放されるような感覚がありました。
数週間が経ち、新しい帰省のスタイルが少しずつ形になってきました。滞在期間は3日間に短縮され、食事は外食と手作りの組み合わせに。そして何より、かずやが「僕たちの分の食費は僕が出すから」と言ってくれたことが大きな変化でした。
親子間のコミュニケーションは一方的なものであってはならないと実感しています。お互いの状況や気持ちを率直に伝え合い、理解し合うことで、より良い関係が築けるのです。世代間の価値観の違いは確かにあります。でも、その違いを認めた上で歩み寄ることで、新しい家族のあり方が見えてくるのではないでしょうか。
「言わなくても分かるはず」という思い込みを捨て、丁寧に言葉で伝え合うことで、家族の絆はより深まるのだと信じています。老いは衰えることではなく、新しい家族関係を築く機会でもあるのです。お金も体力も限界ですという本音を伝えることで始まった私たちの新しい旅は、まだ始まったばかり。これからも試行錯誤は続きますが、家族全員が笑顔でいられる関係を目指して、一歩ずつ前に進んでいきたいと思います。



