銀座の高級寿司店の前で、私は「お母さん、まさか一緒に座る気?カウンター席は2つだけなのよ」という義理の娘・理恵子の言葉を聞き、耳を疑いました。12月の冷たい夜風が、その言葉以上に身に染みました。今日は息子・修二の38歳の誕生日。祝うために、私は朝から手作りの栗きんとんを用意し、新しいネクタイも準備していました。
「母さん、遅れてごめん」と修二は申し訳なさそうに言いましたが、その腕は理恵子の肩にしっかりと回されていました。「お母さん、カウンターは予約席なの。あちらのテーブル席でお待ちになって」理恵子は私を見もせず、店内を指差しました。カウンターには予約席のプレートが2つ。奥のテーブルには、1人分の席がポツンと用意されていました。68年生きてきて、これほど心が凍りつく瞬間があったでしょうか。
息子は何も言わず、理恵子に従って店内へ消えていきました。私は震える手で贈り物を握りしめ、1人でテーブル席へと向かいました。
カウンターで楽しそうに寿司を頬張る息子夫婦を眺めながら、私は38年前のことを思い出していました。夫を亡くしたのは修二が生まれて間もない頃。あの日、小さな修二を抱きしめながら「この子だけは立派に育てる」と誓ったことを、今でも鮮明に覚えています。朝は4時に起きて弁当を作り、夜は内職をしながら宿題を見守りました。大学受験の時は、老後資金として貯めた200万円を迷わず使い、4年間の学費と生活費も全て私が払いました。
7年前、修二が理恵子を連れてきた時も心から祝福しました。マイホーム購入の頭金800万円も迷わず援助しました。孫が生まれてからは、週に4日は世話のために往復2時間かけて通いました。それなのに、今では月に1度の食事さえ「面倒」と言われる始末。先月も「今月は忙しいから」と断られ、翌日には家族でディズニーランドへ行った写真がSNSに上がっていました。
「お母さん、お料理冷めますよ」理恵子の声で我に返ると、目の前には小さな茶碗蒸しが1つ。カウンターの2人は大トロやウニを次々と注文していました。私は静かに箸を取りながら、いつからこんな関係になってしまったのかとため息をつきました。
「理恵、これうまいな。やっぱり銀座は違うよ」「そうでしょ。私のお父様がよく連れてきてくれるお店なの」理恵子の自慢話が始まりました。彼女の父親は大手企業の元役員で、高級なネタを次々と注文していきます。大トロ、ウニ、イクラ、喉黒。一品一品が私の1日の食費に相当するような品々です。
「お会計別々でお願いします」理恵子が店員に言った言葉に、私は愕然としました。まさか自分の分は自分で払えということでしょうか。心臓が締め付けられるような思いでした。
食事が終わり、店の外に出ると、理恵子が私に言いました。「気をつけて帰ってね。タクシー代大丈夫?」その言葉に、私はある決意を固めました。震える手でバッグの中の書類を確認します。そこには、私が長年密かに集めてきた証券の明細が入っていました。
「理恵子さん、あなたの会社もずっと前から私が大株主だったのよ」私の言葉に、修二も理恵子も言葉を失いました。「嘘だ!」「嘘ではありません。今日の午後、株主総会で重要な動議を提出する予定です」
同じ頃、理恵子の実家では別の騒動が起きていました。「なんだと!KMホールディングスがうちの会社の役員総入れ替えを要求だと!」理恵子の父親は届いた書類を見て激怒していました。「20%の株主として臨時株主総会の開催を要求します。議長は現取締役の私です」ふざけるな、という言葉が聞こえてきます。
私は握りしめた書類を見つめながら、静かに笑いました。68年間、私はただ息子の幸せだけを願ってきました。しかし、その思いを踏みにじるなら、私には最後の手段があるのです。



