息子から久しぶりの電話が来て、嬉しくて震える手で受話器を取った瞬間、「母さん、もう一生そこに入院してればいいよ。帰ってこなくていいから」と言われた。その直後、電話の向こうから義娘の声が聞こえてきた。「あら、お母さんにもう行っちゃったの?私の両親が来月から同居することになったんです。お母さんの部屋、ちょうど開いてよかったわ」42年間、美容師として息子のために全てを捧げてきた私の通帳からは、15…

息子から久しぶりの電話が来て、嬉しくて震える手で受話器を取った瞬間、「母さん、もう一生そこに入院してればいいよ。帰ってこなくていいから」と言われた。その直後、電話の向こうから義娘の声が聞こえてきた。「あら、お母さんにもう行っちゃったの?私の両親が来月から同居することになったんです。お母さんの部屋、ちょうど開いてよかったわ」42年間、美容師として息子のために全てを捧げてきた私の通帳からは、15...

母さん、もう一生そこに入院してればいいよ。帰ってこなくていいから。

病院のベッドで点滴を受けながら、久しぶりの息子からの着信に心が踊った。入院して2週間、めっきり減った連絡が嬉しくて、震える手で携帯を耳に当てた瞬間の言葉だった。

「え、誠一、今なんて言ったの?」

聞き間違いかと思い、体を起こすと、息子の声はまるで他人事のように淡々と続けた。

「聞こえなかったの?母さんの部屋もう片付けたから。荷物は全部処分したよ」

その言葉に頭が真っ白になる中、背後から聞こえた声がさらに私を奈落の底へ突き落とした。

「あら、お母さんにもう行っちゃったの?」

義娘の高笑いが病室の白い天井に響き渡る。

「私の両親が来月から同居することになったんです。お母さんの部屋、ちょうど開いてよかったわ」

私の手から携帯がするりと滑り落ちた。42年間、美容師として必死に働き、息子のために全てを捧げてきた人生が、この瞬間、音を立てて崩れていく気がした。心電図のアラームが鳴り響き、看護師が駆け込んでくる足音が遠くに聞こえた。

でも、この周知には深い理由があったのです。

私は岡田ふ子、26歳で美容師の免許を取得してから42年間、ハサミ一本で生きてきた。朝5時に起き、夜10時まで立ちっぱなし。手は薬品で荒れ、腰は悲鳴をあげていたけれど、それでも休まなかった。誠一に苦労させたくない。その一心だった。

夫を早くに亡くし、女手一つで息子を育てる中、技術を磨き続けた。誠一の教育費は総額2000万円。大学の入学金も、一人暮らしの仕送りも、全て美容室の売上から捻出した。

「母さんのおかげで今の俺がある」

結婚式で涙を流しながらそう言ってくれた息子の顔が、今でも忘れられない。マイホーム購入時には、預金を崩して800万円の頭金も援助した。

3ヶ月前、店で倒れて救急搬送された時も、誠一は真っ先に駆けつけてくれた。

「母さん、今まで無理させてごめん。ゆっくり休んで」

優しく手を握ってくれた息子。でも、それから2週間後、彼の態度は急変した。連絡は絶え、電話もつながらなくなった。そして今日、入院中の私に投げつけられた、あまりにも残酷な言葉。

42年間のために生きてきた私の人生は、一体何だったのでしょうか?病室の窓から見える青空が、やけに眩しく感じられた。

入院中、息子夫婦は計画的に動いていた。翌日の朝、担当の看護師・田中さんが申し訳なさそうな顔で私の病室にやってきた。

「岡田さん、ちょっとお話が」

彼女の表情を見て、嫌な予感が胸を締めつける。

「実は昨日、息子さんがいらっしゃって、お母様の貴重品を全部持ち出されたんです。通帳も印鑑も、私たち止めようとしたんですけど、『母の代理人だ』と言われてしまって」

血の気が引いていくのを感じた。あの通帳には、42年間コツコツ貯めた1500万円が入っているはずだった。震える手で銀行に電話をかけると、予想していた最悪の事態が確認された。

「記名捺印で全額引き出されています」

膝から力が抜け、ベッドに崩れ落ちた。田中さんが慌てて支えてくれたけれど、もう何も考えられなかった。

3日後、今度は病院の事務員がやってきた。

「岡田様、入院費の件でお支払いが確認できていないのですが」

息子に通帳を引き出された私は、入院費すら払えない状態に追い込まれていた。更に追い討ちをかけるように、退院先も決まっていないと伝えられた。

そんな時、病室の扉がノックもなく開いた。

「母さん、迎えに来たよ」

誠一の声は、まるで荷物を引き取りに来たかのように事務的だった。

「施設の車が外で待ってるから、さっさと行きましょう」

あ子は私を見下すような目つきでせかす。

私は落ち着いた声で答えた。

「結構です。私には行く場所がありますから」

二人の顔が一瞬凍りついた。

「何言ってるの?」

誠一が焦ったように尋ねる。私はゆっくりとベッドから起き上がり、窓の外を見た。

「あなたたちが私の全てを奪ったのなら、私もあなたたちの思い通りにはならないだけのこと」

そう言って、私は病室のカーテンを開けた。外には、私が密かに連絡を取っていた人物が車で待っていた。誠一とあ子の顔が、みるみる青ざめていく。

「まさか、あの人を呼んだの?」

あ子の声が裏返る。私は静かに笑った。

「私は42年間、美容師として働いてきた。技術も人脈も、あなたたちが想像する以上にあるのよ」

私は点滴を外し、ゆっくりと立ち上がった。もう、この場所に未練はない。奪われたものは大きいけれど、私にはまだ生きていく力がある。

「さようなら、誠一。あなたに注いだ愛情は、決して無駄ではなかったと信じたい。でも、もう二度と、あなたたちの顔を見たくはないわ」

そう言い残して、私は病室を後にした。後ろから、誠一の「待って!」という声が聞こえたけれど、私は振り返らなかった。車に乗り込むと、運転席の人物が優しく微笑んだ。

「大丈夫ですか?ふ子さん」

「ええ。ありがとう、田中さん」

そう、看護師の田中さんは、私が昔から世話になっていた美容師仲間の娘だった。彼女が全てを理解して、退院先のアパートまで用意してくれていたのだ。

車が動き出す。私は窓の外を見つめながら、これからの人生を考えていた。失ったものは大きい。でも、私はまだ生きている。そして、この先どうやって生きていくかを決めるのは、私自身だ。

施設に送られることも、息子の思い通りになることもない。私は私の人生を、もう一度やり直す。42年間の経験と技術は、決して失われていないのだから。

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