久しぶりに長男夫婦が揃って夕食を食べに来た日。私は煮物と焼き魚を食卓に並べた。
「やっぱり母さんの煮物はうまいな」
浩司は嬉しそうに箸を進めていた。ところが途中で仕事の電話が入った。
「悪い、ちょっと電話してくる」
彼がリビングへ移動した瞬間、嫁のみさは箸を置いた。
「ひどいわ。この料理、さっきまでの笑顔はどこへ行ったの?」
私は耳を疑った。
「家も古いし、料理もこんな感じでしょ。鼻で笑っちゃうわ。まあ、年金暮らしじゃ仕方ないですけどね」
「私、今もパートに出ているわよ」
みさは吹き出した。
「そんなのお小遣い稼ぎでしょ?お父さんの遺族年金が生活の中心なんだから、ほとんど年金暮らしって言っても間違いじゃないですよね」
さらに煮物を箸でつつきながら、
「工事もかわいそう。こんな料理で育ったんですよね」
そしてみさは笑いながら、絶対に言ってはいけないことを言った。
「もしかしてお父さんが病気になったのも、お母さんの料理が原因だったりして」
その瞬間――
「おい」
低い声がした。みさの手が止まる。浩司がこちらを見ていた。いつも温厚な息子の顔が、見たこともないほど険しい。
「今、何て言った?」
「え?」
「みさ、何て言ったんだ?」
浩司はゆっくり近づいた。
「俺の母さんに何て言ったんだって聞いてる」
私の名前はさち子。55歳。5年前に夫をがんで亡くした。息子は2人。長男の浩司は33歳。美容師として働き、1年前にみさと結婚した。次男の優太は30歳、今は海外で働いている。夫を亡くした私は現在一人暮らし。遺族年金を受け取りながら、週4回だけ法律事務所で働いている。生活は派手ではない。でも夫が残してくれた貯金もあるし、自分の給料もある。誰かに養ってもらう必要はない。
それなのに、みさはなぜか私を「年金しかない寂しいおばさん」だと思っていた。
結婚当初、私はみさが嫁に来てくれたことを心から喜んでいた。私には娘がいない。だから一緒にランチをしたり買い物をしたり、そんな関係になれたらいいなと思っていた。みさも最初は笑顔だった。
「お母さんは私にとって第二のお母さんです」
その言葉が嬉しくて、
「ここも第二の実家だと思ってね」
そう言った。今思えば、あの頃から何かが違っていたのかもしれない。



