第2部: 百万長者の会長は、秘書の指輪を見た瞬間にすぐに気づきました。――それが行方不明になっていた娘であ

し織は一瞬戸惑った顔をしたが、自分の指輪を見て微かに微笑んだ。

「ああ、これですか? 私が子供の頃から持っているものです。祖母が大切なものだと言っていました。」

その言葉を聞いた瞬間、私の胸は激しく波打った。30年前に失った娘・彩音に贈った小さな熊の指輪と全く同じものだった。世界に二つとない特別な指輪。偶然などではないはずだ。

 

私は最大限に感情を抑え、平静を装った。

「珍しいデザインだから目にとまっただけだ。仕事の話を続けよう。」

しかしその夜、私は一睡もできなかった。ベッドに横たわり、天井を見つめながらし織の顔と指輪のことばかりを考えていた。あの指輪は彩音の5歳の誕生日に妻と二人で作らせたものだ。妻が亡くなってからも、私は毎晩空を見上げて「生きていてくれ」と祈り続けてきた。30年間、探偵を雇い、寄付をし、手がかりを求めてきたのに、何も得られなかった。

翌朝、私は早く会社に着き、人事ファイルを取り寄せた。し織の生年月日が彩音と同じであることを確認した瞬間、手が震えた。幼少期を祖母と過ごし、両親は亡くなったという記述。全てが一致しすぎていた。

私は慎重に動くことにした。突然「私が父親だ」と告げれば、彼女を傷つけるかもしれない。

午後、私はし織を呼び出した。

「鈴木君、家族構成を教えてくれないか。今週末の創立記念パーティーに家族を招待したいんだが。」

し織は少し戸惑いながら答えた。

「祖母が一人いるだけです。両親は幼い頃に亡くしました。故郷は千葉の勝浦です。」

その言葉で私の心臓は激しく鳴った。勝浦——行方不明の子供が移された可能性のある場所。そして彼女は続けた。

「実は本名は高橋彩音でした。祖母が鈴木し織に改名したと聞いています。」

私はコーヒーカップを落としそうになった。高橋彩音——私の娘の名前だ。

私は平静を装い、探偵に連絡した。し織の祖母が勝浦の老人ホームにいることを突き止めた。

翌朝、私は全ての予定をキャンセルし、勝浦へ向かった。車の中で30年の記憶が蘇った。デパートで目を離した一瞬、雨の中、泣きながら消えた彩音の姿。妻が悲しみのあまり亡くなったこと。残されたのは巨大な会社と空虚な家だけだった。

老人ホーム「幸せの家」に着くと、私は305号室のドアをノックした。中にいた老婦人——木村義恵さんは私を見て顔色を変えた。

「あなたは……高橋健二会長……」

私は膝をつき、震える声で尋ねた。

「し織は私の娘、彩音なのでしょうか?」

老婦人は涙を流しながら頷いた。

「はい。30年前、娘のよし子がデパートで泣いている彩音ちゃんを見つけ、家に連れ帰ってしまいました。よし子は彩音ちゃんを本当の娘のように愛し、手放せなくなったのです。し織には両親を早くに亡くしたとだけ伝えています。」

私は衝撃を受けた。誘拐ではなく、母性という名の欲だった。義恵さんは古い写真を差し出した。そこには若い私と妻、そして笑顔の彩音が写っていた。裏に妻の字で「彩音へ、いつも幸せでありますように」と書かれていた。

私は涙を堪えきれなかった。30年間の苦しみが一気に溢れ出した。

東京に戻った私は、し織に真実を告げる方法を考え続けた。突然ではショックが大きい。少しずつ距離を縮めようと決めた。

翌日、し織が書類を持って入ってきた。私は彼女の目元が亡き妻にそっくりであることに改めて気づいた。

「昨日はすまなかった。海外プロジェクトを君に任せたい。君ならできる。」

し織は驚きながらも喜んで引き受けた。その笑顔に、私は幼い彩音の面影を見た。

数日後、私は書斎に彩音の思い出の品——熊のぬいぐるみ、古いワンピース、双子の指輪のもう片方——をわざと置いた。そしてし織に資料を取ってくるよう頼んだ。

10分後、私は書斎へ向かった。し織は箱を開け、指輪を握りしめていた。

「会長、これは……」

私はゆっくりと近づき、言った。

「それは私の娘のものだ。30年前に失った……彩音の。」

し織の目が大きく見開かれた。彼女は写真を取り出し、震える声で言った。

「この子……私の指輪と同じ……」

私は深呼吸をして、ようやく言葉にした。

「鈴木君、いや、彩音。その子が君なんだ。私は君の父親だ。」

し織は後ずさり、涙を浮かべた。

「何を……おっしゃっているのですか……」

私は彼女の目を見つめ、30年間の想いを語った。デパートでの出来事、妻の死、毎日の祈り、探偵の捜索。し織は写真を握りしめ、放心状態になった。

「少し時間をください……」

彼女はそう言って部屋を出た。私は胸が痛んだが、待つしかなかった。

二日間、し織は休暇を取った。私は不安で仕事も手につかなかった。三日目の朝、彼女は青白い顔で会長室の前に立っていた。

「会長、少しお時間いただけますか?」

私たちは窓辺に立ち、彼女は静かに語り始めた。

「祖母に会い、全部聞きました。30年間私を探してくださっていたこと……本当の名前が高橋彩音だったこと……信じられません。でも、指輪とぬいぐるみを見た瞬間、何かが胸に響きました。」

私は涙を堪えながら言った。

「無理に何も求めない。君がどう決断しようと尊重する。ただ、君が私の娘だと知れて、本当に嬉しい。」

し織の目にも涙が浮かんだ。

「30年も……どうしてそんなに長く……」

私は声を震わせて答えた。

「毎日、毎瞬間、君のことを思っていた。全国の行方不明者の情報を確認し、何十人もの探偵を雇った。でも名前が変わり、勝浦で育っていたから見つからなかったんだ。」

し織はゆっくり近づき、私の胸に顔を埋めた。

「まだお父さんと呼べませんが……時間をかけて、お互いを知っていきましょう。」

その言葉が、私にとって何よりの救いだった。

その後、私たちは少しずつ家族としての時間を増やした。週末に家に招待し、彩音の部屋を見せ、オルゴールの音色を一緒に聞いた。彼女は記憶の断片を思い出し、涙を流した。

「キラキラ星……お母さんが歌ってくれたような気がします。」

私は優しく頷いた。

「そうだ。毎晩、君を眠らせるために歌っていた。」

一ヶ月後、し織は決心した。

「会社では高橋彩音として働きたいと思います。そして……もう少しここで過ごしてみたい。」

私は満面の笑みで答えた。

「もちろん。ここは君の家だ。」

今、彩音は毎週末、家に戻ってくる。会社ではまだ秘書として振る舞うが、二人だけの時間には少しずつ「父」と呼んでくれるようになった。

30年の空白は一瞬で埋められない。でも、これからの時間で、愛を注ぎ、家族を再構築していく。

窓の外の空は今日も青い。私は心の中で呟く。

「彩音、ようやく帰ってきたな。」

失われた宝石は、再び私の人生に輝きを取り戻してくれた。