
東京に戻った私は、夜遅くまで考え込んだ。突然真実を告げるのは危険だ。ゆっくりと距離を縮め、彼女自身に気づかせるのが良い。
翌朝、私はし織を新しい目で見た。目元が亡き妻に似ていることに気づいた。
「鈴木君、海外プロジェクトを君に任せたい。」
し織は驚きながらも喜んで引き受けた。その笑顔に幼い彩音の面影を見た。
数日後、私は書斎に彩音の思い出の品を置いた。熊のぬいぐるみ、古いワンピース、双子の指輪のもう片方。そしてし織に資料を取ってくるよう頼んだ。
10分後、書斎でし織は箱を開け、指輪を握りしめていた。
「鈴木君……いや、彩音。その子こそが君なんだ。私は君の父親だ。」
し織は後ずさり、涙を浮かべた。
「何をおっしゃっているのか……」
私は30年間の想いを語った。デパートでの出来事、妻の死、毎日の祈り、探偵の捜索。し織は写真を握りしめ、放心状態になった。
「少し時間をください……」

彼女はそう言って部屋を出た。私は胸が痛んだが、待つしかなかった。
二日間、し織は休暇を取った。私は不安で仕事も手につかなかった。三日目の朝、彼女は青白い顔で会長室の前に立っていた。
「この2日間、祖母に会い、全て聞きました。30年間私を探してくださっていたこと……信じられません。でも、指輪とぬいぐるみを見た瞬間、何かが胸に響きました。」
私は涙を堪えながら言った。
「無理に何も求めない。君がどう決断しようと尊重する。ただ、君が私の娘だと知れて、本当に嬉しい。」
し織の目にも涙が浮かんだ。
「30年も……どうしてそんなに長く……」
私は声を震わせて答えた。
「毎日、毎瞬間、君のことを思っていた。」
し織はゆっくり近づき、私の胸に顔を埋めた。
「まだお父さんと呼べませんが……時間をかけて、お互いを知っていきましょう。」
その言葉が、私にとって何よりの救いだった。

その後、私たちは少しずつ家族としての時間を増やした。週末に家に招待し、彩音の部屋を見せ、オルゴールの音色を一緒に聞いた。彼女は記憶の断片を思い出し、涙を流した。
「キラキラ星……お母さんが歌ってくれたような気がします。」
私は優しく頷いた。
「そうだ。毎晩、君を眠らせるために歌っていた。」
一ヶ月後、し織は決心した。
「会社では高橋彩音として働きたいと思います。そして……もう少しここで過ごしてみたい。」
私は満面の笑みで答えた。
「もちろん。ここは君の家だ。」
今、彩音は毎週末、家に戻ってくる。会社ではまだ秘書として振る舞うが、二人だけの時間には少しずつ「父」と呼んでくれるようになった。
30年の空白は一瞬で埋められない。でも、これからの時間で、愛を注ぎ、家族を再構築していく。
窓の外の空は今日も青い。私は心の中で呟く。
「彩音、ようやく帰ってきたな。」
失われた宝石は、再び私の人生に輝きを取り戻してくれた。


