第2部

タクシーの中で、私は防犯カメラの映像を確認していた。
画面の中には、私が置いていった鍵を握りしめ、満足そうに笑う明美の姿が映っている。
その横で健一が電話をしていた。
「母さん、うまくいったよ。あいつ、自分から鍵を置いて実家に帰った」
私はその声を聞いた瞬間、全てを理解した。
これは偶然ではない。
最初から計画されていたのだ。
「これで手続きが進められる」
その言葉が頭から離れなかった。
一体、何の手続きなのか。
嫌な予感が確信に変わった。
私は娘の小さな手を握った。
「大丈夫よ。お母さんが全部終わらせるからね」
実家に到着すると、兄の誠が待っていた。
兄は不動産関係の仕事をしていて、家を建てる時も土地や契約を全て手伝ってくれた人物だった。
「弓、これを見ろ」
兄が指差したテーブルの上には、一通の書留郵便が置かれていた。
差出人は弁護士事務所。
中身を確認すると、そこには信じられない内容が書かれていた。
離婚協議書。
財産分与。
そして――。
「妻は自宅の所有権を放棄する」

私は思わず笑ってしまった。
悲しいからではない。
あまりにも愚かだったからだ。
兄が書類を確認する。
「この弁護士事務所、存在しない」
「健一君は本当に浅はかだな」
私は静かに夫へ電話をかけた。
「書類、届いたわ」
電話の向こうの健一は自信満々だった。
「読んだか。専門家に作ってもらったんだ。現実を受け入れろ」
「現実って?」
私が聞くと、彼は怒った。
「あの家は俺の家だ。俺が長男なんだから」
私は録音ボタンを押した。
「でも、家のローンを払っているのは私よね?」
一瞬、沈黙。
そして健一は言った。
「お前はただ払っているだけだろ」
その言葉を私は確実に録音した。
彼は自分で認めたのだ。
家の支払いをしているのが私だということを。
さらに彼は続けた。
「早く実印を送れ。名義変更に必要なんだ」
私は目を閉じた。
やはり目的は家だった。
私が里帰りしている間に、家を奪うつもりだったのだ。
その夜、防犯カメラにはさらに恐ろしい会話が残っていた。
「実印なんて偽造すればいいじゃない」
明美の声だった。
「役所なんて何とかなるでしょう」
その瞬間、私は決意した。
もう家族ではない。
彼らは私と娘の人生を奪おうとしている。
翌日、兄と一緒に弁護士へ相談した。
私は全ての証拠を提出した。
防犯カメラ映像。
偽造計画の会話。

勝手に送りつけられた書類。
そして家の権利関係。
弁護士の吉田先生は静かに言った。
「これは悪質な財産侵害です」
「奥様が我慢する必要はありません」
私は頷いた。
「もう終わらせたいです」
「娘を守るために」
その後、私は銀行にも連絡した。
住宅ローン。
名義。
全ての権利を確認した。
家は私の父が残してくれたお金で建てたものだった。
土地も建物も、私の名義。
健一は一円も出していない。
それでも彼は「俺の家」と言い続けていた。
数日後。
親族の集まりの日が来た。
義母と健一、明美は私が来るとは思っていなかった。
彼らは親族の前で私を悪者にするつもりだった。
「弓さんが育児疲れで勝手に出て行った」
そう説明する予定だった。
しかし、会場に私が現れた瞬間、3人の顔色が変わった。
「ゆ、弓……?」
健一の声が震える。
私は静かに席についた。
隣には兄。
そして弁護士の吉田先生。
義母が慌てて笑顔を作る。
「皆さん、この子は少し勘違いしていて――」
その瞬間、吉田先生が口を開いた。
「本日は事実確認のために参りました」
部屋が静まり返る。
先生は書類を取り出した。
「まず、この家について説明します」
「土地と建物の購入資金は、全て弓様のお父様の遺産です」
親族たちがざわめいた。
健一の顔から血の気が引く。
「嘘だ……」
「さらに住宅ローンも弓様名義です」
私は夫を見た。
彼は何も言えない。
「にもかかわらず、健一様と明美様は弓様が里帰り中に家を乗っ取ろうとしました」
「実印偽造まで計画しています」
その言葉に、全員が凍りついた。
義母は叫ぶ。
「そんなの知らない!」
しかし、防犯カメラの映像が全てを証明した。
偽造の話。
荷物を捨てる姿。
私の家を自分のものだと言う会話。
全てが親族の前で流された。
そして最後に、兄が契約書を出した。
「この家には特別な抵当権があります」
「名義を変えても、勝手に売却することはできません」
健一はその場に崩れ落ちた。
彼らの計画は最初から失敗していたのだ。
私は静かに離婚届と慰謝料請求書を置いた。
「もうあなたとは終わりです」
「娘と私は、二度とあなたたちに人生を壊されません」
その後、離婚は成立した。
健一は不倫の事実も明らかになり、会社でも処分を受けた。
明美は借金問題から逃げられなくなった。
義母も、頼れる人を失った。
一方、私は娘と新しい生活を始めた。
朝、娘の笑顔を見る。
温かい食事を作る。
誰にも怯えない日々。
それだけで十分幸せだった。
父が残してくれた家は、ただの建物ではない。
私と娘が安心して暮らせる、本当の家になった。

私はもう誰かに奪われる人生を選ばない。
これからは、この小さな命と一緒に、自分たちの幸せを守っていく。


