結婚18年、私の誕生日に「出張だ」と嘘をつき、女秘書とイギリスへ旅立った夫――私は黙って離婚届を置き、家を出た。10日後、帰国した彼が見たのは、妻の荷物も家族写真も消えた静かな家だった。感動の物語

第2部

この時の正彦は、ロンドンの空の下で愛人とワイングラスを傾けていたことでしょう。彼は信じて疑っていませんでした。自分がどれほど嘘をついても、私が泣き寝入りをして帰りを待っていると。

けれど彼は知らなかったのです。私がキッチンの引き出しの奥にすでに署名を済ませた一枚の緑色の紙を隠し持っていたこと。半年も前から少しずつ生活再建のための資金を自分の口座に移していたことを。

翌朝、私は正彦が一度も開いたことのない引き出しから、一冊のノートを取り出しました。十八年間、正彦の予定と家族の生活を支え続けてきた分厚い「家族業務のノート」です。義母の通院予定、住宅ローンの更新手続き、町内会の集まり、親戚への贈答品の記録――それらは全て私が一人で抱えてきた見えない家族の業務でした。

正彦が「家庭」だと思っていた日常は、私の無償の労働によって維持されていた虚像に過ぎません。

私はノートの最後のページを開き、今日以降の予定を全て赤線で消していきました。家中に飾られた家族写真を眺めながら、ある決意を固めていました。

ただ家を出るだけでは、あの人は何も理解しないでしょう。「妻が感情的になって家出をした」と都合よく解釈し、私が戻ってくるのを待つはずです。だから私はこの家から「家族」という概念そのものを消し去ることにしたのです。

彼が十八年間信じ続けてきた「帰れば必ず待っている場所」を、跡形もなく消滅させるために。

数日後、私は銀行で過去五年分の取引履歴を発行してもらいました。そこに刻まれていたのは、毎月五万円の定期的な送金記録――相沢リナという名前へのものです。そしてイギリス行きの航空券変更代として引き出された三十万円。

私たちがゆいの大学進学のために貯めていた家族のお金を、正彦は愛人の生活費と旅行代に横流ししていたのです。

さらに正彦の書斎から出てきた古いスマートフォンには、決定的なメッセージが残っていました。

「かおりは大丈夫だよ。あいつは家のことしか知らない女だから。俺が何をしても絶対に家で待っている」

その一文が、私の胸に鋭い刃物のように突き刺さりました。

義母もまた、正彦の不倫を知っていました。リナからの贈り物を喜びながら、私には長男の嫁としての義務を押し付け続けていたのです。

この家には、私の味方など最初から一人もいなかった。

私は壁に飾られていた全ての家族写真から写真だけを抜き取り、空っぽの額縁だけを元の場所に戻しました。遠目には何事もなかったかのように額縁が並んでいます。しかし近づいてみれば、そこには誰も映っていません。

私たちはゆいと二人分の荷物だけをダンボールに詰めました。持っていくものは驚くほど少ないものでした。正彦が買い与えた高価なものは一切手をつけません。それらは彼の自己満足のために与えられたものだからです。

食卓の中央に緑色の離婚届けを置き、その上に分厚い家族業務のノートを重ねました。さらにその横に、黒川弁護士の名刺を添えます。長々と恨みを書いた手紙はありません。ただ静寂だけがそこにありました。

翌朝、姉の美ほが迎えに来てくれました。私は最後に玄関の鍵を閉め、その鍵を郵便受けの中に静かに落としました。もう二度とこの鍵を開けることはありません。

数日後、十日間の偽りの出張を終えた正彦が羽田空港に降り立ちました。彼の手には、免税店で適当に選んだ私への安いお土産のチョコレートが握られていました。

彼が自宅の玄関の扉を開けると、ひんやりとした重い空気が流れ込んできました。家全体がまるで呼吸を止めてしまったかのような不気味な静寂に包まれています。

靴箱の前に私とゆいの靴はありません。リビングに入ると、壁に飾られていたはずの家族写真がすべて消えていました。額縁の形をした日焼け跡だけが等間隔に並んでいます。

冷蔵庫の中には彼の缶ビールだけ。洗面所には彼の電気シェーバーと整髪料だけ。私たちの痕跡だけが、外科手術のように精密に切り取られていたのです。

ダイニングテーブルの上には、緑色の離婚届けと、未来の予定がすべて赤線で消された家族業務のノート、そして弁護士の名刺だけが置かれていました。

正彦は初めて、自分が何を失ったのかを理解し始めました。

その後の正式な話し合いの場で、全ての証拠が突きつけられました。共有口座の不正な引き出し、愛人とのメッセージ、そして「俺が何をしても絶対に家で待っている」という彼自身の言葉。

義母は息子の浅ましさに言葉を失い、その場から逃げ出しました。正彦は震える手で離婚届けに署名しました。

私たちは小さなアパートで新しい生活を始めました。高価な家具も床暖房もありません。それでも私たちにとってここが世界で一番暖かく、安全な場所でした。

壁には、正彦が映っていない私とゆいだけの写真を飾りました。夜、ゆいが大学受験の勉強をしている隣で、私も医療事務の資格試験のテキストを開きます。静かな部屋の中に、ページをめくる音だけが響きます。

それは私たちが自分の力で未来を切り開いている、確かな足音でした。

正彦はあの立派な家を売却し、空っぽの抜け殻のような日々を送っていると聞きました。彼が本当に失ったものは家やお金ではありません。帰れば必ず誰かが待ってくれているという、人生の絶対的な安心感でした。

そしてまた秋がやってきました。私の四十六歳の誕生日です。

小さなダイニングテーブルには、ゆいがアルバイト代で買ってくれたいちごのホールケーキが置かれています。ろうその火がオレンジ色の優しい光を放ちました。

「お母さん、お誕生日おめでとう」

ゆいが心からの笑顔で言ってくれました。

一年前のこの日、私は夫の嘘を知り、絶望の中でろうその火を吹き消しました。今年は違います。

私たちは顔を見合わせ、一緒に息を吸い込みました。そしてふっとろうその火を吹き消しました。

今年の火は、私たち自身で選んだ新しい人生を力強く始めるためのものだったのです。