義理の娘が、夫が一瞬席を外した隙に私の料理を鼻で笑った。「年金暮らしじゃ、こんな料理しか出せないですよね」って。私は五年間、夫を亡くし、遺族年金と週四日の法律事務所の仕事で細々と暮らしてきた。それでも息子の嫁を家族として迎え、我慢に我慢を重ねてきた。でも、昨夜、彼女が息子の耳に届くところで言ったの。「浩司もかわいそう。こんな料理で育ったんですよね」って。その瞬間、息子が低い声で呟いた言葉を、…

義理の娘が、夫が一瞬席を外した隙に私の料理を鼻で笑った。「年金暮らしじゃ、こんな料理しか出せないですよね」って。私は五年間、夫を亡くし、遺族年金と週四日の法律事務所の仕事で細々と暮らしてきた。それでも息子の嫁を家族として迎え、我慢に我慢を重ねてきた。でも、昨夜、彼女が息子の耳に届くところで言ったの。「浩司もかわいそう。こんな料理で育ったんですよね」って。その瞬間、息子が低い声で呟いた言葉を、...

「おい」

その低い声で、食卓の空気が凍りついた。

私は久しぶりに長男の浩司と嫁のみ咲を夕食に招いていた。煮物と焼き魚を並べ、浩司が「やっぱり母さんの煮物うまいな」と笑顔で箸を進めていた。ところが途中で仕事の電話が入り、浩司がリビングへ移動した瞬間、み咲が箸を置いた。

「ひどいわ」

その言葉に私は顔を上げた。さっきまでの笑顔は消え、彼女は鼻で笑っていた。

「家も古いし、料理もこんな感じだし。まあ、年金暮らしじゃ仕方ないですけどね」

「私、今もパートに出ているわよ」

そう言うと、み咲は吹き出した。

「そんなのお小遣い稼ぎでしょ? お父さんの遺族年金が生活の中心なんだから、ほとんど年金暮らしって言っても間違いじゃないですよね」

さらに彼女は煮物を箸でつつきながら言った。

「浩司もかわいそう。こんな料理で育ったんですよね」

そして笑いながら、絶対に言ってはいけないことを言った。

「もしかしてお父さんが病気になったのも、お母さんの料理が原因だったりして」

その瞬間だった。「おい」という低い声がしたのは。

み咲の手が止まる。浩司がこちらを見ていた。いつも温厚な息子の顔が、見たこともないほど険しいものに変わっていた。

「今、何て言った?」

「え……なによ」

「み咲、なんて言ったんだ?」

浩司はゆっくりと近づいた。

「俺の母さんに、なんて言ったんだって聞いてるんだ」

み咲は慌てて「冗談よ」と言い張った。でも浩司の目は冷たかった。

「冗談? そうか。じゃあお母さんと私、いつもこんな感じだよね?」

「母さん」

浩司はみ咲の言葉を遮り、私の前にしゃがんだ。

「俺のために黙ってるなら、やめてくれ。み咲と一緒にいて、楽しかったか?」

その質問で、胸の奥に押し込んでいたものが一気に溢れた。

「……辛かった」

声が震えた。

「毎週来られるのも、勝手に物を使われるのも、馬鹿にされるのも。でも、あなたの家庭を壊したくなくて……」

浩司は目を閉じ、数秒後に立ち上がった。そしてみ咲を見る。

「今日は帰ってくれ」

「ちょっと待ってよ!」

「今は顔も見たくない」

「私は妻なんだけど!」

「母さんも俺の家族だ」

み咲は顔を真っ赤にし、玄関を飛び出していった。

その夜、浩司は深く頭を下げた。

「ごめん」

「浩司が謝ることじゃないわ」

「気づかなかった」

少し間を置いて、浩司が言った。

「実は俺も、み咲に聞きたいことがあるんだ」

私は顔を上げた。

一ヶ月ほど前、浩司の知人が、み咲が知らない男性と腕を組んで歩いているところを見かけたらしい。最初は信じなかった。でも同じような話が重なり、浩司は私に相談してきた。

だから私は言った。

「感情だけで問い詰めたらだめよ。確認するなら、きちんと証拠を集めなさい」

み咲は知らない。私の「遊び程度のパート」が、法律事務所で弁護士を補助する仕事だということを。私は十五年もそこで働いている。浩司はその助言を受け、調査会社へ依頼した。

結果は黒だった。み咲には既婚男性との関係があった。

それでも浩司は迷っていた。

「もし本当に反省してるなら、一度は話を聞こうと思ってたんだ」

私は何も言わなかった。これは夫婦の問題だ。最後に決めるのは浩司。そう思っていた。

ところが翌朝、玄関の鍵が開いた。入ってきたのはみ咲だ。返してもらっていない合鍵で、勝手に上がり込んできた。

「さっきのこと、私、許してませんから」

「み咲さん、全部お母さんのせいですよ」

いきなりそう言うと、彼女は続けた。

「浩司があんな混ざり込んだなんて思わなかった。あんな男、こっちから願い下げで離婚してあげます」

そして笑った。

「その代わり、慰謝料はちゃんともらいますからね」

「……慰謝料?」

「当然でしょ。お母さんのせいで夫婦関係を壊されたんだから」

その瞬間、私の中で何かが切れた。

「いい加減にしなさい」

み咲が固まる。自分でも驚くほど大きな声だった。

「私のことなら、何を言われても我慢してきた。でも——」

私はみ咲を見据えた。

「これ以上、私の息子を馬鹿にするなら、黙っていないわ」

み咲は一瞬怯んだ。しかしすぐに薄笑いを浮かべる。

「年金暮らしのお母さんに、何ができるんですか?」

私は答えた。

「まず一つ。慰謝料を払うのは、あなたの方よ」

バッグから一通の封筒を取り出すと、み咲の顔から笑みが消えた。

「健太さん」

浮気相手の名前を出した瞬間、み咲の目が見開かれた。

「なんで……」

「浩司はもう全部知ってる。調査報告書よ。二人でレストランへ入る写真も、ホテルへ向かう姿も」

み咲は震え始めた。

「違うの……何が違うの? これは……」

突然、涙を流し始めた。

「私、寂しかっただけなんです。もう二度としません。浩司には言わないでください」

私は静かに言った。

「遅いわ。もう聞いてるから」

み咲が振り返る。玄関に浩司が立っていた。

「浩司……!」

み咲は駆け寄った。

「ごめんなさい。本当に愛してるのは浩司だけ」

浩司はその手を静かに外した。

「俺さ、少し考えたんだ。浮気だけなら、正直まだ迷ってた」

み咲の顔にわずかな希望が浮かぶ。

「でも、もう無理だ」

「え?」

「母さんにしたことを知ったから。それに、今朝——」

浩司の声が低くなる。

「俺のことまで『願い下げ』だの言ったよな」

み咲は何も言えなかった。

「人を見下して、利用して、バレたら泣けば許してもらえると思ってる。そんな人と、家族ではいられない」

み咲はその場に崩れ落ちた。

その後、二人は離婚した。み咲には浩司と、浮気相手の妻から慰謝料が請求された。浮気相手も家庭を選び、み咲との関係を終わらせたらしい。私はそれ以上、彼女がどうなったのか知らない。知る必要もないと思っている。

それから数ヶ月、浩司が久しぶりに夕食を食べに来た。私はいつもの煮物を出した。一口食べた浩司が笑う。

「やっぱりこれだな」

「何が? 母さんの味、まずくない?」

冗談で聞くと、浩司は呆れたように言った。

「昔からうまいよ。知ってるでしょ」

私は今も、亡き夫の遺族年金を受け取っている。豪華な家ではない。料理だって特別なものではない。

でも、遺族年金で暮らしているからといって、誰かより価値が低いわけではない。派手な暮らしをしているからといって、幸せなわけでもない。

誰と食卓を囲みたいか、誰を大切にしたいか。今の私には、その方がずっと大事だ。

浩司が煮物をよそった。

「母さん、何これ? お代わりある?」

私は笑った。

「いっぱい作ってあるわよ」

今夜の食卓は決して豪華ではない。でもあの頃より、ずっと温かいものだった。

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