「ごめん。仕事が忙しくて寝坊した。みんなに謝って説明しといて。」
結婚式当日。私は電話の向こうで寝ぼけた声を出す婚約者・タカトに、静かに微笑みながらこう返した。
「わかった。全部説明しておくね」
私は広瀬ミチル、25歳。父が社長を務める会社で受付の仕事をしている。コネを使わず自力で入社したかった私は、父に何も告げずに応募し、見事内定をもらった。入社後も、私が社長の娘だということはほとんど知られていない。
入社3年目、営業部のエースと言われるタカトと出会った。外回りの帰りに必ず受付の人にも挨拶してくれる、紳士的な人。休憩室で雑談を交わすうちに惹かれ合い、彼からの告白で交際が始まった。学生時代、私は父の厳しい審査が入るせいですぐに振られるのがオチだった。でもタカトは違った。初めての私に優しく寄り添ってくれて、交際1年目の記念日にプロポーズしてくれた。
父に恋人の存在を隠していた私だが、プロポーズを受けて顔合わせをした時、父はタカトを気に入ってくれた。営業部での活躍が父の耳にも届いていたのだ。結婚式の準備は順調に進んだが、タカトは「結婚式はお前の理想通りにしてくれたらいい」と言ったきり、話し合いにまともに参加してくれなかった。寂しいと思いつつ、私は一人で式場の予約や新居の家具選びをこなした。
新居に家具が届き始め、ウキウキしながらタカトに報告しても、彼の反応はあまり良くなかった。それでも結婚式の日取りは近づいてくる。ある日、新居で家具の配置を考えていると、何かがおかしいことに気づいた。自分で運んだはずの家具の位置が微妙にずれている。それに、鍵をかけていないのに何か匂いがする。数日後、再びマンションに行くと、また同じことが起きていた。
この部屋に出入りできるのは私と両親、そしてタカトだけ。タカトは「部屋のレイアウトは完成してから見たい」と言って、完成までは部屋に入らないと言っていた。業者が不在時に立ち入ることはできない。両親に確認しても、特に用事はないと言う。
不安が募り、私は母に相談した。父の知恵袋であり、父が社長にまで登り詰めた影の立役者である母だ。母は私の話を聞くと、眉間に皺を寄せて言った。
「なるほどね。明後日休みでしょ? 私も部屋を見に行くわ」
休みの日、母は何やら荷物を持ってマンションに来た。部屋の隅々を調べ、家具の位置を調整し、匂いを嗅ぎ、ソファーを調べ、床を触る。一通り終えると、母は言った。
「まあ解決はできそうよ。ただ、色々と面倒なことがあるけどね」
そう言って母は私にある提案をしてきた。
そして迎えた結婚式当日。多くの列席者が集まる中、タカトは時間になっても現れない。何度電話しても繋がらず、私は不安でいっぱいだった。数回目のコールでようやく電話が繋がる。彼は寝ぼけていた。
「式はもう始まってるんだよ」
私がそう言うと、タカトは焦り出し、何か言い訳を考えている様子だった。
「ごめん。昨日営業先の付き合いで帰り遅くなっちゃってさ。とにかく今からすぐに行くから、みんなに説明しておいて」
「そうなんだ。じゃあ、私からみんなにちゃんと説明しておくね」
そう言って電話を切ると、すぐにタカトから電話がかかってきた。今度は声を震わせ、怒り心頭だった。
「おい、ミチル。お前一体何したんだよ」
親族から何やら電話がかかってきたのだという。私は笑いをこらえながら返事をする。
「何笑ってんだ、てめえ」
「ごめん、あなたが来るまでね、実況中継をしてあげてるの。あなたの浮気現場をね」
タカトはベッドから跳ね上がった。その姿は会場内のモニターに大きく映し出される。
「あなた、まだ家にいるでしょう。しかも、私たちの新居になる予定だった家に」
「なんで…なんで知ってんだよ」
タカトは上ずった声を出しながらキョロキョロしていた。私が彼の様子を詳細に知っているのは、母の提案によるものだった。母は結婚の挨拶の時からタカトに違和感を覚えていたが、私に心配をかけないよう黙っていてくれた。そして私が相談した時、母は時計型の隠しカメラを寝室とリビングに仕込んでいたのだ。
結婚式の前日、タカトが「前日は別々に過ごそう」と言い出した時、母は「怪しいわね」とタブレットを起動した。結局、私はそれを見てしまった。新居にタカトと見知らぬ女性がいた。2人はリビングで楽しそうに食事をし、その後、わざわざ掃除機をかけて証拠を消していた。掃除機が家具にぶつかり、位置がずれる。それを足で適当に直していた。
私は涙が溢れ出した。2人の幸せな生活を夢見てウキウキと配置した家具を、文字通り足蹴にされた気持ちだった。母は私の肩を抱いてくれた。
「悔しいよね。明日の結婚式で浮気現場をライブで流して、思いっきり復讐してやろうよ」
母と私は復讐を決意した。父にだけは、私のことになると何をするか分からないから黙っておくことにした。
モニターに映るタカトに、私は言った。
「1つ言っておくとね、今ライブ中継してるから早く服着た方がいいよ。タカトの隣にいるポカンと口を開けてる浮気相手、元カノのレナさん」
「私たちの新居は気に入っていただけましたか?」
驚いたレナは慌てて布団を羽織った。
「違うよ! ミチル、誤解なんだ!」
「何が違うの? そもそも、私が社長の娘だと知って近づいたんでしょ?」
タカトは私が社長の娘だということを誰かから聞いており、父を見た時の驚きは演技だった。そしてカメラの前で、こう言っていた。
「あんな箱入り娘、ちょろいわ。顔はまあまあだけど思った以上につまんねえやつでさ。社長の娘じゃなきゃ付き合ってらんねえ」
いつもレナと2人で悪態をつきながら酒を飲んでいたのだ。母は探偵を雇い、タカトの身辺調査もしてくれた。レナは相当な借金があり、それを返済するために夜の仕事をしていた。元彼のタカトが「社長の娘と付き合っている」と話したのを聞いて、取り入ることに成功したらしい。
私はレナに聞こえるように皮肉を込めて笑った。
「残念だったね、レナさん。計画が破綻しちゃって。タカトとは結婚破棄するし、慰謝料ももちろん請求させてもらうからね」
「別れるのだけはやめてくれ! 本当に愛してるのはお前だけなんだよ!」
タカトはカメラがどこにあるか分からないので、お尻をカメラに向けて土下座した。会場はその日一番の笑いに包まれた。
「無理だよ。私はもうあなたと一緒にいたくないし。私の両親もあなたの両親もぶち切れてるからね」
「なんで浮気を知ってて結婚式なんかしたんだよ!」
「私ね、最後の最後まで信じてたんだよ。タカトは浮気なんてしてないって。でも、気持ちいいくらいに裏切られちゃったからさ。今日は結婚式じゃなくて、私の復讐だよ。一生分後悔させてあげるから、覚悟してね。じゃあ、さよなら」
そう言って、私はモニターと電話を切った。
私は改めて列席者の方々にお詫びをした。実は、公開処刑をする前に、今日の結婚式が中止になることは説明していた。御祝儀は受け取らず、食事会になるから参加してほしいと伝えると、大半の人が残ってくれた。
最後に父に謝罪した。私の身勝手な復讐心で、社長の娘であることが知れ渡ってしまったことも、父が何か言われるかもしれないことも。しかし父は、目にうっすら涙を浮かべながら「よくやった」と褒めてくれた。
こうして、私の最悪な結婚式は幕を閉じた。その後、両親と親族を交えて話し合いをし、無事婚約破棄をすることができた。タカトには慰謝料に加え、結婚式のキャンセル代、いかがわしい行為に使用された家具一式を買い取ってもらうことにした。特注の家具だったので、それだけでもかなりの額になる。
タカトは泣きながら借金を頼んできたが、私は断固として応じなかった。レナにも慰謝料を請求したことで、彼女の借金はさらに上乗せされただろう。タカトには、父から直接解雇が言い渡され、1日で何もかも失った。父は同業他社にも顔が広い。彼のその後は想像に難くない。
私はと言うと、社長の娘という話が広がったが、あの復讐のおかげで男性社員からは恐れられ、迂闊に声をかけられることはなくなった。
これからはもっと見る目を養って、今度こそ素敵な人と出会いたい。



