朝の六時、短い痛みで目が覚めた。陣痛だと分かったのは、痛みの間隔が少しずつ縮まっていくのを感じた時だった。病院に電話すると、すぐに来てほしいと言われ、入院の準備をするように指示された。
寝室を出ると、夫の俊助が玄関で旅行かばんのファスナーを閉めていた。
「俊助、陣痛が始まったみたい。病院まで一緒に来て。」
彼は腕時計を見た。
「今日から母さんの還暦旅行だって、前から言ってただろ。」
「分かってる。でも病院からすぐ来るように言われたの。」
「タクシーを呼べばいいじゃないか。」
次の痛みが来て、私は壁に手をついた。
「お願い。せめて病院に着くまでそばにいて。」
俊助は旅行かばんを持ち上げた。
「出産は女の仕事だろ。俺がいたって何もできないよ。」
「あなたの子供でしょ。」
「かずやに頼めば済むだろ。弟なんだから、こういう時くらい使えよ。」
彼は靴を履き、玄関を出ていった。閉まったドアの前で痛みが収まるのを待ち、弟のかずやに電話をかけた。
「姉ちゃん、どうした?」
「陣痛が始まったみたい。病院へ行きたいの。」
「俊介さんは?」
私はすぐに答えられなかった。
「旅行に行った。」
電話の向こうが一瞬だけ静かになった。
「分かった。今から迎えに行く。荷物だけ持って座って待ってて。」
二十分ほどでかずやが来た。私の入院バッグを持ち、玄関の鍵を確かめ、車の座席を倒してくれた。俊助への文句は一言も言わなかった。
病院へ向かう途中、私は何度もスマートフォンを見た。
「空港に着く前に戻ってくるかもしれない。」
かずやは前を見たまま答えた。
「今は赤ちゃんのことだけ考えよう。」
診察を受けると、そのまま入院することになった。看護師から付き添いについて聞かれ、私は「夫も後から来ると思います」と答えた。でも、旅行を取りやめたという連絡はなかった。
待合室でかずやが訪ねた。
「退院したら、今の部屋に戻るのか。実家の工事はもうすぐ終わるんだろ。」
「予定では来週よ。俊助と三人で少しずつ引っ越すつもりだった。」
二年前、最後に残った父が亡くなった。遺産を整理した時、私は両親が暮らしていた実家を、かずやは預金を相続した。二人で話し合って決めたことで、不満は残っていない。実家は古かったが立地が良かった。妊娠が分かってから、私たちはそこをリフォームし、夫婦と生まれてくる子供の三人で暮らす準備を進めていた。
私は事務職のため、日中は現場に頻繁に行けなかった。そのため、業者との日程調整は俊助に任せていた。ただし、工事の契約者も家の所有者も私だった。
一ヶ月ほど前、俊助と一緒に工事中の家を見に行ったことがある。南向きの洋室には小さなクローゼットと淡い色の壁紙を選んだ。
「ここが子供部屋ね。」
私が言うと、俊助は部屋を見回した。
「赤ん坊のうちは使わないだろう。母さんを住ませてもいいんじゃないか。」
「一緒に住むってこと?」
「母さんがいれば育児も手伝ってもらえる。お前も助かるだろ。」
義母の京子は六十歳。三年前に夫を亡くしてから、賃貸アパートで一人暮らしをしていた。パートを続けていたが、最近は家賃や部屋の更新について俊助へよく不満をもらしていた。
「十年後の生活も分からないのに、今は決められないわ。落ち着いてから三人で話しましょう。」
私はそう答えた。俊助もその時は分かったと言っていた。
その一方で、義母の還暦旅行だけは早くから準備していた。一泊の旅行で、交通費も宿泊費も俊助がカードで払っていた。予定日に近いため、私は日程を変えられないかと頼んだ。
「予定日に生まれるとは限らないだろう。今さら取り消したらキャンセル料がかかる。」
俊助は取り合わなかった。そして本当に出発日の朝に陣痛が始まった。
病室でスマートフォンが震えた。俊助から空港の出発案内を撮った写真が届いていた。私は「病院に着きました」と返した。既読はついたが、返信はなかった。
午後になると痛みが強くなり、スマートフォンを見る余裕もなくなった。かずやが飲み物や食べ物を買ってきてくれた。
「仕事は大丈夫なの?」
私が尋ねると、かずやは袋を置いた。
「姉の子が生まれる日に、俺の仕事を心配しろって?」
夜、娘が生まれた。生まれた時、張り詰めていた力が抜け、涙が止まらなかった。
処置を終えて病室へ戻ると、かずやが廊下の椅子から立ち上がった。
「姉ちゃん、お疲れ様。」
目を赤くしていた。私は娘の写真を俊助へ送った。二時間ほどして返事が届いた。
「生まれたのか。写真、もう少し明るいのない?」
私の体調を尋ねる言葉はなかった。電話をかけたが、俊助は出なかった。代わりに義母の京子からメッセージが届いた。
「無事に生まれたなら安心ね。旅行中だから、何度も電話しないでちょうだい。」
私はスマートフォンを伏せ、娘の寝顔を見た。
翌日の午後、リフォーム業者から電話がかかってきた。
「西野様、南側の洋室について確認がございます。」
「何でしょうか?」
「ご主人から、子供部屋の仕様を取りやめて、お母様の寝室へ変更したいとご連絡をいただきました。」
私は聞き返した。
「いつの話ですか?」
「昨日です。収納とコンセントの位置も変えたいとのことでした。ただ、追加費用が発生しますので、契約者である西野様の承認が必要になります。」
俊助は、私が娘を産んだ日に旅行先から業者へ連絡していた。
「変更はしないでください。当初の予定通り、子供部屋として完成させてください。」
電話を切り、俊助へかけた。何度目かでようやく繋がった。最後の方から食器の音と彼の母の笑い声が聞こえた。
「工事の人から電話が来た。子供部屋を母さんの寝室へ変えるように言ったの?」
「ああ、その方が無駄がないだろう。」
「あそこは娘の部屋よ。」
「赤ん坊が一人で部屋を使うわけじゃない。しばらく母さんに使わせればいい。」
「私は同居を承諾してない。」
「母さんが手伝ってくれるんだから、むしろ感謝しろよ。もう母さんにも話してある。」
「変更は断ったわ。」
俊助の声が大きくなった。
「俺のメンツを潰す気か。」
「私の家の使い方を、どうして私に黙って決めるの?」
「細かい話は帰ってからでいいだろう。こっちは旅行中なんだ。」
電話は切れた。その直後、京子から家具店の写真が何枚も送られてきた。
「南の部屋なら、このベッドも置けるわね。俊助から、これからずっと住んでいいと聞いたわ。」
俊助が私に言った「しばらく」と、京子に伝えた話は違っていた。
私はかずやへ連絡した。病室へ来たかずやに、業者からの電話と俊助の返事をそのまま話した。
「姉ちゃんはどうしたい?」
「私とこの子だけで実家へ行きたい。」
「俊介さんの荷物はどうする?」
「触らない。私と娘のものだけ運びたい。」
かずやは私の顔を見てから頷いた。
「分かった。手配する。」
私は自分の鍵をかずやに渡し、運び出すものを一つずつ伝えた。衣類、仕事の書類、娘の布団、ベビーベッド、退院後に必要な日用品。共有の家具や俊助の私物は残した。業者にも改めて連絡し、南の部屋を当初の設計通り完成させてもらった。
退院の日、私は賃貸住宅へ戻らず、そのまま実家へ向かった。南向きの洋室には選んだ壁紙と小さなクローゼットがあった。かずやが組み立てたベビーベッドも置かれていた。私は俊助に、無事に退院したことだけを伝えた。居場所は書かなかった。
俊助が旅行から戻ったのはその日の夕方だった。スマートフォンが鳴った。
「おい、子供はどこだ?」
「私と一緒にいる。」
「どこにいるんだよ。お前の服も赤ん坊のものもないぞ。」
「実家よ。」
「勝手に引っ越したのか。」
「帰ってから話すと言ったでしょう。」
「そこで待ってろ。母さんと今から行く。」
三十分後、玄関のチャイムが鳴った。かずやには娘を見てもらい、私は玄関へ出た。扉の外には旅行かばんを持った俊助と京子が立っていた。京子は私の顔を見ると笑顔を作った。
「赤ちゃんの顔を見せて。それから私の部屋を確認したいわ。」
「お母さんの部屋はありません。」
京子の笑顔が止まった。
「何を言ってるの? 南向きの部屋を使っていいと聞いているわよ。」
「私は一度も了承していません。」
俊助が前に出た。
「母さんは今の部屋を引き払うんだぞ。今さらダメなんて言えるか。」
「私は出産後に話し合うと言った。住んでいいとは言ってない。」
「夫婦で住む家だろ。母親を一人住まわせるくらい、俺にも決める権利がある。」
「この家は私が両親から相続した家よ。それに、私とあなたと子供で暮らすために直した娘の部屋を、義母さんへ渡すためではないわ。」
京子が俊助を見た。
「俊助、この家はいずれあなたのものになるって言ったじゃない。」
「今はそんな話じゃないだろう。私が更新を断ったのよ。来月には今の家を出なきゃいけないのよ。」
俊助が苛立った声をあげた。
「俺だって今の部屋は月末で解約したんだぞ。ここに入れなかったら、住む場所がない。」
私は初めてその話を聞いた。
「賃貸まで解約したの?」
「どうせここへ移るんだから、家賃がもったいないだろう。」
「私に何も言わずに。」
「だから予定通り俺たちを入れれば済む話だ。」
京子が俊助の腕を掴んだ。
「話が違うじゃない。家賃はいらないし、仕事も減らせるって言ったでしょ。あなたが赤ちゃんは日中家にいるから、子育ても私のこともできるって言ったでしょう。」
俊助は京子の手を振り払った。
「じゃあ母さんは別の部屋を探せばいいだろう。俺は彩子と話す。」
「何よそれ。私の還暦祝いを約束したのはあなたでしょ。」
二人の声が玄関先に響いた。俊助は私へ向き直った。
「彩子、母さんのことは後で考える。俺だけでも入れてくれ。」
「困った途端に、次は母親を後回しにするの?」
「子供のためだ。父親が必要だろう。」
「その子が生まれる日に旅行を選んだのはあなたよ。」
俊助は口を閉じた。家の中から娘の鳴き声が聞こえた。俊助が扉へ手を伸ばした。
「合わせろ。俺の子だぞ。」
私は抑えた声で言った。
「今日は帰って。娘のこと、養育費、離婚については、第三者を入れて話します。」
「離婚って本気で言ってるのか?」
「本気よ。」
扉を閉める直前、京子が俊助へ怒鳴る声が聞こえた。
その後、俊助は離婚を拒んだ。話し合いではまとまらず、調停を経て離婚が成立した。娘は私と暮らし、俊助は毎月の養育費を支払うことになった。娘と会えるのは、事前に決めた月一回の面会日だけになった。
月末には、俊助が解約した賃貸住宅の退去日が来た。俊助は旅行代の支払いを抱えたまま別の賄貸を借り、京子もパートを続けながら別の賃貸住宅へ移った。二人が当てにしていた南向きの部屋は、どちらのものにもならなかった。
一年半後、私は育休を終え、元の職場へ戻っている。朝は娘を保育園へ送り、そのまま会社へ向かう。迎えに間に合わない日だけかずやに力を借り、それ以外の予定は自分で決めている。
ある夕方、仕事を終えて娘を迎えに行くと、私を見つけた娘が両手を広げて走ってきた。実家へ帰ると、娘は南向きの部屋から絵本を持ってきて私の膝へ置いた。
「ママ、読んで。」
私は仕事鞄を下ろし、娘を膝に乗せた。今の暮らしを選んだことに後悔はない。ただ、あの日家まで来た俊助に娘を一目も合わせず扉を閉めたことだけは、今も胸に残っている。
私たちを置いて旅行へ行った人でも、娘の父親ではあった。あの日、娘を合わせず扉を閉めた私の選択は、本当に正しかったのだろうか。



