「俺に黙って、家を出ていくつもり?」引っ越し当日、朝に家を出たはずのニートの兄が、勝ち誇った笑みを浮かべて私の前に立ちはだかった。28歳で一度も働いたことがない兄に、私は毎日「大した金ももらえないのにバカじゃねえの?」と馬鹿にされ続け、挙句の果てには両親を人質に取られて給料を渡していた。それなのに彼は、私が必死に稼いだお金でキャバクラに通っていた。逃げ出そうとした私に、兄はポケットから私の通…

「俺に黙って、家を出ていくつもり?」引っ越し当日、朝に家を出たはずのニートの兄が、勝ち誇った笑みを浮かべて私の前に立ちはだかった。28歳で一度も働いたことがない兄に、私は毎日「大した金ももらえないのにバカじゃねえの?」と馬鹿にされ続け、挙句の果てには両親を人質に取られて給料を渡していた。それなのに彼は、私が必死に稼いだお金でキャバクラに通っていた。逃げ出そうとした私に、兄はポケットから私の通...

引っ越し当日、私はリビングの扉を開けた瞬間、息が止まった。
そこには、今朝家を出たはずの兄が立っていた。
「俺に黙って、家を出ていくつもり?」
兄はにやにやと笑いながら、私の前に立ちはだかった。
私は動揺を必死に隠して、口を開いた。
「… なんでいるの。今日は外出するって聞いてたけど」

私の名前は赤木さほ、25歳。社会人4年目。
今の会社には希望して入社し、仕事も充実している。
大学を卒業してからも、私は実家から通勤していた。
父と母、そして三つ上の兄・夜との4人暮らし。
仕事から帰れば温かいご飯とお風呂が用意されていて、周りに1人暮らしをしている友人が多いこともあって、その生活はありがたいと思っていた。
母は「ずっと家にいていいよ」と言ってくれるが、自立のためにもそろそろ1人暮らしを考えていた。
しかし、実家を出たい理由は、それだけではなかった。
私は、兄と一緒に暮らすのが嫌だった。

兄は、働いていない。28歳になった今も、父と母に養われて実家で暮らしている。
家に金を入れることもない。
昔の兄は、頭が良くて明るく、友達も多かった。私もそんな兄を尊敬し、勉強も教えてもらった。
しかし、高校に入った途端、兄は変わってしまった。
目標としていた高校に入学した兄だったが、周りには自分より優秀な人間がたくさんいた。
そこで落ちこぼれてしまったのだ。成績は落ちていき、大学にも落ちた。
それから、働くこともせず、10年が経った。
最初は精神的に辛いのだろうと思い、何も言わなかった。
しかし今の兄は、まったく辛そうには見えない。
むしろ両親に迷惑をかけながら、好き勝手に生きているようにしか見えなかった。
気晴らしと称して出かけたり、両親のお金で買い物もしている。
尊敬していただけに、そんな兄を見るのが私は嫌だった。
それでも苦労するのは両親なのだからと、私は兄に口出しはしなかった。

私が兄を嫌う理由は、それだけではない。
兄はいつも上から目線で、私にひどいことを言ってくる。
毎日会社に出勤して働く私を、馬鹿にしてくるのだ。
「大した金ももらえないのに、バカじゃねえの?」
「お前は頭も良くないから、仕事も遅いんだろうね」
仕事から帰宅した私に、兄は毎日のようにそんなことを言ってくる。
大学受験に失敗して10年もニートの兄に言われても、傷つくことはなかった。
しかし、疲れて帰るたびに言われ続けると、精神的にしんどくなってくる。
確かに給料がいいわけでも、頭がいいわけでもないから、何も言い返せない。
それでも、頑張っている人を馬鹿にする兄が許せなかった。
そして、私が兄に言い返さないのには、理由があった。
兄は何か嫌なことがあると、大声を出したり、物に当たったりするのだ。
そんな姿を見るのは余計に疲れるから、何も言い返さないようにしていた。
母に相談したこともあるが、父も母も、兄がそんな人間だとは知らない。
兄は両親の前では暴言を吐くことも、物に当たることもなく、いい子を演じているからだ。
その演技を両親は信じきっていた。
だから、私が何度言われたことを話しても、想像もできないから、信じてもらえない。
確かに兄は両親にはとても優しく、穏やかな口調で話し、体調を気遣い、家事を手伝うこともある。
それに両親は、兄がニートになってしまったのは、プレッシャーをかけた自分たちに責任があると思っているようだった。
ニートのままでいいとは思っていないが、いつかはまた戻ってくれると信じている。
私は、兄の機嫌を損ねないように、何を言われても耐えるしかなかった。

そんなある日、兄は私にもお金を要求するようになった。
もちろん、私は兄に1円も渡したくない。
「金が欲しいなら、自分で働いて稼ぎなよ。妹にそんなこと言って、恥ずかしくないの?」
いつもは強く言わないが、この日ばかりは黙っていられなかった。
しかし、兄には私の言葉が響いていないようだった。
「あ、そう。別にいいけど。その分、父さんと母さんにもらうから」
「最近父さん、体調悪いみたいだけど、大丈夫かな?」
断る私に、兄はそう言った。
確かに最近父の体調が良くない。通院の回数も増え、母も不安にしている。
そんな中で兄がお金を要求したら、二人はきっと渡してしまう。
これ以上、両親が苦労するのを見たくない私は、黙って兄にお金を渡すしかなかった。
実家に住んで甘えているのだから、両親のためにもそれが一番いいと、自分に言い聞かせた。
そして、私がお金を渡すようになってから、兄はよく外出するようになった。それも、夜遅くに帰ってくるようになった。
会わなければ嫌な思いをすることも減るため、私は嬉しかったが、ふと疑問にも思った。
ニートで友達もいない兄が、こんな時間に何をしているのだろう。
もしかすると、私の渡したお金で遊んでいるのかもしれない。
母に聞いてみることにした。
「なんか、勉強しに行っているみたいよ。家でやるより集中できるみたい」
母の言葉を聞いて、私は驚いた。兄が勉強しているなんて、信じられなかった。
しかし母はとても嬉しそうにしている。兄が変わり始めていると思っているのだろう。
そんな母を見て、私ももしかしたら、兄なりに変わろうとしているのかもしれないと思い始めた。
元々勉強も好きだったし、学生の時も外で勉強していたようだ。
疑問に思うこともあったが、両親が信じているのだから、私もこれ以上詮索しないでおこうと考えた。

ある日、会社の飲み会があり、帰宅が遅くなった。
同僚や上司に挨拶をして帰ろうと歩いていると、私は衝撃的な光景を目にする。
兄が、女性と親密そうに歩いていたのだ。
驚いた私は、兄に気づかれないように様子を探る。
彼女だろうか。しかし、どうやら相手はキャバクラの女性のようだ。メイクも濃く、格好も派手だった。
ダメだと思いながらも二人の後をつけると、やはり二人はキャバクラに入っていく。
その光景を見た私は、だんだんと怒りが湧いてきた。
兄は、私や母に嘘をついて、家族のお金で遊んでいたのだ。
何より、兄の言いなりになって、自分の稼いだ大切なお金を渡していた自分にも腹が立つ。
そして今まで我慢していた感情が、途端に溢れてしまった。
もう、そんな兄と一緒に暮らすなんて耐えられない。
私はある決意をして、感情を抑えながら家に帰った。

「大事な話があるの」
あれから色々と考え、私は1人暮らしを決意した。
母に話があると連絡し、兄が出かけている時間に、父と母にそのことを話した。
「そうなの?寂しいけど、決めたなら仕方ないわね」
「まあ、困ったことがあればいつでも帰っておいで」
元々会社の近くに引っ越そうかと話していたこともあり、反対されることはなかった。
私が家を出る理由は、兄と一緒にいたくないからだけれど、その理由を両親には話さなかった。
私がひどいことを言われていたことや、お金を要求されていたと知れば、きっと自分たちを責めるだろう。
両親が嫌な思いをしないためにも、私は何も伝えなかった。
兄に家を出ることがバレたら、引っ越しの邪魔をされるかもしれない。
私はできるだけ兄に知られないように準備をした。
無事に物件も決まり、引っ越しの日も決まった。
最近の兄は、夜だけではなく昼間も出かけることが増えた。
また遊んでいるのだろうと不快に思ったが、家にいないのならバレることもなく好都合だ。
兄が外出している間に引っ越しを終わらせようと計画を立てた。

そして、引っ越し当日。
計画通り、兄は外出中だと母が言う。
素早く荷物を運び出し、リビングで両親と雑談をした。
一度も家を出たことがない私は、両親が少し寂しそうにしているのを見て、私も寂しくなった。
しかし、あんな兄から逃げるには、これしかないのだ。
そろそろ出発しようと私が席を立った時、リビングの扉が開いた。
「俺に黙って、家を出ていくつもり?」
そう言いながら、いないはずの兄がリビングに入ってきたのだ。
「なんで… お兄ちゃんがいるの?」
驚いている私を見て、兄は満足そうに笑った。
「バーカ。お前が考えることなんて、大体分かるよ。残念だけど、1人暮らしは諦めた方がいいと思うよ」
兄は馬鹿にしたように笑いながら言った。
私にとってはいつも通りの言葉遣いだったが、両親は驚いて固まっている。
いつも優しい”いい子”の兄しか、両親は知らないからだ。
「どういう意味?お兄ちゃんには関係ないでしょ」
意味が分からずに聞き返すと、兄は吐き捨てるように言った。
「お前がいなくなったら、俺の使える金が減るだろ。勝手に出ていくとか、許さないからな」

妹にそんなことを言って恥ずかしくないのか、私は呆れてしまった。
「バカじゃないの?もうお兄ちゃんにお金は渡さないから、そろそろ自分で働いてお金を稼いだら?」
私はそう言い捨てて、兄の横を通り、リビングから出ようとした。
その時、背後から兄のケラケラという笑い声が聞こえた。
不気味な笑いに思わず振り返ると、兄はポケットから何かを取り出した。
「お前の通帳とカードは、俺が持ってるから」
「もう出ていくなら、好きにすれば?」
そう言って、勝ち誇ったように私の通帳とカードを見せてきた。
「なんで…

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それを」
「お前がバカで本当に良かったよ」
どうやら兄は、私の荷物から勝手に通帳とカードを盗み出したようだ。
いくら何でも、身内である妹の通帳とカードを盗む兄がいるだろうか。
どうしてこんな人が家族なのだろうと、悔しくなってしまう。
そんな私の悔しそうな表情を見て、兄はますます嬉しそうにしている。
「1人暮らしして逃げようとしてたみたいだけど、残念だな。一生、お前は俺の金づるだから」
勝ち誇ったように言う兄を見て、あまりのおかしさに、私は吹き出してしまった。
「あ、バカなのはどっちよ」

私の挑発するような態度に、兄は驚いている。
まさか言い返されるなんて思ってもいなかったのだろう。
「そんな通帳とカードだけで、何ができると思ってるの?社会に出たこともないと、そんなことも分からないのね」
兄の手には私の銀行口座はあるが、もちろん暗証番号も知らない。
それなのにドヤ顔で勝ち誇っているのだ。
一度も働いたことも、自分でお金を稼いだこともない28歳が、そんなことも知らないのだ。
今まで散々馬鹿にしてきた妹に馬鹿にされ、兄は何も言えなくなってしまっている。
「どうせお金を奪うことなんてできないんだから、返してよ」
そう言って私は兄の前に手を差し出すが、兄は返そうとしない。
まだどうにかしようと思っているのだろうか。
「お、お前が払わないと、父さんと母さんが苦しむんだぞ」
兄は私を脅すように言った。
両親のことを出せば、私が従うと思っているのだろう。
「じゃあ、あんたがしてること全部話すけど、いいの?」
私が同じようにそう言って脅すと、兄は動揺して目を泳がせている。
そして、いい機会だと思い、私は口を開いた。
「私の一生懸命稼いだお金で、またキャバ嬢に貢ごうとしていたの?」
兄は驚いて、 「どうして知っているんだ」 と言わんばかりの表情だ。
両親も驚いて、 「どういうことだ」 と言っている。
両親たちの言葉に、兄はまずいと思ったのか、必死に否定し始めた。
「な、何言ってるんだよ。勝手なこと言うな。そんな嘘、誰が信じるって言うんだ?」
一向に認めない兄に呆れた私は、スマホを取り出した。
そして、ある動画を流した。
それを見た兄も、両親も、驚いて固まってしまっている。
それは、兄がキャバクラで派手に遊んでいる動画だった。
私は同僚に協力してもらい、しっかり動画まで撮っていたのだ。

「おい、どういうことだ?」
父は肩を震わせながら、低い声で兄を問い詰める。
相当怒っているのが伝わってきた。
「資格の勉強するって言ってたじゃないか」
どうやら兄は、キャバ嬢のSNSを見て一目惚れし、お店に通っていたのだ。
もちろんお金のない兄は、最初は両親からもらうお小遣いで遊んでいた。
人と関わってこなかった兄は、キャバ嬢の営業トークにまんまと引っかかり、それだけでは足らず、私からもお金を要求するようになった。
そしてついに、それでもお金が足りず、兄は両親に嘘までついたのだ。
実は兄は、資格を取ると言って学校に通うと嘘をつき、高額な教材費や通学費を両親からもらっていたのだ。
兄のことを信じていた両親は、兄の言った通りにお金を渡していたらしい。
自分を信じてくれる人を裏切ってまで、そんなことをした兄は、許されるはずがない。
全てを知った父と母は、見たこともないような怒りに満ちた顔をしている。
「今まで俺たちのせいだと反省して、お前の世話をしてきたが、もう終わりだ。今すぐ、この家から出ていけ」
父は聞いたこともないような大きな声で、兄を怒鳴りつけた。
両親は、自分たちのせいで兄がこんな風になったのだと、ずっと責めていた。
そして心から、兄が変わることを信じて願っていたのだ。
そんな生活を10年も続けていたのだから、両親が怒るのも無理はない。
父と母の優しさに付け込んで好き放題していた兄は、もうどうすることもできないのだろう。
父に怒鳴られて怯えながら、母に泣きついている。
「母さん、お願いだ。家事も手伝うから」
しかし、母もまた、兄を許す気はなさそうだ。
「そんなのいらないから、すぐに出てってちょうだい」
両親に初めて厳しく言われた兄は、小さな子供のように顔を俯かせている。
そして今度は、私にまで助けを求めようとしたが、私はそんな兄の言葉を遮った。
「今までのお金も、全部私たちに返してね」
私が冷たくそう言い放つと、兄は諦めたのか、そっと通帳とカードを置いて、部屋から出ていった。

あれから、兄は無事に実家から出ていった。
最初は抵抗していたが、あの日から両親は兄と一切口を聞かなかったようだ。
そんな生活が続き、兄も家を出るしかないと思ったのだろう。
今は、1円もお金は渡していないようで、住み込みのバイトを始めたらしい。
数少ない友人にもお金を借りていたらしく、返済に困っているようだ。
もちろん、お気に入りのキャバ嬢からも相手にされなくなり、誰もいなくなってしまったそうだ。
それから何度か実家に連絡をしてきたそうだが、両親は甘えるなと言って突っぱねたらしい。
一度も働かずに、周りの人に甘えて生きてきた兄にとって、今の生活はとても厳しいだろう。
それでも、いつかは兄が変わってくれたらいいと思っている。
あれから両親は私に何度も謝罪をしてくれた。
しかし、そんな両親を私は責めることはない。
むしろ、何があっても自分たちの息子を信じていたのだから、いい親だと改めて感じた。
父はずっと体調が悪かったが、兄がいなくなってすっかり良くなった。
どうやら兄を心配するあまり、精神的に疲れていたようだ。
私は、兄がいなくなったのだから家を出る必要もないかと思ったが、予定通り1人暮らしを始めることにした。
毎日仕事をして家事をして、1人暮らしの大変さを知った。
私も両親に甘えていたのだと反省し、早く親を安心させたいと考えている。