あの日のカフェで、幼なじみのリオがスマホの画面を私に向けながら言った。「高晴君は、ブスのあんたにはもったいないわ。だから、美人な私がもらってあげる。」2ヶ月前、夫を紹介したその日から、彼女は私の知らない夫のエピソードを嬉しそうに語り、私は完璧な妻を演じ続けていた。証拠写真を見せられ、俯いて肩を震わせる私を見て、リオは勝利の笑みを浮かべる。その時、私はゆっくりと顔を上げて微笑んだ。「いいよ。そ…

あの日のカフェで、幼なじみのリオがスマホの画面を私に向けながら言った。「高晴君は、ブスのあんたにはもったいないわ。だから、美人な私がもらってあげる。」2ヶ月前、夫を紹介したその日から、彼女は私の知らない夫のエピソードを嬉しそうに語り、私は完璧な妻を演じ続けていた。証拠写真を見せられ、俯いて肩を震わせる私を見て、リオは勝利の笑みを浮かべる。その時、私はゆっくりと顔を上げて微笑んだ。「いいよ。そ...

「ブスなあんたにはもったいないわ。美人な私がもらってあげる。」

幼なじみのリオにそう言われた時、私は俯いていた顔をゆっくり上げて、自然と上がる口元を隠せなかった。

私の名前は相川美春。派遣社員としてジムの仕事をしている26歳だ。2歳年上の夫・高晴と結婚して1年半ほどになる。

高晴とは派遣先の会社で出会った。彼は取引先の大企業で働く営業マンで、清潔感のある見た目といつも微笑んでいるような穏やかな雰囲気から、男女問わず人気があった。そんな彼から連絡先を聞かれた時は心臓が飛び出るかと思ったが、私たちは急速に距離を縮め、やがて交際に発展し、トントン拍子に結婚に至った。

周りは口を揃えて「いい人を掴んだね」と言ってくれた。ハイスペックな夫だと褒められるたびに、私はくすぐったい気持ちになったものだ。

夫の高晴の他に、もう一人、私の人生を語る上で重要な人物がいる。幼なじみのリオだ。

リオは実家が近く、幼稚園からの付き合いで、幼い頃の関係は親友とも言えた。幼稚園から高校まで同じ学校に通い、大学で私が地元を離れたことで疎遠になったが、最近になって再会した。リオは引っ越してきた町で偶然私に出会えたことを喜び、改めて連絡先を交換してからは頻繁に連絡してくるようになった。

しかし、私はリオとの再会が嬉しいばかりではなかった。お互いに大人になったとはいえ、彼女に対して少し嫌な思い出があったからだ。

平たく言えば、彼女には人のものを盗む癖がある。普段は明るくてリーダーシップもあるリオだが、昔は少々傲慢な性格で、自分が欲しいものは奪ってでも手に入れるタイプだった。特に一緒にいることが多かった私の持ち物はよく標的にされた。幼稚園の頃のお気に入りのヘアゴムに始まって、疑惑止まりのものも含めると両手では足りないくらいの被害がある。

被害に気づいて「それ、私のものでしょ」と文句を言っても、彼女は決まって「だって可愛い私の方が似合うから」と悪びれなかった。その上、第三者には「美春が喜んで私に譲ってくれた」と嘘をつくタイプだから始末が悪い。私は年を重ねるにつれて、徐々に彼女と距離を置くようになっていった。

いつも押しの強いリオに振り回されてきた私は、今回も押し切られて再び連絡を取り合うことになったのを早くも後悔していた。

社会人になって再会したリオは、キラキラしたSNSの投稿とは逆に、腹の中まで真っ黒に成長していた。

彼女から送られてくるLINEは日々の愚痴が大半だ。「職場の女がうざい」とか「彼氏がデート代を割勘にし始めて使えないから捨てた」とか、返事をするのも面倒な内容ばかり。最近は結婚に焦っているのか、食事会に参加したが「他の参加者のレベルが低くて時間の無駄だった」という文句が長文で送られてきた。

リオのSNSの写真はどれもニコニコとした笑顔で、可愛いカフェのケーキや新作のデパコスで溢れている。「毎日が幸せ」という投稿の裏で、彼女がこんなに他人を下げる発言ばかりしていることを、一体どれだけの人が知っているのだろう。

そして、内容がひどいだけではなく、リオは夕方や夜遅くなどに連絡してくることが多い。仕事を持つ私はリオにかまっている時間もなく、だんだんと返信が遅くなっていった。

ある日、仕事の帰りにマンションの前で名前を呼ばれて、声のした方に振り返った。小走りでこちらに向かいながら手を振っているのはリオだった。私は立ち止まってしまったことを後悔したが、時すでに遅し。リオは私の背後にあるマンションを見上げると、「こんなにいいところに住んでいるのか」と目を丸くした。

嘘をつくわけにもいかないので肯定したが、早くこの場を立ち去りたくて、一言二言で会話を切り上げようとした。しかしリオは私の腕を掴んで引き止めた。

「ねえ、ここの家賃っていくら? 美春、仕事は何してるんだっけ?」

私の住んでいるマンションを見て初めて、私の近況に興味を持ったのだろう。聞かれたのは年収や貯金額、親からの支援など、こんなところで立ち話をするような内容ではなかった。私があまり探りたくなくて、のらりくらりと受け答えをしていると、タイミングが悪いことに夫の高晴が帰宅して、私たちと鉢合わせしてしまった。

「え、もしかして旦那さん? すごいイケメンじゃない!」

仕方なくリオに高晴を紹介すると、彼はにこやかに挨拶を交わして、「家に上がってもらおうか」と言い出した。私たちは身内だけで結婚式をしたため、リオと高晴は今日が初対面だ。普通ならこんな夕方にいきなり家に招かれても遠慮するものだと思うが、リオは目を輝かせて「是非!」と答える。

私はリオの反応に嫌な予感がしたが、最終的に高晴の言う通り彼女を自宅に招き入れ、その日は我が家で夕食を振る舞うことになった。

それからというもの、リオからの連絡の頻度はさらに増し、内容も露骨に高晴の話ばかりになっていく。2人はうちで食事をした時に連絡先を交換していたようで、高晴とのやり取りの内容をリオが私に報告してくるのが日常のようになっていた。リオから送られてくる文面は、まるで彼氏とのやり取りに浮かれる高校生のようで寒気がする。

一方で、高晴も初めはリオとの会話を私に逐一報告していたのだが、しばらくすると意図的にその話題を避けるようになった。私は2人の関係に確信めいた疑念を持ち始め、今まで以上に甲斐甲斐しく高晴に尽くすようになっていった。

「高晴君って、意外と可愛いところもあるよね。」

リオと高晴が初めて顔を合わせてから2ヶ月が経とうとしていたある日曜日。私はリオにお茶をしようと誘い出された。その日は義母に実家の用事を頼まれていたが、正直に事情を話して予定をキャンセルしてもらう。

待ち合わせのカフェに着くと、リオはすでに注文を済ませたようで、ゆったりと時間を過ごしていた。機嫌が良さそうなリオに促されて私もコーヒーを注文し、運ばれてくるまでは他愛もない話で盛り上がる。実際には、いつものごとく職場の悪口を言い始めたリオに当たり障りのない相槌を打っているだけだったが、それでも少しは緊張が解けたような気がした。

妙にニヤニヤとしたリオの笑顔が気になるけれど、今日は彼女のペースに飲まれることはないと思う。

お互いの前にコーヒーカップが置かれて、リオはようやく本題に入れると言わんばかりに背筋を正した。

「それにしても、高晴君っていい旦那さんよね。」

彼女が唐突に切り出したのは、やはりと言うべきか、高晴の話だった。私は思わずごくりと音を立ててコーヒーを飲み、こちらの反応を伺っているリオに視線を向ける。リオはにっこりと目を細めて、高晴はイケメンだ、ハイスペックだと褒め出した。私はありがとうとお礼を言いながらも、つまらない謙遜した返事を返す。

するとリオは、日陰側を歩いてくれるとか、エスカレーターで手を差し出してくれるとか、具体的なエピソードまで語り始めた。もう私抜きで会っていることを隠す気もないようだ。

リオは言葉数が少なくなっていく私に気がついたのか、面白がるように「あんなに完璧な夫なのだから、何も文句などないだろう」と私に問いかける。

私は彼女の意地悪な意図に気づきながらも、苦笑いして「どんな人にも欠点はあるものだ」と答えた。

「それでも私なら欠点ごと愛せるな。だってあんなにハイスペックなのよ。本当に完璧よね。」

リオはだんだんと言葉に熱がこもっていく。私は表情を取り繕うこともなく、「化粧室に行く」と言って、その場から逃げるように席を立った。

気持ちを落ち着かせてから席に戻ると、リオは2杯目のコーヒーを飲みながら、最高の笑顔を私に向けた。私のコーヒーはすっかり冷めていて、口をつける気にはなれずため息がこぼれる。その様子を見たリオは、勝利を確信したように畳みかけた。

「美春、もう分かってるんでしょ?」

にこやかにそう切り出したのは、高晴との不貞行為の事実だった。ご丁寧にスマホで証拠写真まで見せられて、私は耐え切れず俯いて肩を震わせる。

「高晴君は、ブスのあんたにはもったいないわ。だから、美人な私がもらってあげる。」

リオが楽しくて仕方がないと言った様子で笑うのを聞いて、私はゆっくりと顔を上げ、微笑んだ。

「いいよ。そこまで言うなら、リオにあげるね。」

私は何食わぬ顔で笑顔のまま了承した。予想外だったらしいリオは、「意味が分からない」という様子で固まってしまった。

私はそんな彼女を無視して、「紹介したい人がいる」と告げる。するとリオはさらに混乱して、「紹介したい人とは誰なのか」「本当に離婚で構わないのか」と早口で私に質問を投げかけた。それでも私は一切答えず、冷めたコーヒーを飲みながらその人の到着を待つ。

それから3分もかからずにやってきたのは、高晴を連れた義母だった。実は先ほど化粧室に行くと言って席を外したのは、事前に打ち合わせをしておいた義母をこの場に呼ぶためだったのだ。

突然の高晴と義母の登場に、リオは言葉を失って凍りつく。しかし義母はそんなことにまるで関心がないようで、自分は私の隣に、高晴をリオの隣に座らせると、メニューも見ずに紅茶を2つ注文した。

リオは高晴と一緒に現れたこの女性が義母だということを察したのだろう。チラチラと視線を向けて、居心地が悪そうにしている。この状況を予見していた私でも、息が詰まりそうだ。

私は義母が紅茶を一口飲んだのを見てから、苦しい空気を吹き飛ばすような明るい声で紹介する。

「お母さん、こちらが高晴さんの浮気相手のリオです。」

私の言葉を聞いたリオは顔を真っ赤にして、義母ではなく高晴を勢いよく見た。それはどうにか助けて欲しいというすがるような視線だったが、高晴は気まずそうに横を向いてしまう。こういう時の高晴の態度なんて分かりきっていたし、私は今更驚くことはない。

義母も全く気にした様子はなく、慌てふためくリオに冷たい視線を向けると、落ち着いた声で「本当に2人は愛し合っているのか」と尋ねた。

高晴はびくっと肩を揺らして俯いたが、リオは対照的にまっすぐ義母を見つめ返す。

「もちろんです。」

こうなってしまっては仕方がないと思ったのか。はたまた義母を味方につけるチャンスだと思ったのか。リオは私に宣言した時のように胸を張る。そして、どんな欠点も受け入れられるくらい愛していると、義母の目を見て言い切った。

それを聞いた義母は、静かに記入済みの離婚届を鞄から取り出す。驚くリオと対照的に、私は予定通り自分の前に差し出された離婚届を受け取って、淡々と財産分与などについて話を進めた。ここに来てから一言も喋らない高晴をそっちのけにして、私はリオにある提案を持ちかける。

不貞行為の事実がある以上、慰謝料は請求するが、リオと高晴が結婚するのなら財産分与の請求権は放棄するという内容だ。一見すると私が損をするように思えるが、実際には夫婦の共有財産は高晴の使い込みによって大して残っていないことを知っている。だから私はよりスムーズに話を進めるために、微々たる財産は放棄することに決めたのだ。

リオはちらりと義母を見てから私に向き直り、「喜んで結婚する」と頷く。自分磨きに金をかけて貯金がないと言っていたリオだが、高収入の高晴が自分の分も払ってくれると考えたのだろう。

私は全ての話がまとまると、今日の会話を録音していることや、他にも不貞行為の証拠となり得るものを持っていることを伝えた。そして、慰謝料は一括で支払うように念押ししてその場を離れた。高晴は力なく頷いただけで、最後まで一言も喋らない。私が鞄に入れておいたレコーダーの最後には、義母が持ってきていた婚姻届にサインをしながらはしゃぐリオの声が録音されていた。

私たちのスピード離婚から3週間が経った頃、あれ以来初めて連絡を取るリオが焦った様子で電話をかけてきた。何やら「話が違う」だとか「騙された」だとか、うるさいほどにわめき散らしている。

改めて話を聞いてみれば、高晴にはリオの他にも浮気相手がいて、そちらからも慰謝料を請求されたらしい。高晴は独身だと嘘をついて女子大生と交際しており、婚約まで話が進んでいたそうだ。

私は女子大生との浮気を以前から知っていたので、思わず吹き出した。さらに言えば、リオと高晴が初対面の日に、彼が次の浮気相手にリオを選んだであろうことも分かっていたのだ。

私に浮気を隠しているつもりの高晴は、普段なら帰宅後すぐに「走りに行く」と言って外出するのだが、あの日はリオを家に上げて楽しそうに話していたことを覚えている。だから全ての準備が整うまでは、私に不利な材料を作らないために完璧な妻を演じたし、できることから証拠も集めていた。

準備が整ってから迎えたあの日曜日、義母に約束をキャンセルする電話をかけた際に、曲がったことが大嫌いな義母に高晴の浮気も含めて全てを話した。昔から義母には頭が上がらない高晴なら、義母さえ味方につければすんなり離婚に応じると思った。騙されていた女子大生には慰謝料を請求できないが、高晴が既婚者だと分かっていて近づいたリオになら請求ができる。つまり、悲しいことに、2人に裏切られることなんて、私にとっては予想の範囲内だった。

私が込み上げる笑いを落ち着けようとしていると、リオは憔悴した様子で義母のことを語り始める。

私への慰謝料は、高晴は自分の貯金からギリギリ支払ったが、リオは当てにしていた高晴に頼れず、義母に立て替えてもらっていた。しかし直後から強く返済を迫られ、今は家賃を浮かせるために実家に同居しているらしい。義母の監視は厳しく、働いても好きなものは買えないし、料理や掃除も一から叩き込まれている。どんなにリオが義母から辛く当たられても、高晴は助けてくれないそうだ。高晴は元々義母に頭が上がらない上に、今回のことで大目玉を食らっているのだから当たり前だが。

リオは感情が高ぶったのか、泣きながら私に訴える。私は冷たい口調でそれに答えた。

「リオなら、欠点も含めて愛せるんでしょ。高晴はハイスペックで完璧だもんね。」

いつかの彼女の言葉をそっくり返して電話を切り、そのまま着信拒否に設定した。

あれからしばらく経って、元義母が私に一度連絡をくれた。その後のリオは、なんとか義実家を離れようと高晴を説得したり、知り合いにお金を借りて自分だけでも逃げようと画策したりしたが、失敗に終わったらしい。昔からの行いで周りに距離を置かれていたことに気づかず、結婚した時に「右往左往して私の夫を奪った」と周りに話したせいで、完全に友人たちから縁を切られていたそうだ。

元義母は、慰謝料という責任を放棄したまま逃げようとしたリオを許さず、彼女の実家にも今回の顛末を証拠付きで説明した。実家からも縁を切られたリオには、頼れる先が残っていない。少なくとも元義母に借金を返すまでは、女子大生への慰謝料を背負った高晴と共に、元義母の厳しい監視下に置かれることになるだろう。

私は引っ越しを余儀なくされたけど、朝のコンパクトな物件で一人暮らしを満喫している。引っ越しに伴って派遣先は変わってしまったが、正社員にならないかという誘いもあって、人生が再スタートしたかのようなワクワクした毎日だ。

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