「お姉ちゃん、助けて。」 妹が病院に運ばれたと聞いて駆けつけると、そこには頬がこけ、傷だらけで横たわる妹がいた。医師の診断は、極端な栄養不足。交通事故ではなく、ただ倒れただけだと言う。しかし、どうしても納得できなかった。「どうして連絡してくれなかったの?」と聞くと、妹は震える声でこう言った。「だめ。違うの。お姉ちゃん、助けて。」…

「お姉ちゃん、助けて。」 妹が病院に運ばれたと聞いて駆けつけると、そこには頬がこけ、傷だらけで横たわる妹がいた。医師の診断は、極端な栄養不足。交通事故ではなく、ただ倒れただけだと言う。しかし、どうしても納得できなかった。「どうして連絡してくれなかったの?」と聞くと、妹は震える声でこう言った。「だめ。違うの。お姉ちゃん、助けて。」...

妹が緊急搬送されたという知らせを受けて、病院へ駆け込んだとき、まさかこんなことになるとは思っていなかった。

妹が目を覚ましたとき、その姿に私は言葉を失った。頬はこけ、点滴につながれ、体には無数の傷跡があった。交通事故ではなく、倒れたときに頭を打ったようだ。しかし、それよりも明らかに異常だったのは、妹のあまりの痩せ方だった。

医師の診断は「極端な栄養不足」だった。いわゆる栄養失調だ。妹は太りにくい体質で、ダイエットをしたことなど一度もない。どうしてこんなことになったのか。私は妹の異変に気づかなかった自分を責めるように、目を閉じた妹に何度も「ごめんね」と謝った。

目を開けた妹は、私の姿を認めると、涙をぽろぽろと流しながらこう言った。

「お、お姉ちゃん……かずさんには伝えてない?」

「あ、ごめん。さが心配で連絡してなかった。すぐに連絡するね」

そう言って立ち上がろうとした私を、妹が不安そうな顔で引き止めた。

「だめ。違うの。お姉ちゃん、助けて」

その言葉に、私はただ事ではないと感じた。両親と一緒に事情を聞くと、妹は泣きながらゆっくりと話し始めた。その内容があまりにもひどくて、私たちは言葉を失った。

妹は結婚してから、かずさんの実家でこき使われ、まるで人権がないかのような生活を強いられていた。義母からは「早く跡取りを作れ」と言われ、子供ができないのは妹が悪いと言われる始末。家事は全て妹の仕事で、旦那も義両親も何もしないのに、妹が少し休んだだけで罵倒され、時には手を上げられた。

言葉だけではなく実際に暴力も受けていて、病院で見たあざや切り傷はその時のものだった。さらに、妹が助けを求められないように家に閉じ込め、買い物の際には誰かが必ず監視としてついていくという、日に日にエスカレートしていく日々。スマホも義母にチェックされ、唯一の外との繋がりも断たれていた。私との電話もそばで聞き耳を立てられ、LINEのやり取りは義母が代筆していた。

次第に食事も減らされ、「子供も授からない嫁は食べる資格がない」と言われ、与えられるのはおにぎり一個のみ。そんな生活を毎日送っていた。

ある日、家族旅行で義両親とかずさんが家を空けた。その時、妹は逃げないように鍵のかかった部屋に入れられた。しかし妹は「この機を逃したらもう次はない」と思い、窓ガラスを割って部屋から抜け出した。お金もスマホもないため、近くの交番へ向かおうとしたが、衰弱しきった体はフラフラで、途中で倒れてしまった。

そこへ運良く通りかかった車が、倒れた妹に気づき、救急車を呼んでくれた。意識が薄れる中、妹は必死に私たちの自宅の電話番号を伝えたのだった。

話を聞き終え、私は激しい怒りで体が震えた。しかし妹を安心させるため、必死に笑顔を作ってこう伝えた。

「もう大丈夫だよ。あとはお姉ちゃんに任せて。さは何も心配しないで待っててね」

そう言い残し、私は病室を飛び出した。

妹の旦那さんにLINEを送ってから3日後、やっとのことで連絡が取れた。落ち合う日時を決め、兄にもすべての事情を話し、協力を仰いだ。兄は警察官だ。その頃には妹も少し回復していた。

当日、私たちはかずさんの実家に向かった。通されたリビングには義両親もいて、何食わぬ顔で私たちを迎えた。その薄気味悪い仮面を剥がしてやる。私は怒りを抑えて笑顔で挨拶した。

「妹に伝えたいことがあるんですが……最近妹と連絡が取れなくて。さはいますか?」

かずさんはヘラヘラと笑いながら、「パートに行ってるので、帰ってきたら連絡するように伝えますよ」と言った。すぐに嘘だとわかる言葉だった。

「パート?おかしいですね。さは今、私たちと一緒にいるんですが」

すると、かずさんと義両親は急におどおどし始めた。なんて人たちだ。こんな人たちのもとで、妹はどれだけ耐え続けてきたんだろう。

「私たち、全部知っていますよ」

そう言っても、彼らは「何のことか分からない」ととぼける。私は3人の前で、妹から聞いたすべての話を伝えた。

ところが、話を聞き終えても、彼らは反省するどころか白を切るつもりらしい。

「そんなバカなことあるわけないじゃないですか」

「そ、そうよ。子供ができなくて悩んでたのよ。ちょっと言動がおかしかったし」

悪びれることもなく、妹の勘違いだと言い切った。その言葉に私は冷静さを失い、席を立ち、手を振り上げた。2人はビクっと体を固めたが、隣にいた兄に抑えられ、思いとどまることができた。

深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、私は証拠である妹のスマホを彼らに見せた。そこには、妹への罵倒や暴力の映像が残っていた。義母にスマホを奪われていたが、返された時に見つからないよう妹はこっそり記録を残していたのだ。私は職業柄、疑問に思ったことは記録するようにしている。妹にも何かあったら証拠を残すように伝えていた。

音声を流すと、かずさんは信じられない発言をした。

「こんな証拠を残しやがって……言っておきますけど、離婚はしませんからね」

義母も続ける。

「そうよ。あの子、異常よ。しつけをしただけじゃないの」

数々の暴力と暴言を「しつけ」と言って、自分たちの行動を正当化しようとしている。全て妹が悪いと言い続け、まともな生活も送らせず、ずっと耐え続けさせた人間たちに、私は襟元にバッジをつけながら言い放った。

「今回の件に関して、弁護士である私が対応させていただきます。ちなみに隣にいる兄は警察官ですから」

この言葉を聞いた3人は、強気な態度を一変させ、急に焦り出した。私はこの行為が暴行罪、監禁罪など様々な罪に問われる立派な犯罪であることを説明した。3人は見る見るうちに顔色が青くなり、震え始めた。私は気にせず淡々と続けた。

「妹の代理人として、慰謝料の請求をします」

すると、3人は「慰謝料なんて支払うお金がない」と首を振りながら泣き声で訴えてきた。

「この件は立派な犯罪です。それができないのであれば、社会的制裁を受けてもらうしかないですね」

観念したのか、かずさんは唇を噛みながら離婚と慰謝料の支払いを承諾した。妹に近寄らないという約束書にもサインをさせた。

私は記入された離婚届を見ながら、結婚式で幸せそうだった2人の姿を思い出していた。結婚当初は幸せだったはずだ。何が原因でこんなことになってしまったのだろう。

妹は「恐ろしい記憶を思い出すから、2度とあの3人には会いたくない」と言っている。私は荷物を引き取り、妹に近づくことを禁じた。家族に警察官である兄がいることを再度伝え、約束が守られなければ直ちに対処するよう言い渡した。

最後にかずさんは「妹に謝罪のために連絡だけでもしたい」と言い出した。その要求に応えられないので、伝言だけを預かると伝えた。かずさんは涙を流し、「こんなことをするつもりはなかった」と後悔を口にした。

しかし、妹の心の傷はそんな簡単に拭えるものではない。どんな理由があったのかは分からないが、妹を傷つけ、苛めていた事実は変わらない。その涙を見ても、私は彼らを許すことができなかった。

その後、記入済みの離婚届を妹に渡すと、妹は震える手で急いで記入した。離婚が成立すると、妹は精神的にも落ち着きを取り戻し、少しずつ明るさを取り戻していった。

退院後、妹は実家に戻り、家族4人での生活が始まった。すると、いつもの明るい妹の姿を見ることができた。私は心の底から安心し、妹が無事戻ってこれたことを嬉しく思った。

しばらくして、妹は仕事ができるほどまで回復し、今では結婚前のような生活を送ることができている。慰謝料を払えないと言っていたかずさんたちだったが、結局きちんと支払ってくれた。慰謝料を受け取った妹は泣きながら私たちに何度もありがとうと言ってくれた。そして「少しでも恩返しがしたい」と言い、私たち5人で家族旅行の計画を立ててくれている。本当に優しくて可愛い妹だ。

一方、かずさんたちはどうしているかというと、異変を感じたご近所さんから冷たい目で見られるようになり、肩身の狭い思いをしていたそうだ。妹が逃げ出した時に窓ガラスを割って出てきたのを目撃した人がいたのかもしれない。

離婚が成立してからしばらくして、かずさんから一度連絡が来て相談を受けた。私は「自分たちが間違ったことをしたのだから、受け止めて反省して過ごしてください」と伝えた。それ以来、彼らから連絡は一度も来ていない。その後、引っ越しをしたらしい。ご近所の白い目に耐えられなくなって、誰も知らない土地に移ったのだろう。

今はどこで何をしているのか分からないが、自分たちがしたことで一人の人間を傷つけたという自覚を持って、反省して過ごしてほしいと願うばかりだ。

Thumbnail