面接室に、ひとりの男性が入ってきた。履歴書に目を通した瞬間、俺は驚いた。彼の生年月日は、息子のカイトと同じ年だった。そして、その学歴欄には、誰もが知る名門大学の名前が記されていた。しかし、経歴欄は大学卒業以降、何も書かれていない。空白のままだ。
「大学卒業後は、どのようなご経歴ですか?」
俺がそう尋ねると、彼は無表情で言った。
「履歴書に書いてある通りです」
大学を卒業してから一度も就職せず、今日まで過ごしてきたという。就職浪人として、もう10年近くになるらしい。驚きで言葉を失う俺たちに向かって、彼は鼻で笑いながら言った。
「高学歴の俺が入る会社がなかったんですよ」
その瞬間、彼がなぜ就職できなかったのか、なんとなく分かった気がした。面接を続けるうちに、彼は自分の学歴しか話さない。それも、どこか偉そうな態度で。俺は面接を終わらせることにした。
「面接は以上で終わります」
すると彼は、挑発的な笑みを浮かべて言い放った。
「志望動機も聞かないんですか? 面接の仕方も知らないんですか?」
俺が言葉を待たずに、彼は勝手に話し始めた。
「御社を志望した理由は、御社の成長につながると思ったからです。御社は地元では有名企業ですが、どこか成長が感じられない。だからこそ、高学歴の僕が入社して成長させます」
偉そうなだけではない。明らかに会社を馬鹿にした発言だった。俺は腹が立ったが、冷静に退出を促した。彼は不満そうに睨みながら、面接室を去っていった。
数日後、当然のように不採用通知を送った。すると、彼から「納得がいかない」とメールが届いた。そして、会社の受付に彼が現れたのだ。俺は彼を部屋に通し、話し合うことにした。
「結果はメールでお送りしましたが、今日はどうされましたか?」
俺の問いかけに、彼は馬鹿にしたように答えた。
「内容がおかしくて。送り先を間違えてるんじゃないですか? こんなに高学歴で優秀な人材を、不採用にする会社があるんですか?」
「申し訳ございませんが、うちは学歴で判断しておりませんので」
そう言うと、彼はケラケラと笑い出した。
「これほどの人間を雇う機会は、御社にはもうないですよ。こんな会社、高学歴の人間は選びませんからね」
俺は黙って彼の話を聞いていた。気が済むまで言わせてやろうと思った。すると彼は、今度は俺のことを馬鹿にし始めた。
「あなたも学歴が低いから、こんな仕事してるんでしょ? この年で誰でもできる採用担当なんて」
確かに、彼の卒業した大学より、俺の大学のレベルは低い。自分のことを言われるのは我慢できた。だが、誇りを持ってやっている仕事を馬鹿にされて、腹が立たないわけがない。それでも俺は黙り続けた。彼は調子に乗ったのか、ニヤニヤしながら言った。
「息子さんもあなたに似て、大した学歴じゃないですもんね。実は僕、カイト君と同じ高校なんですよ。高校の時から成績も悪くて、大学も低レベルのところに行ったんですよね」
俺の息子を馬鹿にされた時、抑えていた怒りが溢れ出した。どうしてこんな奴に、息子のことを馬鹿にされなければならないのか。息子は自分で志望を決めて、合格のために必死で勉強してきた。その頑張りを知っているからこそ、許せなかった。すぐにでも掴みかかってやりたい気持ちを、なんとか堪えて言った。
「息子のことは関係ありません。もう話すことはないので、お帰りください」
しかし彼は帰る気配もなく、偉そうに座ったまま悪口を続ける。もう我慢の限界だった。その時、部屋のドアが開き、二人の男性が入ってきた。彼らを見た瞬間、横山さんの顔が一瞬で青ざめた。
「父さん…カイト、どうして?」
入ってきたのは、横山さんの父親と、俺の息子カイトだった。
「実はあなたのお父さんは、うちの会社の顧問税理士なんです」
俺は、息子のカイトと同じ高校だと履歴書で気づき、すぐにカイトへ連絡した。そして、顧問税理士の息子だということも分かった。税理士さんとは何年も付き合いがあり、プライベートな話もする中で、お互いの息子たちが同級生だということは知っていたのだ。
「おい、どういうことだ?」
税理士さんは、そう言って横山さんを問い詰めた。
「どうせ何かの間違いだ」
横山さんは動揺を隠せない様子だ。無理もない。彼は長年、父親に大手企業で働いていると嘘をついていたのだ。以前、税理士さんが自分の息子は大手企業に勤めていると誇らしげに話してくれたことがあったからこそ、最初は本当にこの男が息子なのか信じられなかった。横山さんは「転職活動だ」などと適当な嘘を並べて必死に言い訳するが、税理士さんは顔をしかめたままだ。
「もう全部聞いた。言い訳しても無駄だ」
実は、すでに税理士さんには、横山さんが来ていることを話していた。不採用メールを送ってから何度も会社にメールを送ってきて、どうしたらいいのか悩んでいたのだ。そして、父である税理士さんに話すのが一番だと思った。まさか直接来るとは思わなかったが、今日はたまたま税理士さんが会社に来る日だったため、この部屋に来てもらうようお願いしておいたのだ。
「母さんにまで嘘をつかせて、金をもらっていたんだな」
どうやら、無職の横山さんは母親に頼んでお金を振り込んでもらっていたらしい。税理士さんは顔を真っ赤にして、相当怒っているのが伝わってくる。ようやく大人しく帰ってくれるかと思ったが、横山さんは最後に俺を睨みつけて言った。
「お前のことは絶対に許さないからな。お前みたいな能力のない社員は、上に文句を言えばすぐ処罰されるだろ」
クレームを入れるつもりなのだろう。だが、税理士さんの言葉で、空気が一変した。
「いい加減にしろ。この人は、この会社の取締役だよ」
横山さんは目を点にして驚いている。実は少し前から、俺はこの会社の役員になっていた。実力主義の社長に認めてもらったのだ。しかし、俺は採用の仕事を続けたかった。役員になるのは一度断ったが、今まで通りの仕事を続けることを条件に、役員を受けることにしたのだ。会社の役員だと聞いて、横山さんは何も言えなくなり黙り込んだ。そして、そんな彼にとどめを刺すように、カイトがスマホを差し出した。
「この証拠も、ばっちり保存してあるから」
カイトのスマホの画面には、横山さんのSNSが映っていた。彼は自分のSNSに、俺や会社についての嘘を書き込んでいたのだ。自分がこの会社の社員であると偽り、俺から嫌がらせを受けていると、実名で投稿していた。
「これは立派な業務妨害罪に当たるよ。これ以上会社に来たりしたら、こちらもそれなりの対応をさせてもらう」
俺がそう告げると、横山さんは顔を俯かせ、ボソボソと言った。
「すぐに削除します…」
そして、彼は父親に連れ去られ、その場を後にした。やっと終わった。俺は気が抜けて、ため息が出た。慌てて駆けつけてくれたカイトに感謝を伝えると、彼は「父さんのためなら」と笑顔で答えてくれた。頼もしい息子の姿を見て、嬉しくて誇らしかった。
あれから、税理士さんは会社に来るたびに俺に謝罪してくれた。どうやら、横山さんは父親にひどく叱られ、今は反省して大人しく過ごしているらしい。父親に嘘をついて、母親からもらっていたお金は当然なくなり、今は社会勉強のためにアルバイトをさせているという。いつかきちんと就職できるよう、父親に毎日のように面接練習をされているそうだ。息子に嘘をつかれていた税理士さんを、同じ父親として少し可哀想にも思えた。それでも、いつか息子が就職できることを信じて頑張っていると話す姿は、どこか生き生きしていた。そんな税理士さんのためにも、横山さんが変わってくれたらいいと願っている。
俺は、しっかりと自分の希望していた会社に就職し、仕事を頑張っている息子を改めて誇らしく思えた。そんな息子に負けないように、俺も頑張らなくては。最近は年齢のことも考えて早期退職も考えていたが、まだまだ会社のために、しっかりと採用の仕事をしようと決心した。



