私が60歳になった頃、夫が突然夕食に手をつけずに言いました。「俺はもう長くない。病院で余命宣告を受けた。だから離婚してほしい」
私は呆然と夫の顔を見つめました。何の病気なのか、治療はできないのかと尋ねても、夫は首を振るばかり。「病気のことは聞かないでくれ。俺のために残りの人生を使う必要はない。お前も自由になれ」
40年近く一緒に暮らしてきたのに、病名も病院も教えてくれず、離婚まで言うなんて。悲しみよりも先に、強い違和感が湧き上がりました。この人は何かを隠している。
私の名前はさ子。22歳で夫の正斗と結婚しました。夫は会社に勤め、朝から晩まで飛び回る忙しい人でした。私は仕事をやめ、専業主婦として夫を支えてきました。朝早く出ていく夫のためにお弁当を作り、帰宅が深夜になれば温かい食事を用意して待つ。会社関係の付き合いも家のことも、全て私が引き受けました。
それでも若い頃の夫は優しい人でした。「お前が家を守ってくれるから、俺は安心して働ける」そう言って小さなお土産を買ってきてくれたこともあります。
結婚して13年目、私が35歳の時、ようやく娘の彩佳を授かりました。夫は生まれたばかりの娘を抱きながら、人目も気にせず泣いていました。「やっと会えたな。お父さんが絶対に守るからな」
あの時の言葉に嘘はなかったと思います。夫は仕事で忙しくても娘の運動会には必ず顔を出しました。誕生日には帰宅が遅くなっても小さなケーキを買ってきました。私たちは決して裕福ではありませんでしたが、家族3人で食卓を囲む時間を、私は幸せだと思っていました。
夫が変わり始めたのは、娘が大学を卒業して就職し、家を出た頃でした。
ある日、夫は義父に言いました。「父さんももう80歳を過ぎたんだ。元気なうちに財産の整理をしておいた方がいい」
最初は父親の老後を心配しているのだと思いました。けれど、夫は義父に会うたびに同じ話をするようになりました。「預金はいくらあるんだ?相続相手を決めておかないと後で揉めるぞ」
義父はその度に「まだ元気なのに死んだ後の話ばかりするな」と笑っていました。しかし夫は笑いませんでした。
そしてその頃から、夫婦で過ごす時間も減っていきました。休日に1人で出かけることが増え、帰宅は夜遅く。スマホを常に伏せておくようになり、誰かから電話がかかってくると、わざわざ外へ出て話していました。
「誰から?」そう尋ねても「仕事の知り合いだ。お前には関係ない」と冷たく返されました。現役時代は忙しくても私に行き先を伝えてくれた人でした。
けれど60歳を迎え、会社を退職する頃には、私の知っている優しい夫ではなくなっていました。そんな時に告げられたのが、余命宣告と離婚だったのです。
「俺が弱っていく姿をお前に見せたくない。離婚して彩佳の近くで暮らせばいい」
夫は優しい言葉を並べましたが、なぜか私は突き離されているように感じました。まるで夫は私が家からいなくなることを望んでいるようでした。
数日後、義父が私たちを呼びました。「財産のことだが、ようやく考えがまとまった」
夫は待っていましたとばかりに身を乗り出しました。しかし義父が口にしたのは、夫が期待していた言葉ではありませんでした。
「預金の多くは孫の彩佳に相続させようと思う」
夫の表情が固まりました。「どうして彩佳なんだ。息子の俺がいるだろう」
義父は静かに答えました。「彩佳は働き始めてからも月に1度は顔を見せてくれた。私が入院した時も会社を休んで来てくれた。私を財産ではなく人として見てくれたのはあの子だ」
夫はテーブルを叩きました。「俺は父さんのためを思って就活を進めたんだぞ」
「だからだ」義父は悲しそうに息子を見ました。「お前はここ数年、私の体より財産のことばかり聞いていた」
夫の顔が赤くなりました。私は2人の間に入ろうとしましたが、夫は私にまで怒鳴りました。「お前が彩佳に何か言わせたのか。父さんに余計なことを吹き込んだんだろう」
余命宣告をされた人とは思えないほどの剣幕でした。私はその場にいることが苦しくなり、しばらく実家へ戻ることにしました。そんな私を夫は引き止めませんでした。
実家に戻って3日後、私は義父に電話をかけました。娘への相続について確認したいことがあったからです。話が終わった後、私は迷いながら尋ねました。
「お父さん、正斗さんの病気について何か聞いていますか?」
電話の向こうで義父が黙りました。「病気?正斗さんは余命宣告を受けたそうです。それで私に離婚してほしいと言いました」
義父はしばらく言葉を失っていました。「私は何も聞いていない」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥にあった疑いが一気に大きくなりました。もちろん、父親に病気を隠している可能性もあります。けれど、夫は病名も病院も治療についても話さない。妻である私を家から出し、義父には財産の整理を急がせている。全てが1本の線につながり始めました。
義父は私の話を信じました。「正斗が本当に先立つなら、さ子さんの住む場所を守らなければならない」
そう言って義父は、私たちが住んでいた家を私に譲ることを決めました。夫と住んでいた家の土地は、元々義父のもの。結婚を機に家を建てることを許してくれたのです。実質、土地も建物も義父のものでした。義父が誰に渡すかを決めることに、夫が口を挟む権利はありません。
義父は夫にその決定を伝えました。するとその日の夜、夫から電話がかかってきました。
「父さんに何を言ったんだ」電話の向こうから激しい怒鳴り声が響きました。「家をお前の名義にするってどういうことだ。お父さんが決めたことです。今すぐ断れ。あの家は俺の家だ」
私は静かに尋ねました。「あなたは余命宣告を受けたのでしょう?」
夫が黙りました。「それなのに、どうして家にこだわるの?自分が亡くなった後、私が困らないようにお父さんが考えてくださったのよ。それに、あなたは私にこの家には戻らなくていいと言ったじゃない」
夫は何も答えず、電話を切りました。
翌日、夫は義父の家へ押しかけました。私も義父に呼ばれ、娘と一緒に向かいました。夫は私たちを見るなり声を荒げました。「家は俺が継ぐはずだった。預金も土地も、普通は息子に渡すものだろう」
義父は冷静に夫を見つめました。「お前は余命宣告をされたそうだな」
夫の顔が引きつりました。「さ子さんと離婚して、1人で病気と向き合うそうじゃないか。だったら家はさ子さんに、財産は若い彩佳に残す。その方がお前も安心して治療に専念できるだろう」
夫の額に汗が浮かびました。「病院はどこだ?」義父が訪ねました。「私も父親だ。お前の病状を医者から直接聞きたい」
夫は答えません。「病名は何だ?」それでも夫は口を開きませんでした。
義父は静かに続けました。「余命わずかな人間が、なぜ私の死んだ後の金をそんなに欲しがる。お前が本当に心配しているのは、自分の命ではなく私の財産じゃないのか」
追い詰められた夫は、突然テーブルを叩きました。「病気なんかじゃない」
部屋の空気が凍りつきました。正斗自身も、自分が何を言ったのか気づいたのでしょう。しかし、もう遅すぎました。
「父さんの財産が入ったら、さ子と新しい人生を始めるつもりだったんだ。さ子には実家がある。彩佳も独立している。だから家を出ても困らないと思った」
義父はゆっくり目を閉じました。「余命まで嘘をついて、妻を追い出そうとしたのか」
夫は慌てて言い訳を始めました。「本当に離婚するつもりはなかった。財産の話が決まったら考え直すつもりだった」
けれど、私はもう夫の言葉を信じられませんでした。「あなたは私の人生を思って離婚を申し出たのではなかった。お父さんの財産とこの家を手に入れるために、私を追い出したかっただけなのね」
夫は私から目をそらしました。その姿が何よりの答えでした。
義父は息子に告げました。「財産は彩佳に残す。家はさ子さんに譲る。お前には何も渡さない」
夫は青ざめました。けれど、誰かが夫を落とし入れたわけではありません。義父は最初から正斗を試していたわけでもない。私も娘も復讐を企んだわけではありません。夫はただ、自分の望んだ通りにならなかったことで焦り、怒りに任せて、自分から全てを白状したのです。
その後、夫が別の女性と会っていたことも分かりました。私に病気だと嘘をつき外出していた時間、夫はその女性と過ごしていたそうです。義父の財産を受け取ったら私と離婚し、その女性を家に迎えるつもりだったのでしょう。しかし、夫に家も財産も入らないと知ると、女性はすぐに離れていったそうです。
私と夫の離婚も成立しました。夫は家を出て、古いアパートで1人暮らしを始めました。長年勤めた会社を退職し、十分な蓄えもあったはずです。それでも、欲しいものを全て手に入れようとした結果、家族も父親の信頼も、新しい女性との関係も失いました。
私は夫を追い詰めたいとは思いません。ただ、もう2度と嘘に付き合うつもりはありませんでした。
それから半年後、娘が結婚を考えている男性を連れてきました。食事を終えた後、娘は家の中を見回して言いました。「お母さん、この家、古くなったよね」
「そうね。おじいちゃんが建ててくれてから、随分立つものね」
すると娘は隣に座った男性と顔を見合わせました。「この家を建て直して、私たちも一緒に住むのはどうかな」
私は驚いて2人の顔を見ました。「お母さんを1人にしたくないからじゃないよ」娘は笑いました。「私がお母さんと暮らしたいのよ」
庭には、娘が生まれた年に植えた木が立っています。夫と私が小さな苗木を囲みながら「この子と一緒に大きく育つといいね」と話した木です。
結婚生活が全て嘘だったとは思いません。優しかった日も、家族3人で笑った日も、確かにありました。
私は娘たちの提案を受け入れました。この家はもう、誰かを追い出すための家ではありません。これからは、大切な人が帰って来られる家になります。



