「2度と会わないから、早く出ていってください」…

「2度と会わないから、早く出ていってください」...

「2度と会わないから、早く出ていってください」
息子の口から出たその言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが音を立てて崩れ落ちていくのが分かりました。

25年間、この家族のために全てを捧げてきた私に向けられた、あまりにも冷たい宣告でした。
夕食後のリビングで、突然立ち上がった息子と嫁が、まるで邪魔者を追い払うように私たち夫婦を見下ろしています。

「聞こえなかったんですか? 出て行ってくださいって言ってるんです」
嫁が腕を組みながら冷たく言い放ちます。

「ケンジ、あなた何を言ってるの?」
私の震える声は、もう2人には届かないようでした。

息子の教育費として1200万円。
結婚式やその後の同居のためのリフォーム代として500万円。
そして、孫の世話を週1回、3年間も続けてきた私たち。

それなのに、今この瞬間、私たちは家族から完全に切り捨てられようとしているのです。

でも、息子たちはまだ知りません。
この家の本当の持ち主が誰なのかを。

私は平田洋子、今年67歳になります。
夫の誠は70歳。2人で力を合わせて息子を育ててきました。

市役所の事務員として25年間真面目に働き続けた私の人生は、息子のために捧げてきたと言っても過言ではありません。
ケンジが国立大学に合格した時の喜びは、今でも鮮やかに思い出します。

教育費の総額約200万円は、私たち夫婦の老後資金を削ってでも用意したお金です。
そして5年前、カナと結婚する時も、結婚式の資金や同居に伴うリフォーム代など500万円を援助しました。

「ケンジ、カナさん、これから2人で力を合わせて素敵な家庭を築いてくださいね」
結婚式で涙ながらに伝えた私の言葉を、今でもはっきりと覚えています。

さらに3年前、孫の正太が生まれてからは、週1回、朝9時から夕方5時まで無償で面倒を見続けてきました。
自分の時間はほとんどありませんでしたが、家族のためならそれが当然だと思っていたのです。

でも、あの日々はある日を境に一変していきました。

変化はとても小さなことから始まりました。
1年前のある日、私がケンジの好きな肉じゃがを作った時のことです。

「今日の夕食、ケンジの好きな肉じゃがにしたわよ」
そう言った私に、カナは冷ややかな目を向けます。

「ケンジは最近、和食は重いって言ってますから」
「あら、そうなの? 時代についていけてませんね」

その言葉に、胸がちくりと痛むのを感じました。

別の日、孫の正太と公園に行こうとした時も、カナは私から正太を引き離すように抱き上げます。

「正太、そっちに行っちゃだめ」
「え? 最近、お母さんの見てる間に危ないことが多くて」
「そんな……私、ちゃんと見てるわ」
「年齢的に反応が遅いんじゃないですか?」

3年間、毎日のように世話をしてきた孫を、まるで私が危険人物であるかのように扱われる屈辱が、心に重くのしかかりました。

半年前から、嫌がらせはさらにエスカレートしていきました。
リビングでテレビを見ていた私に、カナが声をかけてきます。

「お母さん、そこ、私たちが座る場所なんですけど」
「あら、ごめんなさい」
慌てて席を移動する私に、カナは追い打ちをかけるように言います。

「それと、この部屋、散かってますよね」
「散かって? 朝、掃除したばかりなんだけど」
「ちゃんと見えてないんじゃないですか」

もしかして、そこへ仕事から帰ってきたケンジが、カナの言葉に乗るように私に尋ねます。

「母さん、認知症とか、大丈夫?」
「ケンジ、何を言うの?」
私の抗議の声も、2人には届きません。

「最近、物忘れも多いですし」
カナの冷たい言葉に、ケンジも同調します。

「年だからしょうがないけど、心配だよ」

認知症という言葉で、私の人格そのものを否定されたように感じました。

ある日、カナが友人と電話している声が、隣の部屋にいる私の耳に入ってきます。
わざと聞こえるように話しているのが、痛いほど分かりました。

「うちの義母がさ、もう本当に時代遅れで大変なのよね」
友人の声に、カナは続けます。

「昭和の考え方から抜けられないの。正直、邪魔なのよね」

その瞬間、私の中で何かが確信に変わりました。
この人たちは、本気で私を追い出そうとしているんだ、と。

でも、私はまだ何も言っていません。
この家の名義が誰なのか、今はまだ黙っていますが、いつか必ず、この時がどれほど間違っていたかを思い知ることになるでしょう。

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