「結婚式の日程なんだけど、向こうの親の決定で6月15日に決まったから」
電話越しに聞こえてきた息子の声に、私の手が止まりました。夕食の準備をしていた包丁をまな板の上に置きます。
「え、向こうの親が…私には相談なしで?」
声が震えました。
「だから今伝えてるじゃん。向こうの親が全部決めてくれたから、母さんは来てくれればいいよ」
息子の声は、まるで事務連絡のように淡々としていました。
私は前田静、68歳。病院の清掃員として28年間、真面目に働いてきました。地味な仕事ですが、誇りを持って続けてきたつもりです。隣で夕食を作っていた夫の幸夫が、心配そうにこちらを見ています。
「向こうの親」
その言葉が胸に重く突き刺さります。32年間、愛情を注いで育ててきた息子の口から出た冷たい言葉。私は何なのでしょうか?実の母親はもう必要ないのでしょうか?
電話を切った後もしばらく、スマートフォンを握ったまま立ち尽くしていました。
私たち夫婦は、息子のためにどれだけのことをしてきたでしょうか?大学の学費は4年間で800万円。就職が決まった時にはスーツ代や引っ越し費用として50万円を援助しました。結婚式の費用には300万円、新居の頭金として500万円。さらに生活が安定するまでと思い、毎月5万円ずつ3年間送り続けてきました。合計すると1830万円。
私は清掃員という地味な仕事です。でも、夫の退職金と合わせて、息子のためなら惜しまず使ってきました。
「母さん、ありがとう。必ず恩返しするから」
あの時の言葉が今も耳に残っています。でも結婚してから変わりました。嫁のみささんが来てから、連絡は月に1回あるかないか。誕生日も母の日も、まるで忘れたかのように何の連絡もありません。
「みさのお母さんが…」
「みさのお母さんの意見で…」
いつの間にか、そんな言葉ばかりが増えていきました。
「向こうの親が決めたか。俺たちは家の外だな」
夫がぽつりとつぶやきます。
「私たち、これだけ援助してきたのに」
「まあ、結婚したら嫁の意見が強くなるのは仕方ないさ」
でも、実の親なのに。胸の奥に言葉にできない違和感が広がっていきます。
翌日、私は息子夫婦の心境を尋ねることにしました。ちゃんと話せばきっと分かってくれるはずだと信じていました。玄関のチャイムを押してから30分近く待たされます。ようやくドアが開いて、みささんが顔を出しました。
「あら、お母さん、いらっしゃい。ごめんなさい、ちょっとバタバタしてて」
リビングに通されましたが、お茶も出てきません。ソファーに座って待っていると、一が奥の部屋から出てきました。
「結婚式の準備。私も手伝えることがあれば」
私の言葉を遮るように、みささんが答えます。
「あ、大丈夫です。うちの母が全部やってくれてるので」
「そうそう。向こうの親が全部決めてくれてるから、母さんは気にしなくていいよ」
一も軽い調子で言いました。まるで私の申し出が迷惑だと言わんばかりの口調です。
「でも、私も一の母親だから。一緒に準備できたら嬉しいと思って」
「お母さんはお仕事もお忙しいでしょうし」
みささんの言葉には、清掃員という私の仕事を暗に軽く見るような響きがありました。テーブルの上には立派な結婚式場のパンフレットが広げられています。私が手を伸ばそうとすると、みささんがさっとそれを引き寄せました。
「これは母が選んでくれたんです。お母さんには難しい内容だと思いますから」
その言葉に、胸が締め付けられます。
1週間後、みささんの実家で両家の顔合わせがありました。立派な一軒家に、夫と2人で向かいます。みささんの母親、よ子さんは元教師だそうです。玄関で迎えてくれましたが、その目は私たちの服装を上から下まで値踏みするように見ていました。
大広間に通されて、改めて挨拶をします。
「あら、お母さんはお仕事は?」
よ子さんが紅茶のカップを手に尋ねてきます。
「病院で清掃の仕事をしています」
そう答えると、よ子さんは一瞬、目を細めました。
「まあ、大変なお仕事ですね。でも、うちの娘を育ててくれた一君には感謝していますよ」
その言葉の裏に隠れた感情は、私にはよくわかりました。感謝しているのは一だけ。私のことなど、端から見えていないのです。
「結婚式の費用なんですけど」
よ子さんが本題を切り出しました。
「私たちの方で全部持たせていただきますから、ご心配なさらないでください」
「え?」
私は驚きました。これまで私たちが積み上げてきた援助のことは、完全に無視されています。
「いえ、でも、これまで私たちも…」
「もう決めたことですので」
よ子さんは私の言葉を遮りました。
「静さんは、お仕事がおありでしょうし。こういうことは私たちに任せていただければ結構ですから」
その日の夜、帰宅した私たち夫婦は、長い間何も話せずにいました。
「静。俺たち、もう邪魔なのかもしれないな」
夫の言葉に、私は何も答えられませんでした。頭の中では、一の幼かった頃の顔が浮かびます。初めて歩いた日。初めて「母さん」と呼んでくれた日。運動会で一等賞を取って、満面の笑みで私のところに駆け寄ってきた日。
あの日の一は、どこへ行ってしまったのでしょうか。
結婚式当日。私たちは最後列の席に通されました。これまで1830万円も注ぎ込んだ親に対する扱いとは思えません。でも私は、それでもいいと思っていました。一が幸せなら、それで。
ところが、挙式が始まり、新郎新婦が入場してきた時です。一がマイクを手に取りました。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。まず、両親への感謝の言葉を述べさせていただきます」
私は思わず身を乗り出しました。これまで黙って耐えてきたすべてが報われる時が来たと、そう思ったのです。
「新婦の両親である、よ子さん、健二さん。娘をここまで育てていただき、本当にありがとうございます」
満場の拍手が沸き起こります。
「そして」
一がこちらを向きました。私の心臓は高鳴ります。
「…俺の両親には、今日は本当に来ていただき、ありがとうございました」
それだけでした。それで終わりだったのです。
周りの席からは、ひそひそと声が聞こえてきます。
「あれ?たったの一言?」
「やっぱり、身分の違いってあるのかしらね」
私は目の前が真っ暗になりました。28年間、清掃員として働いてきた。その給料から何百万円もはたいて、息子のために費やしてきた。なのに、こうして人前で「ありがとう、来てくれて」で終わりですか?
よ子さんがこちらを見て、微かに口元を緩めました。勝ち誇ったような笑み。
私はゆっくりと立ち上がりました。
「静?」
夫が驚いて私を見ます。
「大丈夫よ、幸夫。ちょっと席を外すだけ」
私はトイレに向かうふりをして、式場の控室へと足を進めました。そこには、これまでに送った数字が頭の中に浮かびます。800万。50万。300万。500万。そして毎月5万円、36回。
合計1830万円。
私は、持ってきたバッグの中から、あるものを取り出しました。それは、すべての送金記録が記された通帳と、息子が書いてくれた借用書でした。いや、正確には違います。あの日、一がまだ大学生だった頃、お金を渡す時に私が「必ず返してね」と冗談で言ったところ、一は真面目な顔でこう言ったのです。
「分かったよ、母さん。借りたものはちゃんと返す」
そして、その場で書いてくれた借用書。ずっと捨てずに取ってあったのです。
私はその紙を見つめ、そして今、振り返ります。
「いつの日か、ちゃんと返してもらわないとね」
私は、借用書を胸に、式場の廊下をまっすぐ歩いていきました。向かう先は、一とみささんが待つ控室。今夜、私は初めて、あの口座から息子に送ったお金の話をしようとしています。
328番まで。80万円の借用書。それに加えて、送金記録。これらすべてを切り札にして。
「一。母さんは、もうあなたの“ただの母さん”ではいられないのよ」
私は、控室のドアの前に立ち、深く息を吸いました。



