「役立たずはさっさと出ていけ」——義母がそう叫んだ瞬間、隣にいた夫が静かにうなずいた。「母さんの言う通りだ。確かに使えないな」。その一言で、全身の血が引いていくのがわかった。ずっと私の味方だと信じていた夫が、よりによって義母の暴言に同意したのだ。私は二十六歳の専業主婦で、夫の提案で仕事を辞めてからずっと家事に尽くしてきた。義父が亡くなってから同居を始めた義母は、夫のいないところで毎日のように…

「役立たずはさっさと出ていけ」——義母がそう叫んだ瞬間、隣にいた夫が静かにうなずいた。「母さんの言う通りだ。確かに使えないな」。その一言で、全身の血が引いていくのがわかった。ずっと私の味方だと信じていた夫が、よりによって義母の暴言に同意したのだ。私は二十六歳の専業主婦で、夫の提案で仕事を辞めてからずっと家事に尽くしてきた。義父が亡くなってから同居を始めた義母は、夫のいないところで毎日のように...

「役立たずはさっさと出ていけ。」

母の言葉に、夫がうなずいた。

「母さんの言う通りだ。確かに使えないな」

その瞬間、私の全身から血の気が引いていくのがわかった。ずっと私の味方でいてくれると信じていた夫が、義母の暴言に同意したのだ。もう夫は、何もできない私に飽きてしまったのだろう。義母の言葉にしみじみとうなずく夫を見て、私はこの家を出て行こうと決心した。

……しかし、そう思ったのも束の間。夫は思わぬ行動に出たのだった。

私の名前は旗野すみれ。二十六歳の専業主婦だ。以前はホームセンターの社員として働いていたが、一年前に結婚した際、夫からの提案で退職した。現在は専業主婦として、家事に追われる毎日を過ごしている。以前の職場とは違った忙しさがあるが、それでも毎日楽しく生活しているつもりだった。

私の夫である両平は、商社に務めている。両平とは中学時代の同級生で、同窓会で再会した際に交際へと発展した。そして交際を始めて一年後、両平からプロポーズされた。

心の底から幸福を感じてはいたが、私はそのプロポーズを受け入れるかどうか悩んでいた。なぜなら両平の実家は裕福なのに対し、私の実家は裕福とはほど遠かったからだ。

私でいいのだろうか。お互いの価値観が合わなかったらどうしようか。そう思って引け目を感じていた。しかし両平からのプロポーズは本当に嬉しくて、迷っている私に両平はこう伝えてくれた。

「すみれは生活のために今まで必死に頑張ってきたんだろう。もう十分頑張ったんだし、主婦になってゆっくりしてほしいな」

そんな優しい両平の言葉に心を動かされた私は、両平との結婚を決めたのだった。

それから私は穏やかで優しい両平と、幸せな結婚生活を送っていた。しかしそんな中、両平の実家から義父が救急搬送されたと連絡が入った。義実家とは別に新居を構えて暮らしていた私たちだったが、義父が亡くなり一人になった義母から、突然同居できないかとお願いをされた。

「母さんと同居すると、すみれのやることが増えて大変になっちゃうよ。母さんの言い分も分かるけれど、すみれのことも考えないと負担が……」

私に楽をさせたい両平は、実の母の頼み事に渋っていた。

「大丈夫だよ。お母さんは私にもすごく優しくしてくれる人だもの。それに今までお父さんと暮らしてきたお母さんが、家に一人で住むなんて寂しいでしょ」

義母の言葉に首をひねって悩んでいた両平に、私は同居を受け入れることを伝えた。正直、義母との同居に全く抵抗がなかったわけではない。しかし当時の義母は両平同様に穏やかで優しい人だった。時々義実家にお邪魔した際には、私にもよくしてくれた。そんな義母を一人きりにしておくのはかわいそうだし、自分でよければ役に立ちたいと思ったのだ。

私と両平は話し合いの末、最後は両平も折れて同居することになった。

だが、実際に同居を始めた途端、義母の態度は豹変した。家事を全部私に押し付けておきながら、いちいちチェックしていくのだ。

「何をやらせても駄目ね。やっぱり貧乏人は育ちがないから駄目なのかしら」

などと、毎日のように暴言を浴びせてくるようになってしまった。しかも卑怯なことに、義母は両平の見ている前では私のことを絶対にいびってこない。両平の前では良い姑を演じ、影でこっそり私をいじめ抜くつもりらしい。

それでも私は義母の嫁いびりのことを両平に話さずにいた。それは両平に余計な気苦労をかけたくないという思いもあったが、私自身、自分の不器用さを自覚しているせいもあったからだ。進学費用を工面できず、高卒で就職したことは事実でしかない。貧乏な家の生まれだから育ちがないという言葉にも、事実であるため反論できなかった。

しかし、だからこそ私はこれまでの人生、ずっと失敗したとしてもへこたれずに一生懸命やり通すことを心に決めて生きてきた。両平のように私の頑張りを見てくれる人は必ずいる。だからこそ最後は報われることも多かったのだ。

きっと義母だって今はいびってくるけれど、いつかは私の頑張りを認めてくれる日が来るはず。そう思い、私はじっと義母の嫁いびりに耐えることにした。

しかし義母の嫁いびりは止まる気配を見せることはないどころか、ますますヒートアップしていく。私はだんだんとストレスが溜まっていき、体調を崩すことが増えてきてしまった。家事をしようとしても吐き気や頭痛に襲われ、休まないと動けない日もある。

そろそろ両平に助けを求めた方がいいだろうか。そう考えるくらいにはストレスが溜まっていた。しかし最近の両平は、少しそっけない気がするのだ。

「仕事が忙しくて少しイライラしているだけだから、心配しないで」

両平は申し訳なさそうにそう言って、私を安心させようとしてくれた。しかし私は、何の取り柄もない自分に飽きたのではと不安になってしまう。

そんな時、いつものように家事をする私に「そろそろすみれさんも働きに出たらいいんじゃないかしら」と義母が問いかけてくる。しかし専業主婦になったのは両平の優しい提案によるもの。働きに出るということは、両平の優しさを裏切る行為と同じだと感じた。

「申し訳ありませんが、今のところは働きに出る気はないです」

素直にそう答えると、義母はいつものように苛ついたような声で私を叱ってくる。

「働きもせずにのうのうと暮らしているすみれさんは、両平と私の寄生虫ね。私はね、若いってだけで男性に取り入って生活しようとする女性がこの世で一番大嫌いなのよ」

いつもながら、どんな暴言も持ち前の我慢強さで無視できる私だった。しかしその日は体調が悪いせいもあって、義母の言葉がダイレクトに突き刺さる。堪えた私は、手に持っていた皿をうっかり落として割ってしまった。

それを目の当たりにした義母は、「それ見たことか」と言った勢いで私を罵倒し始めた。

「ほら見なさい。あんたは家事はまともにできないし、働きにも出ようとしない穀潰しよ。他人の飯くらいの寄生虫なんて、この家にいらないってことが今のであんたもよくわかったでしょ」

義母が吐き捨ててくる暴言に、私は傷つき、とうとう泣き出してしまった。それでも義母は攻撃をやめようとはせず、むしろ「ざまあみろ」というように笑いながら言ってきた。

「役立たずはさっさと出ていけ」

「両平、ごめんね……」

私が涙を流し始めたその時、台所の入り口に、仕事に行ったはずの両平が現れた。私は思わず目を丸くして驚き、暴言を聞かれてしまったと思った義母は「しまった」という顔をする。義母が慌てて取り繕おうとするも、両平が口を開く方が早かった。

「役立たずはさっさと出ていけ、か。確かに俺もそう思うよ」

両平の言葉を聞き、私は水を浴びせられたかのようにショックを受けた。全身から血の気が引いていくのを感じる。両平は義母の暴言を聞いていたらしい。両平はずっと私の味方になってくれると思っていたのだが、母の言葉に同意してきた。

実の息子から発せられるその言葉に、義母は喜んでいる。その逆で私は信じていた両平に裏切られ、ショックを受けた。同時に、やっぱり両平はもう自分のことに飽きてしまったんだと確信して絶望してしまった。最近彼がイライラしていたのは、やはり仕事のストレスではなく私に対してイライラしていたのだろう。

義母は調子に乗って両平に歩み寄る。

「そうよね。両平もそう思うわよね。貧乏育ちの嫁は本当に使えないのよ。さっさと出ていけばいいのにね」

さらに両平に同意を求める。

「母さんの言う通り。確かに使えないな」

両平はしみじみと言う。両平も私を使えない女だと思っていたのだ。その言葉を聞いて、私は家を出て行こうと決心した。

しかし、それも束の間。両平は腕にすがりつく義母を振り払ったのだ。義母はよろめいて床に尻もちをつき、驚いて両平を見上げる。

「お母さん、俺が何も知らないと思っているのか?」

両平は怒った顔で義母を見下ろし、詰め寄る。

実は両平は、義実家に引っ越してすぐに私の元気がないことに気づいたらしい。どことなく落ち込んだ顔をしている私を見て、おそらく義母に何か言われたのだろうと察したという。

両平は学生の頃交際していた女性を義実家に連れてきたことがあるらしい。単に付き合っている相手として義両親に紹介したそうだが、その後相手から一方的に別れを告げられた過去があった。それまでの彼女との関係は良好だったため、振られた理由が分からず困惑することしかできなかった両平。だが後に、どうやら母親から意地悪を言われたらしいと、父親から聞かされていたのだった。

そして、ただ付き合っているだけの恋人が別れを告げたくなるほどの嫌味を言われたのであれば、結婚相手ともなった私も義母から意地悪を言われるのではないかと、両平は懸念していたのだ。だからこそ、義母が両平の前では嫁いびりをしなかったとしても、私が何かされていることにはすぐに気づいたらしい。

しかしすぐに私を庇わなかったのには、きちんとした理由があった。それは、私がまずは自分の力だけで義母との関係を改善したいと考えているからだと理解していたこと。私が自分のことを不器用な女だと思っていることも両平は知っていて、義母との問題を自分の力で解決することが私自身の力にもなると考えた。だから相談してくるまで様子を見ようと心に決めていたのだという。

自ら義母との関係を改善したい、仲良くしたいという私の思いを、両平は尊重してくれていたのだ。でも最近の弱った私を見ていて、さすがに見て見ぬふりをするのが限界になったらしい。義母の裏の顔を暴きたいが、自分がいる前では本音を表にしないだろうと両平は考え、そのためこっそり会社を早退してきたと打ち明けてくれた。

両平の話を聞いて、私は胸が熱くなった。両平はしっかりと私のことを気遣い、見守ってくれていたのだ。

しかしそれとは逆に、義母は顔を真っ赤にして怒鳴っている。

「親を仇のように扱うなんて、何事なのよ。自分が何を言ってるのか理解しているのか」

「息子の嫁に対して寄生虫呼ばわりする人間を、俺は自分の親とは到底思えないよ」

発狂したように喚く義母に、両平は冷めた目であっさりと言い放った。それに対して義母は、自分の意見は間違っていないというように負けじと言い返す。

「両平の稼ぎを当てにして生活するこいつを寄生虫って呼んで、私の何が悪いって言うのよ」

「両平の稼ぎを当てにしてるのは事実でしかないじゃない」

義母は必死に反論するが、両平も負けてなんかない。

「そういう母さんだって、働かないで父さんの遺産や息子の稼ぎを当てにしているじゃないか」

ズバッと言われた義母は、息子の言葉に反論できなくなり押し黙る。

「そもそもすみれを専業主婦にしたのは、俺自身の希望だよ。親なら息子の思いを理解して、一緒に家事をしてすみれのサポートをしてくれるものだろう」

少し黙った義母に、両平は威圧をかけながらつらつらと述べる。そして最後のとどめと言わんばかりの言葉を放った。

「何の役にも立たないのは、母さんの方だ。そんな親はいらないから、今すぐここから出ていけ」

そんなに剣幕な両平の顔を見るのは初めてだった。それは義母も同じだったのだろう。実の息子の言葉に義母は愕然としたものの、まだ意地を張ろうとしてくる。

「わ、私は出ていってあんたたちは困らないって言うの。それにこの家はお父さんが建てたものなんだから。お父さんが亡くなった今、名義は私のものよ」

必死に笑顔を取り繕おうとする義母だが、その表情はすでに引きつっている。そして両平は「そう来ると思った」と言わんばかりに、鞄から一枚の書類を取り出して見せた。

それはこの家の権利書だった。名義人の名前の欄に、両平と書き換えられていた。

「実は父さんは生前、自分が亡くなったら家の名義を俺に変えてほしいって言ってたんだ」

義母は信じられないといった様子で権利書に顔を近づける。そして名義人の欄が確かに書き換えられているのを見て、目を見開いた。

両平いわく、義父は恋人を別れさせられた件について、義母を責められなかったらしい。きっと私に対しても、義母は同じことをするに違いないと予測していたのだろう。だからこそ義実家の名義を両平に書き換えることを希望した。義母が家の権利を主張し、嫁である私を追い出そうとすることまで想定していたのかもしれない。

そんな実の父親の気持ちを、両平はありがたく受け入れることにしたそうだ。その後、義父は家や土地の権利を両平が相続できるよう手配してくれたのだ。

「だからね、母さんが出ていったところで、何も困るものはないんだよ」

両平が言うと、義母はようやく状況が読めたらしく、顔を青ざめさせた。

私は亡くなった義父の心遣いをありがたく思いながら涙を拭って立ち上がった。

「お母さん、一緒に仲良く暮らせず、本当に残念です」

私は義母に向かって笑顔でそう言い放つと、取り返しのつかないことをした義母はその場に泣き崩れた。

「すみれ、今まで母さんからのいびりを庇うことができなくてごめんな」

義母を追い出した後、両平は私に義母からいびられていることを知りながらも、今まで義母の言動を放置しておいたことを謝罪してくれた。両平がイライラしていたのは、何もできない自分に対してだという。それを知った私は、それだけで嬉しくなり胸がいっぱいになる。

何度も頭を下げてくる両平に、私は「気にしていないよ」と笑いかけた。結果的に私と両平、二人で幸せを掴み取れたのだから、あの家庭は清算してもいいだろう。

義父は家だけでなく、預金も全て両平と私に残すという旨を、両平だけに告げていたらしい。きちんとした遺言書は弁護士事務所に預けていたようだ。義母はと言うと、銀行口座を確認して初めてその事実を知ったそうだ。慌てた義母は両平に抗議の電話をしてきたが、「自業自得だろう」と冷たく言われていた。

その後の義母は、生活費を稼ぐために時給が高い深夜のコンビニで働き始めたと聞いた。しかし手際も物覚えも悪く、息子より年下の同僚に「使えない」と叱られる毎日を過ごしているらしい。

両平と私はと言うと、お腹の中に二人の子供を授かることができた。これから生まれてくるであろう二人の子供が苦労することのないように、義父が残してくれたお金を貯金しておこうと決めた。私は義母のような、あんないびってくる毒親にならないよう、大切に子供を育てていこうと心に誓ったのだった。

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