「生きてるの?」——義姉のその言葉が、電話越しに聞こえた時、俺の血の気は引いた。真夜中の台風の中、ずぶ濡れで訪ねてきた母。兄の妻は母がいないはずだと思っていたのだ。どうやら俺は母の”監禁”に気づけなかった。何も知らない兄に電話を向けると、電話の向こうから信じられない言葉が聞こえた。義姉は遺産を狙って母を閉じ込め、俺を遠ざけていたようだ。母は約束された”旅行”から必死に逃げ出してきたのだ。これ…
その夜、台風の風が窓を揺らす中、真夜中にインターホンが鳴った。こんな時間に来るはずがない。モニターを確認すると、そこにはびしょ濡れになった母が立っていた。 俺の名前は浦田也也。32歳で一人暮らしの会社員だ。1年前に父を病気で亡くし、母は一人暮らしになった。3つ上の兄・介は2年前に結婚して家を出ている。 父が亡くなってから、母は体調を崩し、薬を飲めば普通に生活できる病気を患った。だから俺は実家が近いこともあって、度々母の様子を見に行っていた。母は元気そうで、休みの日は一緒に買い物に出かけたりもしていた。 ある日、久しぶりに兄夫婦が実家にやってきた。兄の妻・ゆ香さんとは、数回しか会ったことがない。彼らは父の病状が悪化した頃に結婚したため、ゆっくり話す機会がなかったのだ。 突然の訪問に戸惑ったが、2人は母を心配して来ただけだった。母も久しぶりの再会に喜び、時間が経つにつれて打ち解けて楽しそうに話していた。 だが俺は思った。父が亡くなって1年も経った今、なぜ急に来たのだろうと。 それから兄夫婦は頻繁に実家へ来るようになり、週に1度は訪れるようになった。不審に思うこともあったが、母が嬉しそうなので何も言わなかった。 ある休日、兄夫婦が突然「実家で母と同居したい」と提案してきた。病気の母が心配だという。 母は困った表情を浮かべていた。ゆ香さんには気を遣うだろう。俺は「俺がいるから心配ない」と断ったが、2人は納得せず説得を続けた。最終的に俺たちは2人の主張に負け、同居を受け入れることになった。 「お前がそう言うなら、ありがたい」 母はそう言った。確かに仕事で平日は母の様子を見に行けない。これが母のためかもしれないと思い始めた。 兄夫婦が引っ越してからも、俺は休みになると母に会いに行った。母は元気で、ゆ香さんともうまくやっているように見えた。 ある日、ゆ香さんから電話がかかってきた。急いで出ると、彼女は言いにくそうに口を開いた。 「お母さんは大丈夫なんだけど……ちょっと実家に来るのを控えてもらいたくて」 「どうしてですか?」 「最近調子が良くなくて、あなたが来ると疲れてしまうみたいで」 母がそう言っていたと説明された。俺はショックだった。母に気を遣わせていたのか。自分の行動が逆に負担になっていたのだ。 「わかりました」 寂しかったが、母のためだと自分に言い聞かせた。しばらく実家には行かないと決めた。 しかし電話くらいならいいだろうと、母に連絡してみた。何度かけても出ない。兄に聞いても「元気だ」と言うばかり。 ゆ香さんから「来ると疲れる」と言われたことを思い出し、連絡も控えることにした。これも母のためだと。 それから2ヶ月が経った。ゆ香さんに何度連絡しても母の詳しい様子を教えてくれない。そろそろ行ってもいいだろうかと考えていた矢先、ゆ香さんから電話がかかってきた。 「何なんですか?しつこいんですけど」 電話に出るなり、彼女は怒った口調でそう言った。 「すみません。母の体調が心配で……」 「大丈夫って言ってるじゃないですか。こっちから連絡する以外、連絡しないでください」 一方的に電話を切られた。ただ母の様子が聞きたかっただけなのに、なぜここまで言われなければならないのか。腹立たしかったが、彼らが母と暮らしているのだから口出しできないと自分を抑えた。 台風が近づいている夜だった。風の音で何度も目が覚めた。再び眠ろうとした時、インターホンが鳴った。こんな時間に来るはずがない。モニターを見て、俺は息を飲んだ。 大雨でずぶ濡れになり、寝巻き姿の母が立っていた。 慌てて扉を開け、母を家に入れた。着替えさせ、温かい飲み物を渡すと、母は徐々に落ち着いてきた。 「ごめんね。こんな時間に……」 「そんなことはいいです。どうしたんですか?」 母の姿をよく見ると、以前より痩せているように思えた。心が痛んだ。 「体調が悪いのか?病気が悪化したのか?」 すると母は不思議そうに首を傾げた。 「体調?何ともないわよ。薬も飲んでいるし」 予想していなかった返事に俺は驚いた。 「どうしてこんな時間に外に出たんだ?兄さんたちは家にいるのか?」 母は下を向いて黙り込んだ。何か言いにくいことがあるのは明らかだった。喧嘩したのか、追い出されたのか、必死に問い詰めるが、何を言っても答えない。 母がここまで何も言わないのは、誰かをかばっているからだ。怒りが込み上げてきた。こんな台風の夜に母を出歩かせるとは。 母が答えないなら、直接兄に聞くしかない。俺は兄に電話をかけた。 「おい、なんだよ、こんな時間に」 寝ぼけた兄の声が聞こえた。 「母さんがずぶ濡れで俺の家に来たんだ。どういうことだ?」 「母さんが?なんで?」 兄も状況を理解できていない様子だ。 「母さんなら旅行に行っているはずだ」 そう言うと兄は電話をスピーカーに切り替えた。どうやらゆ香さんを起こしているようだ。 「おい、ゆ香。起きろ。母さんは旅行に行ったんだよな?」 しばらく沈黙が続いた後、電話越しに驚くべき言葉が聞こえた。 「え……生きてるの?」 ゆ香さんの言葉に俺は耳を疑った。視線を母に向けると、母は驚く様子もなく、むしろ「やっぱりか」という表情でため息をついていた。 俺は兄との電話を切り、母と二人で話すことにした。 「母さん。今まであったこと、全部話してほしい」 真剣な顔でそう言うと、母はようやく口を開いた。 … Read more