
電話の向こうで浩司の声がさらに裏返った。
「おい、佐織! 今すぐカード会社に電話して利用停止を解除しろ! 俺の社会的信用に傷がついたら名誉毀損で訴えてやるからな!」
私は静かに紅茶を一口飲んだ。香ばしい香りが鼻を抜け、心が凪のように落ち着いていく。スーパーのレジ前では、松坂牛やシャンパンが山積みのカートを前に、義母のとめ子がヒステリックに叫び、リナが泣きじゃくっていた。
「早く土下座してカードを元に戻しなさいよ!」
リナの若い声が耳障りだった。私はようやく口を開いた。
「私が止めたのは、私が止める権利のあるカードだけよ。他人のカードを不正に止めるなんて、そんな犯罪はしないわ。」
浩司はATMに駆け寄り、自分の給与口座から払おうとした。しかし残高はゼロ。結婚以来、私が毎月密かに補填していた赤字が、今日すべて露呈した瞬間だった。
「嘘だろ……俺の金が消えてる……」
浩司の声が震えた。そこへ、意外な声が割り込んだ。

「君、うちの営業部の浩司じゃないか。こんなところで何の騒ぎを起こしているんだ?」
山崎本部長だった。浩司の会社で絶対的な権力を持つ鬼の営業本部長。浩司の顔から血の気が引く音が、電話越しにも伝わってきた。
本部長は冷たく事実を突きつけた。「君の給料は毎月リボ払いの天引きと前借でほとんど残っていないはずだが……経理から報告を受けているぞ。」
レジ前の空気が凍りついた。浩司の最大の嘘が、ついに暴かれた。
「本部長、これは全部元妻が仕組んだ罠なんです! 俺は被害者です!」
浩司は必死に弁明したが、そこへゼニスファイナンスの回収チームが到着した。浩司が私の実印を盗んで勝手に結んだ5000万円の借金。連帯保証人の契約は無効——私が事前に実印の無効手続きと盗難届を出していたからだ。
「つまりこの5000万円の借金は、全て浩司さん、あなた一人の責任となります。」
浩司は膝から崩れ落ちた。リナは浩司を突き飛ばし、義母は息子を罵倒し始めた。家族の絆など、最初から金でしか繋がっていなかった。
さらに衝撃が続いた。リナの高級車とタワーマンションの連帯保証人もリナ本人だったこと。浩司の会社経費の横領が明るみに出たこと。そして警察が到着し、浩司は詐欺と業務上横領の容疑で逮捕された。
「母さん、助けてくれ……」

浩司が手を伸ばしたが、とめ子は「私には関係ないわ!」と払いのけた。リナも夫の健太に捕まり、手錠をかけられた。
私はソファに深く腰を下ろし、すべてを聞き終えた。長年耐えてきた侮辱、軽蔑、裏切り——すべてが今、巨大なブーメランとなって彼らに返ってきた。
黒田弁護士から最終報告が入った。
「社長、すべて計画通りです。浩司は実刑、リナは詐欺で起訴、とめ子さんの実家は担保執行。もう二度と近づけないよう手続きを完了させました。」
私は静かに微笑んだ。
「ご苦労様、黒田さん。徹底的にやりなさい。」
半年後。
浩司は刑務所で毎日ミシンを踏みながら、かつてのエリートプライドを粉々に砕かれていた。リナは女子刑務所でいじめに遭い、すっぴんの顔で作業に追われていた。とめ子はホームレスとなり、公園のダンボールで「私はエリートの母親よ」と独り言を繰り返すだけになっていた。
一方、私は広大な屋敷のテラスで、温かい紅茶を飲んでいた。
「さおりおばあちゃん、一緒に遊ぼう!」
元気な笑顔で駆け寄ってくるのは、ゆかちゃんの娘・桜ちゃん。ゆかちゃん夫婦が笑顔で私を呼ぶ。
「さおりさん、紅茶が入りましたよ。」
私は立ち上がり、彼らのもとへ歩いた。長年「地味で空っぽ」と言われ続けた私の手には、今、世界で一番輝く本物の家族のぬくもりがあった。
これが、私の真の人生の始まりだった。


