病院の集中治療室。モニターの音だけが規則正しく響く中、私は夫の手を握りしめていた。突然倒れた夫・正信は脳梗塞で運ばれ、まだ意識が戻らない。必死に「目を開けて」と願い続ける私の耳に、冷たい声が飛び込んできた。
「母さん、今すぐ出ていけ。遺産のことは俺たちがやるから」
振り返ると、息子の時生と嫁の麻央が立っている。二人は私を見もせずに言った。
「先生、父の容体は正直に言ってください。助かる見込みはどのくらいですか?」
その声には、心配よりもどこか焦りが混じっていた。そして麻央が小声で囁く。
「もしものことがあったら、相続手続きってすぐにできるのかしら」
夫の命よりも先に遺産の話。信じられない思いで胸が張り裂けそうになる。それなのに、時生が私に向き直った。その目には、今まで見たことのない冷たい光が宿っている。
「母さん、悪いけどもう帰ってくれ。ここは家族がつきそうから」
私は反論した。40年以上連れ添った妻である私に、なぜ夫のそばにいることが許されないのか。しかし麻央が邪魔者を払うような口調で言い放つ。
「お母さん、はっきり言いますけど、これから相続とか色々な手続きがあるんです。正直、部害者には邪魔なんですよね」
部害者。その言葉が私の胸に突き刺さる。夫を支え、息子を育て、この家族のために生きてきた私が。時生は私の動揺には目もくれず、冷酷に言い放った。
「母さんは何もしなくていい。というか、何もするな。遺産のことは俺たちが全部やるから」
私は酸素マスクを付けたまま眠り続ける夫を見つめ、静かに立ち上がった。その時、心のどこかで何かが固まっていくのを感じた。まだ息子への最後の期待が残っていたのだ。
病院を出て、一人でタクシーに乗る。窓の外の景色を眺めながら、これまでの人生が走馬燈のように蘇る。時生が生まれたのは私が26歳の時。夫の給料は決して多くはなかったが、パートで必死に働き、息子の教育費を工面してきた。大学までの教育費総額950万円。そのうち私のパート収入から約600万円を捻出した。早朝から夜遅くまで働き、家に帰れば家事と育児。それでも息子の笑顔が何よりの幸せだった。結婚の時も、結納金や新生活の援助で数百万円を用意した。孫が生まれてからは、5年間も週3日で育児を手伝ってきた。それなのに、今、私は夫の病室から追い出されている。
自宅に帰ると、留守番電話に時生からの冷たいメッセージが残っていた。「父さんのことは俺と麻央で全部やるから、もう病院には来ないで。正直、邪魔なんだよね」冷たい冷蔵庫の中身を見つめ、一人で夕食を作る寂しさが胸に重くのしかかる。
2週間後、息子夫婦が突然家を訪ねてきた。「今後のことを決めるためだ」と言う。玄関を開けると、麻央が私を値踏みするような目つきで言った。
「お母さん、正直に言いますけど、もう68歳でしょう?判断力も落ちてきてますよね。相続手続きとか難しいことは私たちに任せた方がいいですよ」
時生も追い打ちをかける。
「母さんは時代について行けてないんだよ。デジタルとか全然分かってないし。下手に口出しされると困るんだよね」
私は言い返した。まだ十分に判断できるし、必要なことは学んできた。しかし麻央はさらに続ける。
「それに、お母さんって昔から金銭感覚が甘いじゃないですか。だからお金の管理は私たちがします」
「時生、私はまだ十分に……」
言いかけた私の言葉を、時生が遮った。
「言い訳はいいから黙ってて。母さんには関係ないことなの」
息子の怒鳴り声に体が震える。これが私が育てた息子の姿なのか。そして時生は一枚の書類を私の前に置いた。それは遺産分割の提案書だった。夫の預金推定2000万円のうち、私に渡すのは月10万円の生活費。残りは長男である時生が管理相続するという内容だった。
「これで文句ないでしょ?月10万もあれば一人で暮らせる。贅沢言わないでよね」
麻央が付け加える。
「それに将来的には施設も考えてますから。お母さん一人で生活するの大変でしょう。私たち親切で言ってるんですよ」
施設。その言葉を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。時生はまるで私の存在そのものを否定するように言う。
「俺たちにも生活があるし、母さんの面倒までは見られないから。現実的に考えようよ」
夫の容体を尋ねても「知る必要はない」と冷たく言い放たれ、病院にも行かせてもらえない。麻央は最後にこう言い放った。
「お母さんって本当に空気読めないですよね。もう少し自分の立場を理解したらどうですか?」
二人が帰った後、私は静かにリビングの椅子に座り、涙をこらえながら窓の外を眺めた。その時、心の中で何かが音を立てて崩れ落ちていくのを感じた。しかし、私はまだ何も言わない。まだ本当の自分を見せる時ではない。そう冷静に判断していた。
3週間が経った頃、深夜に時生から電話がかかってきた。その声には焦りと苛立ちが混じっている。
「母さん、父さんが危篤だって。でも病院には来ないで」
携帯を握る手が激しく震えた。危篤。夫が今、死の縁にいるというのに、そばにいることすら許されないのか?
「でも、せめて最後に一目だけでも……」
「来るなって言ってるでしょ!こっちで全部やるから。母さんが来ると手続きが面倒になるんだよ」
手続き。夫の命よりも手続きの方が大切なのか。私は必死に懇願したが、時生の返事は冷酷だった。
「しつこいな。母さんには関係ないって何度言えば分かるの。もう電話しないで」
一方的に電話を切られた。涙が溢れ出る。40年以上連れ添った夫に、最後に何も言えないなんて。翌朝、一通のメールが届いた。それは時生からのものだった。「父、本日午前3時に永眠。葬儀日程は後日連絡」たった一行のメールには、悲しみも悔しさも何の温かさもない。私は夫の写真の前で崩れ落ちた。
数日後、時生から葬儀の連絡が入る。
「母さん、葬儀は家族葬だから出なくていいよ。参列者に変な印象与えたくないし、費用も俺が全部出すから」
家族葬なのに、妻である私が出られない。そんな葬儀があるだろうか。すると麻央からも追加の連絡が入った。
「お母さん、葬儀には私の両親も来るんです。だからお母さんがいると色々と説明が面倒なので、遠慮していただけますか?」
説明が面倒。私の存在はそこまで邪魔なのか。夫との最後の別れすら奪われてしまった。葬儀の日、私は自宅で一人、夫の写真に手を合わせ、心の中で何度も謝り続けた。
葬儀の翌日、今度は弁護士事務所での遺産会議への呼び出しが来た。私は重い足取りで向かった。会議室には時生と麻央、そして見知らぬ弁護士がいた。
「ご主人の遺産は、預金約2200万円、株式500万円、その他合わせて約3000万円相当です」
時生が身を乗り出して言った。
「母さんには月10万円、年間120万円の生活費を渡す。15年分として1800万円。残りは全部長男の俺が管理相続する」
私は思わず声を上げた。
「時生、それはあんまりじゃない。私はお父さんの妻なのよ」
すると麻央が冷たい声で言い放つ。
「お母さん、現実的に考えてください。お母さんはあと何年生きるんですか?私たちには子供の教育費もあるし、住宅ローンもあるんです。お母さん一人のために私たちの生活を犠牲にできません」
あと何年生きるのか。まるで早く死ねと言われているようだった。時生はさらに追い打ちをかける。
「それに母さん、正直に言うけど、父さんの稼ぎで生活してきたんだから、遺産を要求する権利なんてないでしょ。俺が息子なんだから、俺が全部相続するのが当然なの」
夫の稼ぎで生活してきた。その言葉で心臓が締め付けられるような痛みを感じる。私が朝早くから夜遅くまで働き、家事をこなし、息子を育ててきたことは、何の価値もないのか。弁護士が私に確認する。
「奥様、このような分配で同意いただけますか?」
長い沈黙が流れた。私の手は震えている。しかし表情は平静を保っていた。心の中で何かが大きく動き始めているのを感じた。
「分かりました。では、こちらも準備がありますので、少しお時間をいただけますか?」
時生の顔に安堵の色が浮かぶ。
「やっと分かってくれたか。じゃあ来週にでも正式な書類にサインしてくれ」
私は静かに立ち上がり、会議室を後にした。廊下に出ると、窓の外には青空が広がっている。その時、私は決意した。息子夫婦に現実を教えてあげる時が来たのだと。彼らは知らない。私がどれほど恐ろしい存在であるかを。
自宅に戻ると、私は箪笥の奥にしまってあった古いアルバムを取り出した。そこには若き日の私の写真が納められている。豪華なドレスを着た私、大きな屋敷の前に立つ私、父と並んで写る私。息子は知らない。私がどのような人生を歩んできたのかを。
私は桜場さち子。40年前、私は桜場財閥の令嬢として生まれた。桜場家は戦前から続く不動産一族で、都心の一等地に複数のビルを所有していた。総資産は1000億円を超えていた。私が28歳の時、普通のサラリーマンだった正信と恋に落ちた。しかし父は許さなかった。
「財産は一切やらん。お前は桜場家とは無関係だ」
それでも私は正信との人生を選んだ。桜場家を出て、普通の主婦として40年間生きてきた。時生には一切、桜場家のことを話さなかった。普通の家庭で、お金に縛られずに育って欲しかったからだ。しかし10年前、父が病に倒れた時、全てが変わった。父は最後の対面で私に言った。「さち子、許してくれ。お前が正しかった」そして父は遺言を残した。財産は全て娘のさち子に。私は桜場家の全財産を相続した。都心の一等地のビル数棟、推定価値約200億円。年間の賃料収入は約10億円に上る。しかし私は夫にも息子にもそれを一切話さなかった。お金目当てで近づいてくる人間を見極めるために。そして今、息子の本性が完全に明らかになった。
私は携帯電話を手に取り、ある番号に電話をかけた。桜場財閥の顧問弁護士を30年以上務めている音寺弁護士だ。
「私です。桜場さち子です。お久しぶりです」
「奥様、ご連絡をお待ちしておりました」
私はこれまでの経緯を全て話した。
「なるほど。それは明確な高齢者虐待です。法的措置も十分可能ですね」
「いえ、法的措置はまだです。まず息子に現実を教えてあげたいのです。自分がどれほど愚かなことをしたのかを」
電話を切った後、私は証拠の整理を始めた。病院からの追放を示すメール、葬儀排除の通話記録、遺産会議での不当な要求。全てしっかりと保存してある。スマートフォンの録音機能で、息子夫婦の会話も記録していた。「お母さんって本当に空気読めないですよね」という麻央の声。「母さんには関係ないことなの」という時生の怒鳴り声。全てが証拠として残っている。
翌日、私は都心のビルへ足を運んだ。そこは桜場財閥が所有する最も大きなビルの一つだ。エントランスに入ると、管理会社の社長が深々と頭を下げた。
「桜場様、お久しぶりでございます」
私は社長にある事実を確認した。時生夫婦が住んでいるマンションについてだ。
「はい。あちらのマンションも桜場財閥の所有物件でございます。10年前、奥様のご指示で管理会社が破格の値段でご子息に販売いたしました」
やはりそうだった。時生夫婦は知らない。自分たちが頑張って買ったと誇っていたマンションが、実は私が所有していたものだということを。
「ありがとうございます。それでは来週の会議の準備をお願いします」
運命の水曜日が訪れた。午前10時、玄関のチャイムが鳴る。私は深呼吸をしてドアを開けた。時生と麻央が書類の入った鞄を持って立っている。時生の声には早く片付けたいという気持ちが滲んでいた。
「おはよう、母さん。今日で全部終わらせるから」
リビングに案内すると、時生は契約書とペンをテーブルに置いた。
「母さん、これにサインすれば全部終わるから。早くして」
麻央も追い打ちをかける。
「お母さん、私たちも忙しいんです。さっさとサインしてくださいよ」
私は静かに微笑みながら、二人に向き直った。
「その前に、少しお話があります。時生、麻央さん、座ってください」
時生がイライラした声を上げる。
「話なんていいから早くサインして」
「いえ、これはとても大切な話です。あなたたちの、いいえ、私たちの人生に関わる話です」
その時、玄関のチャイムが鳴った。私は立ち上がりドアを開ける。そこには高級スーツを着た三人の男性が立っていた。
「お待ちしておりました。どうぞお入りください」
三人の男性がリビングに入ってくると、時生の顔が困惑に染まる。
「誰だよ、こいつら」
先頭の男性が丁寧にお辞儀をした。
「初めまして。桜場財閥の顧問弁護士を務めております、音寺と申します」
桜場財閥。時生と麻央が顔を見合わせる。その表情には明らかな動揺が浮かんでいた。私は二人の前に座り、静かに語り始めた。
「時生、麻央さん。私の旧姓をご存知ですか?私は桜場さち子。桜場家の唯一の相続人です」
「は?何言ってるの母さん?桜場ってあの……」
時生の声が震える。麻央の顔からは血の気が引いていった。音寺弁護士が資料を広げながら説明を始める。
「そうです。都心一等地に多くのビルを所有するあの桜場財閥です。奥様は先代、桜場安平氏の一人娘であり、10年前に全財産を相続されています」
テーブルの上に次々と書類が並べられていく。都心の高層ビルの写真、不動産のリスト、そして驚くべき金額が記された財産目録。
「評価額1200億円。年間賃料収入120億円。その他、株式や土地等で300億円」
「1200億……」
時生の声はもはや震えを通り越して掠れていた。麻央は腰が抜けたように座り込んでいる。私は穏やかな口調で二人に語りかけた。
「時生、私は40年前、普通のサラリーマンだったあなたの父と駆け落ち同然で結婚しました。父とは絶縁状態でしたが、10年前、父の死の間際に和解し、全財産を相続したのです」
「じゃあ、俺たちが相続しようとした父さんの3000万円って……」
時生の顔が蒼白になっていく。
「そうです。私にとっては、たったの0. 0025%に過ぎません」
その数字を聞いた瞬間、時生は崩れ落ちそうになりながら呆然と私を見つめている。私は立ち上がり、窓の外を見ながら続けた。
「時生、麻央さん。あなたたちは私を部害者、邪魔者と呼びました。病院から追い出し、夫の危篤にも立ち合わせず、葬儀にも出席させませんでした。そして、わずか3000万円のために実の母親を施設に送ろうとした」
「母さん、それは……」
時生が何か言いかけるが、私は静かに手を上げて制した。
「黙って聞きなさい。まだ終わっていません」
弁護士が新たな書類を取り出す。
「時生様、麻央様。実はあなた方がこれまで住んでいるマンションの所有者も奥様、桜場財閥なのです」
「え、あのマンションって……」
時生の声がさらに震えた。私は振り返り、二人を見つめる。
「そうです。あなたたちが自分たちで頑張って買ったと誇っていたマンション。実は私が所有するビルの一室で、私の指示で管理会社が破格の値段であなたたちに売ったのです」
「そんな……じゃあ私たちは……」
麻央の声はもはや震えを超えて泣き声になっていた。
「はい。あなたたちは私の手のひらの上で踊っていただけです。そして今、私は決めました。あなたたちとの縁を完全に切ることを」
「母さん、待って!俺が悪かった!本当にごめん!もう一度チャンスを!」
時生が立ち上がり、私に駆け寄ろうとする。しかし私は一歩引いて距離を取った。
「時生、あなたは私に言いましたね。『お母さんには関係ない』『権利なんてない』と。麻央さんも私に言いました。『部害者には邪魔』だと。ですから、今度は私が言います。あなたたちには、私の財産に関する一切の権利はありません」
時生が必死に言葉を続ける。
「母さん、俺、本当に子供のこともあるし、住宅ローンも……」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが弾けた。
「あなたは私に言いましたね。『俺たちにも生活がある。母さん一人のために犠牲にできない』と。全く同じ言葉を今、お返しします」
麻央が床に手をつきながら叫ぶように言う。
「お母さん、お願いです!私たち、これからどうすれば……」
私は麻央を見下ろしながら静かに答えた。
「麻央さん、あなたは私に言いましたね。『部害者には邪魔』だと。お望み通り、これからは一切関わりません。あなたたちは私にとって完全な他人です」
音寺弁護士が最後の書類を取り出した。
「時生様、麻央様。奥様はこれまでのあなた方の行為を全て記録されています。病院からの追放、葬儀の排除、遺産の不当な要求、施設送りの計画。全て高齢者虐待に該当します」
「そんな……俺たち、訴えられるのか?」
時生の顔から完全に血の気が引いていた。私は深く息を吸い、最後の言葉を告げる。
「いいえ、訴えはしません。ただし、条件があります。第一に、今すぐこの家から出ていくこと。第二に、私に連絡しないこと。第三に、私の存在を完全に忘れること。これを守れば、法的措置は取りません」
時生が震える声で最後の懇願をした。
「母さん、本当に……もう二度と会えないのか?」
私は窓の外を見つめながら静かに答えた。
「時生、あなたは私に言いました。『母さんはもう家族じゃない』と。あなたの言葉通りです。私たちはもう家族ではありません」
二人は泣きながら家を出ていった。ドアが閉まる音が響き、リビングに静寂が戻る。私は深く息を吐き、窓の外の青空を見上げた。心の中に久しぶりの解放感が広がっていくのを感じた。
あれから3ヶ月が経った。今、私は都心の高層ビルの最上階にあるオフィスで、窓の外に広がる景色を眺めている。桜場財閥の当主として、私は正式に復帰した。40年ぶりに戻ってきた世界は、懐かしくもあり新鮮でもある。私は財産の一部を慈善事業にも活用している。高齢者支援施設への寄付、教育支援プログラムへの援助。本当に困っている人々のためにこの財産を使えることに、大きな喜びを感じている。
時々、息子夫婦のことを思い出す。彼らはマンションを手放し、質素なパートでの生活を送っているらしい。周囲からは「母親を捨てた息子」として冷たい視線を向けられているとも聞く。私は時々、息子が本当に反省し、人として成長することを密かに願っている。しかし二度と会うことはないだろう。それがお互いのためなのだ。
この経験を通じて、私は多くのことを学んだ。現代社会では多くの高齢者が家族から軽視され、財産だけを狙われている。私の経験は決して特別なものではない。しかし私は声を大にして言いたい。理不尽に屈してはいけないと。自分を守る権利は誰にでもあるのだと。血の繋がりよりも大切なのは、人間としての尊厳だ。それが失われた関係は、もはや家族とは言えない。
私は今、心から幸せだ。夫との思い出を胸に、自分らしく強く生きている。68歳という年齢でも、いや、だからこそ人生経験と知恵を生かして、完璧な勝利を収めることができた。今日も夫の写真に語りかける。
「正信さん、ありがとう。あなたとの40年間は本当に幸せでした。そして最後に教えてくれましたね。本当の家族とは何か、本当の幸せとは何かを」
窓の外には夜空に星が輝き始めていた。新しい人生の始まりを祝福するように明るく輝く星たちを見上げながら、私は深く息を吸う。これからの人生、まだまだやりたいことがたくさんある。理不尽に屈しない強さを手に入れた今、私の人生は本当の意味で自由になったのだ。



