「この子は家族以外に抱かせません」…

「この子は家族以外に抱かせません」...

「この子は家族以外に抱かせません」

その言葉を聞いた瞬間、私は自分の耳を疑いました。73歳の私、木戸ヨシ子にとって、長年待ち続けた初孫の誕生は、この上ない喜びのはずでした。

病院からの連絡を受け、私は急いで支度を整えました。初孫への贈り物も用意し、胸を躍らせながら病室へ向かったのです。しかし、病室の前で息子夫婦から告げられた言葉は、想像していたものとは全く違っていました。

「母さん、申し訳ないけど、今回は遠慮してもらえないかな」

息子の琢磨がそう言います。隣には嫁のアネさんが立っていて、私を見る目が冷たく感じられました。

「どういうことですか?」

私が困惑していると、アネさんが言ったのです。

「この子は家族以外に抱かせません」

その瞬間、私の心の中で何かが音を立てて崩れていくような感覚がありました。

私がこれまで息子夫婦のためにどれほど尽くしてきたか。琢磨が結婚を決めた時、私は心から祝福しました。結婚式の費用として800万円、新居購入の頭金として1200万円を援助したのです。アネさんが妊娠された時も、つわりがひどい時期には毎日のように様子を伺い、栄養のある食事を作りました。ベビー用品の準備にも300万円以上をかけて、最高級のものを一式揃えたのです。

「お母さん、本当にありがとうございます」

当時のアネさんは、私に深々と頭を下げてくれました。琢磨も感謝の気持ちを込めて言っていました。

「母さんがいてくれて本当に良かった。僕たちは幸せ者だよ」

私は元製薬会社の研究職として年収600万円を頂いていました。退職金も2500万円という恵まれた環境で、息子夫婦への援助に惜しみはありませんでした。現在の貯蓄は3800万円ほどになります。全ては愛する息子夫婦と、生まれてくる赤ちゃんのためでした。

病室の中を覗いてみると、そこには驚くべき光景が広がっていました。アネさんのご両親が、生まれたばかりの赤ちゃんを代わるがわる抱いて、満面の笑みを浮かべていたのです。

「可愛いね。本当に可愛い」
「アネ、よく頑張ったね。立派な赤ちゃんだ」

私はその温かな家族の輪を、病室の入り口から眺めることしかできませんでした。アネさんが私に言いました。

「お母さん、申し訳ないのですが、生まれたばかりの赤ちゃんは免疫力が弱いので、本当の家族以外との接触は控えさせていただいているんです」

本当の家族。その言葉が私の胸に深く突き刺さりました。

「私も赤ちゃんのおばあちゃんですよね?」

私がそう言うと、アネさんは困ったような表情を見せました。

「それはそうなのですが、血の繋がりということを考えますと、やはり私の両親とは違うかなと思うんです」

血の繋がり。確かに私と赤ちゃんに直接の血縁関係はありません。しかし、息子の琢磨を通じて確実に繋がっているはずです。そんな私の困惑をよそに、アネさんの両親は赤ちゃんのお世話を楽しそうに続けていました。

「ミルクの時間ですね」

アネさんの父親は哺乳瓶を準備して、とても丁寧に赤ちゃんにミルクを飲ませています。私はただ立ち尽くしているだけでした。これまで準備してきたベビー用品も、用意していた赤ちゃんへの贈り物も、全て無意味に感じられてしまいます。

「あなたはどう思うのですか?」

私は息子に直接訪ねました。息子なら私の気持ちを理解してくれるはずだと期待していたのです。しかし琢磨の返答は私の期待を裏切るものでした。

「母さん、今回はアネの言う通りにしようよ。赤ちゃんの健康が一番大切だからね」

息子まで妻の意見に同調するのです。私は深いため息をつかざるを得ませんでした。

「そうですか。わかりました」

私はその場を離れることにしました。しかし、病室を後にする前にもう一度中の様子を見てしまったのです。アネさんの両親は相変わらず赤ちゃんのお世話を楽しそうにしています。そして琢磨も、まるでアネさん家の一員であるかのように自然にその輪の中に溶け込んでいたのです。私だけが完全に除外されていました。まるで最初から存在していなかったかのように扱われていたのです。

病院の廊下を歩きながら、私はこれまでの出来事を振り返っていました。実はアネさんの態度が変わったのは、つい最近のことではありませんでした。妊娠中期に入った頃から、少しずつ変化が見られるようになっていたのです。

「お母さん、最近の育児は昔とは全然違うんですよ」

私が用意したベビーカーは安全基準が最新のものなのですが、私が説明すると、アネさんは首を振りました。

「申し訳ないのですが、私は母が選んでくれたものを使いたいと思っているんです。やっぱり実の母親の意見が一番信頼できますから」

その後も、私が何かを提案するたびに、アネさんは自身の母親の意見を優先するようになりました。いつの間にか、私の意見は全く聞いてもらえなくなっていたのです。

病院の駐車場に着いた時、私は深い悲しみと、それと同時に沸き上がってくる何か別の感情を感じていました。それは今まで経験したことのない、冷たく鋭い感情でした。これまで息子夫婦のために費やしてきた時間も、お金も、愛情も、全てが無駄だったということなのでしょうか。私は車の中で一人静かに涙を流していました。

翌日、私は琢磨に電話をかけました。昨日の出来事についてもう一度話し合いたかったのです。しかし、電話に出た息子の声は予想以上に冷たいものでした。

「お母さん、昨日は申し訳なかった。でも、アネの気持ちも理解して欲しいんだ」

「琢磨、私はあなたの母親ですよね。赤ちゃんにとって私はおばあちゃんのはずです」

すると琢磨は少し間を置いてから言いました。

「それはそうだけど、やっぱり直接的な血の繋がりを考えると、どうしても差が出てしまうのは仕方ないんじゃないかな」

直接的な血の繋がり。息子からそんな言葉を聞くとは思いませんでした。

「では、私は家族ではないということですか?」

私の問いかけに、琢磨は困ったような声で答えました。

「そういうわけじゃないけど、今回に限ってはアネの実家の意見を優先させてもらいたいんだ」

今回に限っては。しかし私には、これが今回限りのことではないような気がしてなりませんでした。その後、アネさんが電話を変わりました。

「お母さん、昨日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。私たちも考えたのですが、やはり赤ちゃんの健康を最優先に考えたいと思うんです。それに、私の両親は退職してから時間もありますし、育児の経験も豊富ですから、当分の間は私の実家で三世代の生活をサポートしてもらうことになりました」

当分の間、実家でのサポート。それは私が赤ちゃんとの時間を持てないということを意味していました。

「私も何かお手伝いできることがあれば」

私がそう申し出ると、アネさんは即座に答えました。

「お気持ちはありがたいのですが、人手は十分足りておりますので、お母さんには無理をしていただく必要はありません」

その言葉の裏には、来ていただく必要はないという意味が込められているように感じられました。

「わかりました。でも、何かありましたら、いつでもご連絡ください」

私はそう言って電話を切りました。しかし、心の奥底では、もう二度と連絡が来ることはないだろうという確信がありました。

それから一週間が過ぎましたが、息子夫婦からは何の連絡もありませんでした。ある日、勇気を出して琢磨に電話をかけてみました。

「赤ちゃんの様子はいかがですか?」

「ああ、母さん。赤ちゃんは元気だよ。アネの実家でとてもよくしてもらってる」

「そうですか。それは良かったです」

私がほっとしていると、琢磨が続けました。

「実はね、母さん。しばらくの間は、赤ちゃんとの面会は控えてもらえると助かるんだ」

面会を控える。ついにはっきりとした排除の言葉が出ました。

「どうしてですか?」

「アネも神経質になっているし、実家のお父さんお母さんも、あまり大勢の人が来ると疲れてしまうって言っているんだ」

大勢の人?私一人が大勢の人なのでしょうか。

「わかりました」

私はそれ以上何も言えませんでした。電話を切った後、私は不条理な現実に包まれていました。これまで大切に育ててきた息子から、完全に拒絶されてしまったのです。初孫との時間も、家族としての居場所も、全てを失ってしまったような気持ちでした。

しかしその時です。私の心の中で、悲しみとは全く違う感情が静かに芽生え始めていたのです。それは冷たく、そして固い決意でした。電話を切った瞬間、私は不思議なほど冷静になっていました。これまで感じていた悲しみや絶望が、まるで氷のように固まって別の感情に変わっていくのを感じていたのです。

私は静かに立ち上がり、書斎の机に向かいました。そこには息子夫婦と交わした様々な書類が保管されています。結婚式の援助に関する書類、住宅購入時の頭金援助の記録。そして何より重要なのは、家族カードの契約書でした。琢磨とアネさんには、私名義の家族カードを渡していました。月々の支払い限度額は50万円。これまで琢磨は生活費の補填に、アネさんは子育て用品の購入に使っていました。私は黙って支払いを続けてきたのです。

「家族以外には抱かせません。家族でない人への援助は必要ないですよね」

私は静かにつぶやきました。論理的に考えれば極めて当然のことです。家族でない人が、なぜ家族の生活費を負担する必要があるのでしょうか?

私は携帯電話を手に取り、クレジットカード会社のカスタマーセンターに電話をかけました。

「家族カードの利用停止について相談したいのですが」

オペレーターの方が丁寧に対応してくださいます。

「承知いたしました。どちらのカードの停止をご希望でしょうか?」

「息子夫婦に渡している家族カード2枚です。本日中に利用停止にしてください」

「かしこまりました。特別な理由はございますか?」

私は淡々と答えました。

「本人たちから、私は家族ではないと明言されましたので、家族でない人への援助を停止したいと思います」

オペレーターの方は少し驚いたようでしたが、手続きを進めてくださいました。

「それでは、本日を持って該当する家族カードの全ての利用を停止いたします。今後の請求も停止となります」

「ありがとうございます」

電話を切った後、私は次の手続きに取りかかりました。銀行への連絡です。息子夫婦の住宅ローンの連帯保証人から外れる手続きについて相談したいと思ったのです。

「住宅ローンの連帯保証人の件でご相談があります」

銀行の担当者が電話に出ました。

「木戸様ですね。いつもお世話になっております。どのようなご相談でしょうか?」

「息子夫婦のローンの連帯保証人になっておりますが、家族関係に変化がありまして、保証人から外れることはできるでしょうか?」

担当者は少し困ったような声で答えました。

「ローンの借り換えや保証人の変更が必要ですが、可能性はございます。一度、ご来店いただきご相談ください」

「わかりました。明日午前中にお伺いします」

私は手帳にメモを取りながら、淡々と予定を組んでいきました。感情的になるのではなく、極めて冷静に、論理的に行動することが大切だと思ったのです。

その夜、私は一人でゆっくりと考えました。これから先、どのような人生を歩んでいきたいのか。73歳という年齢を考えると、残された時間はそれほど多くありません。だからこそ、本当に大切なことのために時間を使いたいと思ったのです。

私には北海道の札幌に従姉がいます。彼女は私より5歳年上で、ご主人をなくしてから一人暮らしをしています。以前から「いつでも遊びに来てね」と声をかけてくれていました。もしかすると、新しい環境で新しい人生を始めるのもいいかもしれません。私はそう思いながら、従姉の電話番号を調べました。明日は銀行での手続きの後、従姉に電話をしてみようと決めたのです。

不思議なことに、この決断をした瞬間から私の心は軽やかになっていました。長い間感じていた重い気持ちが、まるで霧が晴れるように消えていったのです。

「家族でない人には、援助の義務はありません」

私は鏡に向かってはっきりとそう言いました。その時の自分の表情は、これまでとは全く違って見えました。迷いのない、確信に満ちた表情でした。

翌朝、私は身支度を整えて銀行に向かいました。もう振り返ることはありません。これからは、本当に私を大切にしてくれる人たちと過ごす人生を選択するのです。そして何より、息子夫婦には、家族でない人に依存することの代償をしっかりと学んでもらわなければなりません。

翌日の午後、琢磨から慌てた様子で電話がかかってきました。私が家族カードを停止してから、ちょうど24時間が経過していました。

「お母さん、カードが使えないんだけど、何かあったの?」

琢磨の声には明らかに動揺が見られました。私は落ち着いた声で答えました。

「昨日、家族カードの利用を停止させていただきました」

「え、どうして急に?」

「琢磨、あなたとアネさんは、私が家族ではないとおっしゃいましたよね。家族でない人への経済的援助は必要ないと判断いたしました」

電話の向こうで、琢磨が息を飲む音が聞こえました。

「母さん、それは別の話だ」

「別の話ではありません。家族の定義は一つです。都合によって変えるものではありません。孫を抱かせてもらえない私が、なぜあなたたちの生活費を負担する必要があるのでしょうか?」

「母さん、そんな風に考えなくても」

「これは極めて論理的な判断です。感情的なものではありません。アネさんにも代わっていただけますか?説明したいことがあります」

しばらくして、アネさんが電話に出ました。声が震えているように感じられました。

「お母さん、琢磨から聞きました。カードの件ですが」

「アネさん。あなたは私を家族ではないとおっしゃいましたね。でしたら、家族以外の人への経済的援助を停止するのは当然のことです」

「それは、赤ちゃんのことで一時的に」

「一時的でしょうか?面会も控えるように言われました。これのどこが一時的なのでしょうか?」

アネさんは言葉に詰まっているようでした。私は続けました。

「それに、あなたのご両親が本当の家族でいらっしゃるのでしたら、経済的なサポートもお願いされたらいかがでしょうか」

「でも、両親はそれほど余裕がなくて」

「それは私には関係のないことです。家族でない人に、そのような責任はありません」

その後、琢磨が再び電話を変わりました。

「母さん、お願いだから考え直してよ。僕たちには赤ちゃんもいるし、住宅ローンもあるんだ」

「琢磨。住宅ローンについてもお話があります。連帯保証人の件ですが、銀行と相談して外れることにします。家族でない人が保証人を続ける理由がありませんから」

「そんな!それじゃあ僕たちは」

「アネさんのご両親にお願いされてはいかがでしょうか?本当の家族でいらっしゃるのですから」

琢磨の声が震えているのが分かりました。

「母さん、そんな急に決めないでよ。話し合おう」

「話し合うことは何もありません。あなたたちが決めたことです。私はその決定を尊重しているだけです」

それから一週間後、今度はアネさんから泣きながら電話がかかってきました。

「お母さん、お願いします。もう一度、話し合ってください」

「アネさん、どうされましたか?」

「実家の両親に相談したんですが、経済的な援助は難しいと言われてしまって。それに、琢磨の会社から住宅ローンの件で呼び出されて」

「それは大変ですね」

私は同情するような声で答えました。しかし、援助を再開するつもりは全くありませんでした。

「お母さん、私たちが間違っていました。やっぱりお母さんも、大切な家族です」

「そうですか。でも、あなたは確かに『家族以外には抱かせません』とおっしゃいました」

「あの時は私が間違っていました。お母さんには本当に申し訳ないことをしました」

「謝っていただく必要はありません。あなたの判断は正しかったのです。血の繋がりを重視されるなら、それを貫かれるべきです」

「でも、もうカードが使えなくて、生活が」

「それはご夫婦で頑張ってください。家族の絆があれば、きっと乗り越えられます」

その日の夕方、今度は琢磨から電話がありました。今までに聞いたことがないほど切羽詰まった声でした。

「母さん、お願いだ。助けてくれ。会社から住宅ローンの件で最後通告を受けた。保証人が外れるなら、月々の支払いが15万円も上がるって言われたんだ」

「それは大変ですね。でも琢磨、あなたは私を家族と認めなかったのですから、家族でない人に頼むのはおかしいのではありませんか?」

「母さん、僕が間違ってた。本当に申し訳なかった」

琢磨の声は涙声になっていました。

「もう一度、家族としてやり直させてくれないか?」

「琢磨、家族というのは、都合のいい時だけなるものではありません。孫を抱かせてもらえない時は家族でなく、お金が必要な時だけ家族になる。そのような関係を家族と呼ぶのでしょうか?」

「母さん……」

「それに、私にはもう新しい人生の計画があります。札幌の従姉のところに移住することに決めました。北海道で新しい生活を始めます」

「北海道?そんな遠くに」

「はい。こちらで私を本当に大切に思ってくれる人たちがいます。血の繋がりよりも、心の繋がりを大切にしてくれる方々です。家もすでに売却の手続きを始めています。3800万円の資産を持って、新しい人生を歩むのです」

「3800万円!母さん、そんなにお金があったの?」

「研究職として38年間働いた蓄えです。本来でしたら、あなたたちに残すつもりでいたのですが、家族でないのでしたら、必要ありませんね」

電話の向こうで、琢磨が言葉を失うような声を出しているのが聞こえました。

「母さん、頼む。もう一度だけチャンスをくれ」

「琢磨、これはチャンスの問題ではありません。あなたたちが下した判断の結果です。大人として、その責任を取ってください。家族でない人への援助は、今後一切いたしません。アネさんのご両親という本当の家族がいらっしゃるのですから、そちらで頑張ってください」

それから3ヶ月が経ちました。私は札幌の中心部にある高級マンションで、想像していた以上に充実した新しい生活を送っています。窓からは雪を被った美しい山々が見え、毎朝その景色を眺めながらコーヒーを飲むのが日課になりました。

「ヨシ子さん、おはようございます」

同じマンションに住むスダさんが、いつものように声をかけてくださいます。皆さん、私のことを一人の人間として尊重してくださり、血の繋がりや家族関係ではなく、人柄で判断してくださる方ばかりです。従姉のノリ子さんは、私の決断を心から支持してくれました。

「ヨシコちゃん、よく決断したわね。家族だからって、無理を我慢する必要なんてないのよ」

ノリ子さん自身も、亡くなったご主人のご家族との関係で苦労された経験があり、私の気持ちを深く理解してくださったのです。

「ここでは血の繋がりなんて気にしないわ。大切なのは、お互いを思いやる気持ちよ」

地域の公民館では、月に2回健康講座を開催させてもらうことになりました。38年間の研究職で培った知識を生かして、高齢者の方々に健康管理についてお話するのです。

「木戸先生のお話は本当に分かりやすくて、勉強になります」

受講者の方にそう言って頂いた時、私は心の底から嬉しく思いました。ここでは私は「家族以外の人」ではなく、専門知識を持った、尊敬される一人の女性として扱っていただけるのです。講師の謝礼も月に5万円いただけることになり、これは私の新しい生きがいとなっています。お金のためではなく、自分の知識が誰かの役に立っているという実感が何より嬉しいのです。

一方、噂で聞く息子夫婦の近況は、決していいものではありませんでした。住宅ローンの支払いが困難になり、結局マンションを売却せざるを得なくなったそうです。アネさんは赤ちゃんを抱えながらパートタイムの仕事を始めたそうですが、保育園の費用などを考えると経済的にはかなり厳しい状況のようです。アネさんのご両親も年金生活で余裕がなく、思うようなサポートはできないとのことでした。本当の家族に頼った結果がこれなのです。血の繋がりだけでは、実際の生活を支えることはできないということを、身を持って学んだのではないでしょうか。

ある日、琢磨から久しぶりに電話がありました。声は疲れきっているように聞こえました。

「母さん、元気にしてる?」

「はい。とても元気です。毎日が充実しています」

私は本心から答えました。

「母さん、実は赤ちゃんが熱を出して入院してるんだ。もしよかったら、会いに来てもらえないかな?」

私は少し間を置いてから答えました。

「お見舞いに伺いたい気持ちはありますが、私は家族以外の人ですから、病院での面会は適切ではないのではありませんか?」

「母さん、もうそんなこと言わないでよ」

琢磨の声が震えていました。

「これはあなたたちが決めたルールです。私はそのルールを尊重しているだけです」

「でも、僕たちも余裕がないんだ。アネも体調を崩してるし、お金もなくて」

「それは大変ですね。でも、アネさんのご両親がいらっしゃるではありませんか。本当の家族でいらっしゃるのですから、きっと助けてくださるでしょう」

「義両親はもう援助は無理だって。年金だけでは自分たちの生活で精一杯だって言われた」

「そうですか。それは困りましたね。でも、それが現実というものです。血の繋がりがあっても、経済的な余裕がなければ援助はできません。私がこれまでできていたのは、十分な蓄えがあったからです」

琢磨は絶望的な声で言いました。

「母さん、お願いだ。もう一度だけ」

「琢磨。私はもう新しい人生を歩んでいます。ここには私を本当に大切に思ってくれる人たちがいて、毎日が幸せです。過去に戻るつもりはありません」

電話を切った後、私は窓の外の景色を眺めました。真っ白な雪に覆われた札幌の町は、まるで私の新しい人生を象徴しているかのように美しく輝いていました。この3ヶ月間、私は一度も後悔したことがありません。むしろ、もっと早くこの決断をするべきだったと思うほどです。家族だからという理由で、無理を我慢し続ける必要はないのです。今の私には新しい友人たちがいます。お互いを大切に尊重し合い、支え合える関係です。血の繋がりよりも、心の繋がりの方がずっと大切だということを、73歳にして初めて実感しています。

最近、地域のボランティア活動にも参加するようになりました。一人暮らしの高齢者の方の見守り活動です。私の研究職での経験と、今回の人生経験が、困っている方々の役に立っているのです。

「木戸さんがいてくださって、本当に心強いです」

「困った時に頼れる人がいるって、こんなに安心できるものなんですね。私も皆さんに支えられています。お互い様です」

真の家族関係、真の人間関係とは、一方的な依存ではなく、相互の尊敬と思いやりに基づくものだということを、ここで学んでいます。春が近づいてきました。札幌の春は遅いですが、その分、その美しさは格別です。私も新しい季節に向けて、さらに充実した活動を計画しています。息子夫婦がどのような選択をするかは、もう私には関係ありません。彼らは大人ですから、自分たちで責任を取って生きていくでしょう。私は自分の人生を、心から大切に思ってくれる人たちと共に歩んでいきます。

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