「お姉さん、今月は生理が来たよ」
「は?何で私にそんなこと報告する必要があるの?」
「妊娠したかどうか確認してるの。小作り頑張ってるんでしょ?」
「それは私たちのペースでやることだから、そっとしておいてほしいな」
義妹のコナからの突然の連絡に、私は困惑するしかなかった。仕事も家事もあって忙しいのに、妊娠の有無を報告しろと言われても困る。でもコナは「妊娠もしてなくて子供がいないってことは、暇な人確定ってことだよね」と笑いながら言い放った。
「私だって働きながら子供3人育ててるし」
「それは大変だと思うけど」
「妊娠してるかどうか知りたかっただけ」
そう言って電話は切れた。翌日にはまた連絡が来た。
「お兄ちゃん、週末遊びに行っていい?」
「別に構わないけど、急にどうした?」
「たまには愛する兄と思って。ほら、家建てたのにまだ一度もお祝いしてないし。旦那もお兄ちゃんと仕事の話したいって言ってるし」
夫の秋は渋々ながら承諾した。コナの家族を招待することになった。新築の家で、コナ一家を招いて焼肉をすることになった。私は買い出しや準備に追われた。
土曜日、コナたちが来た。コナは家の中を見てすぐに言った。
「せっかくの新築なのにインテリアのセンスが壊滅的だね。料理は肉焼いただけの手抜きだし」
「喜んで食べてなかった?」
「次はそれなりに凝った料理出してね。また次の週末行くんで」
「連続はちょっとあんまりじゃないかな」
「だってお兄ちゃんがまたいつでも来いって言ってくれたもん」
「それは社交辞令だと思うよ」
「兄が妹にそんなこと言うわけないじゃん」
しかも、子供が焼肉のタレをカーペットにこぼした。私は「子供のしたこととはいえ、親が謝罪するものじゃない?」と言った。
「へえ、びっくり。子供育てたことないからわかんないよね。子供ってね、こぼすの知ってるよ。わざとじゃないの?それも知ってる。だからしょうがないの」
「それでも親が一言謝罪するのが筋だと私は思うけどな」
「それは子なしの意見ね」
その「子なし」という言葉に、私はカチンときた。
「その言い方やめてくれる?」
「なんで?事実じゃん。あなたの大好きなお兄さんも子なしってことになるよ」
「お兄ちゃんは違うでしょう。外で小作りすればできると思うし」
コナは平然と言った。
「不妊の大半は女にあるもんじゃない?」
その言葉は、私の心に深く刺さった。夫婦で子供を望んでも授からない。その原因が私にあるかもしれないという不安は、常に私の中にあった。コナはその一番痛い部分を、笑顔でえぐってきた。
「とにかくさ、うちの子たちが行くことで将来の子育ての練習にもなるわけだし、お兄ちゃんも可愛い甥っ子たちに会えてご機嫌だし、いいことだらけじゃない」
「だったら客としての礼儀もわきまえてほしい」
「意味不明なんだけど。お兄ちゃんが来ていいって言うから言っただけ。あんたの許可とかいらないし」
私は黙るしかなかった。
それから1ヶ月。コナ一家は毎週末、私たちの家に押しかけるようになった。最初は食事だけだったのが、やがて泊まっていくようになった。ホテル代わりだ。
「この1ヶ月、私の機嫌が悪いのは気づいてるよね?」
「うん」
「毎週末、義妹一家が押しかけてきて、ご飯だけじゃなく泊まるようになって、ホテル代わりに使われてるじゃない」
「ごめん。あなたが子供たちと楽しそうに遊んでる姿を見て、私が子供さえ産んでいればって自分を責めることしかできないのよ」
夫はそう言った。でも、それは違う。夫はコナの「本当の目的」に気づいていない。
「そういうあなたの感情を利用して、コナちゃんは堂々とうちに来てるの。もう断るから」
夫はうなずいた。でも、翌週もコナから連絡が来た。
「今夜も行くのでよろしく」
「は?夫から連絡来てない?」
「毎週末は子なし一家に世話になるって決めてるの」
「勝手に決めないで。私にも都合があるの」
「ないでしょ。今日の夕飯何?すき焼きがいいな。先週鍋とか出されてテンション下がったし。子供たちに栄養つくもん食わせてね」
その時、私の中で何かが切れた。どうせいい顔しても無駄だ。コナは自分の思い通りになるまで引き下がらない。
「そうだね。確かにコナちゃんの言う通りだわ」
「やっと分かってくれた」
「うん。今夜楽しみにしてて」
私は夫に言った。
「ごめん。断ったんだけど、コナたちが今日も来るって」
「それは断ったとは言わないよ」
「どうしよう。私は実家に帰るから、表なしてあげたら」
夫は驚いた顔をした。
「いないの?」
「私、コナちゃんの気持ちがやっと分かったの。1週間仕事して週末くらい休みたくなるよね。主婦って大変だし、子供がいたらなおさらよう」
「分かってくれたのか?」
「うん。だから私も毎週末実家に帰ることにした」
夫は慌て始めた。
「え?なんで?」
「いや、逆になんで驚くの?コナちゃんの気持ちを理解したんだよ」
「そうじゃなくて、秋がいないとどうしたらいいか」
「悪いけど、私も実家をホテル代わりに使わせてもらおうと思ってるの。料理は作らず、片付けもせずに親を使ってみる」
「それはちょっとどうかと思うな」
「ええ、そう思うんだ。でもあなたの妹が毎週やってることよ」
夫は言葉を失った。
「うちの親がもう帰ってくんなと言うまで、カーペット汚して風呂場も髪の毛だらけにして、洗濯も朝までに乾かしておいてって無理なんだ、言ってみるわ」
「いや、悪かったって」
その夜、結局私は実家に帰った。夫はコナを追い返すことができず、5週連続であの一家を家に招き入れた。
翌日、夫と話し合った。
「妹が変なんだよ」
「どういう意味?」
「なんて言えばいいのかわからないけど、違うんだ」
「ごめん。私には分からないよ」
「実家に帰るようなことになってごめん。お互い少し距離を置いて冷静になろう」
「分かった」
その数日後、コナから夫に連絡があった。
「出て行っちゃったんだって」
「実家に寄制しただけよ。お姉さんいなかったから帰ったの」
「え、そうなの?」
「うん。旦那がそうしよって言うから」
コナは意外な言葉を続けた。
「お姉さんごめん。もう行かないから」
夫は驚いた。
「急にどうしたの?」
「お姉さんは毎週実家に帰る。そういうことでいい?」
「ちょっと待って。どういう意味?」
「だからお姉さんは毎週末いないってこと。そうすれば、旦那が行こうとは言わなくなる」
夫は何かおかしいと感じ始めていた。
「旦那さん主導だったってこと?」
「もう大丈夫。調子に乗ってごめん」
コナの態度が急に変わった。夫から電話で聞いた話では、先日コナたちが玄関まで来たが、秋がいないと伝えたら、夫の健太の態度が一変して「帰るぞ」と言って帰ったらしい。
「なんで私がいないとダメなの?」
「分からない。俺の作る飯だと嫌だったのかな?肉は多めに買っておいたんだけど」
私はコナと連絡を取ることにした。電話に出たコナの声は弱々しかった。
「お兄ちゃん、昨日たくさん肉買ってたんだぞ。すき焼きのタレも高いやつ買ってたから心配することなかったのに」
「ごめんね。今日土曜だけど、飯だけでも食いに来ないか?俺1人じゃ食いきれないよ」
「もう行くはないよ。今まで迷惑かけてごめん」
「急にどうしたんだよ。図々しいくらい押しかけてきてたのにさ」
「だから謝ってる。私が間違ってた」
「コナ。兄ちゃんには正直に言ってくれ。明らかに態度が変わりすぎだ。俺は鈍感で秋にもよく怒られるけど、そのくらいわかる。でも、何にビビってる?誰にも言わないし。俺はお前の味方だ」
しばらく沈黙があった。そしてコナは小さな声で言った。
「平日に時間取れる?」
「明日は有給取るよ」
「仕事大丈夫なの?」
「そんなのどうにでもなる。じゃあ明日家に行く。10時でいい?」
「大丈夫だよ。秋もいていいかな?」
「もちろん。お姉さんにも謝りたい」
「分かった。待ってるな」
しかし翌朝、コナから連絡が来た。
「ごめん。ちょっと具合悪くて行けそうにない。約束してたのにごめん」
「どうした?」
「ちょっと熱が出て」
「大丈夫か?何度ある?」
「病院は行ったから平気。寝てれば治るよ」
「そうか。じゃあゆっくり休め」
だが、夫は何かを感じ取っていた。1時間後、夫はコナの家に向かった。
「コナ。開けてくれ」
「お兄ちゃん、なんで来たの?」
「飲み物とかゼリーとか買ってきたんだ。ちょっとでいいから顔見せてくれないか?」
「無理。熱あるし映ったら大変だよ。早く帰って」
「3秒でいいからドア開けてくれよ」
「高熱あるって言ってるでしょ」
「じゃあ、健太君に連絡していいか?」
「なんで関係なくない?あの人仕事だし邪魔しないで」
「だったら開けろ。大体のどはついてる」
「お兄ちゃん、言ったよな。お前の味方だって」
「分かった」
ドアが開いた。そして、夫は目にしたのだ。コナの顔中の傷を。腕のあざを。
2時間後、夫から電話があった。
「連絡遅くなってごめん。今診察が終わった」
「コナちゃん大丈夫?ひどい怪我だよ。ここまでやるなんて異常だ」
「診断書は?」
「依頼はした。後日取りに来なきゃならない」
「警察は?」
「それなんだけど、コナが嫌がるんだよ」
「どうして?」
「子供たちのことを考えたらできないって」
「私まだ詳細わからないんだけど、被害はコナちゃんだけなの?」
「うん。今んとこ子供たちは無事みたいだ。2人が寝静まった後にやられてたらしい」
夫は続けた。
「原因は何?飯がまずいとか、片付けができてないとか、何様のつもり?自分がやればいいじゃん」
「だよな。健太さん、穏やかな人だと思ってた。すっかり騙されてたわ」
「俺も、うちに来るようになった理由って聞けた。そもそも健太君が家に金をあまり入れないらしい。そうなるとおかずとかも質素になるだろう」
「当然ね」
「もっとうまいもん作れってコナがぶち切れたらしい。なんなのそれ。無理なら兄貴とこで飯食わせてもらえるよ。頼んで来いって言われたらしいんだ」
「コナちゃんじゃなくて、健太さんの命令だったのね」
「コナが秋に心ないことを言ってたのは、嫌われて2度と来るなって言われた方がよっぽどいいと思ったからなんだ」
「あの子、そこまで考えてたの?」
「少なくとも俺の知ってるコナは、人に対して子なしとか言うやつじゃない」
「ごめん。私、まともに受け取って普通にむかついてた」
「それは仕方ないよ。しかし健太さん、許せないね。ああいうやつってDVするってのは本当なんだな」
「コナが仕切りに『私が悪いから』って言うんだよ」
「それもよく聞く。やって言われ続けてるうちに、本当に自分が悪いと思い込むって、洗脳みたいなものかもね」
私は決意した。
「お願いがあるの。健太さんと話をさせてくれない?」
「やめとけよ」
「あの男のせいで私たちの夫婦仲はピンチになったわ」
「そうだけど、コナちゃんがやられたことの文句はあなたが言えばいい。私は私で、一言言わないと気が済まない」
数日後、私は健太と会うことにした。職場から帰宅途中の彼を呼び止めた。
「健太さん、お久しぶり」
「お姉さん、どうしたんですか?」
「週末はごめんなさいね。私が急遽実家に帰ることになって」
「あ、いえいえ、いいんですよ。ちょっぴり残念ではありましたけどね」
「それはそうよね。毎週毎週、人をホテル代わりに使って、飯かっくらって、風呂まで入って、布団まで敷いてもらってるんだもん」
「なんかトゲがありますか?」
「そう。嫌なら嫌だって言ってくださいよ」
「いや、そうですか。じゃあもう伺いませんから」
「でも、そうなったら機嫌を損ねて、妻に手をあげるのよね?」
「あ、だったら迷うわね。大事な夫の妹が苦しむのは私も見たくないもんね。かと言って、手加減なくモてなすのも嫌だし。本当困ったわ。どうしましょう?」
「ちょっと何か誤解してませんか?僕がそんなことするわけないでしょう」
「じゃあ、どうしてコナちゃんは怪我をしてるの?」
「なんで知ってるんですか?」
「夫が尋ねたのよ。なぜ?」
「別にいいでしょ。兄が妹に会いに行って、何が悪いの?」
「普段来ないのになんでかなと思って。診断書も取った。子供たちのお迎えも整ってる。警察に行く準備はできてるから」
「食費浮かせるためにうちに来てたらしいけど、そこまでしてお金がないのはなぜ?」
「関係ないですよね」
「ひとまず、5泊分の食費と宿泊費を請求するわ。そうね。結構かかったから、全部で20万でどう?」
「あら、義姉に向かって随分な口の聞き方ね。すみません」
「とにかく夫婦のことはこっちで解決しますんで、黙っててください」
「分かった。夫にそう伝えてみるわ」
その後、夫が健太と直接話をした。
「てめえ、ふざけんなよ。お兄さんまで、話を荒くして何なんですか?俺の妹に何してくれたんだ?」
「だから誤解なんですって」
「コナが嘘をついてるっていうのか?」
「あいつ、なんて言ってます?」
「お前にやられたって」
「また始まったか。夫婦喧嘩の腹いせに、自分が転んでつけた傷を俺のせいにすることが何度もあったんですよ」
「俺は病院に付き添って医者に聞いたよ。人為的なものかどうか、見分けはつくものかって」
「無理でしょ」
「可能だと言ってた。まず、転んだにしては列傷が少ない。いわゆる傷がないんだ」
「知りませんよ」
「警察が調べれば分かるぞ」
「そこまで大事にしますか?子供たちの親がそんなことになって、誰が喜ぶんです?」
「そうだな。コナもそれを恐れて黙ってたそうだ。でもな、そんな世間なんかよりも、もっと守るべきもんがあるだろうって、怒鳴ってやったよ」
「何のことですか?」
「今はコナだけかもしれない。でも、そのうちその手が子供たちに向かったらどうなる?」
「そんなことしませんって」
「みんなそう言うんだよ。俺の親父もそうだった」
「え?」
「うちが母子家庭なのは、母が俺とコナを連れて逃げてくれたおかげだよ。コナは小さかったから何も理解できてなくて、『パパいないの』ってよく泣いてたな。だから同じ思いをさせたくなくて、自分さえ我慢すればいいと思って耐えてたんだろう」
「じゃあ、やっぱり父親がいた方がいいですよ」
「そうだな。再婚して素敵な人が見つかるように、俺らも協力するよ」
「ふざけんな。コナは俺の女だし、子供たちも俺の子だ」
「もう違う。赤の他人になるぞ」
「なんでだよ」
「コナは離婚したがってる。応じないなら裁判だ。名前もお前がやってきたことも、全て公開されるぞ。それでもいいなら戦えばいい」
「ちょっと待ってください」
「最初は俺も秋も、コナが暴れてるだけだと思ったよ。でも蓋を開けたら黒幕がいた。しかもそいつは、善人のお面をかぶった極悪人だ。こんなやつを返せると思うか?」
「分かりました。一旦認めますし、もうしません」
「なんだよ、その軽い感じは」
「終わったことをネチネチ言ったところで何もならないでしょう。大事なのは未来ですよね」
「お前に未来なんてねえよ」
「子供たちはどうするんですか?」
「妹が育てるに決まってんだろ。うちの母親も手伝うと言ってるし、俺らも協力する。こなし夫婦のおもちゃじゃないんですよ」
「黙れ。てめえは兵の中で指でも加えてろ」
「警察はなしでしょ?」
「何言ってんだよ。許さねえって言っただろ」
「慰謝料払うんで」
「大して稼ぎもなくて、人んちで飯食って金浮かすやつに払えんのかよ」
「借りる。どうにかする」
「じゃあ、金払って刑務所行け」
数日後、コナが私たちの家を訪れた。
「お姉さん、色々とすみませんでした」
「私の方こそごめん。何も気づいてあげられなかった」
「私がそう仕向けたんです」
「演技うますぎるよ。めっちゃむかついたもん」
「すみません」
「子供たちは大丈夫?」
「はい。バーバと一緒に住めるのが嬉しいみたいで、前よりも笑顔が増えました」
「よかった」
「旦那に怯えていた私に、気づいていたのかもしれません」
「私は何も気づけなかったよ。こなしだからかな」
「もうやめてくださいよ。お兄ちゃんから聞きました。原因は自分にあるって」
「うん」
「本意じゃなかったとはいえ、本当に酷いことを言いました。申し訳ありません」
「そう思ってくれるなら、今度うちに来た時は準備と片付け手伝ってくれない?」
「え?言っていいんですか?」
「焼き肉のお肉、冷凍してあるの。1人減ったから、お母さんも呼んで食べましょう」
「ありがとうございます。でも、抜け出せてよかった。本当に感謝してます」
「もう痛い思いしなくていいからね。痛いの痛いの、飛んでけ」
その後のこと。健太は離婚に応じ、コナと子供たちから縁を切られることになった。慰謝料と養育費が重くのしかかり、消費者金融からも借り入れるはめになった。勤務先にもDVの件が知られ、懲戒解雇になった。そして、その全てを失ったタイミングで、コナは警察に被害届を出した。執行猶予がつくかと思われた裁判だったが、反省性がなく再犯の危険性も高いとして、実刑になったようだ。
親や親族、友人からも完全に見放され、出所しても孤独な人生が待ち受けていることだろう。
そして今、私たちは半年に1度くらいのペースで集まって、みんなでご飯を食べている。先日、コナの子供たちが「いつもありがとう」と書いたお手紙とお花をくれた。私は号泣してしまった。
悪意をぶつけられるのは辛いし痛い。どんな事情があっても、人を傷つけることは許されない。ただ、その人の本質と行動がずれていないか、そういう部分に気づける大人でありたいと思った。
夫は、私の気持ちを無視したことをちゃんと謝ってくれた。今後は小さなことでも相談し、話し合うことを約束した。



