「お母さんと同居するから、あんたはこの家から出ていきなさい。」
新居が完成したその日、義母はそう言い放った。私は三年間、ずっと我慢してきた。でも、この言葉を聞いた瞬間、何かが確かに音を立てて崩れた。
「この家は匠の名義でしょ。嫁のあんたに住む権利はないわよ。私は息子のそばにいたいから、ここに住むことにしたの」
「私もお金を出しています。頭金も、私が」
「嫁が家に貢献するのは当然でしょ。それが嫁の役目よ」
私は夫に助けを求めた。
「匠、お母さんが私に出ていけって言ってるの」
「ああ……母さん、ずっと一人だったからさ。寂しかったんだと思うんだ」
「あなた、知ってたの?」
「まあ、前から言ってたし……それに、蒼いなら分かってくれると思ってた」
何それ。私はあなたの妻であって、お母さんの都合に合わせるための駒じゃない。
数日後、義母はさらにエスカレートした。
「南向きの部屋、私の部屋にするから開けといてね」
「その部屋は私が書斎として使う予定です」
「書斎? 嫁に書斎なんて必要ないでしょ。掃除でもしてなさい。働いてないんだから、もっと家に尽くしたらどう?」
「私は……」
「ああ、それとリビングのカーテン、趣味が悪いわね。センスがないのよ。私が選び直してあげるから、費用はあんた持ちでね」
私は歯を食いしばった。匠に話しても、結局いつも同じだった。
「母さんも一人で寂しいんだよ。俺たちが我慢すれば丸く収まるから」
「寂しいからって、私の部屋を奪っていいの?」
「夫婦の部屋があるだろ。二人で使えばいいじゃないか」
「匠は、私の気持ちよりお母さんの気持ちが大事なんだね」
「そういうわけじゃないけど……」
「でも、実際そうでしょ」
友人の愛に電話した。
「もう限界だよ、愛」
「やっと決断したのね。あんた、黙って出ていくつもりはないんでしょ?」
「……うん。徹底的に調べてから動くわ」
翌週、私は義母の前に立っていた。
「お母さん、私は出ていきます。ただし、その前に大事な話があります。ローンのことです」
「何よ。もう用はないでしょ」
「ローンの引き落とし口座を、来月から変更する手続きをしました。全て匠さんに任せましたので」
「そんなの匠が払えばいいでしょ。息子の家なんだから」
「そうですね」
私は微笑んだ。その家の名義が誰なのか、義母はまだ知らない。
家を出た後、匠から何度も連絡が来た。
「蒼い、戻ってきてほしい。母さんが家事を全然やってくれなくて……俺も仕事あるし、正直きついんだ」
「私が便利だから戻ってこいってこと?」
「そういうわけじゃなくて!」
「お母さんとは別居して、二人で暮らすっていうなら考えてもいいけど」
「それは無理だ。母さんを一人にはできない」
「つまり、私の部屋もない家に戻って、お母さんの世話と家事をしろってこと?」
「親孝行だよ、蒼い」
「うん、分かった。分かったよ」
「本当か!」
「何か勘違いしてない? 分かったのは、私がいくら我慢しても無駄だってこと」
翌月、義母から匠に電話が入った。
「銀行から電話が来たんだけど、ローンの引き落としができなかったって! どういうことよ!」
「母さん、実は……この家の名義、蒼いなんだ」
「はあ⁉」
「俺、年収が足りなくてローン審査が通らなかったんだ。だから蒼いに頼んで……頭金も、蒼いのおばあちゃんが残してくれた遺産の2000万円で全部出してもらった」
「つまりこの家は、あの女の家ってこと?」
「法的には……そうなる」
「なんで最初から言わなかったのよ!」
「母さんに、男のくせにってバカにされると思って……認められなくて、嘘をついたんだ」
その後、私の代理人として探偵の愛が義母のもとを訪れた。
「蒼井さんは、頭金として拠出した2000万円の返還請求と、精神的苦痛への慰謝料請求を進めます。弁護士と相談済みです。法的主義で、この家の所有者は蒼井さんですから」
「そんな……私たちはどうなるの? 住むところが」
「それはお二人で解決してください。蒼井さんの問題ではありません」
数週間後、匠が連絡してきた。
「もう一度、話し合いたい。家のことも、俺たちのことも、全部」
「じゃあ、あの日、どうして止めてくれなかったの?」
「それは母さんが……」
「母さんが、じゃなくて。あなたはどうしたかったの?」
「俺は蒼いと一緒にいたかった。でも母さんも一人にできないし……」
「結局、どちらでもなかったんでしょ。私は三年間ずっと我慢してきた。あなたが一度でも守ってくれると信じて、期待して。でも一度もなかった」
「蒼い……」
「私ね、ちゃんと怒ってるんだよ。今まで飲み込んできた分、全部。もう無理だよ。離婚してください。弁護士から正式に連絡が行くから」
「待って……そんな急に」
「急? あなたが三年かけてしたことの結果だよ。急なんかじゃない」
義母からも泣きつかれた。
「私だって息子に騙されていたのよ。知らなかったんだから。私も被害者なの!」
「同じ被害者だって? 笑わせないでください。私は三年間、お母さんに何をされましたか? 覚えていますか? 私には家族がいません。親もいなくて、おばあちゃんだけが家族でした。だから匠と結婚した時、やっと家族ができると思ったんです。お母さんのことも『お母さん』と呼べる日が来るかもしれないと思っていました。三年間、ずっと。でも私は、一度もお母さんの家族にはなれませんでした」
「だからこれからは大事にするわ。お願い」
「大事にする気持ちがあるなら、今すぐその家から出ていってください。そこには、あなたの居場所すらありませんから」
その後、匠は月26万円のローンを払えず、私が引き落とし口座を変更したことで支払いは滞り、結局家を出ざるを得なくなった。慰謝料の支払いで資産はほぼゼロ。借金が原因で自己破産し、給料のほとんどを慰謝料に充てる生活になった。義母は息子の家で老後を過ごすという夢が崩れ、親族からも「嫁を追い出して自滅した」と呆れられ、孤立した。二人は互いを責め合い、今は小さなアパートで寒さに震えながら暮らしているという。
私は家を取り返し、今は愛と二人で暮らしている。最初は断られたけれど、「せっかくなら家族と暮らしたい」と言うと、愛は照れ臭そうにしながら「そこまで言うならいいけど」と承諾してくれた。
認めてもらおうと必死になるのではなく、お互いを認め合いながら支え合う。今、私はようやく、本当の家族と一緒に暮らしている。



