夫が息を引き取ったのは、早朝の電話だった。母さんの声は思いのほか落ち着いていて、それなのに「間に合わなかった」という言葉だけが重く残った。仕事があって、すぐには動けなかった。母さんは「しょうがない」と言った。父さんは、私たちと一緒に暮らせた最後の数年を幸せに思っていたはずだと。
病院に向かう途中、電話で母さんとこれからの話をしようとした。「遺産の話をしよう」と言ったら、母さんは「遺産?」とだけ返してきた。私は父さんから直接、遺言書を預かっていた。大事に保管しておいてほしいと言われて。母さんは何も知らない様子だった。
「父さんは全部を俺に残すって言ってたんだ」
「そんなはずない。私は何も聞いてない」
「心から信頼できる人に預けたんだよ。母さんじゃなくて、俺に」
母さんの声が震えていた。でも、もう引き下がれなかった。父さんは長い間、母さんに食い物にされてきた。私はそれが許せなかった。
葬儀はちゃんとやった。母さんもそれは望んでいた。
一周忌が終わった後、母さんと向き合った。「話し合いをしましょう」と私が言うと、母さんは「話し合いなんて必要ないでしょ」と返してきた。
「遺産は全て俺のものになる。その家も、金も」
「あの遺言書は納得できない」
「直接父さんから渡されたんだ。これが父さんの本心だよ」
母さんは黙った。それからゆっくりと言った。「家を出て行きなさい。あなたたちには、もう何もあげない」
「追い出すつもりか?」
「あなたたちが私を追い出そうとしたんでしょ。だから、その家は私が処分する」
「なにを言って……」
「あの家は、父さんが10年前に大病をした時に、私の名義に変えてあったの。だから、あなたのものじゃない。もう解体して、土地は売ったわ」
嘘だと思った。でも、母さんは淡々と続けた。
「あなたたちの荷物はトランクルームに預けた。鍵が必要なら藤田さんに連絡して」
藤田さんは父さんの友人で、司法書士をしている人だった。母さんは何から何まで手配済みだった。私は怒りが込み上げたが、まずは鍵をもらうことにした。
藤田さんに会うと、彼は静かに言った。「相続の件ですが、あなたは遺言書を捏造しましたね」
「証拠があるのか」
「私が本物を管理していたからです。10年前、達彦さんが入院した時に、私に預けられました。あなたが父から渡された遺言書は、偽物です。本物には、遺産をあなたと奥さんで半分ずつにしなさい、と書いてありました」
呆然とした。父は、そんなことをしていたのか。
「黙れ。半分でもいい。さっさと振り込め」
そう言って電話を切った。翌日、母さんに連絡をした。「一度、会ってください」
「あなたたちと縁を切ったはずよ」
「ひ雪が命令したんです。僕は本当に抵抗したんです」
「それが演技だとしたら、女優になった方がいいわね」
「本当です。今、ひ雪はすごく不機嫌で、ホテルに住んでるんです。レストランで会いましょう。ひ雪は仕事中だから、安心して会えます」
母さんは少し黙ってから、住所を送ってきた。
レストランで、母さんに言った。「借金を貸してください」
「あなた、消費者金融から借金してたみたいね。トランクルームの荷物を整理してる時に督促状を見つけたわ」
「どうしても返せなくて」
「あなたは遺産が入ったら返済しようと思ってたんでしょ。でも、それは無理になった。だから私に泣きついてきたのね」
「必ず返します。だから、とりあえず貸してください」
「返せるの?」
「当てがあります」
「だったら、その人に直接言った方がいいわ。あなたの止まってるホテルの住所を、取り立ての人に教えておいたから」
私は言葉を失った。「なんで、そんなことを」
「返せるんでしょ。だったら、まずは借りてる会社に返すべきよ」
それから数日後、私は藤田さんを無視した。どうせ相続の話だと思ったからだ。母さんに電話をしたら、彼女は冷たく言った。
「あなたは相続資格を失ってるのよ。相続欠格って知ってる? 遺言書を偽造したら、遺産を受け取る資格がなくなるの。藤田さんはそれを伝えたかったのに、あなたが無視したから、私が伝えてるだけ」
「ふざけるな!」
「あんたは、自分でそのチャンスを失ったのよ」
「頼む。金がないんだ。海外旅行で使い果たした」
「知らないわ。バカなことをするから」
私は子供の頃から、楽をして生きてきた。父さんはそれを許してきた。母さんも、文句を言いながらも面倒を見てきた。でも、今回は違った。母さんは、もう許すつもりはなかった。
「これでお別れよ。あんたたちという風がなくなったから。これから私は、人生を謳歌するつもり」
電話は切れた。
その後、幸は離婚した。借金があることがバレて、妻に捨てられた。夜中まで働いてお金を稼いでも、ギャンブルに注ぎ込んだ。私も、投資で取り返そうとして、怪しい仮想通貨に手を出して、貯金を全て失った。
母さんは、新しい家で新しい生活を始めたそうだ。一人だけど、強く生きているらしい。父さんは、どんなに辛い環境でも、決して諦めなかった人だった。母さんはその姿を見てきたから、今度は自分が立つ番だと、そう思ったんだと思う。
私には、何も残らなかった。



