姑が私の前で通帳を掲げて、にこやかに言った。
「あんたの貯金5000万で二世帯住宅を建てたわよ。」
私は言葉を失った。私は弁護士だ。依頼者から預かった金は、自分の財産とは別に管理しなければならない。あの通帳は、まさにその預かり金専用の口座だった。
「さすが弁護士さんね。結構溜め込んでたじゃない。驚いちゃったわ。」
「…まさか、勝手に通帳を見たんですか?」
「ちょっと目に入っただけよ。」
「ありえません。通帳は常に私の鞄の中に入れて、持ち歩いてるんです。いつ見たんですか?」
「廊下を歩いてたら落ちてたから拾ったのよ。」
「また私の鞄を漁ったんですか?前にも一度、盗難防止スプレーが入ってるって騒いだのに、自分で開けてみたら誤作動だったこと、忘れてませんよ。」
「またって何よ。人を犯罪者みたいに言わないでくれる?それより、こんな大金を持ってたのに息子や私に黙ってたことを詫びなさい。」
「謝る必要はありません。そもそも、その預金は私のものじゃない。お母さんが引き出せるはずもないんですが、どうやったんですか?」
「分かってるわ。だから先に動いたのよ。息子の名義で家を買ったわ。」
「…どういうことですか?」
「もう手付金も払ってるのよ。二世帯住宅。今まで別々に暮らしてたけど、これで息子と一緒に暮らせるわ。」
「勝手に決めた上に、人の金を当てにするなんて…」
「どうして?あんたも住めるんだからいいじゃないの。」
「私はマンション暮らしがいいんです。」
「え?絶対に一軒家の方がいいわよ。」
私は夫・太陽に電話をかけた。すると彼は浮かれた声で言った。
「お袋から聞いたよ。二世帯住宅だって?楽しみだな。」
「ちょっと待って。あのお金、私の預かり金口座のお金なのよ。それで家を買うって、どういうこと?」
「預かり金?あれは弁護士事務所の口座だろ?お前の名前も入ってるじゃないか。」
私は説明した。弁護士は依頼者から預かった金を自分の口座と分けて保管する義務がある。あの口座は、事務所の運営費を差し引いて依頼者に返還するためのものだ。つまり、あれは全て私の金ではない。
「え?じゃあ、いくら残るんだ?」
「二世帯住宅を買えるほど残りません。そもそも、私がいいとすら言ってないのになぜ先走ったんですか?」
「でも、もうハウスメーカーも決めて契約しちゃったんだよ。手付金も払ったし。」
「嘘でしょ…」
「完成すれば喜んでもらえる自信があるんだ。本当に素敵な家なんだぜ。場所は都内だし。」
「場所は?」
「駅からバスで10分くらいの、緑が多い静かなところだよ。電車とバスで1時間半もあれば、お前の職場に着く。」
「…1時間半。本気で言ってますか?」
「若いんだから、やればできるよ。頑張ろうぜ。」
「何を言ってるんですか。私は通勤に時間をかけるのが嫌なんです。それに、ローンはどうするつもりですか?」
「俺の収入でギリギリローンは通った。でも、お前の助けがないと今後払っていけない。だから、俺たちで一緒に住もう。」
「私が怒ってるのは、通勤が遠いことだけじゃない。何も相談せずに、勝手に話を進めたことよ。」
「だから今話してるじゃないか。」
「遅い。離婚よ。ローン頑張ってね。」
「待てよ!浮気したわけでもないのに、離婚はおかしいだろ?」
「この世の離婚理由が浮気だけだと思ってるの?民法には『婚姻を継続し難い重大な事由』って書いてあるのよ。この状況がまさにそれよ。」
「弁護士みたいなことを言うな!」
「弁護士なんだよ。俺の年収知ってるだろ?600万。色々引かれて460万。月の手取りは32万くらいだ。そこから毎月のローンが14万になる。ボーナスはプラス10万。残り18万ちょっとで生きていけると思ってるのか?」
「十分でしょ。カード払いも減らせばいいし、車も売ればいい。」
「カードだけで毎月10万以上払ってるんだぞ!」
「じゃあ使うのをやめなさいよ。車のローンだってあるんでしょ?売りなさいよ。」
「お前は俺の支えが必要なんだよ!見捨てないでくれ!」
「金銭的な支援のこと?前にもそんなこと言って、『男の憧れ』ってベンツを買ったでしょ。そのおかげでドライブに行けたのは、たった一回の江の島だけよ。土日はずっと寝てゲームしてるくせに、『疲れてる』って?」
「俺だって忙しいんだよ!」
「そりゃ私は収入が多いわよ。でも、結婚してから家賃も光熱費も、全部私が出してたでしょ?本当にそう言える?」
「…言える。」
「じゃあ、一人で頑張って。知り合いの弁護士から連絡させるわ。さようなら。」
「こんな終わり方でいいのか?」
「いい。むしろ、ここがいいタイミングだと思う。」
数日後、彼からメールが届いた。開くと、写真が添付されていた。
「証拠を見つけたぞ。お前だろ、ホテルから出てくる男と。」私は呆れて返信した。
「それ、全部AIで作った画像でしょ。右下にマークがついてるじゃない。」
「あれは俺が入れたんだ!お前の浮気の証拠だ!」
「そんなことしても無駄よ。偽造は罪になるわよ。黙って離婚に応じた方がいい。」
「無理だ!それだけはできない!カードの利用額を減らして車を売れば、問題なく暮らせるだろ?頼む!」
「だったら、別居でもいい。俺と母さんは一軒家に住むから、お前は都内に小さいマンションでも借りればいいだろ?財布は共同にすればいいよな。」
「それで私に何の得があるの?」
「たまにデートしよう。俺が割勘するよ。マンションの掃除にも行く。」
「いらないんだけど。とにかく、私は絶対に別れないからな。」
「なんでそんなに必死なのよ。」
その夜、兄に電話した。
「兄さん、ちょっと頼みがあるの。私の職場の近くに、ワンルームくらいの物件を探してほしい。」
「離婚すんのか。」
「さすが情報が早いわね…。夫が姑とグルになって、勝手に5000万の家を買ったのよ。」
「はあ?太陽もなかなかやるなあ。確かベンツも勝手に買ってお前がぶち切れてたな。」
「笑い事じゃないんだけど。」
「悪い悪い。でも離婚をごねてるんだろ?ローンで苦しくなるのが嫌みたいだな。でも太陽くんもそれなりに稼いでるだろう?600万くらいか?」
「ええ。でも家と車のローンで結構きついみたい。姑の年金もあるし、やっていけないことはないと思うけど…。でも、あの人の手取りが毎月32万でしょ?車のローンが7万、カードが平均で10万。生活費は私が出してたから、残り15万は余裕で余ってるのよ。」
「お前はそれに今気づいたのか?」
「男の人だし付き合いもあるだろうから、ある程度持ってた方がいいと思って口を出さなかったのよ…。でも、今思うと、その余った15万が、どこに消えてたのか分からないの。」
「…まさか、女か?」
「そうかもしれない。探偵事務所に依頼してみる。」
「太陽くんが浮気なんて、絶対にあり得ないとは言えない。」数日後、探偵から結果が届いた。私は兄に電話した。
「真っ黒よ。」
「よし、俺の体も仕上がってきたから、任せろ。」
「やめて。ぶっ飛ばす必要ないから。」
「そうか、遠慮しなくていいんだぞ。妹のためなら23年の刑務所暮らしも耐えてやる。」
「ありがたいけど、お姉さんに怒られるわよ。」
「あいつなら待ってくれるさ。法的に追い詰めてやるから、大丈夫だ。」
「そうね。私にはその武器があるんだった。」私は兄に頼んで、職場近くの物件を用意してもらった。
数週間後、太陽から電話がかかってきた。
「弁護士から内容証明が届いたぞ。慰謝料300万って何だよ!」
「浮気してたでしょ。」
「してねえわ!」
「この数週間だけでも、相当な証拠があるけど?」
「は!どうせAIで作った画像だろ?」
「探偵をつけたのよ。証拠は写真と動画。裁判所に判断してもらおうか。」
「…ちょっと待ってくれ。まず証拠を見せろ。」
「見るまでもないでしょう。やったかどうかは、自分が一番分かってるんだから。」
「人違いかもしれないだろ?」
「そう思うなら思ってればいいわ。あとは裁判官に判断してもらうから。」
「裁判とか物騒なことはやめた方が良くないか?母さんも心配するし…」
「ああ、あの家を買って浮かれまくってるのに、カツカツの生活になるなんて思ってもないだろうね。」
「そうそう。母さんの心臓が止まったらお前のせいだぞ!」
「心臓に毛が生えてるから、平気だと思うわ。」
「頼む、言わないでくれ!」
「あのね、私が離婚するって言ってから、毎日のように嫌がらせが続いてるのよ。うちのマンションのポストに、毎日納豆が入ってるの。」
「単なる差し入れじゃないのか?」
「パックから出して、帯だけ入れてあるのよ。管理人さんに頼んで防犯カメラの映像を見せてもらったら、姑が写ってたわ。」
「んなことしてたのか…。それは俺が息子として謝る。ただ、離婚とか慰謝料とかは勘弁してほしい。」
「もう家がどうとかの問題じゃなくなってるのよ。不倫は『婚姻を継続し難い重大な事由』として、ほぼ認められるの。」
「あれは違うんだ!ホテルに行ったのは…友達と運動不足解消のために、ラジオ体操をしようって話になって…」
「ラジオ体操をわざわざホテルで?人に見られたら恥ずかしいだろうが。」
「うちの近所の公園でやってるおじいさんたちみたいにすんなよ!」
「妻がホテルに行くことに、その心配を持てよ。」
「…そう言われたらそうだけど、そういうつもりではなかったっていうか。」
「言い訳はもういい。こっちは法的に出るとこ出たら勝てるから。」
「面目ない…。年内には完成するんだ。すごくいい家なんだぜ。キッチンと風呂とトイレは共同だけど、寝室は別だし、母さんとは距離を置いて暮らせる。いや、それ普通の一軒家じゃん。絶対無理。」
「本当にダメなのか?」
「その浮気相手と再婚して、一緒に住めばいいじゃない。」
「それはちょっと…相手が47歳なんだよ。」
「は?写真しか見てないけど、そんなに年上なの?」
「うん。ミニスカート履いてたし、顔は若かったけど…美容にお金かけてるって感じだな。」
「ちょっと待って。もしかして、あんたがその美容代を出してたんじゃないの?」
「いや、そんなことはないと思うけど…」
「『ない』って言い切らないところが怪しいわね。」
「それは関係ないだろ!でも…私より20歳近く離れた人と浮気してるなんて、思いもしなかったわ。」
「そうなんだよ。一応母さんにも新しい嫁候補として伝えてみたんだけど、『子供は産めそうにない』とか『自分と歳が7つしか変わらないのは嫌だ』とか、わがまま言い出してさ。」
「その点についてだけは、姑に同意するわ。トータルスコアで言うと、お前がベストなんだ。だから許してほしい。」
「コースで評価されたのもごめんだし、あんたら親子とは二度と関わりたくない。あとは弁護士を通して示談するか、裁判所で会うかの二択よ。」
「そんな無理は許さないぞ!」
「あんたの許しはいらない。二世帯住宅と長時間の通勤、頑張ってね。」
翌日、姑が私の実家に乗り込んできた。
「あんた浮気してたらしいわね。」
「どうこねくり回したら、そんな意味不明な情報が耳に入るんですか?」
「息子に写真を見せてもらったわ。あんたが浮気してる写真をね。」
「あれはAIで作った捏造です。私はそんなことしてない。」
「捏造なんてする子じゃないわ。あの子がどうしても許せないって言うのよ。慰謝料払いなさい。」
「そういうと思いましたので、証拠の控えをポストに入れておきました。どうぞご覧ください。」
「何それ?」
「まあ、見てくださいよ。」
「ポストに入れたなら、顔を出せばよかったじゃない。」
私は封筒を手渡した。姑は中を開けて、写真を一枚一枚見る。
「何この写真…あの子…本当に浮気してたのね…信じられないわ…妻を裏切るなんてひどい…」
「しらしらしいですね。『47歳で子供を産めそうにない女はダメだ』って、お母さんか反対したんしゃありませんてしたっけ?」
「へ?お互いか嘘をつきまくってるから、もう何を誰にとう言ったのか分からなくなってません?」
「いやあ、こんな女知らないわよ…」
「最後のページを見ました?その女性か、お母さんのご自宅に夫と入っていく写真かありますよね。水色のワンピースのやつてす。」
「…って、そんな人来たかしら?」
「ほけたふりしても無駄てすよ。」
「だって、50手前の女を嫁にもらったって、孫が見れる可能性は限りなく低いてしょ。そっちの都合かとうか知りませんし、相手かいくつたろうか浮気は浮気てすよね。」
「まあそうたけと…男の浮気の1つや2つは許してあけなさいよ…」
「さっき『妻を裏切るなんてひとゐい』っておっしゃってましたよね?」
「そういう気持ちもある…たけと許しなさい…」
「もうこれ以上、話し合うことはありませぬ。二世帯住宅はとうすれはいいのよ?」
「お母さんか働いたらとゐてすか?」
「…」
「いやあ、勝手に家を買ったことは謝るわ。とうしても広い家に住みたかったの…」
「自宅祭まて終わってると知った時、ああ、私うちは家族しゃなかったんたと思いました。」
「そんなことない!後て丸め込めはいい…」
「そう思われたことか悲しかったんてす。」
「…本当にすみませぬてした。息子のためにも戻ってやってくたさい…」
「お断りします。5年間、お世話になりました。」
1ヶ月後、兄の家に引っ越した。駅から近くて、家賃も高くない。最高のマンションた。
「引っ越し終わったよ。このマンション最高たわ。」
「たろ?駅も近いし、家賃もそんない高くないし。」
「離婚も成立したよ。」
「そっか。そっか。」
「兄さんの一言か無けれは、浮気に気つかすに終わってたかも。」
「思いつきて言ったたけたけと…。結局、47歳の女性とはとうなったんた?」
「一緒になるらしいよ。」
「はあ?家か完成するまての間は、実家に3人て住むんたって。」
「マジかよ。お母さん、大反対してたんしゃなかったっけ?」
「ローン支払い要因たと思う。」
「えけつないな…。47歳独身て婚姻歴なして中堅器たから、結構溜め込んてると思うのよね。ああ、私の慰謝料請求にもあっさり応しゝれはしたし。」
「まあ、あいつらかとんなろうと、とうてもいいわ。お前か幸せになってくれたら、兄としてはそれたけていい。」
「優しい兄を持って幸せたわ。今日はお肉をご馳走してもらうから。」
「令持ってこい。高級和牛にしろよ。」
「前撤開。」
それから約1年後。姑と太陽、そして47歳の新しい妻は、見事な二世帯住宅に暮らしているらしい。最寄りの駅まて歩行25分。そこから電車を数回乗り換え、都内の職場まて1時間半。毎日往復4時間の通勤て、太陽と新妻はほろほろ。結局、マイホーム生活を謳歌しているのは姑たけのようた。ひたすら住宅ローンを支払うたけの日々。終電を逃すと終わるのて、飲み会えにも参加てきす、自宅と会社を往復するたけの人生。たしかに、それが彼らにとって幸せなのなら、それていい。たけと、時間は有限て、お金では買えないものたと思う私からすれは、本当にありえない選択肢だった。妥協して同意していれは、浮気に気つくこともなく、通動て疲弊する毎日を送っていたのは、私たったかも知れない。そん考えると、そっとする。太陽は慰謝料支払いのためにベンツを売った。そこまてして手に入れたマイホームて、疲れたけか溜まっていくというのは、皮肉な話た。私は兄の家にすき焼き用のお肉を持っていき、お姉さんと一緒に食卓を囲んた。私もいつか、こんな温かい家庭を築けるように頑張りたいと思う。


