イオンで「最高に可愛いバッグ」を見つけたという瑠美子からの連絡が、すべての始まりだった。
「これ買うから今すぐお金振り込んで。どうせニートで暇でしょ」
在宅で仕事をしている私に向かって、妹は平然と言ってのけた。確かに実家にはいるが、PCで広告運用やウェブコンサルティングをして収入を得ている。ニートではない。しかし母も瑠美子も、私がパソコンで遊んでいるだけの引きこもりだと信じて疑わない。
「専業主婦だって立派な仕事だから。まだ1歳のルアの面倒も見てるし働くのは無理」
瑠美子はそう言い訳し、結局その日の買い物代5万2324円を「必要経費」として私に押し付けた。バッグに洋服に靴、レストランでの昼食、子供のおもちゃ。すべて自分のための買い物なのに。
「お父さんから相続したお金で大きい顔しないでちょうだい」
瑠美子は父の遺産を湯水のように使っていた。母は500万、瑠美子は250万を受け取ったという。私はと言えば、父の遺言で家族を託され、家計のやりくりを任されていた。毎月の生活費はおよそ90万円。自炊もしない食費、外出ばかりでスマホ代、見もしない動画のサブスク、毎週のように行く旅行。家族の浪費を私は必死に支えていた。
夫の智裕もまた役所を辞めて無職だった。「男のプライド」を盾に、まともな仕事に就こうとしない。私は仕事を紹介しようと提案したが、「誰かのコネで入社とかダサい」と断られた。
ある夜、瑠美子は1歳のルアを置いて母と居酒屋へ。泣き喚くルアを私は必死になだめたが、瑠美子は「育児の大変さを知らないこなし独身様は追い詰められて母親はうつになるのよ」と逆ギレするばかり。居酒屋の代金まで私に請求してきた。
「いい加減にして。今日の買い物は全額出したんだから居酒屋の分ぐらいは自分たちで出してください」
怒りが頂点に達した。しかし瑠美子にとって私はいつだって「お姉ちゃんなんだから我慢するのが当然」の存在だった。
翌日、私の部屋に入った形跡があった。キーボードは油まみれ、机の上は食べカスだらけ。瑠美子がルアを私の仕事部屋に入れたのだ。私は強く抗議したが、瑠美子は「子供のやったことだし許してやって」と開き直った。そして数日後、事態はさらに悪化した。
「お母さん、私の部屋は?友達とのランチから帰ったら私のものがないんだけど」
母は子供部屋を作るため、私の部屋を勝手に片付け、PCを買い取らせて処分したと言った。業務用にカスタマイズした50万円以上のパソコン。プロジェクトの機密データもすべて入っていた。
「売ったお金は片付けの代行料金としてもらうわね」
笑顔でそう言う母に、私は絶望した。
「お母さんがしたことは窃盗だからね」
「家族なのに頭ってあんたは自分が何を言ってるか分かってるの?」
母は微塵も悪びれない。売ったお金で焼肉に行く始末。もう限界だった。
「分かった。この家から出て働く」
「本当にいいのね。やっとその気になってくれたのね」
その日のうちに私は家を出た。母も瑠美子も、ようやく邪魔者が消えるとばかりに笑顔だった。
「その代わりもう援助しないからね」
「いいよ。やっと智裕君が就職決まったから」
驚くべきことに、無職だったはずの智裕が超大手外資系証券会社に課長候補として採用されたという。年収1200万円。嘘だと思ったが、私は何も言わなかった。これで家族の面倒を見なくて済むならそれでいい。
1ヶ月後、思った通り事態は動き始めた。智裕は就職などしていなかった。瑠美子に馬鹿にされて頭に来て、嘘をついただけだったのだ。生活費は高金利の金融会社から借金して工面していた。200万円もの借金を。
瑠美子は離婚を言い渡され、家もライフラインも止まった。そして、私に連絡してきた。
「お姉ちゃん、お願い。家に戻ってきて」
「何のようかは分かるよ。ライフラインが全部止まったから助けてって話でしょ」
「お父さんの遺産ままあるでしょ?1人で持ち逃げなんてずるいわよ」
私は真実を告げた。父の遺産はとっくに尽きていた。これまで私が働いて稼いだお金で家族を養っていたのだと。
「私が何の仕事をしてるかもう一度説明するね。広告運用やウェブコンサルティング、ライティング、サブで投資運用もしているの。トータルで月平均60から100万は稼いでるよ」
信じられない様子の瑠美子に、通帳を見せた。数字を見て、瑠美子の表情が凍りつく。
「なんだ。そんなに稼いでたならもっと早く言ってよ。そうだ。子供部屋が気に入らなかったみたいでさ。片付けるからまた前みたいに使っていいよ」
「大丈夫。今の環境の方が静かだから気に入ってるの」
「可愛い妹の頼みが聞けないの」
「あなたはもう私の妹じゃないから何もしてあげません。これからは欲しいものがあったら自分で掴み取りなさい。さようなら、ニートさん」
これで終わりにしようと思った。しかし母が最後の切り札を出してきた。
「お父さんの遺言書があったのよ。『家族を託せるのはしっかり者のたまきだけ。どうかたまきが家族を守って欲しい』って書いてあったの」
私はそれで何年も我慢してきた。家族のために尽くしてきた。しかし彼女たちは一度も私を尊重しなかった。私はもう許す気はなかった。
「お母さんにとって家族は都合のいいものだったんでしょ。私のことなんて本当は可愛くなかったんでしょ」
「可愛い方を可愛がって何が悪いのよ」
それで全てが腑に落ちた。私はこの家で求められていなかったのだ。
「じゃあこれからは可愛い瑠美子になんとかしてもらって。さようなら、寄生中さんたち。同じ虫同士身を寄せ合って生きていきなよ」
その後、瑠美子と智裕は離婚した。智裕は借金取りに追われ、ホームレス生活に。瑠美子はパート先の既婚店長と関係を持ち、慰謝料請求されて職も失った。母と瑠美子は激安アパートで暮らすことになり、喧嘩ばかりの毎日だという。初詣母の愛なんて、その程度だったのだろう。
私は今、保護施設から譲り受けた犬と暮らしている。散歩やドッグランでできた人々との繋がりは、久しぶりに人の温かさを思い出させてくれた。無償の愛をくれる犬と共に、私はようやく自分自身の人生を歩き始めている。



