「お母さん、出産終わりました。1ヶ月前に」
「え、予定日は来月じゃなかったの?」
「あれ?私、そんなこと言いましたっけ?息子から聞いたなら、太地が伝え間違えたんでしょうね。責めるなら記憶力のない我が子にお願いします」
「色々と言いたいことはあるけど、まずはおめでとう」
「ありがとうございます。うちの父にそっくりな可愛い男の子ですよ」
「予定通り里帰り出産したの?」
「はい」
「だったら、そんな遠くないし、少しお邪魔していいかしら?お祝いも渡したいし、赤ちゃんにも会いたいから」
「え、なんでですか?」
「いや、初孫だし、顔が見たいわ」
「でも私が産んだ子ですよ」
「息子の子でもあるでしょ?」
「いやいやいや、私が産んだ子なんで、私が誰に合わせるかは自分で決めますから」
「どういう意味?」
「正直、うちとそちらでは家の格が違うと思うんです」
「はい?」
「うちは父も母も安定してますけど、そちらは母子家庭で貧しくしてらっしゃいますよね」
「そりゃ夫を早くになくして女一人で息子を育ててきたけど、私も未だに働いてるし、生活には特に困ってないんだけど」
「結婚ってそういうもんじゃないじゃないですか。実家同士の交流とかもありますし」
「正直に言って、周りくどいのは苦手なの」
「じゃあ言いますね。お祝い事以外は今後関わらないでいたいんです」
「なぜ?」
「私の父と母は子供に触れられても嫌悪感がないんですが、お母さんが抱っこするってなったら、なんか嫌なんです」
「私は孫に会う権利もないっていうの」
「娘を産んでおくべきでしたね」
「仕方ないじゃない。太地一人しかいないんだから。じゃあ諦めましょっか」
「なんて人なの?」
「でも安心してください。さっきも言いましたけど、お祝い事はお呼びします。その代わり、私の両親に恥ずかしくない程度の金額でお願いしますね」
「な、何なのよそれ」
「うちは孫のためならなんだってしてくれると思うんです。それに見劣りすれば、恥を描くのは太地さんですよ。嫁としてそんな惨めな思いは見たくないんです」
「それはあなたの主観でしょ」
「とにかくそういうお付き合いってことで。今後とも長く、少ない年金を孫につぎ込んでくだされば、たまには顔くらい見せてあげますので」
「まるで孫を人質に交渉してるように見えるわ」
「それは誤解ですよ」
「もういい。息子と話すから」
数分後。
「スクショ見てくれた?」
「うん。みその園がごめん」
「あそこまで言われて黙ってないといけないかしら」
「多分、三杯みたいな感じになってると思うんだ」
「なんなのその言葉?初めて聞いたわ」
「最近はガルガルって言ってさ。産後の母親が他人に赤ちゃんを触られると花瓶になるらしい」
「ガルガル?聞いたことないわね」
「こう、出産したメスの動物が威嚇する様子だよ」
「ああ、猫とかそういうの確かにあるけど」
「自分の親はいいけど義理の親はダメとか、そういうのを産後特有のものだから、そのうち落ち着くと思う」
「でも生まれたばかりの孫に会いたかった。最近じゃ、新しい命に触れることも滅多にないし」
「そのことで喧嘩になったんだ。なんで俺の母親には合わせてやらないんだって怒ったら、離婚するってわめき出してさ」
「産後は情緒不安定になるものだけど、そんなに嫌だなんて」
「近いうちに連れて帰るから、少し待っててほしい」
「分かったわ。みその園の機嫌を損ねたら、どうしていいか分からないんだよ」
「早速尻に敷かれてるのね。情けな話だけど」
「動きを荒げただけで警察呼ばれたことがあってさ」
「そうなの?」
「仕事に影響したらと思うと怖くなって」
「お嫁さんが強い方が夫婦はうまくいくとは言うけど、ちょっと限度を超えてる感じね」
「うん。こんなことになるとは思ってなかったよ」
「落ち着いた頃に合わせてくれたらいいわ」
「ありがとう」
「で、相談なんだけどさ」
「何?」
「ちょっと生活が苦しくて助けて欲しいんだ」
「どうしてよ。ちゃんと働いてるでしょ?」
「……最近、給料が減ってて。みその園にも内緒で」
「まさか、あの嫁が家計を握ってるの?」
「うん。俺のお小遣いもほとんどなくてさ。子供の準備やらで貯金も崩してるし、もう限界なんだ」
「あなた……ちゃんと話し合ったの?」
「話し合いなんてできる相手じゃないよ。もう、どうしていいか分からない」
「分かった。少しだけなら何とかするわ。でも、あの嫁には絶対に言わないでよ」
「ありがとう……本当に、ごめん」
「赤ちゃんの写真くらい送ってくれる?」
「うん。後でこっそり送るね」
「なんでこっそりなの?」
「……みその園に見つかったら、また離婚って騒ぐから」
「……そう」
数日後、写真が届いた。抱っこされている孫は、確かに息子にそっくりだった。でも、その写真の背景に写っていたのは、私が一度も見たことのない高級な家のリビングだった。あの娘の実家にしては、あまりにも立派すぎる。何かが引っかかった。そして、あの日から息子の連絡がぱったりと途絶えた。



