「ねえ、あんたも私の卒業式来るの?」
みきの声は、電話越しでもひどく冷たかった。いつも仕事で定食屋にこもっているあんたが、と思うのかもしれない。私は笑って「もちろん、みきちゃんの晴れ姿だもの。仕事は休むわよ」と答えた。
「ええ、底能が母親して卒業式に来るなよ。あんたは他人なんだからさ」
その一言で、台所の床が沈むかと思った。何を言われたのか、一瞬、理解が追いつかなかった。みきは続ける。あんたは中卒でしょ、と。恥ずかしい、友達に合わせられない、と。パパは高学歴の大卒で、私もそうなる予定なのに、と。
「血が繋がってないじゃん」
そうだね、と私は言った。でも、家族の繋がりは血だけじゃないよ、と。するとみきは吐き捨てるように言った。「たった5年しか母親役やってないくせに偉そうにすんな。中卒の低能女が母親とか、私は絶対認めないから。だから私の卒業式には来るな。パパだけ来れば十分」
私は「分かった。じゃあ絶対行かないわね」とだけ返して、電話を切った。みきは「それでいいわ。今カラオケ中だから」と言って、一方的に切った。
5分後、私は夫のきさんに電話をした。仕事中にごめん、と。みきに卒業式に来るなって言われちゃって、と。きさんは「なんだ、そんなことか」と笑った。「反抗期なんだろ、気にするな」と。私は「そんなに来て欲しくないなんて思わなくて」と声を震わせたが、きさんは「親なら行くべきよね。でも、みきが嫌がってるんだろう。なら、行かない方がいいんじゃないか」と言った。代わりに自分が行くから、あや子は久しぶりの休みをゆっくり過ごせ、と。私は「そうするわ」と頷いた。そして、きさんは「明日の夜ご飯、俺の分はいらないから」と付け加えた。また接体か、と思った。最近、夜はいつもいない。
2日後。夕食の片付けが終わった頃、近所のマリ江さんが訪ねてきた。卒業式の予行演習のお弁当、必要でしたっけ、と。私は「お弁当必要ないって連絡でしたよ」と教えた。マリ江さんは「よかった」と胸を撫で下ろし、「でも、みきちゃんのお弁当、娘に写メで見せてもらったけど、本当に毎日豪華ですよね」と褒めてくれた。私は「ありがとうございます」とだけ言った。するとマリ江さんが言った。「あ、こんな話してごめんなさい。みきちゃんのところは旦那さんが作ってるんでしたね」
一瞬、言葉が止まった。誰がそんなことを、と思った。でも私は「いいんです。気にしてませんから」と笑った。
5分後、私はきさんに電話をした。「明日の朝ご飯、いるの?」
きさんは「今飲み会でさ、明日はみそ汁作っといてくれないか」と言った。私は「仕込みが落ち着いたら、一旦家に帰って用意するわね」と答えた。そして、何気なく尋ねた。「マリ江さんに、お弁当は自分が作ってるって言ってるの?」
沈黙。
「何のこと?」
その声は、いつもよりほんの少しだけ高かった。
私は何も言わず、電話を切った。台所の時計が、夜の8時を指していた。



