「お父さんが倒れたの」という母の電話に、私は「知らねえよ」と返した。仕事が忙しいわけでもない。ただ、実家に帰るガソリン代すら惜しいと思った。年金暮らしの親は「貧乏人」で、一緒にいるメリットがないと本気で思っていた。絶縁を宣言した時、母は泣きもせず「分かった」と言った。それから2週間後、あの土地が再開発で3億円になると知った瞬間、私は電話をかけた。でも、母の声は冷たかった。「あなたは赤の他人よ…

「お父さんが倒れたの」という母の電話に、私は「知らねえよ」と返した。仕事が忙しいわけでもない。ただ、実家に帰るガソリン代すら惜しいと思った。年金暮らしの親は「貧乏人」で、一緒にいるメリットがないと本気で思っていた。絶縁を宣言した時、母は泣きもせず「分かった」と言った。それから2週間後、あの土地が再開発で3億円になると知った瞬間、私は電話をかけた。でも、母の声は冷たかった。「あなたは赤の他人よ...

「り介、お父さんが倒れたの」

電話の向こうで母が震える声で言った。またかよ、と思った。父は昔から病気がちなのに、いつも病院に行かない人だった。でも、いきなり倒れるなんて初めてだった。

「今、病院で検査と治療を受けてるの。あなたも来てくれない?一人だと不安で」

「知らねえよ。そんなことをしてる暇はない」

「仕事が忙しいの?」

「別に。今の俺なら、5級くらい取らせてもらえるよ」

「じゃあ、それでも俺は行かねえよ。うちから実家に帰るだけでもただじゃないんだ。ガソリン代だってかかる。そんなこと、俺はしたくない」

「お父さんが倒れたのよ」

「関係ねえよ。あんたがガソリン代を出すって言うなら、考えてやってもいいけどな」

「お金なら渡すわ。それでもいいから、病院に来てよ」

「いや、やっぱいいわ。金もらっても、そんなところに行くのは割に合わない。だらだらと仕事をしてた方がまだましだぜ」

「どうしてそんなことになってしまったの?昔はもっと家族を大事にしてくれてたじゃない」

「してるよ。でも、それはゆり子だけだ」

「お父さんにもし何かあったら……」

「あるわけねえだろう。あの人はいつも大げさなんだ。どうせ今回だって、単なる風邪でしたって落ちだよ」

「風邪で倒れるなんてことはないと思うわ」

「とにかく、それくらいくだらないことだってことだよ」

「もし大きな病気だったら……」

「そうなったら治療費とかかかるかもしれねえな。あんまり考えたくないけどね」

「あれ?そういえば、二人って仕事はもうやってないのか?」

「そうよ。私も定年を迎えたから」

「じゃあ、収入は年金のみ」

「一応、そういうことになるかな」

「やっぱ、マジで貧乏人じゃん」

「どういうこと?」

「年金しかもらえてないなんて、貧乏人だって言ってんだよ。そんなやつが親だなんて、マジで最悪だ」

「最悪なんて言わないでよ。この年になったら、なかなか働くのも難しいのよ。それに、元気なうちにお父さんと色々したかったから」

「それで倒れてたら、世話ねえわな。もし治療費とか入院費がかかるようになったら、やばいんじゃない?」

「それはなんとかあるわよ」

「いいや。ありえないね。あんたらにそんな金はない。頼むから、俺にすがりついてくるのは勘弁してくれよ。もしかして、俺を呼ぼうとしたのも、治療費とかを払わせるためだったりとかじゃねえの?」

「そんなことするわけないでしょう」

「そんな言葉、信じられるか?悪いがあんたたちとは距離を置かせてもらうよ」

そう言って、俺は電話を切った。

翌日、母からまた電話がかかってきた。

「あなた、今から病院に行くけど、何か必要なものある?」

「あ、いや、特に必要なものはないよ。悪いな。わざわざ見舞いなんてする必要もないのに。貧血で倒れただけなのに、心配をかけて申し訳ない」

「そんなの気にしないでいいのよ。それに、まだ何もないって決まったわけじゃないんだから。医者さんも、もう少し検査が必要だって言ってたし、倒れた時に頭を打ってたみたいだから、脳に異常がないか調べるだけだよ」

「内臓やそういうのは大丈夫だと思うから、そこまで気にすることじゃないさ」

「そう。無事なら良かったわ。でも、一応病院には行かせてもらうわね。私も家で一人はつまんないし」

「そうか。それなら……」

「そういえば、昨日り介にも連絡をしたのよ。あなたが倒れたから、病院に来てって連絡をしたの」

「そうだったのか。それは悪いことをしたな」

「でも、り介はそれをめんどくさいって言って断ったの」

「めんどくさい?あいつがそんなことを言うのか」

「あの子、ちょっと変わっちゃったのよ。全然実家にも顔を出さなくなったでしょ。頼りがないのは元気な証拠だと俺は思ってたが、単に私たちのことを避けてる感じみたい。私たちのことを貧乏両親だって馬鹿にしてたから」

「それは厳しい言葉だな。でも、どうしてそんな風になったんだ?」

「仕事で色々あったのよ。あなたにも話したの、覚えてない?」

「ああ、あれか。電話で話を聞いた時、ひどく落ち込んでたからね。それから、どんどん変な風に物事を考えるようになったみたい」

「前に電話した時は、もうちょっとまともだと思ったんだけど」

「そうか。それは心配だな」

「あのことも話すかどうか迷うんだけど」

「そうだなあ。ちょっと様子を見た方がいいかもな。それじゃあ、今からそっちに行くね」

「ああ、分かったよ」

翌日、今度はゆり子から電話がかかってきた。

「お母さん、ちょっとお話があるんです」

「ゆり子さんから連絡が来るなんて珍しいわね」

「どうしても、ちょっとお伝えしておきたいことがありまして」

「何?」

「お父さんの話は聞きましたよ」

「ああ、色々と心配をかけてごめんね」

「いいんです。そんな話をしたいわけじゃないので。連絡がないってことは、一名は取り止めたってことでしょう」

「いや、一名というか、それはもういいんですけど、この先のことを考えたんですよ」

「どういうこと?」

「これからお二人は色々と大変でしょう。年を取って病気もするでしょうし。日常生活だって大変になると思います」

「それは確実にそうね。今だって、正直きついところはあるから」

「悪いんですけど、そんな人たちとは関わりたくないんです。介護とか頼られるの、嫌なので。あなたたちとは絶縁します」

「絶縁?介護が嫌だから?」

「そうです。あなたたちの世話なんてしてられません。運よくうちは両親を早くになくしたので、介護をしなくて済むと思ってたんですけど、あなたたちがいたんだって思い出したんです」

「あんまり自分の親の死を喜ぶようなことは言わない方がいいわ」

「そんなの、あなたに言われる筋合いはないです。私は別に両親と仲良くなかったですから」

「そうなのかもしれないけど。だとしても、あなたが絶縁とか、そんなことを勝手に言っていいはずがないでしょ」

「安心してください。り介も了承してくれてます」

「そうなの?」

「まあ、あの子の態度を見たら予想できるけど」

「だったら、受け入れてもらっていいですか?あなたのようなお荷物に、私たちの幸せな人生を邪魔されたくないんです」

「一応、私たちはあなたたちの世話になろうという気は全くないってことは伝えておくわ」

「いやいや、そんな嘘までつくようになったんですか?そこまでして介護をしてもらいたいんですね」

「いや、本当に思ってることなのよ」

「将来、介護が必要になったらどうするんですか?施設に預けるのも、ヘルパーにお願いするのも、どちらもお金がいるんですよ。年金暮らしのあなたたちに、そんなことができますか?」

「年金だけなら難しいかもしれないけど」

「ほら、やっぱり嘘じゃないですか?子供を騙して自分の世話をさせようなんて、親格ですよ。そんな人とは、今後一切関わりを持ちませんから」

「ちょっと、り介と話をさせてもらうわ」

5分後、俺は母から電話を受けた。

「洋介、私たちと絶縁するって本気なの?」

「ゆり子から聞いたのか?もちろん本気だよ」

「私たちはあなたたちに迷惑をかけるつもりはないわ」

「介護のことか?まあ、それを信じることはできないが、別に俺はそれが理由で絶縁と言ってるわけじゃない」

「違うの?」

「そういうのも含めてだけど、あんたらと一緒にいることのメリットがないって思ってるんだ」

「メリット?」

「そうだよ。あんたらと付き合いがあるだけで、こっちは損なんだよ。介護のこともそうだし、この間の病院の件もそうだ。あんたらのせいで、こっちは大事な時間を奪われそうになったんだぜ」

「お父さんが倒れたのよ」

「知ったことか。大事なのは俺の時間なんだよ。タイムイズマネーって知らないのか?俺のものを奪うようなことをする奴ら、俺は絶対に許さないからな」

「私たちは家族なのよ。メリットとか、そんなことを理由に縁を切るの?」

「当たり前だ。俺は尊徳感情を大事にしてるんだ。あんたらとこの先一緒にいても、時間と金を取られるだけ。そんな奴らはさっさと切るに決まってるだろう。まあ、少しでも金があるのなら、世話してやってもいいと思ってるけど。年金暮らしの貧乏人じゃな。持ってるものも、親から引き継いだわけのわからねえ土地と、あのボロボロの家だろ」

「あの家は、お父さんが一生懸命働いてお金を貯めて買ってくれたものなのよ」

「だとしても、資産価値なんてほぼねえだろ。そんなのは俺からしたら無意味なんだよ。もし俺たちに介護して欲しいのなら、あの家と土地を売って全額を渡せ。そうしたら考えてやるよ」

「家がなくなったら、私たちは生活できないわ」

「貧乏人なんだから、路上で生活しろよ。お前らみたいなもんには、それがぴったりだろう」

「そこまで私たちが嫌いなの?私たちが何をしたのよ」

「さっきも言ったけど、俺から時間や金を奪おうとしてる。それだけで嫌うには十分だろ。あんたらが親でいるメリットは何だ?何もねえだろ」

「ここまで言うのなら、仕方ないわね。じゃあ、絶縁でいいな」

「いいわよ。それじゃあ、できるだけ早くあの世に行ってくれよ。そうしたら、少しはこっちも臨時収入がもらえるからよ」

「そこまで言うの?」

「これ以上、俺に関わってくるな。寿命を自ら縮めるなんてバカなことはしたくないだろう。あなたね、俺に逆らったらそういう目に会うってことだ。俺は本気だぞ」

「分かったわ。これからは、もう息子でも何でもないから。あばよ」

そう言って、俺は電話を切った。

2週間後、俺は母に電話をかけた。

「おい、あの土地ってどういうことだ?」

「いきなり何よ。絶縁したはずよ」

「今はそんなこと関係ないだろ」

「関係なくないわ。そういえば、LINEって着信拒否みたいな機能があるのよね。それのやり方を調べないといけないわね」

「ふざけるな。俺を無視するなんて許さねえぞ」

「な、何なのよ。最後に話だけ聞いてあげるわ」

「あのニュースを見たんだよ。新幹線も止まるようになって、周りに色々と施設ができるって話だった」

「それが何?」

「その土地ってのが、父さんが相続したところと同じ地域だったんだよ。だから連絡をしたんだ」

「へえ。よく気づいたわね」

「子供の時に何度も連れて行かれたからな。田舎すぎて何もない場所だったけど、覚えてたんだよ」

「懐かしいわ。まだ家族だった頃の思い出ね」

「そんなのはいいから、さっさと説明しろ」

「別に説明も何もないわよ。お父さんが持っていた土地が再開発で高騰したってだけ。あなたが知ってる情報と同じよ」

「土地はどうしたんだ?売ったのか?」

「当たり前でしょ。じゃないと再開発なんて進まないわ」

「いくらだ?」

「トータルで3億だったわ」

「マジかよ。すげえな。とんでもない大金だ」

「そうね。驚くようなお金よね」

「それだけの金があったら、一生遊んで暮らせるぞ。こんなクソみたいな会社もやめることができる」

「何を言ってるの?その金があったら、仕事なんてしなくていいって言ってんだ」

「あなたは無関係でしょ。これはお父さんが手にしたお金よ。私も妻としてとても嬉しい気持ちだけど、赤の他人のあなたには関係ないはずよ。なのに、どうしてあなたもお金をもらえると思ってるの?」

「まだこの前のことを気にしてんのかよ。あんなのはちょっと感情的になって言っただけだ。絶縁なんてしねえから。とにかく、まずはこれからのことを話し合おうぜ」

「何をするとか、決まってるのか?」

「そんなの、あなたに言う必要はないわ。赤の他人なんだから」

「いい加減にしろよ。こっちが下手に出てたら、いい気になりやがって」

「下手?上から目線で喋ってるとしか思えなかったわ」

「いい加減にしろ。これ以上、俺をイらつかせるな」

「こっちはとっくにあんたにむかついてんのよ。とにかく、あんたには一銭たりとも渡さないから」

「ふざけるな。そんなこと許すわけねえだろ」

「あなたの許可、いらないわ。これは私たち夫婦で決めることよ。それじゃあ、調べてブロックするからね」

そう言って、母は電話を切った。

5分後、俺は父に電話をかけた。

「父さん、体は大丈夫か?」

「なんだ、今更」

「病院に行けなくて悪かったよ。今からお見舞いに行くから、場所教えてくれ」

「悪いが、もう退院したよ。そこまで大きな病気ではなかったし、検査しても異常は見当たらなかったからな」

「それは良かったな」

「嘘をつくな。何とも思ってなかっただろ。お前のことは分かってる。どうせ金が欲しいというつもりだろ」

「3億を手にしたって聞いた。その金はどうするつもりだ?」

「お前には関係ない。母さんと二人で決めるつもりだ」

「俺たちを内緒にするのか?」

「家族でも何でもないから、当然だろう」

「あんたまで、そんなことを言うのかよ」

「そもそも絶縁と言ってきたのはそっちだ。大人なら、自分の言葉に責任を持って」

「あんたらがきちんと俺のことを育ててくれてたら、俺はこんな目に会ってなかったんだぞ」

「どういうことだ?」

「俺が出世レースから外されたのは知ってるだろう。母さんから聞いてるよ。なんでだか分かるか?俺は仕事もできてた。でも、学歴が低かったんだ。大学に行くことができなくて、高卒だから、どれだけ仕事で結果を残しても、出世するのは大卒の連中ばかりだ。俺がやってきたのは、あいつらの点数稼ぎのお手伝いでしかなかった。俺はずっと無駄なことをさせられてきたんだよ。それもこれも、あんたらのせいだ」

「それに関しては申し訳ないとは思うよ。でも、お前がそうなったのは学歴のせいだけじゃないだろ」

「なんだと?」

「そこから無理に結果を残そうとして、後輩から手柄を奪ったり、無理な営業をかけたりして、会社に多大な迷惑をかけただろう。そのせいで信用をなくしたから、今のお前の立場があるんだよ。何もかも全て人のせいにするな。世の中には、高卒でも活躍している人はたくさんいるし」

「黙れ。そんな説教は聞いてられるか?あんたらは俺のことなんて、何一つ考えてくれなかった。だから、せめて金くらいはくれてもいいだろう」

「考えてないわけじゃない」

「なんだよ」

「お前がボロいと言った家に住み続けてる理由は分かるか?」

「なんだよ、それ」

「正直、年寄りに今の家はきついんだよ。段差があったり、階段が急だったりしてな。それに、周りに何もなく、今回のように万が一のことがあったら、病院に行くのにも時間がかかる。だから、ずっと母さんと二人で、この家を売って都心で小さなマンションを借りようって話をしてたんだ」

「そうなのか」

「ああ。でも、それもできるだけ我慢しようと母さんが言ったんだ。もしり介が仕事をなくして経済的に大変でも、家さえあればなんとかなるから、そのためにもこの家を残してあげたいって」

「そんなことを言ってたのか」

「でも、この気持ちはお前には届いてなかったみたいだ。本当に残念だよ。辛い経験が、お前の精神をねじまげてしまったようだ」

「金をくれれば、戻るかもしれないぜ」

「悪いが、お前にはもう愛想がつきたよ。自分たちの死を望むような人間とは一緒にいられない。お前はもう私たちの子供ではない。今後は俺たちに関わらないでくれ。そんなに金が欲しいのなら、私たちにせびるのではなく、自分で稼ぐんだな」

そう言って、父は電話を切った。

3日後、今度はゆり子が母に電話をかけてきた。

「お母さん、り介を無視するのはやめてくださいよ」

「そうか。あなたもブロックしないとダメだったのね。便利だけど、こういうところはやっぱり大変ね」

「お願いですから、私たちの話を聞いてくださいよ。そもそも、3億なんてお金をお母さんたちだけで使うなんて無理ですよ。どうされるおつもりですか?」

「そういうのも全部、あなたたちに話す必要はないわ。どうせ使いきれないんですから。私たちに半分くらい渡した方が良くないですか?」

「あなたに渡しても、ろくな使い方をしないでしょ。だったら、寄付でもした方がましよ」

「変なこと考えないでくださいよ。こっちが優しく言ってるうちに、従った方がいいですよ」

「そうやって脅しみたいな真似をしていいと思ってるの?」

「半分渡せって言ってる意味を理解してますか?続柄で、涼介は半分もらうことになるんですよ。遅いか早いかの違いですから、今のうちに渡してくれてもいいんじゃないですかって言ってるんです」

「相続?そんなのするわけないでしょ」

「お母さん。絶縁ってのは法的な効力はないんです。あなたたちとり介は、今も法律上は家族なんですよ」

「だとしても、相続しないようにできるのは知らないの?相続排除ってルールがあるのよ。り介は私に対して必要に罵倒したり、脅したりとか、色々してきたでしょ。そういう人間を相続から排除することができるのよ。今、私は弁護士さんにお願いして、その手続きをしてもらってる。証拠は全部残ってるし、認められるって言ってくれてるわ」

「いや、そんなことはやめてくださいよ。だって、介護して欲しかったら家を売って金をよこせとか言ってきたのよ」

「いや、それは違うんです」

「あなたも同じようなことを言ってきたわよね。それに、絶縁するって言ってきておいて、相続だけはもらうなんて、ちょっと虫が良すぎる気がするわ」

「そう思ってもしょうがないでしょ。どうして?私の母は、ずっと祖父母の介護をしていたんです。そのせいで、私はまともに遊んでもらった記憶がありません。もちろん、母も自分の時間なんて一切なく、介護だけに人生を費やしてきました。そして、祖父母が亡くなった後、すぐに母も亡くなったんです。だから、私はこんな惨めな人生を送りたくないと思って、絶縁すると言ったんですよ」

「それはあなたの自由よ。別にとやかく言うつもりはない」

「だったら、逆に言えば、あなたが人の人生をとやかく言う資格もないのよ。あなたの母親の人生がどうかなんて、決める権利があるのはお母様自身よ。惨めかどうかなんて、あなたが決めていいことではない」

「それはそうかもしれないけど」

「悪いけど、私は自分の利益しか考えられない人とは関係を持つ気はないわ。今後、連絡はしてこないように」

そう言って、母は電話を切った。

1週間後、母は家に帰ると、何かがおかしいことに気づいた。

「なんでこんなバカなことをしたの?」

「は?なんだよ」

「家に勝手に入ったでしょ」

「なんだ?気づいてたのか?」

「裏口から人が入った形跡があったわ。裏口の鍵は古いタイプだから、ちょっと工夫したら鍵がなくても開けられるわ。そして、その方法を知ってるのは、あんたくらいのものよ」

「ちょっと近くに寄ったからさ、顔でも見て帰ろうと思ったんだよ」

「明らかに棚とかを物色した形跡があったわ。あなた、何か取っていったんじゃないの?」

「だったらなんだよ。3億もあるんだから、別にいいだろう」

「本当に信じられないわ。絶対によからぬことを考えてたでしょ。もしかして、私たちを脅してお金を取るつもりだったとか?」

「想像で人を悪者にするんじゃねえよ。ただ、俺を馬鹿にするやつは許しちゃおけないとは思ってるよ」

「やっぱりね。こうなるとは思ってたわ。あんたのやったことは不法侵入だから、警察に被害届を出しておくわ」

「おいおい、家族なのに何を言ってるんだよ」

「あんたはもう家族じゃないって言ってるでしょ」

「そんなの警察じゃ通用しないぜ」

「残念だけど、家族でも勝手に家を出入りしていいわけじゃないから」

「そうなのか」

「そうよ。それと、あの家はもう私たちのものじゃないから」

「はい?」

「家はもう売ることにしたのよ。都心で病院が近くにあるマンションがいいかなと思ってね。前にこの話はしてたでしょ」

「でも、家には家具とか色々あったぞ」

「ええ、契約は済んでるんだけど、今は引っ越しの真最中なのよ。私たちはホテルで生活をして、引き渡し前までに家具を整理するつもりだったの。だから、あんたは不動産会社所有の物件に侵入をしたってこと。担当者の人から連絡が来て、すぐにあんたがやったことだって分かったわ。今から担当者の人にあんたがやったって教えるから」

「は?なんでそんなことするんだよ」

「担当者の人が困ってるんだから、当然でしょ」

「ふざけるな。俺のことを警察に売るつもりか?」

「犯罪者を警察に通報するのは、市民の義務だから」

「息子だぞ」

「あんたは息子じゃないって、何度も言ってるでしょ」

「絶縁っていうのは口だけだろ」

「そうね。実際に縁が切れるとかじゃないわ」

「そうだろう」

「でも、もうあんたに対する気持ちは切れちゃってるわ。愛情とか、そういう感情をあんたには持てないのよ」

「嫌なことばっかり言ったのは謝るよ。俺はもう利用されるのが嫌だったんだ。母さんも俺のことを利用するんじゃないかって思って、それでつい拒絶してしまったんだよ」

「私はそんなことを考えたことは一度もないわ。そもそも、家族なのにメリットとかデメリットとか、そんなものは考えたこともない。あなたを育ててきて、大変だったことはたくさんある。でも、メリットがあるから育ててきたわけじゃない。愛情があるから、大切だからやってきたの。でも、あなたはそんな気持ちを私たちに持ってなかったってことでしょ。メリットがないと動けない関係なんて、こっちから願い下げよ」

「頼むよ。警察だけは勘弁してくれ」

「いやよ。あんたを助けることに、何のメリットがあるの?あんたなら、そう言うでしょ」

その後、り介は警察に逮捕されました。初犯だったこともあり、刑務所行きは逃れました。ただ、私たちの私物を盗んでいたことも判明したので、それは損害賠償請求をしました。刑務所行きは逃れたものの、り介が逮捕されていたことは、後に会社にバレてしまったようです。どうやら、今回の不動産会社とり介の勤務先は取引をしたことがあったようで、それで問題になったとのこと。結果、り介は左遷されて、さらに扱いが悪くなったようです。

ちなみに、逮捕などがあって、ゆり子さんはり介と離婚したそうです。そのままパートをしながら一人で生活をしていたそうですが、生活は苦しいにも関わらず、見えっぱりなところは相変わらずで、オークションサイトで買った古いブランドもののヒールをこれ見よがしに履いていたそうです。ある時、階段でヒールが折れてしまい、そのまま大きく転倒し、頭を打ってしまったとのこと。その結果、大怪我をして、今は車椅子で生活しているらしいです。ただ、誰の力も借りられないので、苦労しながら暮らしてるんですって。今頃、介護をしてくれる人が近くにいるありがたみを思い知ってるでしょうね。

一方で、私は夫と二人でマンションに引っ越し、新しい生活を始めています。3億という大金ですが、残された時間を楽しく過ごせることに使うつもりでいます。ただ、もちろん使いきれるものではないので、余った分は全て寄付をしようかと思っています。夫と話し合って、そうしようということになりました。尊徳感情ではなく、優しさや思いやりを大事にしてくれる人と一緒にいられたことが、とても幸せだなと思いました。

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