結婚式が終わって三日も経たないうちに、私は親友の愛に連絡を入れていた。気が引けたけれど、それ以上に不安が勝ったのだ。
「あい、お願いがあるの。夫の調査をしてほしいの」
「え、新婚早々に何があったの?」
「結婚式の間中、周辺がおかしかったの。ずっとスマホを気にしてたし、上の空で私と目を合わせようともしなかった」
愛は考え込むように言った。「確かに式の時、なんか変だったよね。でも、それだけ?」
「それだけじゃないの。結婚式の翌日に、新婚旅行をちょっと待ってくれって言われたの。仕事が忙しいって」
「は?新婚旅行って普通、最初から休みを取ってるもんじゃないの?」
「そうでしょ。じゃあ、いつ行くのって聞いたら、『いつでもいいだろ』って怒鳴られて。それから急にすごく冷たくなって、今日も帰ってこないの。もしかして、浮気してるんじゃないかって」
「交際中は何もなかったの?」
「うん。ただ、実家と仲が悪いから結婚式に呼ばないでくれって言ってたの。家庭環境が複雑みたいで、詳しくは教えてくれなかったけど」
「ますます怪しいじゃない。何か隠してるな」
「やっぱり、こんなことで調査なんて頼むべきじゃなかったかな」
「そんなことないよ。違和感は早いうちに潰そう。我慢して家族を続けるのが幸せじゃないことくらい、あんたが一番よく知ってるでしょ」
私は施設で育った。愛とはその頃からの付き合いだ。彼女は私のことを誰よりも理解してくれていた。
「ありがとう。じゃあ、お願いしてもいい?」
「任せて。まずは旦那の行動を監視するから、何か動きがあったらすぐ連絡する」
その翌日、周辺が珍しく早く帰ってきた。リビングに座るなり、真剣な顔で切り出してきた。
「なあ、はるな。ちょっと話があるんだけど」
「何?」
「実は俺には、本命の彼女がいるんだ」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。「え?ちょっと何言ってるの?」
「まあ、話は最後まで聞けって。まず安心しろよ。お前と結婚したんだから、お前が正妻だ。法的にも社会的にも、お前の立場の方が上だ。だから文句を言うなよ。これからの生活で、お前は優遇されるんだから」
「どういうこと?本命の彼女がいるのに、私と結婚したの?」
「そうだよ。でもお前は正妻だから、法的に守られてる。問題ないだろう」
「問題ないって……浮気を認めろってこと?」
「浮気っていうか、法律上はお前と結婚して、心は彼女と結婚してるって感じだな。俺はちゃんと説明してるだろ。隠してるわけじゃない」
「意味が分からないんだけど」
「そのままの意味だ。ああ、お前も外に男を作ってもいいぞ。その方がフェアだし」
「信じられない……結婚式で上の空だったのも、そういうこと?」
「そうそう。ただの形だし、気にしてなかったからな。それでさ、俺には本命がいるけど、結婚してやっただろう?だから新婚旅行は彼女と行く。悪いけど、新婚旅行代を振り込んでくれ」
「はあ?ふざけてるの?」
「うるせえな。結婚式でいい思いしてんだから、それくらい譲れよ。お前は行かなくていい。これでお前、優遇されてるじゃん」
「これのどこが優遇されてるのよ」
「まあまあ、法的に新婚なのは俺とお前だろ?だから新婚旅行の費用はお前が払うべきだ。俺は彼女と行くけどな」
「それおかしくない?私は行かないのに、お金だけ払えって?」
「何がおかしいんだよ。お前は正妻って立場をもらってるんだぞ。これくらい我慢しろ。金は実家が出してくれるんだろう?俺は払えないから、お前が立て替えろ」
「どうして私がこんなこと我慢しなきゃいけないの?正妻だからって何?」
「わかんねえのかよ。お前は苦労してねえからな」
「何の話よ」
「あのな。俺は愛人の子だったんだ」
私は言葉を失った。周辺は続けた。
「俺の父親には正妻がいて、そっちに子供もいた。でも父親は俺の母親とも付き合ってて、俺が生まれたんだ。俺も親父の子供なのに、遺産の大半は正妻の子供たちに行った。俺と母親に残されたのは、生活費程度だった。正妻の子供たちは豪邸に住み続けて、俺たちは追い出されたんだ」
「それは、あなたの家の中の話でしょ?」
「それだけじゃない。親戚の集まりにも呼ばれなかった。愛人の子だって、後ろ指を刺された。学校でも『お前の父親、浮気してたんだって』ってからかわれた。だから俺は知ってるんだ。正妻の立場は強いけど、愛人の立場は弱い。お前も同じだろ?これくらい我慢しろ」
「それはあなたの意見でしょ」
「そうだけど、お前はちゃんとした家庭で育ったんだろ?俺みたいに苦労してないんだから、我慢できるはずだ。それに、結婚してお前は実家も手に入れた。感謝してないの?」
「感謝?」
「そうだよ。普通に考えろよ。お前、三十手前だろ?周りから『早く結婚しなさい』って言われてたんじゃないか?俺が結婚してやったんだから、感謝しろよ。だから新婚旅行は譲れ。そういうことだ」
私は深く息を吸って、静かに言った。「分かった。じゃあ、行ってらっしゃい」
「悪いな」
周辺が部屋を出ていった後、私はすぐに愛へ電話をかけた。声が震えていた。
「あい、周辺から連絡が来たの。本命の彼女がいるって。それで、新婚旅行の費用を振り込めって言ってるの」
「はあ?浮気した挙げ句に、旅行はそいつと行くって?」
「うん。本当にそう言ってるの」
「最低だね。そいつ、正妻だから我慢しろって言ったんでしょ?」
「そう。何か、自分は愛人の子だったから苦労したって。だから私は正妻なんだから我慢できるはずだって」
「ふざけんな。はるな、大丈夫。あんたは何も悪くない。悪いのは全部、旦那だから」
愛はすぐに動いてくれた。浮気相手の調査を始めたのだ。
「旦那の行動を監視してるから、浮気相手と会う時に証拠を抑えられると思うわ。それとはるな、絶対に旦那に振り込むって言っちゃだめだよ。泳がせておこう。ここで振り込むって言うと、ややこしくなるから」
「うん、分かった。今は『譲る』としか言ってないから」
数日後、愛から連絡が来た。
「浮気相手の連絡先、ゲットしたよ」
「本当?」
「旦那が浮気相手と会ってるところを尾行して、写真も撮った。それに、浮気相手の名前も割り出したんだけど、白石ルナって言う。会社の人間みたいよ。それと……ややこしいことになってて、この人、妊娠してるみたい」
「妊娠?」
「出産予定日は三ヶ月後。旦那の子だって」
「そんなの……じゃあ、私と結婚するって決まってる時から、そういうことになってたのね」
「最低だね。浮気相手も、あいつも許せない」
「あい、そのルナって人に、連絡してもいいかな?」
「正直、お勧めはしないよ。感情的になって不利になることもあるし。でも、友人としては賛成だ。一言ぐらい言ってやんな。それで不利になるようなら、逆転できるくらいの証拠を私が集めてあげるから。だから、どんと構えていっちゃいな」
「ありがとう。行ってくる」
私はルナに連絡を入れた。会って話がしたいと伝えると、彼女は意外なほどあっさり応じた。
喫茶店で待っていると、綺麗な女性が現れた。
「初めまして。周辺の妻です。白石さんでお間違いないですか?」
「誰?」
「高瀬修平の妻です。はるなと言います」
「ああ、修平の妻ね。何の用?」
「あなたと修平が付き合ってること、知ってますか?」
「知ってるけど」
「あなたが既婚者だと知ってて付き合ってるんですよね。それって浮気ですよ。慰謝料請求されるって、分かってますか?」
「そんなの払わないけど。だって私、悪くないもん」
「修平が既婚者だと知ってて付き合ってるのに?」
「そうだよ。ていうか、悪いのはそっちだよね。浮気される方が悪いんです」
「それ、本気で言ってますか?」
「本気も何も事実だし。あんたが魅力的じゃないから、修平が私のところに来たんでしょ?私は悪くない」
「どうしてそんなこと言えるんですか?」
「なんでって、経験者だから。私も過去に婚約破棄されたことあるんだよね。婚約者が浮気したから、私が責めたの。そしたら『もう無理』って婚約破棄してきた。その時、周りの人たちが私を責めたんだ。『お前が悪い。お前が疑い深いからだ』って。だから私、学んだの。浮気される方が悪いんだって」
「なんて暴論……」
「それに、あんたはまだ恵まれてるじゃん。正妻は立場が強いんだから、あんたは法的に守られてるんでしょ?私は愛人だから立場が弱い。でも、修平の本命は私だから。そこ、間違えないでね」
「本命って……それなら、どうして修平は私と結婚したんですか?」
「それは修平の都合でしょ。正妻を作っておきたいって言ってたから。実家は太いし、世間体とかあるんでしょう。私は別に構わないよ。修平の本命は私だもん。シングル家庭だし、そもそも彼の実家が私との結婚を許可しないからさ」
「つまり、私の方が結婚しやすいから、私と結婚したと」
「そうだと思うよ。だからあんたには、正妻っていう名前だけあげるから。気持ちは私がもらうね」
その日の夜、周辺が怒り狂って帰ってきた。
「お前、ルナに連絡したのか?」
「したけど、何?」
「何してんだ!勝手に連絡するな!」
「でも、あなたがこそこそ浮気してるからでしょ」
「俺は別に隠してないだろ。お前に本命の彼女がいるって言ったじゃん」
「隠してないからって、浮気じゃなくなるわけないでしょ」
「うるさいな!お前は正妻なんだから、それくらい我慢しろよ」
「正妻だからって、何でも許されると思ってるの?違うわよ。あなたは私を愛してない。ただの立場のために結婚しただけ。そんな結婚、私は望んでない」
「はあ?お前、正妻の立場を捨てる気か?この先、俺の金で生活できるし、俺がいなくなったら遺産相続だってお前の方が有利だぞ。この先得するのはお前じゃん」
「それは当たり前のことでしょ。愛人なんて、影に隠れる存在よ」
「当たり前のことを当たり前に思えるのも幸せなんだぞ。それなのに、お前は何を文句言ってるんだ」
周辺が部屋を出ていった後、私は愛に電話をかけた。涙が止まらなかった。
「愛してるから結婚したと思ってた。修平は、私のこと愛してるって言ってくれてたのに。でも、違ったの。正妻を作っておきたかったから、私と結婚しただけ。実家に認めてもらいやすいように、お飾りの妻が欲しかっただけだったの」
「はるな……」
「私、愛のない家庭がどれだけ冷たいか知ってるの。私もそうだったから。実の親は離婚して、私を施設に預けて、それっきり。だから誓ったの。自分が結婚する時は、絶対に愛し合って結婚するって。でも、修平は私を愛してなかった」
「あんたは何も悪くない。悪いのは全部、旦那だから」
「私、修平と一緒にいられない。離婚したい」
「うん。それでいいよ。でもこのまま黙って離婚するのはやめよう。修平に責任を取ってもらいたい」
「どうすればいいの?」
「あんたは正妻なんだよ。だったら法的にめちゃくちゃ強い。旦那が『法的にお前の方が立場が上だ』って言ってたんなら、その通りにしてやろう。慰謝料請求できるし、結婚式の費用も返還請求できる。新婚旅行の費用も返還請求できるわ。だって、正妻の立場は強いんだもの」
「でも、私にそんなことできるかな?」
「できるよ。あんたは一人じゃない。私がいるし、あんたの両親もいる。みんなであんたを守るから」
「ありがとう」
「いいってことよ。それじゃあ、ついでに一つ。浮気相手のこともっと調べたよ。結構やばいこと出てきたわ。婚約破棄されたって話、あったでしょ?実はその時に問題を起こしてるっぽいのよ。何かしら使えるかも。これだから自信持っていこう。あんたは絶対勝てるよ」
翌日、私は周辺に離婚を切り出した。
「修平、話があるの」
「なんだよ」
「離婚したいの」
「は?何言ってんだ?」
「離婚したいのよ。もうあなたと一緒にいられない」
「意味わかんねえ。お前、正妻の立場を捨てるのか?」
「うん、捨てる」
「こんなに恵まれた立場なのに、一体何が不満だって言うんだよ」
「逆に、なんで不満がないと思うわけ?あなたは私を愛してないでしょう。私はただの正妻っていう立場のために利用されただけ。愛のない家庭なんて、冷たいだけよ。そんな結婚、私は望んでない」
「愛のない家庭……」
「そうよ。私は愛し合って結婚すると思ってた。でも違った。あなたは私を愛してなかった。だから離婚する。実家に帰るから、離婚届は書いてね」
「そんなの許されるはずないだろ」
「許されないことをしてるのは、そっちの方よ」
翌日、周辺から電話がかかってきた。声が上ずっていた。
「ちょっと待てよ!お前の親から電話がかかってきて、すげえ怒られたんだけど!『娘に何をした!』って!お前、親に言ったのか?」
「うん。実家に帰ってるし」
「最低だな!そうやって俺を悪者にしようとしてるんだろ!」
「実際、悪いことしてるじゃない」
「たく!お前はそうやって愛されてるからいいよな!親が守ってくれるんだから!俺の親なんて、俺のこと守ってくれなかったぞ!愛人の子だからって理由で!血が繋がってるから愛されてるんだろう!お前は正妻の血を引いてないだけで、どれだけ苦労するか分かってないんだ!」
「私、里子よ」
「は?」
「だから里子なの。両親とは血が繋がってない。実の親は離婚して、私を施設に預けてそれっきり。なんなら戸籍見せるわよ」
「は?マジで言ってんのか?」
「あなたの言い分なら、正妻の血を引いてないと知られて苦労するって話よね。その理屈で行けば、私は正妻の子どもどころか、家族の誰とも血が繋がってないわよ。でも両親は私を深く愛してくれた。今もこうしてあなたを怒ってくれる。これのどこが不利なわけ?」
「そんなはず……」
「現に今さっき、あなたは私の両親に怒られたんでしょ?私の両親の怒りを見たでしょ。血が繋がってても幸せじゃない家庭もあるわ。私の本当の両親は不仲だったしね。私は正妻の子でも何でもない。でも血が繋がってないのに、両親は私を守ってくれる。あなたの理屈、全部間違ってるよ。家族は血の繋がりじゃない。愛情なの。あなたは愛情を知らないから、分からないんだよ」
「くそ……何なんだよ!自分が正しいみたいに言いやがって!そんなに言うなら分かったよ!離婚でいい!俺もお前みたいな女と一緒にいたくないし!けど、お前の親が出した結婚式の費用は返さないからな!新婚旅行の費用も俺がもらう!お前が『行ってらっしゃい』って言ったんだから!」
「それはできないよ」
「できないって、何が?」
「だって私、正妻でしょ?あなた、法的にお前の方が立場が上だって言ってたよね。その通りなの。慰謝料請求もできるんだよ。浮気したんだから」
「ちょっと待てよ!俺、お前に浮気のこと話したじゃん!隠してないだろ!俺の実家は浮気しても誰も何も言わなかったし!隠してなかったら、みんな怒らないだろう!」
「それはあなたの実家がおかしいだけ。隠してなくても、浮気は浮気。これ、前にも言ったし。あなたが何と言おうと、法的に有利なのは私なの。それに結婚式の費用は私の両親が出したんだから、返してもらう。新婚旅行の費用も回収する」
「お前、マジで言ってんのか?」
「本気よ。弁護士にも相談したから」
一時間後、ルナから電話がかかってきた。妙に楽しそうな声だった。
「聞きましたよ。離婚してくれるって。離婚してくれて、ありがとうございます。これで私が正妻になれます」
「ご機嫌なところ悪いんだけど、あなたに慰謝料請求するから」
「慰謝料?意味わかんない。ていうか、そういうのって手続きとか証拠とか必要ですよね。ありますか?証拠」
「あるわよ。あなた、修平の子供を妊娠してるんでしょ?それが証拠よ」
「修平の子供だっていう証拠なんてないでしょ?DNA検査も絶対しないし。まさか、証拠ってそれだけ?」
「今はね。でも、証拠は全部押さえてあるから」
「は?そんな……私は証拠を全部消したわ!LINEも消したし、写真も消した!今から消しても無駄だって言ってるの!実家が太い公認男を自分から捨てるとか、バカな女だからそうなるんです」
「周辺のお父さんの会社の取引先で働いてるんでしょ?それなのに離婚するとか、頭悪すぎ。まあ、あなたがバカだったおかげで、私が正妻になれるんだけどね。ありがとうございます。じゃあ、失礼します。修平と幸せになりますね」
一週間後、ルナのもとに一人の女性が訪ねてきた。
「初めまして。はるなの友人の愛です。突然すみません」
「はあ?誰?あんた、あの女の知り合い?」
「そうです。えっと、単刀直入に言うと、あなたと修平さんの浮気の証拠を全部集めてきたので、一応ご本人に確認してもらおうと。写真、LINE、ホテルの出入り記録、全部あるんですけど、これ、あなたで間違いないですよね?」
「何よ、これ!いつの間に!?証拠は全部消したって言ったでしょ!」
「甘いね。私、探偵だから。消す前に全部抑えてたよ」
「そんな……」
「慰謝料請求するから、覚悟しといてね」
「ちょっと待って!それプライバシーの侵害でしょ!私、訴えるから!」
「訴えるならどうぞ。でも、訴えるって意味分かってますか?誰が何の罪で、どんなことをしたのか明確にしないといけません。例えば、この写真を誰が撮ったか分かりますか?仮に撮ったとして、どういう状況で訴えますか?弁護士雇うにしても、証拠もないなら無理ですよね」
「こんなの卑怯よ!」
「同じことをはるなにも言っておいたらどうですか?ちなみに弁護士費用、結構高いよ。慰謝料も払わないといけないのに、弁護士費用まで払えるの?それでも訴えたいなら、どうぞ」
「なんなのよ、あんた!」
「私はただ、友人の旦那を略奪したクソ女に、きつい一撃を食らわせてるだけ。ところで、一発殴らせてもらうけど。あなた、過去に婚約破棄されてるよね?」
「そうよ!あいつが浮気したから!」
「それ、証拠なかったんだよね。実際は、婚約者は浮気してなくて、あなたが勘違いで攻め立てて、婚約者を精神崩壊させた。それで婚約者の家族が激怒して、あなたに対して慰謝料請求した。そうだよね?」
「それは……あいつが怪しいことしたからじゃん!」
「けど、結果的に相手を追い込んだのはあなた。そして訴えられたのに、慰謝料を払って逃げた。だから、既婚者に手を出しても慰謝料なんて逃げればいいと思った。そうだよね?」
「……!」
「間違いないでしょ。被害者に、あなたのことを教えておきましたよ。元婚約者の弁護士に連絡したの。あなたの居場所を教えといたわ。近々、慰謝料請求の書類が届くと思うよ」
「そんな……」
「あなたははるなからも慰謝料請求されるし、元婚約者からも慰謝料請求される。二重で払うことになるね」
「そんなの無理!お金ない!」
「知らないよ。自業自得でしょ。『浮気される方が悪い』って言ってたよね?じゃあ、あなたの元婚約者は?婚約者は浮気してなかったのに、あなたに責められて病んだんだよね。それって、あなたが悪いんじゃないの?そろそろ自分の尻は自分で拭きなよ」
同時刻。修平の元に、ルナから泣きそうな声で電話が入っていた。
「ねえ、やばいことになったの!私、元婚約者から慰謝料請求されるって!それとあの女からも!二重で払わないといけないの!こんなの無理!助けてよ!」
「はあ?お前の過去の問題だろ。俺、関係ないし」
「でも……!」
「知るか。お前一人でなんとかしろよ」
「ねえ、お願い!一緒に逃げよう!このままだと私、破産する!」
「逃げる?バカか。俺、仕事あるんだけど。お前一人でなんとかしろよ」
「そんな!あなた、私を捨てるの?お腹に子供もいるんだよ!」
「捨てるっていうか、お前、厄介事ばかりじゃん。慰謝料請求されるし、金もないし。俺、そんな女と一緒にいたくないし」
「最低!あなたもな!あなたが『正妻は文句を言わない』って言ったから、私信じたのに!」
「お前が勝手に信じたんだろ。俺、そんなこと保証してないし」
「嘘つき!」
「お前がバカなだけだろ。もういい。あんたなんかと一緒にいたくない」
「こっちもだ!あんたみたいな厄介な女、捨てるわ!」
数週間後。修平が私の実家に現れた。顔色が真っ青だった。
「おい、待ってくれよ!なんだよ、この金額!」
「ああ、弁護士さんから書類が来たのね。何って、慰謝料請求よ。内訳は、慰謝料請求三百万円、結婚式の費用五百万円。合計八百万円だけど」
「そんな金額、払えないって!助けてくれ!」
「親に頼めば?一応まだ実家とは繋がりがあるんでしょ?」
「勘当されたんだよ!お前なんて必要ないって!頼むよ!俺にはお前しかいないんだ!」
「お飾りの正妻に、何を求めるの?ニコニコして、おとなしくやれって言ったのはそっちでしょ?ふざけないで。私を愛してない人を、私も愛せない。破産するかもしれないんだ。子供が生まれるし、養育費も払えなくなるかも」
「それはそっちの都合よ。ねえ、あなたは血の繋がりが家族だって言ってた。でも夫婦って、元々は血が繋がってないよね?家族に必要なものって、愛情だと思うの。それがないのに、私たちは家族になれない。いえ、他人に愛情を注げないあなたは、誰とも家族になれないの。だから、孤独なんだよ」
二週間後。私は愛と、施設の近くの喫茶店で会っていた。
「あい、本当にありがとう。おかげで慰謝料も二人から取れたし、無事離婚できたよ。あなたがいてくれなかったら、私、こんなに強くなれなかった」
「何言ってんの?あんたが頑張ったんだよ」
「でも、愛が証拠を集めてくれたから」
「私は何もしてないよ。証拠を集めるのは仕事だし。まあ、私は私で腹が立ったから、勝手にやっただけ。それに、あんたと私は施設時代から一緒だったじゃん。親友でしょ?」
「そうだね。でも、親友じゃないよ」
「え?」
「家族だよ。血は繋がってないけど、私の大切な家族。愛がいてくれたから、頑張れたの。里親に引き取られた後も、愛がいてくれたから安心できたんだよ。ずっと支えてくれて、本当にありがとう」
「私もだよ。あんたは私の家族だから、放っておけないの。また何かあったら、頼ってよ。それこそ家族なんだからさ」
修平は慰謝料と結婚式費用の返還で八百万円の借金を抱え、実家からも勘当され、会社での立場も悪化した。膨大な借金を返そうとして仕事でミスが続き、結局地方へ左遷。誰からも助けてもらえず、極貧生活の中でただ借金を返すだけの孤独な人生を送っている。
ルナは私と元婚約者から二重の慰謝料請求を受け、派遣の仕事も首になり、生活が困窮。修平に捨てられ、子供を一人で育てることになった。二人とも、自分たちの価値観が間違っていたことにようやく気づいたが、もう手遅れだった。
一方、私は離婚後、一旦実家に帰った。両親に支えられ、愛に励まされ、今は前を向いて静かに生活している。心の傷がなかったことにはならないが、それでも私を愛してくれた人のためにも、笑顔で生きていこうと思う。それが、恩返しだから。



