「おい、さえ、しっかりしろよ。いくらお前が忘れっぽいからって、ちゃんと住宅ローンの支払いをしろよ。」
「は? どういうこと? 私たち、五年前に離婚したわよね?」
「離婚したからって、支払い義務が消えるわけじゃないだろう。相変わらず忘れっぽいやつだな。」
「忘れっぽいって……そもそも、この五年間、一度も払ったことなんてないわよ。」
「それは俺が、お前が払うのを待ってたんだよ。最初はうっかりかと思ったけど、お前の忘れっぽさを考えると、支払い自体を忘れてそうだなってな。」
「支払う義務なんてないと思うんだけど。」
「お前、離婚の時に書類にサインしただろ?」
「ええ、財産分与とか色々ね。あれで支払い義務が発生してるんだよ。」
「でも、離婚の時にそんな話、してなかったわよ。」
「お前が忘れてるだけだろ。今回は許すけど、忘れずにちゃんと振り込んどけよ。」
「分かったわ。一応、確認はするけど。」
「多分、あなたの勘違いよ。頭、大丈夫? 五年も払ってないのに、今更だし。」
「お前が何と言おうと、義務は義務なんだよ。分かったら、早く払えよ。」
「はいはい。お願いだから、無理矢理お金を取ろうとするのはやめてよ。」
数時間後。
「げんさん、ちょっと聞いてもいい? さっき植木の手入れをしてるのを見えたから、時間がある時にちょっと話を聞いてほしくて。」
「おや、さえちゃん、どうしたんだい? 植木の剪定ならさっき終わって、今お茶を飲んでるところだよ。だから暇でね。こんな隣のおじいちゃんでよければ、話を聞くよ。」
「そっか。それならよかった。実は元夫から、住宅ローンの支払いを催促されて。」
「ローン? そうなの? でも、この五年、一度も払ってないのになんで今更って話でしょ? 離婚の時に書類にサインした記憶はあるんだけど、それがローンの支払い義務だったかどうか、私も覚えてなくて。」
「なるほどね。確かに、いきなり支払い義務だとか、書類にサインしたからと言われると不安になるね。」
「そうなの? 私も義務なんてないと思うけど、なんかちょっと自信がなくて。」
「ねえ、さえちゃん。離婚の時の書類、まだ持ってるかい?」
「探せばあると思います。」
「よければ、知り合いに弁護士とか税理士さんもいるから、聞いてみるよ。専門家に聞いた方が早いし、その方が元旦那さんも納得してくれるだろう。」
「あ、でも、そんな、いいんですよ。」
「困った時はお互い様だからね。」
「じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「うん。任せて。それともし元旦那さんが怖いことを言ってきたら、スクショを取っておくんだよ。そういうのも、後で使えるかもしれないからね。」
「使う? ……分かりました。」
数時間後。
「おい、さえ。さっき確認したけど、まだ振り込んでないよな。早くしてくれよ。困ってるんだ。」
「今、確認してるから、ちょっと待って。」
「確認? 何を確認してんだよ。お前が払う義務があるのは確定してるだろう。」
「でも、念のため弁護士さんに聞いてるの。」
「弁護士? お前、そんな金あるのかよ。」
「知り合いが紹介してくれたのよ。ちゃんと私に支払い義務があるって専門家が判断したら、その時はちゃんと振り込むから。」
「まあいい。とにかく早く頼むわ。」
「それにしても、困ってるって何? あなた、借金でもしたの?」
「は? なんだよ。」
「だって、いきなりお金が欲しいって言うから。」
「借金とかじゃねえよ。本当に。ちょっと勉強代がかかったんだよ。」
「勉強代? どういうこと?」
「セミナー代だよ。今、投資の勉強してるんだ。」
「セミナー? 投資の?」
「そうだよ。俺は今、すごい先生に教わってるんだ。この先生についていけば、俺は成功できる。生徒の中には、億り人になった人もいるんだぞ。」
「何それ? ねえ、それってもしかして詐欺じゃない?」
「詐欺? ふざけんなよ。俺の先生を詐欺師呼ばわりすんな。」
「だって、見るからにおかしいじゃない。それに、セミナー代で生活が苦しくなるって、かなり高額だったってことよね。よくある話じゃない、そんなの。」
「お前に何が分かるんだよ。」
「それじゃあ、そのセミナー代、いくらしたのよ?」
「十五万だよ。あと入会金とか、そんなの含めるともっとだけど。」
「ああ、そんなに高くないのね。」
「だろ? 月十五万は安い方だ。」
「へ? 月十五万?」
「そうだよ。それくらいすごい人なんだ。」
「いや、それ絶対騙されてるわよ。」
「そんなわけない。お前みたいな平凡な人間には分からないんだよ。俺は成功するんだ。お前とは違うんだ。」
「ちょっと落ち着いて。とにかく、さっさと金を振り込め。今だからな。」
「今は何を言っても無駄みたいね。」
翌日。
「げんさん、元夫の話なんだけど、もしかしたら詐欺に遭ってるかもしれない。」
「詐欺? それはまた物騒な話だね。」
「有名な先生から投資を学んでいるそうなの。」
「ああ、セミナー商法か。昔からそういうのはあるな。」
「セミナー代に月十五万かけてるらしくて、それで今日中にローンを振り込めって。」
「十五万……また絶妙な金額だね。」
「一応、詐欺かもしれないって言ったのよ。でも、信じ込んでて。」
「うん。そういう人は、本人が気づかないと難しいからね。ほとんど洗脳状態に近いから、詐欺かもしれないなんて言うと、余計に逆上するだろうね。」
「ねえ、さえちゃん。たくさん、セミナーの先生の名前とか言ってた?」
「聞いてなくて。ただ、すごい先生としか。」
「そうか。先生の名前が分かれば、調べやすいのになあ。」
「調べる?」
「いや、ちょっと気になってね。」
「ええ、まさかげんさんも投資に興味が?」
「いや、ただのじじいの興味本位さ。」
数時間後。
「村田さん、例の件、どうなりました? 今月の振り込みが遅れてるので、気になってしまってすみません。お金は何とか用意するので。」
「ああ、せかしてるとかじゃないんですよ。村田さんは熱心な生徒さんなので、このまま脱落するのはとてももったいないなって。僕個人の希望で申し訳ないんですけど。」
「そんな、先生に期待されてるなんて光栄ですよ。すみません。お金もすぐに用意できるはずだったのに。元嫁が確認中だって言ってて、弁護士にも相談してるとか何とか。」
「確認中? それはまずいですね。」
「え? どういうことですか?」
「元さん、弁護士に相談してるんでしょ?」
「はい。知り合いが紹介してくれたって。」
「それです。弁護士を使って、支払い義務はないって主張するつもりなんですよ。」
「そんな、でも、ちゃんと契約したのに。」
「そうです。離婚してもローンは払う義務がある。それを元さんはあなたに押し付けるつもりなんですよ。だから言ったでしょ。女は平気で嘘をつくって。何もかも先生の言う通りだ。」
「ローンの話をしてもらうって、僕は最初に忠告しましたし。」
「しかも村田さん、もっとまずい状況になりましたね。」
「まずい状況?」
「もし元さんが支払い義務を放棄したら、違約金が発生するんですよ。」
「違約金? そんなのがあるんですか?」
「ええ、契約の違約金です。ほら、スポーツジムでも、数ヶ月分お金が安くなるけど、半年以上契約しないと、その分のお金を後で請求されるなんて話があるでしょう? それと同じです。」
「確かに、そういう話はよくありますよね。」
「だから、場合によってはあなたにお金の請求が来るかも。それもかなりの額になります。下手したら数百万レベルですよ。」
「数百万? そんな……俺はどうしたら……」
「だから、一度でも振り込ませることが重要なんです。一度でも振り込めば、支払い義務を認めたことになりますから。いいですか、村田さん。今日中に振り込ませてください。じゃないと、本当に逃げられますよ。そうなったら、村田さんが違約金を全額負担することになります。」
「分かりました。今すぐ連絡します。」
「頼みましたよ、村田さん。あなたの成功がかかってるんですから。」
「はい、先生。ありがとうございます。」
三十分後。
「さえ、いい加減にしろよ。お前、支払い義務を放棄するつもりか?」
「放棄って、私に義務があるのか確認してるだけなんだけど。」
「義務があるに決まってるだろう。それに、お前の狙いは分かってる。違約金を俺に押し付けるつもりだろう。」
「違約金? 何のこと?」
「契約を破棄したら、数百万円の違約金が発生するんだよ。お前、そんな金払えんのかよ。」
「そんな契約した覚えないんだけど。っていうか、本当に何の話?」
「先生が言ってたんだ。契約違反は違約金が発生するって。ローンだってちゃんとした契約だろ。」
「そうだけど……あのさ、もし違約金が発生するとして、五年も私は払ってないのよ。もし発生してたら、とっくに請求されてるでしょう。」
「五年の猶予があるんだよ。けど、もう期限が近づいてる。ローン返済義務違反ってことで、違約金が請求されるんだ。先生の生徒に、それでものすごい請求が来た人がいたんだよ。」
「何よ、そのめちゃくちゃな説明。とにかく、今日中に振り込め。これ以上待てない。」
「だから、今弁護士さんに確認してるから、もう少し待ってよ。」
「弁護士? お前、俺を訴えるつもりか?」
「そうじゃなくて、ちゃんと確認したいだけ。」
「ふざけんな。お前が逃げようとしてるだけだろ。いいか、今日中に振り込まなかったら、お前が違約金を全額負担だからな。」
「わけがわからない。どうしちゃったのよ。」
翌日。
「さえちゃん、弁護士から返事が来たよ。」
「どうだった?」
「大丈夫。さえちゃんにはローンの支払い義務はないって。」
「本当?」
「うん。離婚の時の書類にも、そんな記載はなかったってさ。」
「ああ、よかった。昨日、怖いメッセージが来て心配だったの。」
「怖い?」
「うん。違約金がどうのこうのって。」
「それ、スクショ取ってるかい?」
「これなんだけど……。」
「これはまた、ひどいなあ。多分だけど、セミナー主かその関係者が、たくさんに変なことを吹き込んで、焚きつけたんだろうね。なんか言ってることも支離滅裂で、焦ってるし。」
「たくさんが関わってるセミナー、やっぱり怪しいみたいだね。」
「でも、怖がらなくて大丈夫。君は何も悪いことはしてないんだから。」
「ありがとう、げんさん。これで、はっきりした態度が取れるわ。」
翌日。
「おい、さえ。いい加減にしろよ。やっぱり金、振り込まなかったな。お前に違約金を支払わせるから、覚悟しろ。」
「たく、弁護士さんに確認してもらったよ。私には一切、支払い義務はないってさ。」
「は? 何言ってんだよ。そんなわけないだろ。」
「離婚の書類にも、そんな記載はなかった。つまり、あなたが嘘をついてたってこと。それか、誰かから変なことを吹き込まれたか、ね。」
「嘘って……俺は本当のことを……」
「本当のこと? じゃあ証拠を見せて。離婚時の書類のどこに、私がローンを払うって書いてあるの?」
「それは……でも、先生が……」
「あなた、詐欺に遭ってるよ。その先生の言うことが、そもそも間違いなの。」
「詐欺じゃない。俺の先生は本物だ。」
「本物? じゃあ聞くけど、そのセミナーで何か成果、出た?」
「それは、これからだよ。」
「これから? もう何ヶ月も通ってるんでしょ? いくら使ったの? 百万は使ってそうだよね。で、成果はゼロ。それ、詐欺だよ。」
「うるさい。そんなはずないんだ。」
「あっそ。それじゃあ、現実的な話をしましょう。あのね、たく。私、あなたに騙されて、ありもしないローンを払うところだったんだけど。それって、詐欺未遂だよね。」
「詐欺って? 俺は本気で……」
「本気? 嘘をつくのが本気なの? あなた、私を騙してお金を取ろうとしたんでしょ? 違約金とか、ありもしない話でさ。」
「それは、先生が……」
「先生のせい? いい加減、人のせいにするのやめたら。その先生とやらに騙されたとはいえ、私からお金を奪おうって考えたのは、あなたでしょ。もう、あなたには騙されない。これで最後にするね。もう二度と私に連絡しないで。もしきたら、詐欺で警察に相談するから。」
「警察? お前、そこまでするのかよ。」
「当たり前でしょ。あなた、私を騙してお金を取ろうとしたんだから。今のあなたがやってること、詐欺師と同じだよ。いい加減、目を覚ましなよ。」
翌日。
「こんにちは。あの、田中先生。本日セミナーを受講させていただきました。とてもいいお話で、ぜひ先生の教えをもっと聞きたいと思いまして、LINEを送らせていただきました。」
「おお、ありがとうございます。えっと、すみませんが、お名前を聞いても?」
「立花と申します。」
「ああ、覚えています。なんせ、最年長の方でしたから。人生の先輩に、僕なんかが偉そうになんて、なんだか申し訳ないです。」
「いえいえ、とても有意義でした。実は、もっと深く学びたいと思いまして。セミナーなどの案内は、どこを見ればよろしいのでしょうか?」
「それでしたら、僕が案内しますよ。」
「いいんですか?」
「立花さんのような意欲的な方、大歓迎ですから。」
「ああ、ありがとうございます。」
一週間後。
「今日も有意義なお話をありがとうございます。若い方の視点は、本当に大切ですね。」
「そう言っていただけて、よかったです。ちゃんとしたセミナーでしたら、もっと深い学びを提供しています。立花さんなら、きっとすごい成果を出しますよ。」
「こんな老いぼれに、そんなことは……何を言っているのですか?」
「こうして学ぼうとしているだけでも、あなたはそれだけで優れているんです。僕は常々、人が成果を出せる世界を望んでいました。」
「と言いますと?」
「僕はブラック企業に務めていて、それで体を壊して、働けなくなってしまったんです。高度成長期を支えてくださった方々には感謝していますが、身を削って働く時代はもう終わっているんですよね。」
「耳が痛い話ですな。」
「僕みたいな思いをする人を減らしたくて、こうしてセミナーを開いたんです。僕自身、投資で救われていますし。立花さんだって、もう無理して働けないでしょう。」
「そうですね。老体ですから。」
「もうたくさん働いてくださった立花さんのような世代の人にも、お金に困らない生活をしてほしいんです。なので、よければ本格的にセミナーに参加しませんか? 立花さんは意欲的なので、セミナー代は十万で構いません。」
「セミナー事項の時は、二十万とお伺いしたのですが。」
「こうして話しているうちに、僕も立花さんに成功してほしいと思うようになりまして。あ、他の受講者には秘密ですよ。僕が個人的に期待しているだけですので。」
「そうやって、個別に特別対応を取っているんですね。いやはや、あっぱれな手口だ。」
「何のお話でしょうか?」
「田中さん、もういいですよ。はっきり言って、私は金には興味がありません。あなたに用があるんです。」
「どういうことですか?」
「質問に質問を返して申し訳ないですが、あなた、村田拓さんという方をご存知ですよね?」
「村田? ああ、生徒の一人ですが、それが何か。」
「その村田さんが、元嫁さんにお金を要求したんですよ。あなたの指示で。」
「指示? 何のことか分かりませんね。確かに彼は僕の生徒ですが、僕はそんな詐欺紛いなことはしていませんよ。失礼ですね。もういいですか? 入るつもりもない冷やかしなら、相手をする必要もないので。」
「そうですか。それは残念です。では、あなたが詐欺をしているという証拠を、全て警察に持っていくことにします。」
「詐欺の証拠? 何を言ってるんですか?」
「活動拠点、被害者のリスト、過去の犯罪歴。あと、大体の被害総額まで計算していますよ。」
「そ、そんなの、捏造ですよ。」
「田中さん、往生際が悪いですね。ああ、田中という名前も偽でしょう。本名は……もういいでしょう。」
「何なんだ、あんた一体。」
「ただのじじいじゃないな。」
「そうですね。では、改めて名乗りましょうか。私は立花元造と申します。立花グループの元会長です。」
「立花グループ? あの会長は、特攻の昔に引退したはずだろう。」
「はい。引退して、今は平凡に暮らしていますよ。あなたが騙した村田さんの元嫁さん。私の隣に住んでましてね、孫のように可愛がってるんですよ。そんな旦那さんと離婚した後は、実家に戻って来られていて、毎日挨拶してくれる、気立てのいいお嬢さんだ。そんな彼女の人生を、あなたは間接的に脅かした。」
「僕に、何をしろって言うんですか?」
「田中さん、あなたには二つの選択肢があります。」
「選択肢?」
「一つ目は、今すぐ詐欺を解散し、被害者全員に返金すること。二つ目は、この証拠を私が警察に提出すること。」
「返金って、そんな金はない……とは言わせませんよ。あなたの資産、全て調べさせてもらいました。詐欺以外にも会社を経営していて、かなりの資産をお持ちのようで。調べたうえで、できることは分かってます。若造に一つ教えて差し上げましょうか。金を積めば、大抵のことはできるんですよ。それこそ、触れないギリギリのことまでね。まあ、今回はそんなことせずに済みましたよ。できれば、そんなことは私もしたくないですしね。」
「あ、分かりました。返します。」
「賢明な判断ですね。でも、これで終わりですよね?」
「いいえ。返金がスタートです。それと、警察には通報させてもらいます。」
「そんな、約束が違う。」
「約束? 詐欺師が約束を語るんですか? 人を騙しておいて、自分だけ約束を守ってもらえる。そんな考えは、甘ったれたガキがすることだ。あなたがやったこと、全て清算してもらいますよ。」
一ヶ月後。
「助けてくれ、さえ。俺、全部失ったんだ。先生は詐欺師で、金は一部戻ってきたけど、全部は戻ってこなかったし。しかも警察から、俺まで詐欺容疑をかけられて。俺だって、被害者なのに。」
「被害者? 確かにセミナーに関しては被害者ね。でも、私にとっては加害者だから。」
「は?」
「私に対して虚偽の請求をしたことは、詐欺未遂に当たる可能性がある。そう、警察に言われたんでしょう?」
「なんで、それは……」
「だって、私も被害届け出したもの。証拠はスクショで残していたしね。」
「そんなの……待ってくれよ。俺は被害者なのに。なんでみんな、俺に同情してくれないんだよ。」
「そりゃしないでしょうね。あなた、お金を集めるために、同僚や後輩に無理やりセミナーを受講させようとしたんでしょ?」
「なんでそれを……」
「私が元あなたの同僚だって、忘れてない? 会社の後輩に色々聞いたのよ。最近、たくの様子がおかしいんだけど、会社でちゃんとやってる? って。そしたら出るわ出るわ。そりゃ、こうなったら信用を失うわよね。」
「そんな、そんなことって……」
「さらに言うなら、私の被害届けが受理されて、詐欺未遂って証明されたら、会社はあなたの首を切るでしょうね。ただでさえ、会社でも金銭トラブルを抱えている社員だったんだから。」
「頼むよ。さえ、許してくれよ。」
「なんで許されると思ってるのよ。あのさ、この際本音を言うけど。契約書にサインしたからとか言って、なんであれで私からお金を巻き上げられると思ったの? 正直、ずっとこの人、頭大丈夫かって思ってたわよ。契約書にサインしたとかなんとか言われたから、一応心配にはなって、知り合いに確認させてもらったけど。ローンって言ってるのに、五年経ってから請求されるのも意味わかんなさすぎて怖かったし。頭のおかしい人を相手にするのは疲れるから、もうあなたとは関わらない。一生、私のいないところで苦しんでて。」
一ヶ月後。
「さえちゃん、あれからどうだい? たくさんから連絡とか、ないかい?」
「全く来なくなったよ。それにしても、びっくりした。まさか、詐欺師が逮捕されるなんて。」
「本当だね。タイミングよく逮捕されたからいいけど、もし逮捕されてなかったら、大変だったね。」
「そうですね。おかげで、あいつも目が覚めたみたいですし。げんさんがいなかったら、怖くてお金を支払ってたかもしれない。本当にありがとうございました。」
「いいんだよ。困った時はお互い様だからね。これからもよろしくお願いします。」
「うん。こちらこそ、よろしくね。」
「はい。……と言いたいんですけど、げんさんって、本当は何者なんですか?」
「何者? ただのおじいさんだよ。」
「いや、それが、さっき新聞の小さな記事で今回の件が出ていたんです。」
「おや、さえちゃんは新聞を読むのかい?」
「両親が未だに取ってて。それで、その記事には『立花グループ元会長、詐欺撲滅に貢献。立花元造氏が警察に情報提供した』って書いてて。調べたら、顔写真がげんさんに似ていたような……」
「あはは、それかい。よく言われるよ。ええ、苗字も同じで顔も似てるから、勘違いされてね。でも考えてごらん。そんな偉い人が、こんな住宅街の平屋で植木をいじってるわけないじゃないか。」
「それは……確かに。」
「そりゃ私も、それなりに稼いではいたからね。贅沢とは言えないけど、今の生活が気に入ってるんだ。」
「そうだよね。」
「そっか。他人の空似か。」
「そうそう。私はただの隣人だよ。これからもずっとね。」
たくは、詐欺未遂の容疑で逮捕され、出所後は全てを失った。もちろん会社からは解雇され、さらに同僚からもお金を借りていたことからトラブルとなり、弁護士を挟むことに。借金を返さないといけなくなり、安いパートでの貧乏暮らしを余儀なくされた。日雇いで食いつなぐのもギリギリの生活。かつては自分は特別だ、成功して贅沢な暮らしができると信じていた彼だったが、詐欺師に騙され、自分も詐欺に手を染めてしまったことで、完全な人間不信に陥り、病んで、最終的には病院送りになった。
一方、私は平穏な日常を取り戻した。隣のげんさんとは変わらず仲良く過ごし、毎日挨拶を交わす穏やかな日々。げんさんは今日もいつものように縁側で植木をいじりながら、優しい笑顔を返してくれる。げんさんが何者なのかは気になるけれど、聞かなくてもいいことは世の中にたくさんある。だから私は、今のげんさんとこれからも仲良くしていきたい。



