役所から届いた一枚の黄色い封筒が、66歳の草壁より子の人生を根底から揺さぶった。息子を養うために8年間、半額シールを集め続けた母親に、それは残酷な選択を迫った。
血が滲む指先で、それでも彼女は便器を磨き続けた。誰かに気づかれることもなく、汗を拭う。それが、より子にとって「生きる」ということの意味だった。
その日も、より子は午前9時にはホテルの勝手口から入っていた。駅前の古びたビジネスホテルだ。1部屋に与えられた清掃時間は15分。前の担当者が辞めてから、割り当ては12部屋から14部屋に増えていた。
307号室のドアを開けると、タバコの匂いが顔に被さってきた。禁煙フロアなのに、だ。より子は無言で窓を開け、シーツを剥がした。問題はトイレで起きた。洗剤を含んだスポンジを便器に押し込んだ瞬間、左手の中指の付け根のひび割れから血が滲んだ。手の甲から指先にかけて、彼女の皮膚は常にひび割れていた。失進という病名だったが、処方された軟膏は1本1800円で、1週間でなくなる。仕事の休みの日だけ塗るから、常に中途半端な状態だった。痛みには慣れていた。慣れるしか選択肢がなかった。
鏡を拭いている時、ふと自分の顔が映った。白髪が目立つ。美容院に最後に行ったのはいつだったか、もう思い出せなかった。目の下のくまは深く、まぶたは重そうに垂れていた。より子は3秒ほど自分の顔を見てから、目をそらしてスプレーをかけ直した。
午後5時、大金時刻になり、より子は高意室で私服に着替えた。ロッカーから小さなエコバッグを取り出し、駅から一つ離れたスーパーへ向かった。あそこは半額弁当を待っている姿を近所の誰かに見られる心配が少ないからだ。
玉での自動ドアをくぐると、夕方の買い物客で賑わっていた。より子は相材コーナーの脇に立ち、店員が持つ半額シールを貼る機械を目で追った。時計は午後6時17分。数分後、店員が機械を手に取り、コーナーに近づいてきた。より子は半歩前に出た。サバの塩焼き弁当が2つ残っていた。値引き前は420円。半額で210円になる。より子はそれだけをエコバッグに入れた。他のものは見なかった。必要なもの以外を見ると欲しくなる。欲しくなっても買えないと分かっているなら、見ない方がいい。それが習慣になって久しかった。
自宅は昭和40年代に建てられた古い団地の4階だった。エレベーターは古く、よく止まる。今日は動いていたが、より子は迷ってから階段を選んだ。エレベーターの中で誰かと鉢合わせたくないからだ。部屋の前まで来ると、突き当たりの部屋のドアに黒いガムテープが貼られているのが見えた。光が漏れないように、音が漏れないように、息子の草壁深夜が自分で張ったものだった。
深夜は今年で40歳になる。8年前、会社のリストラで職を失った。最終職活動を半年続けたが、40に近い年齢と長期間同じ仕事しか経験していない経歴は、どこに出しても相手にされなかった。ある面接で「スキルの幅が狭すぎます」と言われた日から、深夜は部屋に引きこもった。最初の1年はいつか出てくるだろうと思った。2年目はもう少し待てばと思った。8年が経った。
より子はキッチンで弁当を温め、お盆に湯のみと割り箸を並べて、深夜の部屋の前に置いた。ドアを2回、指の関節でそっと叩く。廊下に正座のような格好で待つ。3分後、ドアが内側から少し開き、5センチほどの隙間から白い手が伸びてきて、お盆を素早く引き込んだ。ドアが閉まった。それが毎日のやり取りだった。
自分の夕食は、白米に醤油を垂らしたものと薄くなった麦茶だけ。サバの切れ端は明日のために取っておいた。テレビはつけなかった。音を立てると深夜が嫌がることがあった。
その夜、より子は財布から今月の残金を確認した。手取りは7万8000円。家賃が2万3000円。高熱費を合わせると3万5000円ほどが消える。残りで食費と日用品を賄う。やっていけているとは言えない。でも、やっていくしかなかった。
翌朝、郵便受けに黄色い封筒が入っていた。差出人は大阪市淀川区役所。より子は封筒を手にしたまま、しばらく立ち止まった。役所からの封筒は大抵いいことが書いていない。それは長年の経験で分かっていた。仕事に遅れるわけにはいかないので、封筒をエコバッグに入れて出勤した。
帰宅後、封筒を開けると、団地の老朽化により来年4月で取り壊しが決定したと書かれていた。現在居住している全世帯はそれまでに対応する必要がある。住み換えを希望する場合は、市営住宅への入居を申請できるが、条件として世帯全員の所得証明書と現在の居住実態を確認する書類を提出すること、とあった。
より子は書類を持つ手が微かに震えているのに気づいた。「世帯員全員」――深夜のことだ。深夜は住民票をこの住所に置いたまま、収入はゼロだ。仕事にも就いていない。外にも出ていない。それをどう説明するのか。40歳の男が8年間一切働かずに、年老いた母親の稼ぎで生活している。その事実を、窓口で書類として提出する。より子は右手の親指で左手のひらを擦り始めた。
深夜に見せなければならない。これは2人に関わることだ。より子は封筒を持って廊下を歩き、深夜の部屋のドアを叩いた。返事はなかった。もう一度、今度は少し強く叩くと、室内で物音がした。
「区役所から手紙が来た。引っ越しのことで、深夜にも関係があることだから、少し聞いてほしい」
声が少しかれた。すると、ドアがより子が思っていたより早く内側から引かれた。深夜が立っていた。8年で息子の姿は随分変わっていた。頬がこけ、目の下にはくまができ、髪は肩まで伸びていた。それよりも、より子が毎回気になるのはその目だった。深夜の目は、人と視線を合わせることができなかった。何かをひどく怖がっているような、それでいてどこか遠くを見ているような目だった。
より子が封筒を差し出し、書類を読むよう促すと、深夜は黙ってそれを読み始めた。その手が「世帯員全員の申告」と書いてある部分で止まった。より子には分かった。深夜の呼吸が変わった。
「大丈夫だから。一緒に行けばいい。難しくないから」
より子がそう言おうとした時、深夜が書類を両手で掴み、丸めるようにしてより子の方に投げつけた。紙の塊が胸に当たって床に落ちた。同時に、深夜が「うわあ」というような、動物が罠にかかったような声を上げた。より子は後ずさった。ドアが閉まり、鍵がかかる音がした。
廊下に一人残されたより子は、床に落ちた紙を拾い上げ、壁に背中を預けながらその場に車が見込んだ。涙が出た。音を立てずに出た。喉を使わない泣き方。より子はいつ覚えたのだろうか。隣の部屋に聞こえないように、下の階に聞こえないように、泣き声を出さないようにすること。それはいつの間にか身についていた。
封筒には申請の締め切り日が書かれていた。あと4ヶ月。4ヶ月で何をどうすればいいのか。廊下の暗がりで、より子はしばらく動けなかった。
翌日から、より子は3日間眠れない夜を過ごした。書類には世帯全員の収入を申告せよとある。深夜を申告すれば、40歳で無収入の息子がいることが記録に残る。区の担当者に状況を説明しなければならない。どこまで話すべきか、何を隠すべきか。より子は考えながら、右手の親指で左手のひらをこすっていた。夜中にそうしていると、皮膚が乾燥して引っかかる感触がある。朝になると、こすった部分が赤くなっていた。
4日目の朝、より子は区役所に行くため、職場の田中店長に相談した。引っ越しの手続きで役所に行く必要があるので、来週の火曜日に1時間だけ相対させてもらえないかと。田中は「まあ、10時には戻ってきてくださいよ」とだけ言った。
火曜日の朝、より子は淀川区役所へ向かった。窓口の担当は村瀬という男だった。30代前半で、白いカッターシャツをきっちり着こなし、笑顔が張り付いているような印象だった。より子が住宅の移転申請について相談したいと言うと、村瀬は書類を見ながら「同居されているご家族のお名前がありますね。草壁深夜さん、40歳。この方についても確認が必要になります」と穏やかな声で告げた。
より子は咄嗟に嘘をついた。「息子は今、仕事の都合で遠方に出ていまして」
村瀬の笑顔は変わらなかった。「そうですか。申請の際には、ご本人様に直接来ていただくか、来所が困難であることを証明する書類が必要になります」
「病気やご事情のある方については、それを証明する書類があれば大体として受け付けることができます。ただし、書類なしでの申請は受理で聞かねます。申し訳ございません」
その言葉は、まるで録音されたかのように平坦だった。書類が揃わなければ、今回の斡旋対象から外れ、自力で民間の賃貸を探すことになる、と。より子は何も言えず、書類を封筒に戻して立ち上がった。
区役所を出ると、外の光の中に立ったまま、しばらく動けなかった。深夜の診断書。病院に行っていない。精神科にも行っていない。より子が何度か受診を進めたが、深夜は首を縦に振らなかった。病院に行けないから引きこもっているのか、引きこもっているから病院に行けないのか。より子には判断がつかなかった。
翌週、より子は仕事中にミスが続いた。花瓶を落として割ってしまい、ポケットのマスターキーを部屋に置き忘れた。田中店長に事務所に呼ばれ、「最近、集中力が落ちてますよね」と言われた。「うちも余裕がないんで、来月から週算にさせてください。体のこともあるだろうし」と。
週算になると、月収はおよそ4万5000円。家賃と高熱費を払えば、食費に当てられる金は1万円を切る。より子は「分かりました。ありがとうございます」と反射的に言った。
帰り道、より子はコンビニで履歴書の用紙を1枚買った。深夜に書いてほしいわけではなかった。書けるとも思っていなかった。ただ、何か手がかりになるものを渡したかった。深夜が、何か一歩を踏み出すためのきっかけになれば、と。
夜、より子は深夜の部屋の前で声をかけた。「仕事のことで相談したいことがある。役所の手続きのことで困っていることがある。お母さん1人ではどうにもならなくなってきた」
「お母さんのことは気にしなくていいから。ただ1度だけでいいから、お医者さんに行くだけでいい。それだけでいい」
室内は静かだった。しばらくして、ドアの下の隙間から、置いておいた履歴書と求人情報士が外に押し出されてきた。ガムテープの切れ目をこじ開けたようで、テープの端が剥がれていた。それだけだった。返事はなかった。
より子は床に押し出された紙を手に取り、台所に戻った。右手の親指で左手のひらをゆっくりと擦った。
ある日、より子がベランダで洗濯物を干していると、団地の入口に水色のジャンパーを着た人間が立っているのが見えた。隣には塚本がいる。ジャンパーには「福祉事務所」と小さく印刷されていた。塚本が上の方を指さした。4階の方向だった。より子の手から洗濯バサミが落ちた。
より子はベランダを閉め、深夜の部屋のドアの前に立った。「役所の人が来るかもしれない。しばらく静かにしていてほしい。何があっても声を出さないで欲しい」
部屋の中が少し動いた気配があった。より子はドアを開けた。深夜は鍵をかけていなかった。8年ぶりに近い、深夜の部屋。カーテンが閉め切られ、薄暗く、段ボールや雑誌が積み上がっていた。深夜は布団の上に座っていた。より子の顔を見た瞬間、目を大きく見開いた。驚きと怯えが入り混じった表情だった。
「静かにして。役所の人が来るかもしれない。お母さんが外で対応するから、中にいてくれるだけでいい」
深夜は何も言わなかった。だが、また座った。より子はドアを静かに閉め、廊下に出た。その時、玄関のチャイムが鳴った。より子はドアスコープから外を見た。水色のジャンパーの人間が立っていた。
「どちら様ですか」
「淀川区福祉事務所のものです。住宅移転に伴う居住実態の確認で伺いました」
より子は一泊置いて答えた。「申し訳ありません。今日は体調が優れなくて。1人暮らしですので、書類は郵便で送っていただけますか。体が回復しましたら、必ず窓口に伺います」
外の人間が何か書く音がした。「では、ポストにご案内の書類を入れておきます。またご連絡ください」
足音が離れていき、エレベーターのドアが閉まる音がした。より子はドアを背に、ずるずると座り込んだ。肩が小刻みに揺れた。声は出せなかった。手のひらを擦る。失身の皮膚がヒリヒリしたが、それよりも強い感覚が体の中にあって、痛みは遠くに感じられた。
数週間後、田中から「今月いっぱいで契約を終了させてほしい」と言われた。より子は何も言えなかった。「うちも人員体制を見直していて」と田中は付け加えた。花瓶のこと、忘れ物の対応、鍵のこと。ミスが続いていたのは事実だった。
来月から収入はゼロになる。年金が6万5000円入る。家賃と高熱費を払うと、残りが3万円を切る。深夜に食事を出せなくなる。深夜が食べなければどうなるのか。そこまで考えた時、より子は計算をやめた。
より子がここにいる限り、深夜は国から助けてもらえない。同居の家族に収入がある場合、その家族が扶養義務者となる。6万5000円の年金でも、収入と見なされる。つまり、より子が隣にいて年金を受け取っている限り、深夜は生活保護の対象にならない。より子がいることが深夜を守っているようで、実は深夜が制度の網にかかることを防いでいた。
それは残酷な現実だった。
より子は台所の棚から小さなメモ帳を取り出した。以前、図書館で調べてメモしておいたものだった。支援団体の電話番号と、福祉事務所の緊急連絡先。引きこもりの家族を持つ人のための電話相談。かけようと思って、かけられないまま、何ヶ月も経っていた番号だった。
翌朝、より子は5時半に起きた。いつもより丁寧に顔を洗った。台所で白米を炊き、卵を2個とも使って入り卵を作った。半分を深夜の分にして、お盆に乗せて廊下に置いた。いつものように、ドアを2回ノックし、白い手がお盆を引き込むのを見届けた。
自分の分を食べながら、より子は今日することを頭の中で整理した。午前中に区役所へ行く。今日は書類を出しに行くのではなく、別のことを頼みに行く。より子は押し入れから、夫が生きていた頃に買った厚手の布バッグを取り出した。中に下着、靴下、着替え、財布、目薬、軟膏を入れた。それから、深夜宛ての手紙を書いた。短く、数行だけ。
「お母さんはしばらく遠くに行く。冷蔵庫に何もない時はコンビニで買って食べて欲しい。この紙に書いてある番号に電話すれば、助けてくれる人がいる」
それだけ書いた。それ以上書くと、止まれなくなる気がした。手紙を封筒に入れ、NPOの髪切れと一緒に包んだ。より子はバッグを持って玄関に行き、深夜の部屋のドアの前に封筒を置いた。ノックはしなかった。声もかけなかった。声をかければ何かが始まる。返事がなくても、ドアの向こうに深夜がいることが分かって、足が動かなくなる気がした。だから、黙ったまま封筒だけを置いた。
外はまだ朝の光の中だった。より子は区役所の方向へ歩き始めた。区役所が開くまで、建物の前のベンチで40分ほど待った。今日は、施設の書類を持ってきたわけではない。
窓口に出てきたのは、前回と同じ村瀬だった。村瀬はいつものように笑顔を作った。何も宿っていない笑顔だった。より子は椅子に座って言った。
「今日は申請の書類を持ってきたわけではありません。息子のことを話したいのです」
「息子は40歳で、8年間外に出ていません。先週ようやく一緒に駅まで行きましたが、コンコースに入った瞬間に動けなくなりました。病院にも行けていません。これは、私がどう頑張っても変えられないことだと分かりました」
「私がそばにいる限り、息子は制度の対象にならないと聞きました。扶養義務があるから。だから、今日は私が自分の扶養から息子を外す手続きを教えてほしいのです。私が別の住所に移ることで、息子が独居の無入者として福祉の対象になる方法があるなら、その方法を知りたい」
村瀬の手が止まった。キーボードを打つ手が止まり、画面から目を上げてより子を見た。今度は笑顔がなかった。村瀬は「少々お待ちください」と言って席を立ち、奥へ引っ込んだ。5分ほどして、年配の女性職員と一緒に戻ってきた。名札には「西田」とあった。50代で、眼鏡をかけていた。村瀬よりは少しだけ目に表情があった。
西田はより子の向いに座って、「詳しく聞かせていただけますか」と言った。より子は話した。8年間のことを順を追って。深夜がリストラされたこと。引きこもるようになったこと。病院に行けないこと。先月仕事を失ったこと。電気代の特が来ていること。今月の家賃が払えるかどうか分からないこと。話しながら声が揺れた。揺れたが、止まらなかった。
西田は途中でメモを取り始めた。「今すぐここで結論が出ることではないですが、息子さんの状況は支援の対象になり得ると思います。ただ、お母さんが完全に住所を移す前に、福祉事務所と連携して息子さんの状態を確認する手順を踏む必要があります。それを飛ばしてしまうと、息子さんが1人になった時点で何も支援がない状態になってしまうので」
より子は「分かりました」と言った。
「お母さんが今日すぐにどこかに行ってしまうつもりなら、少し待ってほしい。連絡を取って、来週には福祉事務所の担当者を息子さんの元に向かわせる手配ができるかもしれません。それまでの間、息子さんのそばにいてあげられるか」
より子は少し黙った。今日行くつもりでいた。だが、この言葉には、より子が1人で8年間考え続けてきたことへの、初めての応答があった。
「分かりました。来週まで待ちます」
西田は担当者の名前と福祉事務所の電話番号が書かれた紙をより子に渡した。「何かあればすぐに電話してください」と。より子は紙を受け取って財布の内側に入れた。区役所を出て、帰り道、商店街の入り口で立ち止まった。今日出ていくつもりだった。深夜に封筒を置いて、声もかけずに出ていくつもりだった。でも、今夜はまだ帰る。もう1週間だけ。
帰宅すると、深夜の部屋のドアの前は静かだった。朝に置いた封筒はまだそこにあった。より子は封筒を手に取り、ドアの下の隙間から差し込んだ。少し押すと入った。ドアをノックした。2回。返事はなかった。
1週間後、木曜日の午後、福祉事務所から電話がかかってきた。担当は中川という男性で、声は落ち着いていた。来週の月曜日に息子さんの様子を伺いたい、と。より子はメモ帳に内容を書いた。
「1つだけ聞いていいですか。息子がドアを開けなかった場合は、どうなるのでしょうか」
中川は少し間を置いてから答えた。「すぐに何かが決まるわけではないですが、それも状況の一部として記録に残ります。継続して関わっていくことができます」
「継続して関わっていく」――その言葉が、より子の中で少しだけ引っかかった。8年間、より子1人で関わり続けてきたことを、他の誰かが引き継いでくれるかもしれない。そういう意味だった。
月曜日、中川は午後2時に来た。紺色のジャケットを着た40代の男だった。より子は深夜の部屋のドアをノックした。
「深夜。今日、役所の人が来ている。怖くない。顔を見るだけでいい。何も話さなくていい。ドアを少しだけ開けてくれるだけでいい」
室内が静かになった。中川は何も言わず、より子の隣に立ってドアを見ていた。3分ほど誰も動かなかった。それから、室内で布団を擦る音、立ち上がる音がした。ドアが内側から動いた。
ドアが5センチほど開いた。隙間から深夜の目が見えた。充血した目だった。より子の顔を見てから、中川の顔を見た。中川を見た瞬間、目が少し細くなった。怯えていた。中川は動かなかった。声も出さなかった。ただ、目を合わせて軽く頭を下げた。
ドアがまた閉まった。それだけだった。廊下に3人分の沈黙があった。中川は小さな声でより子に言った。「確認できました」。それから今後の手順について話し始めた。精神科医の訪問診療を手配すること。定期的に担当者が状況確認に来ること。より子が去った後の住まいの件は、状況を見て判断すること。
中川が帰ってから、より子は押し入れからバッグを出した。中身を確認した。下着と着替えと財布と目薬と軟膏。それだけ入っていた。1週間前と変わらない荷物だったが、今日のより子には少しだけ違って見えた。去っていくことが、深夜を見捨てることではなく、深夜のための手順の1つだと。今日初めて、誰かに言葉として確認してもらえた気がした。
その夜、より子は夜行バスの予約を確認した。愛媛県の農場から連絡が来ていた。果物の選別作業の季節労働で、食事と宿舎がついている。7月末から10月末まで。時給は低くないが、それより住む場所があるということが、今のより子には意味があった。来週の土曜日の夜行バスに乗る。それが決まっていた。
金曜日の夜、より子は最後の夕食を作った。冷蔵庫に残っていたものを全部使った。卵、豆腐、キュウリ、缶詰のサバ。全部出して、それぞれに火を通した。深夜の分を大きなお盆に乗せた。いつもより品数が多かった。廊下に置いて2回ノックした。ドアが開いた。白い手が出てきて、お盆を一度見てから引いた。ドアが閉まる前に、より子は言った。
「明日、お母さんはしばらく遠くに行く。封筒に書いた番号に電話すれば、助けてくれる人が来る。深夜のことが心配じゃないわけじゃない。でも、信じている」
最後の一言が声にならなかった。ドアが閉まった。
土曜日の朝、より子は4時に起きた。バッグを持って台所に立ち、お茶を1杯だけ飲んだ。深夜の分の食パンを廊下に置いた。ノックはしなかった。玄関で靴を履き、鍵を持ってドアを開けた。朝の4時の廊下は暗かった。より子は振り返らなかった。
階段を音を立てないように降り、1階のエントランスで自分の郵便受けを開けた。中に1枚の紙が入っていた。中川からの書類だった。訪問診療の日程と、福祉事務所の今後の連絡予定が書いてあった。より子はそれをバッグの外ポケットに入れた。
エントランスの重い鉄の扉を開け、外に出た。7月の夜明け前の空気は、梅が開けてからは乾いていた。より子は団地を振り返らなかった。バス停へ向かって歩き始めた。商店街はまだ眠っていた。コンビニの明かりだけがついていた。
バス停に着くと、すでに数人が並んでいた。それぞれの理由でこの時間にここにいた。より子は列の後ろに並んだ。夜行バスは定刻に来た。乗り込んで窓側の席に座った。バスが動き出し、町の明かりが流れ始めた。高速道路に乗ると、オレンジ色の照明が続いた。
より子は窓の外を見ていた。深夜のことを考えた。今頃、廊下の食パンに気づいているだろうか? まだ眠っているだろうか? 封筒の中身を読んだだろうか? 分からなかった。でも、中川の連絡先が書いてある。訪問診療の日程が決まっている。深夜の部屋に人間が来る日が、カレンダーの上では存在している。それだけが今のより子に確認できることだった。
目の奥が熱くなった。涙が出た。音を立てないように出た。これはいつも通りだった。より子の涙はいつも音がなかった。右手の親指がまた左手のひらに当たりそうになって、より子はそれを途中で止めた。手を重ねて、膝の上に置いた。
バスが高速道路を走り続けた。大阪の光が遠くなった。より子は目を閉じた。眠れるかどうか分からなかった。でも、今夜は目を閉じることができた。オレンジ色の街灯が、まぶたの向こうに残像として流れていった。バスは西へ、夜の高速を走り続けた。



