「どうしてこんなことになるの?式もドレスもケーキも、全部めちゃくちゃよ。」
私は式場の控室で、ドレスに付いたクリームを必死に拭いていた。涙が止まらない。さっきまであんなに幸せだったのに、私の結婚式は一瞬で台無しになってしまった。
「怒ってるのは分かるけど、しょうがないだろ。前がケーキを倒したのはわざとじゃないって。」
夫になるはずだった鉄平が、そんな暢気な口調で言う。
「あれがわざとじゃないなんて、私には思えないわよ。行列に体をぶつけるなんて、普通はありえないんだから。」
「前は昔から抜けてるところがあるんだよ。でもすぐに謝ってたじゃないか。許してやれよ。心狭いな。早く結婚式の続きをやろうぜ。」
心狭いですって?どうして私が責められなきゃいけないの?
「あなたの招待客なんだから、あなたがちゃんと叱るべきなんじゃないの?」
「前もしっかり反省してるって。あんなヘラヘラ笑いながら謝る人が、反省なんてしてるわけないでしょ。」
「もう済んだことは仕方ない。早く式場に戻ってこいよ。お前が出て行ったせいで、式場が冷め切ってるんだ。」
ドレスにクリームがついたから、それを落としてるのよ。私がぐちゃぐちゃにしてるみたいな言い方しないで。でも鉄平は、とにかく式に戻れの一点張りだった。
「どうして私がそんなこと言われなきゃいけないの?台無しにしたのは前衣さんじゃないの?」
「しつこいなあ。あなたと前衣さんはどういう関係なの?本当にただの友達なの?」
私は前から、鉄平と前衣の関係が引っかかっていた。大学の後輩で仲良くしてたって説明されたけど、今回の行動を見ている限り、ただの友達がやることとは思えなかった。
「大学の後輩で仲良くしてたって説明したはずだぞ。なんでそんな勘ぐるような真似をするんだ。」
「疑われるような態度を取るからよ。大事な式なんだ。ちゃんとやろうぜ。」
腹は立つけど、これ以上揉めても仕方ない。私は一旦、言う通りにすることにした。その代わり、前衣の連絡先を教えてもらい、式の後できちんと話をつけようと決めた。
式が終わり、私は前衣と会った。彼女はケーキを倒したことを「単なるミス」と主張した。でも、彼女が私を睨んでいたこと、わざとぶつかってきたことは、私ははっきりと目撃していた。
「あなた、私のことずっと睨んでたの、気づいてたわよ。」
「私、そんな目してた?」
「自覚はなかったんですね。もしかして、鉄平のことが好きだったんですか?」
その言葉に、前衣の顔が歪んだ。
「何それ?上から目線でムカつくわね。あなたの行動はそうとしか思えないんですよ。」
「黙りなさい。私がどれだけ辛い目にあったか分かる?あんたのせいで幸せを奪われたんだから。」
「どういうことですか?」
「私もずっと鉄平と付き合ってたのよ。」
私は絶句した。鉄平との付き合いが始まる前から付き合ってたって?それって、私が知らない間に二股されてたってこと?
「それなのに、ある時急に別れ話を切り出されたの。理由を聞いたら、あんたと結婚するからって言われたわ。それでずっと二股をしてたって聞かされたの。」
「それ、本当なの?」
「本当に決まってるでしょ。それで、私に仕返しとしてケーキを倒したんですか?」
「それくらいする権利はあるでしょう。」
信じられない。恨むなら鉄平だろう?なんで私が恨まれなきゃいけないの?
「最初はそう思ったわよ。でも次第に、あんたさえいなかったら私も幸せになれたって考えるようになったの。そう思ったら、どんどんあんたへの憎しみが出てきたのよ。」
「そんなの変ですって。あんたにそんなこと言われる筋合いはない。」
「それに、ケーキを倒す提案をしてきたのは鉄平の方よ。」
「嘘でしょ?」
「本当だから。写真撮影の時に倒したら面白いって言ってきたの。」
鉄平が?なんでそんなことを?私は頭が真っ白になった。
「鉄平があんたのことを好きじゃないってことでしょ。どうせ、子供ができたとかそんな理由で脅して結婚してもらったんじゃないの?鉄平は真面目だから、それで断れなかったのよ。でも本心では私と一緒になりたかったんだと思うわ。」
「そんなことするわけないでしょ。」
「どうしてそう言い切れるの?鉄平は大手食品メーカーの営業部に務めるエリートよ。そんな鉄平を逃す手はなかったんじゃないの?あんたなんて、鉄平を逃したらもう二度といい男とは結婚できなさそうだもんね。」
彼女の言葉に、私は怒りを超えて冷静になっていた。これ以上話しても無駄だ。
「分かりました。そういうことなら、仕方ないですね。あとは鉄平と話して、対応を決めたいと思います。」
「そんなこといいから、さっさと式場に戻ってきなさいよ。なんならこのまま中止でもいいけどね。」
「人の式をぶち壊しておいて、よくそんなことが言えますね。」
「先にあんたが私の幸せをぶち壊したのよ。仕返しをするくらい、別にいいでしょ。」
私はその場を離れ、すぐに鉄平と話をつけることにした。式場で待っている鉄平に、私は問い詰めた。
「ま衣さんと連絡をして、いろいろ聞いたわ。あれはあなたが指示したことだったのね。」
「ま衣がそう言ったのか。」
「そうよ。悪かった。ちょっとしたイベントだったんだ。」
「イベント?どこかで式の盛り上がりポイントを作る必要があると思ったんだよ。アクシデントってのは、そういう意味では大事だろう。みんなの記憶に残る式になるしさ。」
「だからあんなことをしたの?俺なりに式を盛り上げようとしたんだ。それでお前に迷惑をかけたのなら、申し訳ないよ。でも、そこまで怒らなくてもいいじゃないか。」
「ふざけないで。あのケーキがどれだけ大事なものか……あんた、食品メーカーに務めてるんじゃないの?」
「食品ってのは、いろんな使い方ができるんだよ。食べるだけが全てじゃないんだ。いろんな有効活用方法があるんだ。」
「信じられない。別にケーキの1つや2つ倒れたって、別にいいじゃん。」
「そうやって前衣さんにも説明したの?」
「そうだったかな?覚えてねえや。そもそも、なんでわざわざ元カノを式に呼んだのよ?」
「え?前衣さんが、あんたとの関係を話してくれたわ。あんた、二股をかけてたのね。」
「あいつ、そのことは言わない約束だったのに。」
「どうしてこんなことをしたのか、ちゃんと説明して。」
「いや、あいつがどうしても来たいって言うから、だから呼んだんだよ。それで式をめちゃくちゃにして、こんな嫌がらせをして。私に何か恨みでもあるの?」
「違う。それは断じて違う。俺は心からお前のことを大切だと思ってる。だからじこと結婚したいと思ったし、ま衣との関係だって清算したんだ。実際に結婚が決まったら、すぐにあいつを切った。それだけお前のことを大事に思ってるからだよ。」
「馬鹿にしないで。そんなに大切なら、なんで二股なんてするのよ。浮気してる時点で、大して好きでもないってことでしょ。」
「いや、違うんだよ。あいつは本当にしつこかったんだ。ちょっと病んでるところもあって、断ったらどんなことをされるか怖かったんだよ。だからとりあえず、相手をしていただけで。」
「そんなの言い訳にもなってないわ。」
「俺があいつのことを何とも思ってないってのは分かってほしい。ただ俺はお前と幸せになりたいだけなんだよ。あんな指示を出しておいて、信じられるわけない。」
「とにかく、ちゃんと話し合おうぜ。今どこにいるんだ?」
「こんなことになったら、もう絶対に許せないから。」
「俺の相手をしてる暇はないわよ。絶対に怒ってる人がいるから。」
「どういうことだ?」
「あんたの浮気のことじゃないわ。ケーキに関してよ。あのケーキ、実は特注のものなの。」
「え?そうなのか?」
「そうよ。私が高校生の時からお世話になってるパティシエさんの、ね。」
「誰だよ、それ?」
「パティスリークラフトのオーナーの盾野さんよ。今回のことは全て盾野さんに報告したから。」
「はあ?お前、そんな人となんで知り合いなんだよ。」
「高校と大学の時に、そこでバイトとして働いてたの。すごくよくしてくれて、私が両親以外で一番尊敬してる人よ。その人があのケーキを作ったっていうのか。」
「ええ、結婚の報告をさせてもらったら、すごく喜んでくれてね。それでケーキを作ってくれるって申し出てくれたの。」
鉄平の顔色が一瞬で変わった。
「ふざけるな。なんでそんなことを言ってないんだ?パティスリークラフトって言えば、大人気店だぞ。そんなところで働いてたなんて、俺は聞いてない。」
「軽く話はしてたわよ。パティスリーで働いてたってね。そこで教えてもらった焼き菓子を作ったこともあったわ。でも、あんたが大して詳しく聞かなかったのが悪いんでしょ。それに、私が働いてた時は今ほどの人気店って感じじゃなかったから、そんな話をすることもなかったってだけ。」
「バカかよ。うちは今、盾野さんと仕事をしようとしてる最中なんだぞ。」
「そうだから、盾野さんはあんたのことを知ってる感じだったのね。一応、式の冒頭で勤めてる会社も紹介されてたからね。」
「盾野さんは本当に怒ってるのか?」
「ええ、とっても。今すぐに連絡先を教えてくれ。盾野さんに弁明をさせてもらうから。」
「別にいいけど、弁明する余地なんてないと思うわよ。変に言い訳するよりも、謝罪をした方がいいんじゃない?」
「いいからさっさと教えろ。」
私は仕方なく、盾野さんの連絡先を教えた。
数分後、鉄平は盾野さんに電話をした。だけど、結果は見えていた。
「どうしても今回のことを謝罪させてもらいたくて。」
「そうですか。では、さっさと終わらせてください。ただ、それでこちらの気が済むことはないんですよ。私は今回の式のためにあのケーキを作ったんです。そこにあったのは、お世話になった純子ちゃんへのお祝いの気持ちです。でもそれをあなたはぶち壊した。そんなことをする人間を、私は許す気持ちにはなれません。」
「本当に申し訳ありませんでした。そちらの会社ともお仕事をさせてもらうつもりでしたが、白紙とさせてもらいたいと思います。」
「ちょっと待ってください。盾野様が監修したスイーツを販売することは、我が社の長年の願いでもあったんです。ようやくこうして相談を進められるところまで来たのに、それを白紙にするというのは……」
「それはあなたたち側の考えですよね。こちらは白紙に戻すだけなので、何も問題はありません。もし他の企業さんからお話があれば、そちらをお受けすればいいだけの話です。実際、他にもお話は来てましたから。」
「盾野様が作られたケーキだと知っていたら、こんなことは絶対にしませんでした。」
「それを聞いて私が納得するとでも?パティシエとして、全てのお菓子に私は心からリスペクトの気持ちを持っています。どれもが多くの苦労や試作の果てに完成したものだと思ってますから。それをぶち壊す人間を、私は信用することはできません。」
「でも、私は盾野様との商談には関わってないんです。」
「それが何ですか?あなたはあの会社の人ですよね。そんな人間を雇うような会社は、信用できないですよ。」
鉄平は必死に食い下がるが、盾野さんの決意は固かった。会社への報告も、すぐにされただろう。
その後のことは、正直、思い出したくもない。鉄平との婚約は解消した。彼は慰謝料を払うことになった。会社でも白い目で見られるようになり、窓際部署に追いやられた。ストレスを抱えた鉄平は、いろんな女と遊ぶようになったらしい。そして、その姿をストーキングしていた前衣に見つかって、襲われたのだとか。もみ合いの末に足を折って、病院に入院したと聞いている。前衣は警察に逮捕され、接近禁止命令も出された。二度と鉄平に会えなくなったようだ。
私はまた一人になった。両親には心配をかけたけど、結婚する前に別れることができてよかったと思ってる。傷は今も残っている。そんな時は、盾野さんのケーキを食べて心を回復している。時間があったら、美味しい焼き菓子の作り方を教えてもらいたい。
あの日、式場でケーキが倒れた時から、私の人生は大きく変わった。でも、今はこれでよかったんだと思える。



