「20年間、お袋の介護をしてくれてありがとう。ちょうど区切りもいいし、出て行ってくれ。若い部下と再婚するから」—…

「20年間、お袋の介護をしてくれてありがとう。ちょうど区切りもいいし、出て行ってくれ。若い部下と再婚するから」—...

20年間、お袋の介護をしてくれてありがとう。そう言われた時は、本当に報われた気がした。でも、その次の言葉で全てが崩れた。

「ちょうど区切りもいいし、出て行ってくれ。若い部下と再婚するから」

50歳過ぎたおじさんの何がいいのよ、と冗談めかして返したのに、彼は真顔で答えた。

「門太君だ」

あの若い女性か、と気づいた時、頭の中が真っ白になった。何度か家に連れてきたことがある部下。まだ30歳くらいの、綺麗な子。

「愛に年齢は関係ない」

「あるでしょ。彼女のご両親がいい顔すると思いますか?」

「お前の価値観は昭和のままだな。今は多様性の時代なんだよ」

要は若い子が好きってだけでしょ、と言えば、内面で引かれ合ってるんだと言い張る。呆れて物も言えなかった。

離婚したらお母さんの介護はどうするのかと聞けば、「彼女が喜んで介護すると言っている」と平然と言う。私はこの20年、義母のために身を粉にしてきたのに。彼は私が遺産目当てだと糾弾した。確かに義母の預金が2300万あるのは知っていた。でも、一度だって狙ったことなんてない。

「お前みたいな強欲な女はいらん。二度と顔を見せるな」

私は荷物をまとめ、介護ノートをテーブルに置いて、その家を出た。

翌日、彼とレナさんは電話で楽しそうに引っ越しの話をしていた。「奥さんはすんなり出て行ったの?」と聞くレナさんに、彼は得意げに言った。

「もちろんだ。20年分の労をねぎらって、円満離婚だったよ」

「素敵。綺麗に別れられるって男の器量でしょ」

「レナちゃんは俺が守るから」

私はその会話を全て知っていた。レナさんから連絡をもらっていたからだ。

数日後、義母が救急搬送されたと、離婚したはずの夫から連絡が来た。トイレに行こうとして転んだらしい。彼は介護ノートをちゃんと読んでいなかった。義母がおむつを嫌がることも、トイレの世話が必要なことも、全て書いてあったのに。仕事があるからと、病院のことは私に押し付けてきた。

「頼むよ。お前しか頼れるやつがいないんだ」

「新しい彼女はどうしたのよ」

「もうすぐ一緒になる。時間がかかってるだけだ」

ふざけるな、と思った。そして、私は病院で義母に会い、全てを話した。あの搬送は、義母を家から連れ出すための私の計画だった。心配はいらない。義母はしっかり理解してくれた。

病院に現れた夫は、義母に会いたいと言った。しかし義母は「来て欲しくない」と言っていると伝えると、彼は怒り出した。

「お前に何が分かるんだ。れなちゃんは俺のことを好きだと言ったんだぞ」

「あれは全部演技よ」

そう言った時、彼の顔色が変わった。レナさんは、私の知らないところで彼の浮気を調査していた。最初に家を訪ねてきた時、彼女は複数の女性と彼が不倫していることを教えてくれた。彼女の父親も、同じように不倫をして母親を追い出したという。「自分の父親が不倫してお母さんと、まだ高校生だった自分を追い出した」と、彼女は泣いていた。

「あなたがどん底に落ちて不幸になるところが見たかったのよ。父親の代わりに復讐したかったみたいね」

私はレナさんと手を組んだ。彼がどれだけ私を顧みなかったか。介護で腰を痛め、マッサージにも行けない私を置いて、彼は若い女と楽しい時間を過ごしていた。

「私が欲しかったのは、ほんの少しの自由と、直接的な言葉と、物理的なサポートだったのよ」

彼はようやく事の重大さに気づき始めた。「今後はちゃんとする」と言うが、もう遅い。

「離婚は撤回だ。戻ってきてくれないか?」

「何言ってるの。離婚できて清々してるわ」

「母さんはどうするんだよ。見捨てる気か」

「心配いらないわ。待機してた施設に入所した。あの入院も全部嘘よ。あなたを試したの」

彼は慌てた。施設に入れるには費用がかかる。それは遺産が減るということだと、彼は暗に言った。彼は家を売ったらどこに住めばいいのかと、自分のことばかり考えていた。義母はずっと早く施設に入れていいと言っていたのに、私は思い出の詰まった家でゆっくりしてほしかった。それだけなのに。

「説明したでしょ。お母さんのお金は全て施設の費用に消える。私にもいくらかくれると言ったけど断ったわ」

「なぜだよ!」

「あなたと浮気した複数の女性から慰謝料をもらえるから。それで十分よ」

彼は絶句した。レナさんから情報を得た時点で、私は探偵をつけて証拠を掴んでいた。慰謝料請求は、彼の不倫相手たちの夫からも来る。彼の退職金で貯めた貯金も、慰謝料で消えていく。俺を騙したのかと彼はレナさんに電話した。

「やっとこの日が来ましたね。あなたの臭い息を吸うのも、退屈な武勇伝を聞くのもこれで終わりです」

「ふざけんなよ。訴えてやる!」

「どうぞ。自分の恥をさらすような真似ができれば、自由にしてください」

「俺たち愛し合ってたよな?」

「はい。全て嘘です」

彼は家も妻も母親も、そして架空の恋人も失った。唯一残った仕事にしがみつこうとしたが、レナさんが彼が手を出していた女性たちが全員既婚者であることを会社に報告した。会社は彼を解雇した。さらに彼女たちの夫からの慰謝料請求も合わせて、総額900万円。貯金は500万しか残っておらず、それでも足りずに借金までした。

現在、彼は引っ越しや宅配便のバイトを転々として食いつないでいるという。エアコンの効いた部屋で偉そうに指示をしていた人間が、若い男たちに怒鳴られるのはどれほどのストレスだろうか。自業自得だが。

義母は施設で明るくなった。私に気を使わずにすんだのも大きいのだろう。友達もできて、楽しそうにしている。

レナさんは夫から逆恨みされることを警戒して職場を辞め、引っ越した。素敵な恋人もできたようで、会うたびに本当の笑顔を見せてくれるようになった。

私は今、居酒屋で接客をしている。楽しそうに自分の時間を過ごしている人たちを見ているだけで、嬉しくなる。人生を大きく変える決断は苦しいものだ。勇気もいるし、恐怖もある。それでも、あの日私の背中を押してくれたレナさんには感謝しかない。この選択で良かったと、人生の最後に笑えるように。今日も私は、ビールジョッキを笑顔で運ぶ。

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