「ちょっと、何今日の弁当?」――夫の言葉に、私は台所で固まった。
昨日の残りを詰めただけの弁当箱を、かずまは箸でつつきながら顔をしかめる。
手抜きすんなよ。
「そんなこと言われても……昨日の夜も、お母さんの吸引機の音で全然眠れなかったんだよ」
私は言い返した。母の喉に痰が詰まり、息ができない状態になった夜だった。れでも私は必死に対応し、手は震えていた。
れを夫は鼻で笑った。
「痰が詰まった程度であんな大騒ぎしてたのか?人間、死ぬかよ」
「場合によっては命に関わるのよ!なんでそんな無責任なことが言えるの?」
「母さんの介護はお前の仕事だろう。れが俺と何の関係があるんだよ」
その言葉で、13年間の我慢の糸が、ぷつりと切れた。
れが口火となって、私たちの夫婦は一気に壊れ始めた。
「今日のお弁当、何これ?」――かずまは、開けた弁当箱をテーブルに放るように置いた。
の日は、朝5時に起きて、全部手作りした。唐揚げだって、卵焼きだって、朝から油で揚げて作ったのに。
「外で働く夫のために作った弁当がこれか?テンション下がるわ。見た目悪いし、やっと入った休憩でこれ見て、午後の仕事やる気になれないんだよ」
「昨日の残りが嫌だって言うから、今日は全部作ったのよ」
「頑張ったかどうかはどうでもいい。れで、結果としてこんな弁当は論外なんだよ。れが彩りってもんだろう?お前と同じ主婦が、もっと綺麗な弁当を作ってるぞ」
「お弁当作ってすぐに介護があるから、あそこまでの時間はかけられないの」
「それは手抜きのための言い訳だ。れで、生活費を稼いでるのは誰だ?俺がこれじゃダメって言ってるなら、間違ってるのはお前だ」
「作った私が、これは一生懸命作ったって言ってるなら、うちのお弁当はそれで正解でしょ!」
「舐め上がって、弁当を作った程度で何様だよ」
私は、前回の言い争いを思い出していた。の時も、彼は言ったんだ――「次もくだらない弁当だったら叩き出すからな」って。
「そうですか……分かりました。れじゃあ、出ていきますね」
「はあ?強がるなよ。うちから出て行って、お前が生きていけるわけないだろう」
「それは、やってみないと分からないでしょ。なたの嫁は、今日で終了よ」
「あ、そうか。れるもんならやってみろ。れ泣いて謝るまで、許してやらねえからな」
その日のうちに、私は離婚を決意した。
実は、彼との結婚生活は、最初から歪んでいた。と結婚した時、私は両親をすでに亡くしていた。の家に、頼れる親戚もいなかった。
の家で、夫の母――お母さんの介護を、13年間、一人で担ってきたのは私だった。
の間、私はほとんど外で働くこともできず、家事と介護に明け暮れた。の睡眠時間は、毎日4時間しかなかった。
れでも私は、お母さんのために、家族のために、頑張ってきたつもりだった。
のだけど、夫にとって私は「寄生虫」で、ただの「嫁」でしかなかった。
の日の朝、彼は言ったんだ――
「母さんの介護はお前の仕事だろう」
その言葉で、私は完全に吹っ切れた。
離婚を決意した後、私はまずお母さんに話をした。
「お母さん、私、かずまさんと離婚します」
お母さんは、驚いた顔をした後、静かに頷いた。
「そう……。れが、そう決めたなら、私はあなたの味方よ」
お母さんは、ずっと前から私の苦労を知っていたんだと思う。の上、彼女は言ったんだ――
「さおりさん、あなたはもう、私の実の娘よ」
そして、お母さんは私に言った――
「あなた、今から、私の娘になりなさい。のちに、正式に縁組をしたい」
私は、涙が止まらなかった。
の瞬間、私は、ただの「嫁」ではなく、お母さんの「娘」になることができたんだ。
かずまは、そのことを知らずに、離婚届を出してきた。
の日、彼は私に言った――
「おい、さおり。離婚届け出してきたぞ」
「あ、そう。ありがとう」
「速攻で叩き出したかったけど、母さんの介護もあるからなここ数日は置いてやってたが、離婚した以上は他人だ。ぐに出ていけ」
「オッケー。というか、今はちょっと手が離せなくて……続きはまた後でいい?」
「どうせすぐに帰ってくるくせに、ご苦労なことだな」
「え、違うけど」
「はあ?じゃあ今何してんだよ」
「お母さんの介護」
「いや、出てくんだろ?そんなことしてないで、早く出ていけ」
「何言ってるの?私は、帰ってきたのよ、自分の実家に」
「はあ?お前が何言ってんの?お前の実家は、ここだろう!」
「違うのよ。れでね?私、お母さんの娘になったから」
「はあ?俺と離婚したんだから、もうお前は他人だろ」
「いやいや、そうじゃなくて、幼子縁組。私とお母さんが」
「え?誰と誰が?」
「私とお母さんが」
「え?」
「あなたの嫁はやめました、離婚したからね。でも、お母さんの娘になったから、帰ってきたの」
「いや、何言ってんの?」
「今日から改めてよろしくね。私の方が年下だから、妹よ」
「はあ?」
「ちなみに、私はもう嫁ではないので、お弁当は作りません。なたの食事も、洗濯も、掃除もしません。のところ、しっかりと把握しておいてね、お兄ちゃん」
1週間後――
かずまは、よれよれのシャツで戻ってきた。
の日は、アイロンをかけていないから、部下に笑われたと言う。
「さおり、お前いい加減にしろよ」
「え?何が?」
「シャツだよ!なんだこれ?アイロンかけてないから、よれよれで、今日部下に笑われたんだぞ!」
「いや、自分でやってって言ったでしょ」
「今月の生活費はもう俺が入れたはずだ。れのリソースで生活してるんだから、これくらいやれ」
「お兄ちゃん、わがまま」
「お兄ちゃんって言うのやめろ!気持ち悪いんだよ!」
「じゃあ、もらクソ野郎」
「なんでそうなるんだよ!そもそも、こっちがリソース提供してるんだぞ!」
「そんなに不満なら、生活費を払うのをやめましょうか?」
「はあ?」
「幸いなことにお母さんの年金で、2人分は出るから、そこまで贅沢な生活してないからね」
「いや、でもお前……」
「何よ?」
「馬の学費は、あれは今も俺が払ってるんだぞ!俺が払わなくなったら、馬はどうするんだよ!」
「えっと、ごめんね?なんで、払わないって選択になるの?」
「なんでもクソもないだろう!お前と離婚したんだ!真剣もお前が持っていったし、払ってやる義りはない!」
「私とあなたが離婚したから、何?離婚しようが、真剣を持ってなかろうが、馬は、あなたの息子よね」
「だから、だからって言っとくけどな!俺は、馬が大学を退学になっても、困らないからな!それが嫌なら、今まで通りちゃんとやれ!」
「なんて言い草……そう考えると、むしろ得な状況かもな」
「どうして?」
「お前が妹になったのは予想外だったけど、それって、一生お母さんの介護するってことだろ?まあ、そうね。れで、嫁じゃないから生活費を払ってやる理由もないし、俺からしたらお得以外の何者でもないな」
「お得ねえ……」
「なんでこの家にいられると思ってるの?」
「はあ?何言ってんだ?この家は、お母さんの家よね」
「そうだけど、将来的には俺が相続する家だ!つまり、この家は俺の家だ!俺が住んでても問題ない!」
「問題ですねえ」
「はあ?」
「私、用姿組したから、私にも相続権があるのよね」
「はあ?」
「で、お母さんは、この家は私に相続するって、決めたの」
「はあ?なんで!」
「つまり、この家は今はお母さんの家で、将来は私の家だっけ?その観点で言うと、最もリソースを咲いてるのは、私たちの方よ」
「いや、それはおかしいだろう!なんで家を提供してるのよ!」
「生活費のリソースだと思うけど、それは、その、今のあなたは相当なのよ?ご自分の立場、湧きまえていただいてよろしいですか?規制中は、そちらですよ、お兄ちゃん」
数分後――
かずまは、お母さんの部屋に乗り込んでいた。
「母さん、これどうなってんだよ!なんでさおりに家を相続するなんて言い出したんだ?」
「なんでって?さおりさんも、もう正式に私の娘よ。の相続権は、あるでしょう」
「そういうことを言ってるんじゃないんだよ!てか、幼子縁組のことだってそうだ!俺に黙って、勝手なことばっかしやがって!」
「私が縁組をしようが、家をどうしようが、私の勝手です」
「実の息子よりも、嫁の方が大事だって言うのか!」
「それ以外に、こんなことをする理由があるの?」
「ふざけんな!ありえないだろう!こんなの間違ってる!」
「その間違ってる行動を、実母親に選ばせた。れが、どういう意味かわからないの?俺が悪いって言いたいのか?」
「言いたいんじゃなくて、そう言ってます。あなたは、さおりさんのことを何だと思ってるの?」
「母さんは、介護されて勘違いしてるだけだ!あんな女の言うことを聞いて、騙されてるんだよ!」
「縁組も、実家の相続も、私からの提案よ」
「え?」
「こんな薄汚いババー相手に、食事を食べさせて、おむつを変えて、夜中に叩き起こされても、嫌な顔もせず、13年間ずっとよ」
「それは、それがあいつの役割だし」
「役割?それは、誰が決めたの?」
「はあ?親の介護は、嫁の仕事だろう!俺は外で稼いでるんだから!」
「バカねえ。れが、私がさおりさんの立場なら、速攻で出てってるわ。3年も介護しません。のクソっとクソババーに、離婚届け叩きつけるわよ」
「嘘つけよ!母さんは、ばあちゃんの介護やってたじゃん!」
「そうね、やってました」
「だから、俺はあれが嫁のあるべき姿だと思ってたんだよ」
「けど、私の夫は、私に、つも感謝してくれてたわ」
「はあ?父さんが?あの、停止白の代表みたいな人が?冗談やめろよ」
「確かに口数の少ない人だったわ。れで、不器用で、愛想もなくて、可愛げもない】
「ほらな、やっぱり」
「でもね、いつだって私を尊重してくれてた?私への感謝だって、1日足りとも欠かしたことはなかった。れは、父さんが」
「だからこそ、私は介護で疲れても、頑張れたのか」
「それだけ苦しくても、あの人がそばで支えてくれたからよ」
「あなたみたいな、責めて来るだけの夫と一緒で、どうやって頑張れって言うの?」
「いや、でも俺は外で稼いでるから!何?」
「あんたがそうやって稼げるのは、家庭が守られてるからよ。その家庭を守ってたのは、誰?さおりさんじゃないの」
「その家庭を維持するために、俺が稼いでたんだろう!」
「そうね、一理あるわ」
「はあ!」
「あんたが稼いでくれるおかげで、生活できる。れは事実よ。れでも、さおりさんの献心が、無意味になるわけじゃない」
「一にもなってないんだぞ!価値がないってことだろう!」
「仮に、さおりさんがなかったら、私の介護はどうしたの?」
「はあ?そりゃ、ヘルパー雇ったりとか、お金がかかるわよね」
「家事は、家事代行でも頼むの?あら、またお金がかかるわ」
「いや、それはそうだけど……」
「で、さおりさんに価値はないの?あなたの月収も、ほとんど消えるけど、それでも1円の価値もないって言えるの?」
「俺が言いたいのは、そういうことじゃなくてだな……」
「そういうことでしょ。れたら、そうじゃないと言うなら、稼いでくるあんたにも価値がないってことじゃない」
「いや、それは……」
「馬が県外の大学に通ってるのはね、さおりさんのおかげなのよ。知らなかったでしょ?」
「え?馬が?なんで急に……」
「馬は優しい子だからね。うちにいたら、介護を手伝って、自分のことは二の次よ。そうならないように、さおりさんが家を出るよう言ったの」
「そうだったのか……」
「外で稼いでただけのあんたじゃなくて、さおりさんが馬の未来を守っていたことになるわね」
「でも、学費は俺が出してたし……」
「その学費を払えてたのも、介護してくれてたからでしょ?」
「それは……」
「つまり、本当に価値がないのは、か、あんたよ。それが理解できないなら、うちから出て行ってちょうだい」
数分後――
かずまは、再び私のところに来た。
「なあ、さおり……お前から、母さんに行ってくれ」
「何をよ?」
「母さん、俺に出ていけとか言い出したんだよ。れは、ちょっと冷静じゃないって言うか……」
「出ていけばいいじゃない」
「いやいやいや、本当に俺が出ていったら、困るのはそっちだろう!生活費の話?それに、馬の学費もだ!いくら母さんの年金があるって言っても、学費で考えると生活できないだろう!」
「できるわよ」
「え?離婚って、ただじゃないのよ!」
「えっと、何言ってんだ?まず、財産分与でしょ?うちの貯金が500万あるから、それを半分」
「まあ、それは分かるけど……250万程度じゃ、困るだろう!学費だけでなくなるぞ」
「次、慰謝料?俺が払うのか?不倫とかしてないのに!」
「私、今までの介護とか、日常のこととか、日記につけてたの」
「日記?それが何だって言うんだよ!」
「それを使えば、慰謝料の請求ができるのよ。3年間の介護と、それに対してのあなたの対応。睡眠時間が4時間しかない過酷な状態。弁護士の方が言うには、300万は取れるだろってさ」
「はあ?300?」
「あと、当然だけど、馬の養育費ね」
「バカいえ、あいつはもう20だぞ!」
「20歳でも、学生です。卒業までの養育費は、払ってもらいますからね」
「ふざけんな!そんなの不当だ!俺は絶対に払わないからな!」
「なら、しっかりと裁判しましょうか」
「裁判って……お前本気か?養育費の裁判は1年くらいかかることもあるそうだけど、慰謝料と財産分与のおかげで、戦えるわよ。望みなら、徹底的にやりましょうね」
「ちょっと待てよ!そんな無駄金使って、勝てなかったらどうする?冷静になれって!」
「いや、私たちの状況で、私が負けるってことないわよ」
「え?」
「弁護士の先生のお住みつき、むしろここで戦わない方が無駄だって言ってたわ」
「そんな、そんなバカなことって……」
「ちなみに、あなたの年収が600万でしょ?養育費は、月に10万くらいね。馬が大学卒業するまでよ。れが今年で3年生になるから、あと2年分、240万。れと、慰謝料300万、財産分与250万を合わせて、合計で790万ね。お兄ちゃん、頑張ってね」
「ふざけんな!そんな無駄金払うわけねえだろ!」
「その場合、会社にも通知が行くわよ」
「はあ?」
「私が裁判で勝てば、給料差し抑えだって可能になります。つまり、払うしかないのよ」
「なあ、さおり……確かに、俺にも悪い部分はあった。、だからな、やり直そう!俺たち、20年も夫婦だったじゃないか!」
「その20年で、夫婦としての絆が、なくなったのよ。れで、こうなったの。のん、良かったわね。離婚しても、真剣を失っても、まだあなたには価値が残るわよ。れからの今後のために、しっかりと生活費を払ってちょうだいね」
数週間後――
私は、仕事を始めていた。
の日、もうすぐ採用が決まるという連絡が来たんだ。
の証に、お母さんは、本当に嬉しそうだった。
「お母さん、受かりました」
「ああ、本当に良かったじゃない。れで、一安心ですよ」
「3年も食歴がなくて、厳しいかと思ってましたけど、さおりさんは真面目でいい子だから」
「そんな、いい子なんて言われる年齢じゃありませんよ」
「私からすれば、娘はどこまで行っても娘よ」
「それは、そうでしょうけど」
「ああ、そういえば、かから連絡がありました」
「え?なんて?」
「裁判になると会社にバレるリスクも上がるから、とのことで、観念したみたいです。養育費の支払いも、同意しましたよ」
「それはいいけど、逃げたりしないかしら」
「そこは、厚生少書を欠かせることにしました。れで、強制執行ができるんで、大丈夫です」
「かも、随分と参ってたってことね」
「仕事も、こうして決まりましたし、決着もつきました。お母さんの介護も、ヘルパーさんを雇ったし。れで、人生、息きってところね」
「本当に、色々とあって疲れましたよ」
「正直、縁組しようと言われた時は、どうなるかと……」
「結果的に、いいところに収まったでしょう」
「ですが、まあ、これも年の子ってやつね」
「あなたが、かとの関係に、ふ切りがつけられなかったなら、私が背中を押してあげないとね」
「それは、本当に感謝してます」
「正直、夫婦としては、随分前から終わってたのかも」
「うん……気づいてはいたんですけどね」
「分かってても、簡単なことじゃないわよ。離婚って、難しいことだから」
「そうですね……でも、良かったこともあるんですよ」
「良かったこと?」
「幼子縁組です。ずっと、お母さんのことが気がかりだったんで……離婚しても、娘でいられるんだって、嬉しくて」
「さおりさんたら、こんなババーと、今後も付き合おうなんて……そんな性格ね」
「確かに。れでも、これでいいんです」
「私が守ってきた家族は、まだここにありますから」
その後――
かずまは、今回の慰謝料、財産分与、そして養育費を、素直に払うこととなった。れの他にも、厚生少書の作成もあって、逃げられないということもある。のれ以上に、そんな裁判なんてやってる暇がないというのが、本音のようだ。
私と結婚してから20年間、かずまは、家事の彼等もやってきませんでした。のれで、そんな状態で突然放り出されたことで、生活は天掴み状態。弁当を用意するなんてできませんし、洗濯も掃除もできません。れよれよのシャツで出勤し、革靴も汚れて、見栄えは最悪。今まで私が整えていた見た目が崩れ、一瞬で離婚したとバレたんだとか。働きながら家事を行い、見た目にも気を払う……簡単なことではなく、50を超えて初めて上司並みに怒られているそうです。
加えて、私への支払いがあるため、生活に余裕もなく、今は汚いゴミ屋敷のような家で、苦労しているんだとか……
大事なものや、支えられていた事実は、失って初めて気づきます。今まで当たり前だったものが、当たり前じゃなかったんだと。
私は、仕事を始め、介護の負担をヘルパーさんに支えてもらっています。馬も、よく寄制するようになり、お母さんも言葉で至わってくれています。
この「当たり前」が、当たり前じゃないんだと胸に刻み、これからも自分の家族を守っていこうと思います。
ありがとうございました。
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