母さん、今どこにいる?家に向かってる途中だけど、どうしたの?
新築祝いのご飯が何も用意できなくてさ。材料もないってミが言うんだ。
それなら今から買い出しに行けばいいでしょ。でも親戚がもう集まり始めてて、動けないんだ。途中で適当に済ませるもの買ってきてくれない?
仕方ないわね。わかったわ。
10分後、今度はミから電話がかかってきた。
お母さん、ごめんなさい。うっかり材料を買い忘れちゃって。
忘れたなら仕方ないわ。私が今から買ってくるから、あなたは待っていなさい。
ありがとうございます。ところで、百貨店の地下に行けますか?あそこにいいお総菜とお寿司のお店があるんです。
ああ、あのちょっと高めのお店ね。わかるわ。
サーモンカルパッチョとカニクリームコロッケ、それから特上握り寿司の盛り合わせをお願いします。
え、全部指定なの?スーパーで十分じゃない?
ダメですよ。社長も来るんですから、ここはしっかりしないと。
2時間後、私は重い荷物を抱えて家に着いた。ビール6本セットを4つ、日本酒の瓶を2本。車を貸してくれたとはいえ、駐車場から運ぶだけで腰が痛い。
悪い悪い、酒まで用意してないとは思わなくて。ミも本当にうっかりだよな。
わざとじゃないでしょ。あの子にそんな計算できるわけないわ。
そう言えば、母さんに言っておきたいことがあるんだ。
何?
みんなの前じゃ言いにくいんだけど。
はっきり言えよ。
じゃあ言うわ。新築祝いに来といて、祝金がたった30万ってどういうこと?500万くらい包めよ。無理なら家の前に酒を置いてそのまま帰れ。
私は一瞬、何を言われたのかわからなかった。
せっかく来たのに、どうしてそんなこと言うの?
500万包んでこなかったからだろ。どうしても参加したいなら、残りの470万を今すぐ払えよ。
それじゃあ、十分相場の倍以上払ってるわよ。
払えないのか?ならこの家で一生働きなよ。母さん、家事は得意だったろ。父さんがいない今、その腕を活かさないのはもったいない。俺たちが使ってやるよ。
…利用の間違いでしょ。悪いけど、それは無理よ。
社長だったからって偉そうにしてるけど、母さんは俺のところまでのつなぎに過ぎないんだ。じいちゃんに可愛がられてたのは俺の方なんだよ。
確かにじいちゃんはあなたを可愛がってたわね。でも、それだけで何でそんなに偉そうにできるの?
じいちゃんは会社の創業者だろ。母さんにも叔母さんにも厳しかったはずだ。でも、俺には全部言うことを聞いてくれた。欲しいものも、行きたいところも、全部叶えてくれた。だから、母さんも一生俺の言うことを聞くんだよ。
その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かがはっきりと折れた。
後悔しないのね。
しないわよ。ならお言葉に甘えて帰らせてもらうわ。
帰れ、帰れ。
私はビールとお酒を玄関前に置いて、そのまま家を出た。
30分後、携帯が鳴った。妹のマキコからだ。
まきこ、今どこにいるの?戻ってこないから、みんな心配してるわよ。
息子に帰れって言われたのよ。
どうしてそんなことになったの?
新築祝いとして30万渡したんだけど、本当は500万包んで欲しかったみたい。そんなの無理だから、帰ってきたのよ。
何それ。二人とも大人でしょ。ちゃんと話し合えば…
私はそこで言葉を切った。話し合ってどうにかなる問題じゃない。あの息子の言葉は、もはや家族の情よりも金と権力でできている。私は深く息を吸って、妹にこう言った。
…まきこ、もし私がこの家を出ていくことになったら、あなたはどうする?



