母が酔って昔の話をよくする。私が自慢の長女で、妹はいつもその影で、拗ねたように口を尖らせていた。
「お姉ちゃん、私に旦那さんちょうだい。」
私は飲みかけのお茶を吹き出しそうになった。
「は?何言ってるの?」
結婚の挨拶で、ビビッと来たんだって。結婚式のタキシード姿で、完全に落ちたって。昔から私のものを欲しがる子だったけど、さすがに夫は想定外だった。
「いいよね?お姉ちゃんはまた誰か探せばいいじゃん。」
「そうやって甘えておねだりしたって、あげられるもんじゃないの。」
「えー、お姉ちゃんばっかずるい。」
「そもそも、エタがOKするわけないでしょ。」
「それなら大丈夫。体の相性は確認済みだから。」
一瞬、時が止まった。
「は?」
「Aくんも私のこと好きなんだって。」
頭が真っ白になって、呼吸が浅くなる。
「浮気してたの?まだ結婚して3ヶ月よ。」
「ごめんね。」
「いつから?」
「2ヶ月前かな。」
嘘でしょ。そんなはずない。私たちは、ついこの間結婚式を挙げたばかりなのに。
「一応礼儀として許可をもらってからいただこうかなと思ったけど、ダメなら普通にいただくわ。」
何その態度?悪いと思ってないの?
「うん。人を好きになっただけだもん。」
こめかみがピキピキと脈打つのを感じた。
「姉妹だからって許さないよ。慰謝料も請求するから。」
「払うわけないじゃん。お金ないの知ってるでしょ。」
「逃がさないから。」
妹は、ゆっくりと首を傾げて、口元に笑みを浮かべた。それは、今まで見たことがない、冷たい笑顔だった。
「逃げるもんね。」
「どういう意味?」
「Aくんと遠くに行くの?まあ駆け落ちってやつ?」
「遠くってどこよ?」
「教えたら駆け落ちにならないじゃん。まあ、最初から許してもらおうなんて思ってないけどね。」
「じゃあ、なんで私にわざわざ教えたのよ。」
その答えに、全身の血が引いていくのが分かった。
「最後にどん底に落としてやりたくて。」
「最低ね。」
妹は、怒りを通り越して、むしろ楽しそうだった。
「頭も良くていい大学、いい会社に入ったのに、旦那の浮気も見抜けないポンコツだったね。」
「うるさい。」
「パパがいつも酔ったら自慢の娘だってお姉ちゃんの話ばっかりするのも嫌だし、学歴も収入も結婚も何もかも持ってるあんたが妬ましいの。」
「は?私に勉強もせず愛嬌だけで生きてたくせに。」
「妬ましいんじゃないわよ。こっちはあんたと比べ物にならない努力をしてきたの。」
「私だってメイクとかおしゃれとか頑張ったもん。」
「男を横取りするための努力。お疲れ様。良かったね。努力の甲斐あって叶ったじゃん。」
「負け惜しみですか?本当は悔しくて悔しくてたまらないくせに。」
「別に。」
「嘘つけ。やっとお姉ちゃんに勝った。わあ、最高の気分。」
私は、深呼吸をした。ヒステリックに叫んだところで、この図太い妹には通じない。一つ、言い返してやることにした。
「悪いけど、妻の妹に手を出すような徳のない男なんて、こちらから願い下げよ。そんなガラクタでよかったらくれてやるわ。」
妹の顔が、初めて引きつった。
「ひどい。」
「加害者のくせに被害妄想?本当に自分の立場が分かってないのね。」
「慰謝料なんか絶対に払わないから。」
「好きにすればいいわ。私には分かるの。あなたたちが絶対に幸せになれないって。」
「そんなわけないじゃん!」
「楽しみね。半年後、泣きついてこないでよ。」
「ありえないし!」
数分後、夫から「今日は少し遅くなる」と連絡が入った。直後に、別の連絡が入った。妹からだ。
「今日はAくんとデート。あ、さっき連絡あったわよ。2人で駆け落ちするんだって。」
夫に「遅くなる」と言われた直後だった。
「いやいや、何の話だよ。」
一瞬で何が起きたのか理解して、夫にもう一度メッセージを送った。
「なるほど。あなたはこっそり動くつもりだったのね。でもごめんなさい。うちのアホな妹が、私にマウント取りたくて我慢できずに、全部話したわ。」
夫から、既読がついた。長い沈黙の後、短い返信が来た。
「マジか。」
「私だけじゃなく、妹まで可愛がってくれて、姉としてなんと礼を言えばいいかしら。」
「やめろよ。そういう嫌み。」
「私がこういうことを言わなければならない状況を作ったのは誰?」
「ごめん。」
しばらくして、夫から長文の謝罪が来た。でも、もう遅い。
「私、言ったよね。昔、婚約までした人に浮気されて破談になって、人を信じられなくなったって。」
「うん。」
「だから、一度あなたからのプロポーズも断ったでしょう。」
「そうだな。俺がしつこく頼んで結婚してもらったのは確かだよ。」
「なのに、この裏切りは何?」
「それは悪かったと思ってるけど。」
「けど、何よ?」
「ひろかちゃんは愛嬌がある。安い居酒屋で唐揚げ1つ食べても、美味しいって満面の笑みで喜んでくれる。最初だけじゃないんだ。俺の話だって一生懸命聞いてくれるんだよ。」
「それも今だけよ。」
「そんなことない。あんなピュアな子今手放したら、一生出会えない気がしてるんだ。」
「良かったね。お似合いよ。ところで、今どこに住んでるの?」
「見てたの?」
「見てたけど、それが何よ?」
私は、夫と妹の新しい関係をよく見ていた。二人が選んだ新しい場所も。
すべてを失ったと思ったあの日、私は何も持っていなくても、ここに立っている。
二人が踏みにじった私の足元は、思ったよりしっかりしている。
さあ、次の一歩を踏み出そう。
こうなった以上、私も、自分の人生を好きに生きてやる。



