「もしかして一緒に行く気だったんですか?」
その言葉を聞いた瞬間、私の心臓は凍りついた。36年間、医療事務として働いてきた54歳の私。いつものようにクレジットカードの明細をチェックしていると、見慣れない数字が目に飛び込んできた。200万円。手が震えた。こんな大金を使った覚えはない。
リビングでは夫と息子が笑い声をあげていた。明細を握りしめ、私は息子に向かって尋ねた。
「剣斗、これ、あなた私のカード使った?」
息子は目をそらした。すると2階から降りてきた嫁の美香が、平然とした顔で言い放った。
「お母様と私たち3人でヨーロッパ旅行に行くんです。3週間の豪華な旅ですよ」
お母様――それは美香の実母のこと。
「私のカードで?じゃあ私も一緒に行くわ」
美香は冷たく笑った。
「お母さん、他人は誘ってないんです。家族だけの旅行ですから」
他人。その言葉が何度も何度も頭の中で響いた。私は息子夫婦にとって、ただの他人なのか?
38年前、剣斗を産んだあの日。小さな命を腕に抱き、夫と2人で誓った。この子のために働こう。それから36年間、私は一度も仕事を休まなかった。剣斗の教育費850万円。結婚式と新生活の援助300万円。マンションの頭金500万円。総額1650万円。すべて私が稼いだお金だ。
朝は5時に起きて弁当を作り、休日出勤も引き受けてきた。疲れた日も笑顔を絶やさずに。
そんな私が、なぜ他人なのか?
「剣斗、お前は何も悪くない」
夫が静かに肩に手を置いた。でも剣斗は何も言わない。美香は義母との旅行の話を続けている。
実はこれが初めてではなかった。去年の私の誕生日、息子夫婦からはメッセージすらなかった。でも美香の実母の誕生日には、50万円のブランドバッグをプレゼントしていた。SNSには美香が義母に抱きつく写真が投稿されていた。
「まあ、忙しくて忘れてたんだろう」
そう自分に言い聞かせた。でも心のどこかで小さな傷が開いていくのを感じていた。
孫にも会えなくなった。
「教育方針があるので、あまり頻繁に合わせられないんです」
そう言いながら、美香は週に3回も実母を家に招いている。私は月に1回、30分だけ。
「実の母親とは違いますから」
美香の冷たい言葉に、剣斗は何も言わなかった。
そんなある日、電話が鳴った。パニックに陥った息子の声だった。
「母さん、お願い。カード使えるようにしてくれ」
声は泣いているように聞こえた。私はあえて驚いたふりをして尋ねた。
「あら、剣斗どうしたの?」
その夜、私は決心した。もう誰も私を都合よく使わせない。長年ため込んだすべての記録を手に、私は動き始めた。
そして2週間後、剣斗と美香の目の前に私は立っていた。
「あなたたちが“他人”と呼んだ私が、これからどうするか見ていなさい」
私の手には、ある書類があった。それは家族の在り方を根底から覆すものだった。



