「ハワイ行ってくるわね。留守番よろしく。」義母がそう言った時、私はまだ本気だと思っていなかった。でも、夫が何も知らされていなかったと知った瞬間、凍りついた。家計の貯金で、5人分の旅行。私だけが除外された家族旅行。それなのに「婚姻届に名前を書いただけの他人でしょ」と笑われた。私は夫に問い詰めた。すると夫はスマホを取り出し、義母に電話をかけた。スピーカーから聞こえてきたのは、海外旅行の愚痴。そし…

「ハワイ行ってくるわね。留守番よろしく。」義母がそう言った時、私はまだ本気だと思っていなかった。でも、夫が何も知らされていなかったと知った瞬間、凍りついた。家計の貯金で、5人分の旅行。私だけが除外された家族旅行。それなのに「婚姻届に名前を書いただけの他人でしょ」と笑われた。私は夫に問い詰めた。すると夫はスマホを取り出し、義母に電話をかけた。スピーカーから聞こえてきたのは、海外旅行の愚痴。そし...

「ハワイ行ってくるわね。留守番よろしく。」
義母が旅行会社のパンフレットをテーブルに置きながら、軽い調子でそう言った。

「あら、お母様。随分と景気がよろしいことで。」
私はコーヒーカップを置き、できるだけ平静を装った。

「そうなのよ。可愛い息子が親孝行で連れてってくれるらしいの。」

「へえ。その息子さんって私の夫なんですが、そんな話、聞いてないんですけどね。」

義母は鼻で笑った。

「別に、嫁ごときに言う必要ある?」

「家計のお金から出るなら、相談があってもいいのでは?」

「あなたと結婚してから、お金が余ってるらしいな。そのお金で連れてってくれるんだから、いいでしょ。」

私は手帳を開き、数字を読み上げた。

「私と生活費を折半してるからです。あと、余ってるんじゃなくて、貯金してるんですよ。」

「え、どこかで『酔い越しの金は持たない』って言うじゃない。」

「お母さんも息子さんも、埼玉生まれの埼玉育ちですよね。」

「え、どこの家でも同じよ。」

義母はパンフレットを指でトントンと叩いた。

「それで、冒頭の話題に戻るんですが、『留守番』とは一体どういうことでしょうか?」

「そのままの意味に決まってるじゃない?」

「私だけ行けないってことですか?」

「逆になんで行くつもりなのよ。」

「いや、結婚したので、家族になったのかなと。」

義母は声を上げて笑った。

「冗談やめてよ。婚姻届に名前書いただけの他人でしょ。」

「すごい矛盾パワーワードですね。」

「どうでもいいけど、夫と息子と娘夫婦の5人で行くから、邪魔しないでちょうだい。」

「お兄さんは行けるんですか?」

「もちろん。娘の大事な旦那様だもの。」

「私も竜一さんの大事な妻のはずですが、全然違うんですね。」

「結婚半年のあなたと、向こうを一緒にしないでよ。」

「何が違うのかわかりませんし、うちの貯金で旅行するんですよね。」

「それが何よ。」

「5人分のハワイ旅行に使えば、うちの貯金はあっという間に底をつきます。」

「別にいいじゃない。私たちが喜ぶんだから。」

「それに、夫は私を置いていかないと思います。」

義母は目を細め、勝ち誇ったように言った。

「すごい自信ね。」

「お互い好きで結婚したんですよ。大事にするって誓ってくれたんです。」

「そのことだけど、結婚自体を認めたわけじゃないわよ。」

「はい?」

「息子がどうしても結婚したいって言うから、しぶしぶ許したけど。あんたみたいな派遣社員の凡人とは釣り合わないのよ。」

「結婚後半年でそれを言うのは、どうかと思いますよ。」

「まあ、後継ぎな我家の一員になりたければ、たゆまぬ努力を続けなさい。」

「その『後継ぎ』って、何のことですか?」

「え、竜一から聞いてないの?」

「はい。何も。」

「うちのご先祖様は貴族なのよ。」

「そうなんですか。」

「ミク脈クと、その血を受け継いできたのが、夫と息子。」

私は口元を押さえた。

「ってことは、お母さんは後継ぎではないんですね。」

「は?」

「私と同じ、嫁だし、凡人じゃないですか。後継ぎな家に嫁いだ時点で、私も仲間でしょ。じゃあ、私も同じですよね。」

義母の顔がみるみる赤くなった。

「あんたは、まだその身分じゃないの!」

「理屈が全くわかりません。」

「とにかく、嫁としての修行が足りないってこと。」

「お母さん、嫁いびりとか今時流行らないので、やめておいた方がいいですよ。」

「流行りもなにもない!」

「とにかく、件については夫と話し合いますので。勝手にしないでください。」

私はそう言って、スマホを取り出した。

数分後。ダイニングに夫が帰ってきた。

「お母さんが私を置いて家族でハワイに行くって。うちのお金使うこと、聞いてないんだけど。」

夫はスマホを見たまま、軽く答えた。

「ごめんな。相談はして欲しかった。しかも、私だけ置いていくなんて、地味にこたえるよ。」

「コはオルス版、お願いするね。」

「え?」

「パパとママと、ねえね夫婦と5人で行くんだ。」

「えっと、ちょっと待ってね。1個ずつ片付けようか。」

「まず、パパとママって何?あと、ねえねって。」

「父と母と姉。」

「それは分かってるけど。そんな呼び方してたっけ?」

夫はようやくスマホを置き、私を見た。

「リコも一緒に連れていいかな?」

「キックやパンチをされてるの?」

「あら、なぜそう思うんですか?」

夫が実母に電話をかけ、そのままスピーカーにした。義母の甲高い声が部屋に響く。

「あら、なぜそう思うんですか?」

「そうなの?航空券とホテル代だけで130万使っちゃって、残り20万で現地を回るなんて無理なのよ。」

「ホテルというか、コテージみたいなところで雑魚寝してるの。」

「それはそれは。海までも遠いし、外食も高いから、結局私が料理するはめになって。」

「楽しそうですね。」

「とんでもないわ。だから、ご一緒できないかなって。」

「何か奢ってってことですか?」

沈黙が流れた。義母は何も言い返せず、プツッと一方的に電話を切った。

夫は深くため息をつき、私を見た。

「リコ。正直、親の言い分、おかしいと思う。お前を置いて行くなんて、ありえない。」

私は何も言わず、手帳を閉じた。

夫は続けた。

「行くなら、全員で行くか、俺も行かない。それが筋だ。」

その言葉に、私は少しだけ胸のつかえが取れた気がした。

翌週、夫は義実家に一人で出向き、母親と話をつけた。帰ってきた夫の顔は、どこか疲れていたが、晴れやかでもあった。

「旅行は、家族5人で行くことにした。俺と、お前と、娘夫婦と、親父。母さんは、しばらく実家で頭を冷やしてもらう。」

「お母さんは、何て?」

「『孫の顔を見せろ』って泣いてた。でも、もう決めたことだ。」

私は黙ってうなずいた。

ハワイの空の下、私は初めて、夫の家族の一員として、ちゃんとそこに立っていた。

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