出発まであと30分。成田空港の出発ロビーで、私はその電話を受けた。
「お母さん、前が熱を出してしまって。旅行、全部キャンセルしてくれないか」
旅行代理店で29年間働いてきた私、桐子。半年前からこの日のために準備を重ねてきた。息子夫婦と初めてのハワイ旅行。青い空と海を家族4人で楽しむはずだった。
「でも、もう搭乗手続きも済んでいるのよ。あと30分しかないの」
「母さんに頼んでるんだ。旅行代理店に勤めてるんだから、キャンセルくらいできるでしょう」
電話の向こうから義理の娘の声も聞こえてきた。
「お母さん、私の歯が熱なんです。37度もあって、こんな状態で旅行なんて行けるわけないじゃないですか」
37度。微熱と呼ばれる程度の体温。私の頭の中で何かが引っかかった。
「いいから、全部キャンセルしてよ。ホテルもレンタカーもオプショナルツアーも全部だ」
半年かけて選び抜いたホテル。現地でしか予約できない人気のレストラン。私が英語でやり取りしてようやく確保した特別なツアー。それら全てが、この瞬間に消えようとしていた。
隣で夫の年彦が、呆れたような表情で私を見ている。
「分かったわ。全てキャンセルするのね」
「全部頼んだよ」
幸介はそう言うと、一方的に電話を切った。
私は旅行会社に電話をかけ始めた。29年間、一度も直前キャンセルなどしたことがなかった。同僚のため息が聞こえてくる。
キャンセル手続きを終えて、私たちは空港のベンチに座った。他の乗客たちが次々と搭乗ゲートに向かっていく様子を、ただ見送るしかなかった。
ふと、スマホに通知が届いた。前のSNS投稿だ。画面には、元気そうに笑う義母の写真が映っていた。カフェでお茶を飲みながら楽しそうにしている。投稿時刻は、幸介から電話がかかってきたのとほぼ同時刻。
「家族の健康が一番大事ですよね」
そんな言葉とともに、ハッシュタグが並んでいた。「家族愛」「母を大切に」「親孝行」。
「どう見ても元気じゃないか」
年彦が私のスマホを覗き込んで、言葉を失った。
37度の微熱で、私たちの半年間の準備が全て消えた。それなのに、義母は元気にカフェでお茶を飲んでいる。
その時、また幸介からメッセージが届いた。
「お母さん、キャンセルありがとう。助かったよ」
続けて前からも。
「お母さん、もう平熱に戻りました。でも念のため、今日は家族でゆっくりします」
平熱に戻った。つまり、最初から大したことなかったということだ。
さらにメッセージは続いていた。
「それとさ、キャンセル料とか発生してないよね。母さん、旅行代理店の人なんだから、うまくやってくれたでしょ」
「そうそう。プロなんだから、そういうのは得意ですよね」
私の目の前が真っ白になっていくようだった。
実は、今回の旅行費用は私たち夫婦が大半を負担していた。総額180万円のうち120万円を私たちが。幸介たちの負担はわずか60万円。それでも前は「高すぎる」と不満を口にしていた。
そもそも、この旅行を企画したのは私だ。半年前から仕事の合間を縫って計画を立ててきた。息子夫婦の好みを考えながらホテルを27件比較検討し、レストランは高級店を5件予約した。オプショナルツアーも7つ選び抜いた。
それなのに、企画の段階から2人の反応は冷ややかだった。
3ヶ月前の家族会議。私が旅行プランを説明している時、幸介はスマホをいじり、前は上の空だった。
「ここのホテルはオーシャンビューで、レストランもね…」
「へえ、そうなんですか」
前は生返事をするだけ。
「まあ、母さんに任せとけば大丈夫でしょう」
幸介も、まるで他人事のような口調だった。
せっかく説明しているのに、と私が少し不満をもらすと、前が言った。
「だってお母さんがプロなんでしょ。私たちは素人だから分からないし」
プロだから。その言葉の裏には、明らかな軽視が込められていた。
1ヶ月前の最終確認の時は、もっとひどかった。私は詳細な資料を作成して2人に渡した。毎日のスケジュール、移動手段、緊急時の連絡先まで、全て網羅したものだ。
「お母さん、ちょっと細かすぎませんか?」
前が資料をパラパラめくりながら言う。
「そうだよ。旅行ってもっと自由に楽しむものじゃない。お母さんの世代って、何でもきっちりしてないと気が済まないんですよね」
世代。その言葉が私の心に突き刺さる。
「でも、事前に予約しておかないと…」
「母さん、時代遅れだよ。今はもっとフレキシブルに動くんだって」
29年間、この業界で培ってきた経験と知識が、そんな風に片付けられてしまう。
「まあ、お母さんの年齢だと変化についていけないのかもしれませんけどね」
前の言葉に、私は何も言い返せなかった。年齢。それは、反論を許さない壁のように感じられた。
そして今日、空港で全ての努力が37度の微熱で消え去った。
年彦が私の肩にそっと手を置いた。
「俺も許せない」
夫の静かな怒りが、言葉の端々から伝わってくる。
私はスマホの画面を見つめながら、心の中で決めた。
全てキャンセル。息子はそう言ったわね。
今度は、本当の意味で全てをキャンセルする時が来たのかもしれない。
空港から自宅へ向かう車の中で、私は窓の外を見つめていた。流れていく景色の全てが、どこか現実感のないもののように思える。
旅行代理店という仕事は、信用が全てだ。一度でも直前キャンセルをすれば、その評判は業界内で広まっていく。今日の私の行動は、29年間積み上げてきた信頼を一瞬で傷つけるものだった。
それなのに、息子夫婦からは謝罪の言葉一つない。それどころか、キャンセル料を心配する言葉だけが送られてくる。
自宅について、私はソファに座り込んだ。疲労感が全身を包み込んでいく。
スマホを手に取ると、また新しい通知が届いていた。前のSNSだ。
今度の投稿には、幸介と前が義母と一緒に食事をしている写真が載っていた。テーブルには豪華な料理が並んでいる。
「お母さんの看病頑張ります。家族の時間って本当に大切ですね」
笑顔の3人が映っていた。看病。37度の微熱で、豪華な食事をしながらの看病。
コメント欄には「家族思いで素敵」「親孝行だね」という言葉が並んでいた。
親孝行。その言葉を見て、私の心に何かが込み上げてきた。
私たち夫婦は、幸介が結婚してからの10年間、様々な形で支援をしてきた。
結納祝いに100万円。新居購入の頭金として500万円。車の購入援助に250万円。孫の教育費として年間50万円を5年間。毎月の生活費援助として月5万円を10年間。
金銭的な援助だけでも1730万円。さらに孫の世話は週2回、5年間で520回。時給換算すれば約1040万円相当になる。
合計すれば、ほぼ2000万円。それだけの支援を、私たちは続けてきた。
でも、幸介たちはそれを当然のことだと思っていた。
2週間前、前の実家を訪れた時のことを思い出す。
「お母さんも一緒に行きたかったね」
前が自分の母親に向かって言っていた。
「お母さん、本当にいつもありがとうございます」
幸介も深々と頭を下げている。
「お母さんには何でも相談できるし、本当に頼りになるわ」
前の表情は、心から嬉しそうだった。自分の母親を心から尊敬している様子が伝わってくる。
ところが、その後私たちと会った時の態度は全く違った。
「ハワイの準備、ちゃんとできてるんですよね」
前の口調は、まるで業者に確認するかのようだった。
「もちろん、完璧に」
私が答えると、幸介が言った。
「まあ、何かあっても母さんの責任だからね」
責任。私が企画し、私が費用の大半を負担している旅行なのに、何か問題があれば私の責任だというのか。
1週間前の打ち合わせでも、2人の態度は冷たいものだった。
「念のため、旅行保険の内容を確認しておきましょう」
私が言うと、幸介が面倒臭そうに答えた。
「母さん、そんなの大丈夫だって。旅行代理店って、そんなに細かいこと気にするの? 面倒くさいな」
面倒くさい。プロとしての配慮が、面倒くさいと言われる。
「私の29年の経験から言うと…」
「はいはい、分かった分かった」
幸介が私の言葉を遮った。
「経験豊富なのは分かりますけど、私たちには私たちのやり方があるので」
前もそう付け加える。
29年のキャリア。それは私にとって誇りだった。顧客満足度98. 7%。その数字は、私の努力の証だった。でも、息子夫婦にとってそれは何の意味も持たないようだった。
出発の3日前。費用の確認をした時のことも忘れられない。
私たち夫婦が120万円。幸介たちが60万円。私が確認すると、幸介が驚いたような声をあげた。
「え、俺たちが60万も払うの? 母さんの趣味で行くようなもんじゃん。旅行代理店の人って旅行好きでしょう」
趣味。半年かけて準備してきた、家族との大切な時間が趣味だと言われた。
「それに、お母さんたち年金もあるし、余裕があるんでしょ」
結局、私たちが大半を負担することで話は終わった。感謝の言葉もなく、当然のこととして受け入れられたのだ。
そして今日。37度の微熱で、全てが消えた。
私は立ち上がり、パソコンの前に座った。これまでの支援を全てリスト化していく。金額、日付、内容。一つ一つを丁寧に記録していった。
「何をしているんだ?」
年彦が後ろから覗き込んでくる。
「これまでの全てを確認しているの」
私の声は、不思議なほど冷静だった。画面には膨大な支援の記録が並んでいる。約2000万円。その数字を見て、私の中で何かが決定的に変わっていくのを感じた。
「全てキャンセル。息子はそう言ったわ」
年彦が私の肩に手を置いた。
「俺も同じ気持ちだ」
夫婦2人。これから何をすべきか。その答えはもう明らかだった。
翌朝、私は目が覚めるとすぐにパソコンに向かった。昨夜から続けていた支援リストの作成を、さらに詳しく進めていく。
年彦がコーヒーを入れて持ってきてくれた。
「桐子、本気でやるつもりか?」
年彦が真剣な表情で訪ねてきた。
「ええ。息子は全てキャンセルと言ったわ。だから、本当に全てをキャンセルするの」
私の声に迷いはなかった。
パソコンの画面には、現在進行中の支援リストが表示されている。住宅ローンの連帯保証人。残債は2100万円。私たち夫婦が保証人になっているからこそ、幸介たちは家を購入できたのだ。
孫の習い事費用。ピアノ、英会話、水泳で月6万円を負担している。携帯電話。私名義の家族割で月1万5000円。車の保険も、私の保険の家族特約で年間約18万円相当。
そして、毎月の生活費援助。月5万円。
これらが全て停止されたら、幸介たちの生活はどうなるだろうか。
「連帯保証人を外れたら…」
年彦が言う。
「ええ、幸介たちは自力でローンを組み直すか、家を失うかどちらかね」
私は冷静に答えた。自分でも驚くほど、感情が揺れない。
そして、私には29年間で築いた人脈がある。私は別のファイルを開いた。そこには顧客リストが並んでいる。銀行の支店長、不動産会社の社長、法律事務所のパートナー弁護士、大手企業の人事部長たち。地域コミュニティのキーパーソンたち。
旅行代理店という仕事は、実に多くの人々と出会える職業だ。29年間、誠実に仕事をしてきた私には、熱い信頼関係で結ばれた人脈があった。
「この仕事で築いた人脈が、これからどれだけ重要か思い知ることになるわ」
「まさに、プロの力だな」
年彦が少し微笑んだ。
私は立ち上がり、クローゼットから書類の束を取り出した。これまでの契約書、保証書、銀行の書類。全てを確認していく。
「まず、今日中に銀行に連絡を入れる」
私は手帳を開いた。そこには、取引のある銀行支店長の名前が書かれている。彼は5年前にヨーロッパ旅行を企画した際のお客様だった。「桐さんのおかげで素晴らしい旅行ができました」と、帰国後には感謝の手紙をくれた。その後も、年に一度は旅行の相談に来てくれる信頼できる方だ。
次に、携帯電話と保険の解約手続き。私は淡々とリストを作っていく。
「孫の習い事も、全て停止する」
「孫には罪がないんじゃないか」
年彦が少し心配そうに言った。
「罪はないわ。でも、その孫に合わせてもらえない私が、なぜお金を出さないといけないの?」
私の言葉に、年彦は何も言えなくなった。
確かに孫は可愛い。でも、幸介たちは私たちを孫に合わせることすら、自分たちの都合で決めていた。月に一度、30分だけ。それも前の機嫌次第で変わる。
一方、前の両親はいつでも孫に会えていた。週末には泊まりに行くこともあると聞いている。
このダブルスタンダードも、私の怒りを深くしていった。
生活費の援助も、今月分から停止する。月5万円。10年間で600万円になる。その全てを、幸介たちは当然もらえるものとして計算に入れていた。
実際、3ヶ月前、幸介がこう言ったことがある。
「母さんの援助があるから、俺たちは余裕を持って生活できるんだ」
感謝ではなく、当然の権利のような口ぶりだった。
私はノートに実行スケジュールを書き込んでいった。
月曜日:銀行連絡。火曜日:携帯電話の名義変更手続き。水曜日:保険会社へ連絡。木曜日:習い事の解約。金曜日:生活費援助の停止。
1週間で全てを終わらせる計画だ。
「桐子、やはり一度話し合いをした方がいいんじゃないか」
年彦が言った。
「話し合い? フライト30分前に一方的にキャンセルを告げた相手と、何を話し合うの?」
私は年彦を見つめた。37度の微熱を理由に私の半年の準備を無にした相手と。29年のキャリアで築いた信用を傷つけた相手と。2000万円近い援助を当然のことだと思っている相手と。
年彦は静かに頷いた。
「分かった。俺も、お前を全力で支える」
「ありがとう」
私は夫の手を握った。
あれから何度もスマホを確認したが、幸介からも前からも連絡はない。きっと彼らは今頃、何事もなかったかのように過ごしているのだろう。私がどれだけ傷ついたか、考えもせずに。
その日、仕事から自宅に戻ると、年彦は夕食を作って待っていてくれた。2人で食事をしながら、明日からの計画を最終確認した。
「いよいよ明日から、本当の『全てキャンセル』が始まるのね」
「ああ。覚悟はできているか?」
「ええ、もう迷いはないわ」
私の心は決まっていた。息子が言った通り、全てをキャンセルする。それが、これから私がすべきことだ。
月曜日の朝、私は銀行に電話をかけた。支店長がすぐに応対してくれる。
「桐さん、お久しぶりです。どうされましたか?」
「実はご相談がありまして」
私は落ち着いた声で、連帯保証人を外れたい旨を伝えた。
「分かりました。ご家族の事情が変わられたのですね。ご主人様には、新たな保証人を立てるか、ローンの組み直しをしていただくことになります」
「承知しています」
電話を切ると、すぐに幸介から着信があった。予想通りだ。
「母さん、銀行から連絡が来た。保証人を外れるって、どういうことだ?」
幸介の声は慌てふためいていた。
「全てキャンセルよ。保証人も含めてね」
私は冷静に答えた。
「そんなことしたら、俺たちは家を失うぞ!」
「あら、大丈夫よ。新しい保証人を立てればいいじゃない。前さんのご両親に頼んだら?」
私はわざと明るい声で言った。
「あちらの方が頼りになるんでしょ。37度の微熱で私の半年の準備をキャンセルするほど大切なお母様なら、きっと喜んで保証人になってくださるわよ」
「母さん…」
電話の向こうで、幸介が言葉に詰まるのが分かった。
「お母さん、そんな…」
前の声も聞こえてくる。
「お願いします。うちの両親には頼めません」
「どうしていつも、お母さんって読んで頼りにしてたじゃない」
私の声にはトゲがあった。
「お母さんは確かに大切です。でも、保証人は…」
「そう。保証人になるのは嫌なのね。つまり、リスクは追いたくないけれど、見栄えのいいことだけはしたい。そういうことかしら」
前が泣き出しそうな声になった。
「お母さん、私たちが悪かったです。だから…」
「悪かった? 何が悪かったの?」
フライト30分前にキャンセルを要求したこと。私の29年のキャリアを傷つけたこと。それとも、2000万円近い援助を当然だと思っていたこと。
私は一つ一つ言葉を重ねていった。
「全部です。全部、私たちが悪かった」
幸介が必死に謝ってくる。
「でも、もう遅いわ。あなたたちは『全部キャンセルして』と言った。だから私も、全てキャンセルするの」
私は電話を切った。手は全く震えていなかった。
火曜日、携帯ショップに行った。私名義の家族割を解約する手続きだ。
「奥様、本当によろしいですか?」
店員さんが確認してくる。
「はい。家族の状況が変わりましたので」
手続きを終えて帰宅すると、また幸介から電話がかかってきた。
「母さん、携帯が止まった。どういうことだ?」
「あなたの携帯、私名義の家族割だったでしょ。全てキャンセルしたから、解約したの」
「母さん、やりすぎだ!」
やりすぎ。その言葉を聞いて、私は笑ってしまった。
「やりすぎ? フライト30分前に全部キャンセルしてと言ったのは誰? 私の職場での信用を傷つけたのは誰? 私はあなたたちの言う通りにしただけよ」
水曜日は保険会社への連絡だ。車の保険の家族特約を外す手続きを進めた。
その日の夕方、前から電話があった。
「お母さん、車の保険も止められて…これじゃ車に乗れません」
泣きながら訴えてくる。
「あら、それは困ったわね。でも、私の保険の家族特約だったから、『全てキャンセル』には当然含まれるわよね」
「お母さん、お願いです。子供もいるんです」
「子供? その子供の習い事の費用、月6万円。誰が払っていたか覚えてる?」
私の声は冷たくなっていった。
「その子供に合わせてもらえない私が、なぜお金を出さないといけないの? 月に一度30分だけ。それもあなたの機嫌次第。それなのに、お金だけは毎月払えと」
前が何も言えなくなった。
木曜日、私は孫の習い事教室を一件ずつ回った。ピアノ教室、英会話教室、水泳スクール。全ての解約手続きを直接行った。
「桐子様、本当に解約されるのですか? お孫さん、とても楽しそうにされていたのに」
ピアノの先生が残念そうに言った。
「ええ、家族の事情が変わりましたので」
帰宅すると、前から鬼のような電話がかかってきた。
「お母さん、孫の習い事まで全部キャンセルって!」
「ええ、月6万円の費用を全て私が払っていたのよ。でも、『全てキャンセル』なんでしょ」
「でも、子供には関係ないじゃないですか!」
「関係ない? でも、私が『お母さん』と呼ばれながらATM扱いされていることには、関係あるのかしら」
私は静かに言った。
「それに、あなたたち私のことを『時代遅れ』『年寄り』って言ったわよね。そんな時代遅れの年寄りのお金で、孫を育てたくないでしょう?」
「お母さん…」
「孫は大切よ。でも、その孫に合わせてもらえるのかしら? お母さんが37度の熱を出したらフライト30分前でもキャンセルするのに、私が本当に病気になっても、あなたたちは来てくれないんでしょう」
電話の向こうで、前が泣いているのが聞こえた。
金曜日、私は銀行に行き、毎月の生活費の自動振り込みを停止した。
「桐子様、長年ご利用いただいていた定期送金を停止されるのですね」
「はい。もう必要なくなりましたので」
手続きを終えて帰宅すると、玄関のインターホンが鳴った。画面を見ると、幸介と前が立っている。
「母さん、俺たちが悪かった。今更だけど、本当に反省してる。どうか、元に戻してください」
私はドアを開けた。そこには、憔悴し切った2人が立っている。
「母さん…」
幸介がそのまま土下座をした。前も慌てて頭を下げる。
「お願いします!」
2人の声が重なった。
「今更? あなたたちは私に何と言ったか覚えてる?」
「全部キャンセルして」「母さん、旅行代理店なんだからできるでしょ」「母さんの趣味みたいなもん」
私は一つ一つ言葉を重ねていった。
「私はあなたたちの言葉に従っただけよ。全てキャンセルした。それだけのことです」
「母さん、俺たちは家を失いそうなんだ」
幸介が泣きながら訴えてくる。
「あら、そう。前さんのお母様に相談したら? 37度の微熱で私の半年と2人の努力をキャンセルできるほど大切なんでしょ。きっと助けてくださるわ」
「お母さん、お願いです。私たちには子供もいるんです」
前が必死に頭を下げる。
「子供? その子供の教育費を私が負担していたこと、忘れたの? その子供に合わせてもらえない私が、なぜお金を出さないといけないの?」
私は冷静に言った。
「あなたたちは私を『時代遅れ』『細かすぎる』『年寄り』と言った。そんな時代遅れの年寄りに、今更頼るのはプライドが許さないんじゃない?」
「母さん、俺が全部悪かった」
「そうね。あなたが全部悪かったわ。でも、もう遅い」
私は2人を見下ろした。
「私はこれから、年彦と2人で本当の人生を楽しむの。半年前から準備していたハワイ旅行を、来月行くことにしたわ。もちろん、あなたたち抜きでね」
そう言って、私はドアを閉めた。
あれから1ヶ月が経った。私と年彦は今、ハワイの美しいビーチを歩いている。青い空、白い砂浜、穏やかな波の音。全てが心を癒してくれるようだ。
「桐子、この景色、最高だな」
年彦が嬉しそうに言った。
「ええ。半年前に計画していた旅行、やっと実現できたわ」
「息子たちがいなくて正解だったな」
「そうね。2人だけだからこそ、本当にリラックスできる」
高級リゾートホテルのスイートルームに滞在し、毎日美味しい食事を楽しんでいる。総額60万円の旅行だが、息子夫婦への援助がなくなった分、私たちは年間100万円以上を自分たちのために使えるようになった。
月に一度の国内温泉旅行、趣味のダンス教室、年彦のゴルフ、友人たちとの食事会。今まで我慢していたことが、全てできるようになった。
職場でも嬉しい変化があった。
「桐子先輩、あの時は大変でしたね」
後輩が心配そうに声をかけてくれた。
「ええ。でも、おかげで大切なことを学んだわ」
「何をですか?」
「プロとしての誇りを、誰にも踏みにじらせてはいけないということ。そして、自分を大切にできない人は、他人も大切にできないということよ」
お客様からも温かい言葉をいただいた。
「桐さん、本当にありがとう。あなたのおかげで素晴らしい旅行ができたわ」
70代の女性のお客様が、笑顔で言ってくれる。
「こちらこそ、ありがとうございます。あなたのような方がいてくださって、心強いわ」
顧客満足度は99. 2%に上昇し、会社からは優秀社員特別賞をいただいた。息子夫婦は私の仕事を軽視していたが、ここには私の価値を認めてくれる人たちがたくさんいる。
一方、幸介と前のその後だが、聞いた話では大変な状況のようだ。新しい保証人を立てられず、家を売却することになったそうだ。今は築30年の2DKアパートに住んでいると聞いた。車も手放し、孫の習い事も全て中止。地域での評判も落ち、孤立しているようだ。
前の母からも、厳しい言葉をかけられたと聞いた。
「37度の熱であんな大切な旅行をキャンセルさせるなんて、私も恥ずかしくて近所を歩けないわ」
自業自得としか言いようがない。
この経験を通じて、私は多くのことを学んだ。プロフェッショナルとしての誇りは、決して他人に軽視させてはいけない。29年間積み上げてきたキャリアと信用は、母親だからという理由で過小評価されていいものではない。
そして、献身と依存は違う。家族を支えることは素晴らしいことだ。でも、それが当然とされ、感謝されず、むしろ軽視されるなら、それは健全な関係ではない。
最も大切なこと。自分を大切にできない人は、他人からも大切にされないということ。
私は息子夫婦のATMではない。一人の人間であり、プロフェッショナルであり、尊厳を持った女性なのだ。
もしあなたも家族から軽視されていると感じているなら、こう考えてほしい。あなたには「ノー」という権利がある。あなたには自分を守る権利がある。あなたには尊重される権利がある。
年齢を重ねた女性だからといって、母親だからといって、義理の親だからといって、何をされても我慢する必要はない。義理の人には、毅然と立ち向かうべきだ。あなたの人生は、あなたのものなのだから。
今、私は心から言える。この決断は正しかったと。
息子夫婦は私の本当の価値を理解していなかった。でも、それは彼らの問題であって、私の問題ではない。私には私を必要としてくれる人たちがいる。私の専門性を尊重してくれる人たちがいる。そして何より、私には年彦がいる。
これからは、本当に大切な人たちとの時間を大切に生きていく。37度の微熱で失われた旅行は、もっと素晴らしい人生という形で返ってきたのだから。



