21年前、私はロシアの小さな町に住んでいた。冬の寒さが骨の髄まで凍らせるような、そんな場所だった。大学を卒業してからというもの、私は町の図書館で働きながら、小説家になるという夢を抱えて暮らしていた。しかし現実は非情だ。30歳を過ぎても作品は一つも売れず、貯金もほとんどなかった。そんな私の人生に、一筋の光が差し込んだ。出版社から一通の手紙が届いたのだ。「あなたの作品を読み、ぜひ会ってお話ししたい」という内容だった。
相手は、かつて売れっ子作家だった男、ミハイル・セルゲーエフという人物だった。彼は今では編集者として若い才能を育てているらしい。私はすぐに返事を書き、彼に会うためにモスクワへ向かった。彼は年老いていたが、目だけは異様に輝いていた。「君の作品には、ロシアの魂がある」と彼は言った。「今の若い作家にはない、深い悲しみと美しさがある」。私はその言葉に感銘を受け、彼を全面的に信頼することにした。
しかし、それからが地獄の始まりだった。ミハイルは私の物語を書き直したいと言い出した。「商業的な成功のためには、もっと筋書きを単純化し、読者の感情を直接刺激するような場面を追加する必要がある」と。私は最初こそ抵抗したが、彼の言葉に説得され、自分の作品が彼の手でどんどん変えられていくのを許してしまった。発表された作品は、まったくの別人が書いたかのようなものだった。
それでも、その本はベストセラーになった。私は一夜にして有名になったが、何かがおかしいと感じていた。ミハイルは私の成功を自分の手柄かのように語り、メディアの前では私を「才能のない猿に教え導いた」と侮辱し始めたのだ。私は彼に反論しようとしたが、彼は私の過去の失敗を持ち出し、「私がいなければ、君は今でも無名のままだったぞ」と脅した。彼は私のキャリアを握っていることを利用して、私を支配しようとしていた。
ある日、私は彼の書斎に忘れ物を取りに行った。すると、机の上に彼が私の作品を「修正」するために描いた多くのメモが置かれていた。その中には、私が書いた美しい情景描写を「読者が退屈する」という理由で削除した、というものもあった。私はそのメモを見た瞬間、全身の血が逆流する思いだった。私はこれまで何をしていたのか。自分の作品を、自分の魂を、この男に売り渡していたのか。
私は彼に詰め寄った。「これは私の作品だ。あなたに無断で変える権利はない」。しかしミハイルは冷笑しながら言った。「君は何も分かっていないな。この世界は才能よりも、誰に取り入るかで決まるんだよ。そして君は、私がいなければすぐに消える才能のない作家だ。もし私を敵に回すなら、出版社の扉は二度と開かないだろう」。私はその場で言葉を失った。彼は私の人生を握っている。私には何も言い返せなかった。
その後、私は彼の「指導」から逃れるために、別の出版社に自分の作品を持ち込んだが、どこも相手にしなかった。ミハイルが裏で手を回していたのだ。私は次第に書けなくなり、酒に溺れるようになった。そんな時、一通の手紙が届いた。それはミハイルからで、「新しい小説の企画を考えた。君の名前で出版するが、内容は私が決める。利益は7対3で、私が7だ。もし断るなら、君の過去の盗作を公表する」という脅迫状のようなものだった。私はその手紙を破り捨てたが、彼の支配からは逃れられなかった。
ある日、私は路地で偶然、ミハイルの元弟子だという男に会った。彼は以前、同じようにミハイルに利用され、才能を食い物にされて消えた作家だった。「あいつは毒だ。君も早く逃げないと、すべてを壊される」。彼はそう警告した。しかし私はもう、彼の言う「逃げる」方法すら分からなかった。私は完全に彼の支配下にあり、自分の意志で動くことができなくなっていた。書籍売上金も彼に渡し、私は毎月、わずかな生活費を彼からもらっているだけだった。
私は自暴自棄になり、一つの計画を思いついた。ミハイルの元からすべてを奪ってやろう、と。彼の書斎から、彼が私の作品を盗作した証拠を写真に収め、ネットに公開しようとしたのだ。しかしそれは成功しなかった。彼の秘書に見つかり、私は彼のオフィスから放り出された。「私に逆らうとどうなるか、思い知ったか?」という彼の声が、冷たく響いた。私は家に帰り、すべての窓を閉めてカーテンを引いた。光の入らない部屋の中で、私は縮こまってただ震えていた。
それから数ヶ月が過ぎ、私は社会から完全に孤立した。友人も、家族も、誰とも連絡を取らなくなった。自殺まで考えたが、それもミハイルの思うつぼだと思い、思いとどまった。ある晩、私はふと、無所属の小さな文学雑誌に、自分のもともとの作品を匿名で送ってみようと思い立った。もう何も失うものはなかった。しかし、その作品を書いている途中、私は自分の現状に気づいた。私はミハイルに支配されていたが、実際に私の作品を壊したのは、私自身だったのだ。彼に抗えず、自分の作品を変えることを許してしまったのは、私なのだ。その事実に気づくと、私は彼への憎しみよりも、自分自身への怒りがこみ上げてきた。
私は長い時間をかけて、ゆっくりと再び書き始めた。今度は彼の影響を受けない、最初に書きたかった物語を、自分のペースで。何度も書き直し、数年かけて完成させた。完成した作品を、私は同じ文学雑誌に送った。数ヶ月後、その作品は掲載された。そして、思いがけず、小さな文学賞を受賞したのだ。多くの人はその作品を「新たな才能の誕生」と評した。しかし、私には分かっていた。この作品は、私がミハイルに壊された後に、ようやく自分自身で立てるようになった証なのだと。
私は彼の会社を訪れ、直接その受賞報告を伝えに行った。彼はそれを見て、怒りと驚きで顔を歪めた。「ようやく分かったか。君は最初から私が作り上げたやり方では、何も手に入れられない。自分自身の歪みの中にこそ、本当の美しさがあるんだ」と私は言った。彼は何も言えなかった。私は彼の前を背を向けて立ち去った。私は自分の作品と、自分の人生を、もう二度と誰かに委ねることはない。



