「他人は敷地をまたがないでくれ」――40年間すべてを捧げてきた息子に、そう宣告されたのは先週のことでした。医者にした学費、マイホームの頭金、毎月の生活費。総額3000万円以上を注ぎ込んだ母を、息子夫婦は「用済み」と切り捨てたのです。「お金だけ振り込んでくれればいいから」と、笑いながら。…

「他人は敷地をまたがないでくれ」――40年間すべてを捧げてきた息子に、そう宣告されたのは先週のことでした。医者にした学費、マイホームの頭金、毎月の生活費。総額3000万円以上を注ぎ込んだ母を、息子夫婦は「用済み」と切り捨てたのです。「お金だけ振り込んでくれればいいから」と、笑いながら。...

「他人は敷地をまたがないでくれ。」

息子の口から発せられたその言葉に、私は凍りつきました。まさか、こんな言葉を聞く日が来るとは思ってもいませんでした。

私は秋山まゆみ、69歳。薬剤師として38年間働き、4年前に定年退職しました。今日はいつものように息子夫婦の家を訪れたのに、玄関のドアは硬く閉ざされ、インターホン越しに聞こえてきたのは信じられない宣告でした。

「母さん、もうこの家の敷地をまたがないでくれ。他人なんだから。」

大地の冷たい声が、私の心臓を鋭く突き刺しました。すると後ろから嫁の玲花さんの声も聞こえてきます。

「そうですよ。お母さん、もう、他人は勝手に入らないでくださいね。」

玲花さんの言葉には嘲笑すら含まれていました。そして、一方的にインターホンの通話が切られたのです。私はただ立ち尽くすことしかできませんでした。震える手で門の冷たい金属に触れながら、この現実を受け入れることができずにいました。

なぜ、こんなことになってしまったのでしょうか。

家に戻りながら、私は40年前のことを思い出していました。大地が生まれた日、初めて「ママ」と呼んでくれた時の感動は、今でも鮮明に覚えています。夫と二人で泣いて喜んだものです。薬剤師として朝早くから夜遅くまで働きながら、大地のためなら何でも頑張れました。

特に大地が国立大学の医学部に合格した時は、本当に誇らしかったです。学費は6年間で1200万円。さらに一人暮らしの生活費として月に10万円を仕送りしました。6年間で1440万円。総額2640万円という貯金でしたが、息子の夢のためなら惜しくありませんでした。

10年前に夫が病気で亡くなってからも、私は大地を支え続けました。医者になった大地が結婚し、マイホームを購入する際には頭金として800万円を援助しました。そして今でも毎月15万円を息子夫婦の口座に振り込んでいます。孫の教育費や習い事もすべて私が負担してきました。年間180万円。これが3年続いています。

こうして計算してみると、大地のために使ったお金は総額で3000万円を優に超えていました。でも、お金のことなど問題ではありません。息子の幸せが私の幸せだったのですから。

それなのに、なぜ「他人」などと言われなければならないのでしょうか。

思い返せば、3ヶ月前から違和感はありました。最初の兆候は、孫の咲の運動会でした。毎年楽しみにしていた運動会なのに、今年は連絡がありませんでした。後から知ったのですが、玲花さんの両親は招待されていたそうです。私だけが知らされていなかったのです。

きっと忙しくて連絡を忘れたのかもしれません。そう自分に言い聞かせました。でも、その後も不快なことが続きました。大地の誕生日に電話をかけても出ません。メッセージを残しても返事はありませんでした。

ある日、思い切って家を尋ねると、玲花さんが迷惑そうな顔で出てきました。

「あの、お母さん、今日は何か用事でも?」

「特に用事というわけではないのですが、最近連絡が取れなくて心配で。」

「大地さんは仕事が忙しいんです。お母さんももう少し気を使ってもらえませんか?」

その言葉に私は驚きました。気を使う?私が一体何をしたというのでしょうか?

それからというもの、訪問するたびに嫌な顔をされるようになりました。お茶も出されず、座ることすら許されない日もありました。

「お母さん、その靴、ちゃんと拭いてから入ってくださいね。」
「その服、なんか臭くないですか?」
「ちゃんと洗濯してます。」

玲花さんの言葉は日に日にきつくなっていきました。

ある時、私が用を済ませて廊下を歩いていると、リビングの方から大地と玲花さんの話し声が耳に入ってきました。

「お母さん、最近もの忘れがひどくない?認知症じゃない?」
「そうだな。この前も同じ話を何度もしていたし。」
「老人ホームとか調べといた方がいいかもね。」

私は廊下で立ちすくみました。確かに69歳にはなりましたが、まだ頭はしっかりしています。薬剤師として長年働いてきた経験もあり、認知症などではありません。

「それにしても、お母さんって本当に邪魔よね。なんで毎週来るのかしら。」
「まあ、お金は出してくれるからな。それだけが取りえよね。ATMとしては優秀だけど。」

大地が笑いながら相槌を打っているのを聞いて、私の心は砕けそうでした。

最も屈辱的だったのは、玲花さんの実家での集まりでした。玲花さんの両親の結婚記念日ということで、私も招かれたのですが、到着すると玲花さんが玄関で止めました。

「お母さん、申し訳ないんですけど、うちの両親が身内だけでやりたいって。」
「でも、私も一応家族では…」
「いえ、お母さんは違うでしょう。大地さんの母親ってだけで、うちの家族じゃないですから。」

私は大地に助けを求めましたが、大地は冷たく言い放ちました。

「母さん、玲花の両親は品があって話も面白いんだ。正直、母さんとはレベルが違うんだよ。」

レベルが違う?

「悪いけど、母さんは田舎出身の薬剤師でしょう。玲花の父親は大手企業の元役員だし、母親も名門女子大出身なんだ。」

私は言葉を失いました。確かに私は地方出身で薬局で働いてきただけの人間です。でも、その仕事で稼いだお金で、大地を医者にしたのです。

「それに、母さんの話っていつも同じでつまらないんだ。昔の苦労話とか、もう聞き飽きたよ。」

大地の言葉は、私の誇りを完全に踏みにじりました。

そして、極めつけは先週のことでした。孫の咲へ誕生日プレゼントを持っていった時のことです。

「これ、咲ちゃんに。」
「あ、それはいらないです。」

玲花さんはプレゼントを断りました。

「でも、咲ちゃんが欲しがっていた。」
「お母さんのセンス古いんですよね。うちの母が選んだものの方が、子供も喜ぶので。」

そして、決定的な言葉が飛び出しました。

「正直言って、お母さんは疫病神なんです。来るたびに空気が悪くなるし。」

「そうそう。母さんはもう用済みなんだよ。お金だけ振り込んでくれればいいから。」

瞬間、私の中で何かが壊れました。40年間すべてを捧げてきた息子から「用済み」と言われたのです。

それだけではありませんでした。後から玲花さんの母がやってくると、玲花さんの態度は一変しました。

「お母様、お茶とケーキを用意してますよ。」
「まあ、玲花ったら、いつも気を使わせて悪いわね。」

二人の親密な様子を見て、私は自分の立場を痛感しました。同じ母でも、扱いがこんなにも違うのです。

最近では、大地もわざと私を避けるようになりました。病院で偶然会った時も、知らないふりをされたことがあります。同僚の前では私の存在を隠すようでした。

「大地、久しぶりね。」

声をかけても、大地は振り向きもしません。後で電話すると、こう言われました。

「母さん、職場では声をかけないでくれる。恥ずかしいから。」

恥ずかしい。自分の母親が恥ずかしいのだって?

「母さんみたいな、その、普通のおばさんが母親だって知られたくないんだ。」

普通のおばさん。その言葉が胸に突き刺さりました。

それからも玲花さんの仕打ちはさらにエスカレートしました。

「お母さん、もう咲の送り迎えもしなくていいですよ。他のお母さんたちに変に思われるみたいなので。」

変に思われるだって?

「お母さん、もういいですから。うちの母みたいにもっとおしゃれとかできないんですか?」

私なりにきちんとした格好をしているつもりでした。でも、玲花さんにとっては、それすら恥ずかしいものだったようです。

こうして、私は徐々に家族から排除されていきました。月15万円の振り込みだけは続けていましたが、感謝の言葉一つありません。当たり前のように受け取り、まるで私が振り込む義務でもあるかのような態度でした。

そして、今日ついに「他人」だと宣告されたのです。これが40年間の献身の結末でした。

その夜、私は決意しました。このまま理不尽に屈してはいられない。私はこれまでのすべての記録を整理し始めたのです。

翌朝、銀行のサイトにログインしました。毎月27日に自動で振り込まれる設定になっている定期振り込み。この画面を見るたびに息子の幸せを願ってきました。でも、もう終わりです。

「定期振り込みを停止しますか?」

画面にメッセージが表示されました。一瞬躊躇しました。本当にこれでいいのか?でも、大地の言葉が蘇ります。

「他人は敷地をまたがないでくれ。」

迷いは消えました。私はボタンをクリックしました。

「定期振り込みを停止しました。」

次に、今月分の振り込みもキャンセルしました。今朝振り込んだ15万円です。まだ大地の口座には反映されていないはずです。

「振り込みをキャンセルしますか?」

今度は迷いませんでした。クリックします。

「振り込みをキャンセルしました。」

20年以上振り込んできたこの口座。大地が大学生の時から使っている口座です。もう二度と、この口座に私からお金が振り込まれることはありません。

その日、大地から電話がありました。

「母さん、どうしたんだよ。振り込みがされてないぞ。早く連絡してくれ。」

大地の声は明らかに焦っていました。続いて、玲花さんからメッセージが入ります。

「お母さん、いえ、まゆみさん、どういうことですか?昨日振り込んだと言ってましたよね。今月の生活費が振り込まれてません。」

私は静かにお茶を飲みながら、なり続ける電話を眺めていました。

午前中、今度は玲花さんから怒りのメッセージが入りました。

「ふざけないでください。今日は住宅ローンとクレジットカードの引き落とし日なんです。お金が足りません。どうしてくれるんですか?」

そうでしょうね。大地の収入は決して少なくありません。でも、都内一等地の住宅ローン、高級車の維持費、孫の私立小学校の学費、そして玲花さんの浪費。私の援助があってこそ成り立っていた生活だったのです。

午後、ついに大地が直接家にやってきました。玄関のチャイムが激しく鳴らされます。

「母さん、いるんでしょう?開けてよ。」

私はインターホンで応答しました。

「どちら様ですか?」

「どちら様って?大地だよ。息子の大地。」

「ああ、他人の大地さんですね。何かご用ですか?」

「他人って…そんなこと言ってる場合じゃないんだ。お金を振り込んでくれ。」

「他人にお金を渡す義務はありません。」

「何言ってるんだよ。今まで通り…」

「今まで通り?昨日、はっきりおっしゃいましたよね。私は他人だと。他人は敷地をまたぐなと。」

大地は言葉に詰まりました。

「と、それは…」
「ですから、私も他人として行動することにしました。もう二度と、あなた方にお金を渡すことはありません。」

「ちょっと待ってくれ。話し合おう。」

「話し合い?昨日、私が話し合いを申し出た時、なんとおっしゃいましたか?」

大地は黙り込みました。すると後ろから玲花さんの声が聞こえてきました。

「お母さん、いい加減にしてください。」

「お母さん?昨日は『まゆみさん』とおっしゃっていましたが。」

「そんな細かいこと…とにかくお金を振り込んでください。」

「お断りします。『他人は敷地をまたぐな』とおっしゃいましたよね。ですから、私もあなた方の領域には立ち入りません。経済的にも、精神的にも。」

玲花さんの声がヒステリックになりました。

「ふざけないで!家のローンはどうするの?子供の習い事は?生活できないじゃない!」

「それはあなた方の問題です。他人の私には関係ありません。」

大地が必死に訴えました。

「母さん、頼む。今月だけでもいいから。」

「今月だけ?来月からはどうするおつもりですか?」

「それはまた…」
「話し合って?もう決めました。二度と振り込むことはありません。定期振り込みも解約しました。これからは、ご自分たちの収入で生活してください。」

「そんな…母さん、血も涙もないのか。」

血も涙もない?その言葉を聞いて、私の中の最後の躊躇も消えました。

「血の繋がりを否定したのは、あなたです。私を他人扱いし、金ずる扱いし、『用済み』だと言った。その報いです。」

「違う。そんなつもりじゃ…」
「もう遅いのです。さようなら。」

私はインターホンを切りました。その後も玄関のチャイムは鳴り続けました。ドアを叩く音も聞こえます。でも、私は一切応じませんでした。

あれから1ヶ月が経ちました。私の生活は驚くほど変わりました。まず最初に気づいたのは、自由の素晴らしさです。毎月15万円、年間180万円。このお金を自分のために使えることが、こんなにも人生を豊かにするとは思いませんでした。

先週はずっと憧れていた京都の旅館に一泊二日の贅沢な旅行に行きました。15万円の旅でしたが、今の私には何の躊躇もありません。部屋から見える紅葉の美しさ、心を込めた懐石料理、そして何より自分を大切にする時間の贅沢さに、涙が出るほど感動しました。

さらに、以前から興味があった陶芸教室に通い始めました。月に3万円。大地への援助をしていた頃は、とても考えられない贅沢でした。

息子夫婦のその後も、風の便りで聞こえてきました。どうやら生活はかなり苦しくなっているようです。玲花さんは実家に泣きついたそうですが、思ったほどの援助は得られなかったとか。玲花さんはパートを始めたそうです。今まで専業主婦として優雅に過ごしていた彼女にとって、働くことは相当な屈辱だったでしょう。

先日、スーパーで偶然、大地夫婦を見かけました。以前のような高級スーパーではなく、私もよく行く普通のスーパーです。買い物かごの中身を見ると、特売品ばかり。玲花さんの表情は疲れきっていて、あの傲慢な態度は影を潜めていました。

私に気づいた大地が、慌てて近づいてきました。

「母さん、こんにちは。」

私は丁寧に、しかし距離を置いて挨拶しました。

「母さん、あの時は本当に…」
「もう、過ぎたことです。それより、お体に気をつけて。」

そう言って、私はその場を立ち去りました。後ろから玲花さんの声が聞こえました。

「お母さん、待ってください…」

でも、私は振り返りませんでした。もうあの人たちとは関係ないのです。

私は今、心から幸せです。自由で、豊かで、大切にしてくれる人たちに囲まれて。私の妹の家族は、いつも私を気遣ってくれます。姪の望美は「まゆみおばさん」と慕ってくれます。本当の家族とは、血の繋がりだけではないのかもしれません。

私は大切なことを学びました。理不尽に屈してはいけない。自分を大切にしない人に尽くす必要はない。我慢することが美徳ではない。時には、毅然とした態度を取ることが必要なのだと。

人を「他人」と切り捨てれば、その人からの恩恵も断たれる。これほど当然の因果応報はありません。

もし、あなたが理不尽な扱いを受けているなら、我慢し続ける必要はありません。他人扱いされたなら、他人として毅然と行動すればいいのです。あなたには、自分を守る権利があります。

私は今、69歳にして本当の自由を手に入れました。遅すぎることはないのです。何歳になっても、新しい人生を始めることができる。あなたも、きっとできます。

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