母さんはもう用済みだから、老人ホームに入ってもらうことにしたよ。
息子の達也が放ったその言葉に、私は耳を疑った。69歳の私、矢沢あ子が聞いたのは、間違いなく実の息子からの宣告だった。リビングのソファに座る達也の隣で、嫁のまなみも冷たい笑みを浮かべている。
「お母さん、もう決定事項ですから、来月には入居していただきます。」
私の頭の中は真っ白になった。3年前、新築の家を建てる時、私は退職金と亡き夫の生命保険金から2000万円を提供した。老後は家族みんなで助け合って暮らすという約束だったはずだ。
「でも、私がこの家のために出したお金は…」
震える声でそう言いかけた私を、まなみが遮った。
「それは過去の話です。お母さんの部屋も、もう私たちの書斎にリフォームする予定ですから。」
二人の表情には、私への感謝も愛情も、何ひとつ見えなかった。
—
思い返せば、3年前、息子夫婦が私のアパートを訪ねてきた時のことだ。
「母さん、実は相談があるんだ。新築の家を立てて、一緒に暮らさないか。」
達也は深々と頭を下げ、まなみも隣で手を合わせていた。
「お母さん、私たちだけでは住宅ローンが組めなくて。でも、三世代で暮らせばお互いに助け合えますし。お母さんの面倒も、私たちがしっかり見ますから。」
夫を亡くしてから数年、一人暮らしの寂しさを紛らわせる日々だった私にとって、息子夫婦からの提案はまさに天の恵みのように思えた。
私は迷うことなく、大手証券会社で35年間働いて貯めた退職金1200万円と、夫が残してくれた生命保険金800万円、合わせて2000万円を住宅の頭金として提供した。
契約書にサインをする時、私の心は希望で満ちていた。まなみも涙を流して感謝してくれた。
「母さん、本当にありがとう。一生大切にします。」
あの時の二人の言葉を、私は心から信じていた。まさか、全てが計画的な演技だったとは、想像もしていなかった。
—
家が完成し、同居が始まると、二人の態度は少しずつ変わっていった。
最初は些細なことだった。
「お母さん、朝食は各自で作ることにしましょう。私たちの生活リズムを大切にしたいので。」
それまで私が作っていた朝食を断られ、少し寂しく思ったが、若い世代には若い世代の生活があるのだと自分に言い聞かせた。
三ヶ月目には、達也からこんな要求があった。
「母さん、光熱費と食費で月10万円お願いできる?みんなで使うものだから。」
年金生活の私には決して少なくない金額だったが、お世話になっているのだからと素直に応じた。
半年が過ぎた頃、まなみの言葉はさらに冷たくなっていった。
「お母さん、リビングは私たちが使う時間が多いので、なるべく自室にいていただけますか?台所も私の使いやすいように配置を変えたいので、お母さんの調理器具は片付けさせてもらいました。」
私の居場所が、少しずつ奪われていく感覚だった。
一年が経った頃には、私への人格否定が日常的になっていた。
「お母さん、また同じ話ですか?認知症じゃないですか?」
まなみが友人との電話で私のことを笑いものにしているのも聞こえてきた。
「うちの姑ったら、本当に何もできないの。ただ座っているだけで邪魔なのよね。」
達也も加担した。
「母さん、もう年なんだから余計なことはしないでくれ。まなみが困るから。」
私が35年間、経理事務員として家計を支え、達也を大学まで行かせたことなど、もう誰も覚えていないかのようだった。
さらに屈辱的だったのは、まなみの実家の扱いとの差だった。
「来月、私の両親が一週間ほど来るから、お母さんはその間、どこか旅行にでも行ってください。」
「でも、私もこの家の住人なのに…」
そう言いかけた私を、まなみは鋭い目で睨んだ。
「お母さんは部外者でしょう。私の両親は大切なお客様なんです。」
まなみの両親が来ると、達也は最高級の料理でもてなした。私が普段座ることも許されないリビングのソファで、楽しそうに団欒していた。一方の私は、自室で一人、コンビニ弁当を食べる始末だった。
二年目に入ると、経済的な搾取はさらにエスカレートした。
「母さん、家のリフォーム代で50万円必要なんだ。」
「でも、先月も修理費で30万円…」
「文句があるなら、出て行ってもらっても構わないよ。」
達也の冷たい言葉に、私は黙ってお金を渡すしかなかった。
ある日、私が体調を崩して寝込んでいると、まなみは鼻歌を歌いながら言った。
「お母さん、病院くらい一人で行けるでしょう。私は忙しいんです。」
高熱でふらつく私は、タクシーを呼んで一人で病院へ向かった。診察を終えて帰宅すると、リビングでは達也とまなみが楽しそうにワインを飲んでいた。私への「大丈夫?」という言葉すら、なかった。
—
そして三年目、私の存在は完全に否定されるようになった。
「お母さんって、本当に役に立たないですよね。何のために生きているんですか?」
まなみの言葉は、もはや人としての尊厳を踏みにじるものだった。
「母さんがいると、家の雰囲気が暗くなるんだよ。」
達也までもが、平然とそんなことを言うようになっていた。
私が大切にしていた亡き夫との思い出の品も、いつの間にか処分されていた。
「古臭いものは捨てました。家が汚く見えるので。」
まなみは悪びれもせずにそう言い放った。
食事も、私だけ別メニューが当たり前になった。家族が温かい料理を食べている横で、私には残り物の冷えたご飯だけ。
「お母さんは年なんだから、粗食の方が健康的でしょう。」
そんな扱いを受けながらも、私は息子への情を堪えていた。達也がいてくれる。昔の優しい息子に戻ってくれると信じていたのだ。
しかし、今日の老人ホーム宣告で、私の中の何かが完全に壊れた。2000万円を提供し、三年間あらゆる屈辱に耐えた末に待っていたのが、「用済み」という言葉だったのだ。
—
老人ホームの話を聞かされた翌日の夜、私は眠れずにいた。廊下から達也とまなみの話し声が聞こえてきたので、そっと部屋のドアを開けて耳を済ませた。
そこで聞いた内容は、私の人生で最も衝撃的なものだった。
「計画通りに2000万円騙し取れたし、もう用済みよ。」
まなみの声に、私の血が凍った。
「最初から同居なんてするつもりなかったもん。母さんの金が目当てだったんだから。」
達也の言葉に、私は壁に手をかけた。足から力が抜けていくのを感じた。
「でも、よく三年も我慢したわよね。私たち、あの人の顔を見るだけで苛ついたもの。」
「まあ、金づるだと思えば我慢できたよ。」
二人の笑い声が、私の心を切り刻んだ。
「来月には老人ホームへ。月25万円の施設を見つけたの。もちろん費用は全部あの人の年金から。」
「残った年金は俺たちで管理だな。死ぬまで絞り取れるだけ絞り取ろう。家は完全に私たちのものになるし、邪魔者もいなくなる。」
私は震える足を支えにしながら部屋に戻った。涙も出なかった。心の奥底から、冷たい怒りが湧き上がってくるのを感じた。
—
翌朝、まなみは満面の笑みで老人ホームのパンフレットを持ってきた。
「お母さん、素敵な施設を見つけたんです。『安らぎの里』っていう高級老人ホームよ。」
パンフレットには、まるで刑務所のような無機質な建物の写真が載っていた。
「個室もあるし、食事も三食付き。お母さんにぴったりでしょう。」
「でも、私はまだ元気ですし、一人で生活できます。」
私が抵抗すると、達也が冷たく言い放った。
「母さん、もう決定事項だから、来月の15日に入居手続きをする。」
「私の意思は関係ないということですか?」
「母さんに判断力があるとは思えないね。認知症の症状も出てるし。」
私は認知症などではない。ただ、息子を信じたかっただけなのだ。
「費用は月に15万円ですが、お母さんの年金なら余裕でしょう。」
まなみが当然のように言った。私の年金は月18万円だ。足りない分は、貯金を崩すしかない。
「それに、お母さんの預金通帳とキャッシュカードは、私たちが管理させていただきますね。施設での生活に必要ないでしょうから。」
まるで、私から全てを奪い取る宣告だった。
その時、達也の携帯が鳴った。
「うん。母さんが施設に入ったら、この家を担保にして事業資金を借りる予定だ。」
私は耳を疑った。この家を担保に?電話を切った達也は、ニヤリと笑った。
「母さんには関係ない話だよ。」
—
しかし、私は重要なことを思い出していた。この家の登記簿は、私の部屋の金庫に保管してある。そして名義は私、矢沢あ子のままなのだ。
達也たちは、2000万円の頭金を出してもらったことで、家も自分たちのものだと勘違いしているようだった。実際は、ローンの契約も土地建物の名義も、全て私の名前で行っていたのだ。当時、達也は転職したばかりで信用がなく、ローンが組めなかったからだ。
その夜、私は静かに決意を固めた。もう我慢する必要はない。息子だと思っていた人間は、ただの詐欺師だったのだ。そして、私には彼らが知らない最後の切り札があった。
明日から、私の反撃が始まる。
—
翌朝、達也とまなみが仕事に出かけた後、私は行動を開始した。
まず、自室の金庫から大切な書類を取り出した。土地建物の登記簿、ローン契約書、そして三年前の売買契約書。全ての名義人の欄には、「矢沢あ子」と明記されていた。
私は35年間の経理事務員経験を生かし、書類を整理しながら状況を冷静に分析した。法的に見て、この家の所有権は完全に私にある。達也たちには何の権利もないのだ。
次に、私は昔からお世話になっている弁護士の松尾先生に電話をかけた。
「松尾先生、矢沢あ子です。ちょっとご相談したいことがあります。」
「矢沢さん、お久しぶりです。どうされましたか?」
私はこれまでの経緯を克明に説明した。2000万円の援助、同居の約束、そして裏切り。
「それは明らかな詐欺行為ですね。民事だけでなく、刑事告訴も可能です。」
「でも、私は復讐ではなく、自分の尊厳を取り戻したいだけなんです。」
「わかりました。まず家の売却をお勧めします。名義人である矢沢さんなら、即座に手続き可能です。」
松尾先生の言葉に、私の心は決まった。
その後、私は不動産会社の福島さんに連絡を取った。福島さんは亡き夫の時代からの知り合いで、信頼できる人物だ。
「福島さん、実は自宅を売却したいのですが。」
「矢沢さんのお宅なら、立地も良いですし、すぐに買い手が見つかりますよ。」
福島さんはすぐに査定に来てくれた。
「駅から徒歩10分、南向きの角地。4500万円は確実につきます。」
私は驚いた。三年前は土地建物合わせて3500万円だったのが、地価の上昇で1000万円も値上がりしていたのだ。
「できるだけ早く売却したいのですが。」
「現金一括購入を希望している顧客がいます。来週には契約可能です。」
全てが順調に進んでいった。
次に、私は新しい住まいを探した。駅前の不動産屋で、眺望のよい2DKマンションを見つけた。最上階の角部屋で、日当たりも素晴らしく、セキュリティも万全だ。
2800万円のマンションだったが、家の売却代金で十分に購入可能だった。残った1700万円と今までの貯金を合わせれば、老後の生活には困らない。
—
「老人ホームの下見に行く。」
私は達也たちにそう嘘をつき、実際は銀行へ向かった。定期預金を解約し、普通預金も新しい口座に移した。通帳とキャッシュカードも、もちろん新しいものに変更だ。
銀行員の方が心配そうに訪ねた。
「大きな金額の移動ですが、大丈夫ですか?」
「ええ、新しい生活を始めるんです。」
私の表情を見て、銀行員の方は微笑んだ。
「素敵ですね。応援しています。」
夕方、私は引っ越し業者にも連絡を取った。
「来週の月曜日、朝にお願いします。荷物は最小限で。」
「かしこまりました。新生活のお手伝いをさせていただきます。」
全ての準備が整った。後は、決行の日を待つだけだ。
その夜、達也とまなみは私の様子の変化に気づいていないようだった。
「母さん、老人ホームはどうだった?」
「とても良い施設でした。入居が楽しみです。」
私は穏やかに微笑んだ。二人は安心したように顔を見合わせた。
「そう言ってもらえて安心したよ。」
「お母さんにも、やっと現実が見えてきたのね。」
彼らはまだ、自分たちが何か買っていることに気づいていない。
私は部屋に戻り、売買契約書にサインをした。来週の月曜日、達也たちが仕事に行っている間に、全てが完了する。家は新しい所有者のものになり、私は新しいマンションで自由な生活を始めるのだ。
達也たちが帰宅した時、家の鍵は変わっているだろう。そして初めて、自分たちが騙されていたことに気づくのだ。
2000万円を騙し取った報いを、しっかりと受けてもらいます。
私は静かに呟いた。もう誰にも、私の人生を否定させない。
—
運命の月曜日がやってきた。
朝7時、達也とまなみはいつも通り仕事に出かけていった。
「母さん、今日も老人ホームの準備よろしくね。」
「お母さん、荷物の整理もお願いします。」
二人は何も知らずに、笑顔で家を出ていった。
午前9時、予定通り引っ越し業者が到着した。私は必要最小限の荷物だけをまとめていた。亡き夫との思い出の写真。大切な着物。そして35年間の勤務で受けた表彰。
「これだけですか?」
「ええ、新しい生活にはこれだけで十分です。」
引っ越し業者が荷物を運び出している間に、不動産会社の福島さんが買い主の方を連れてきた。
「矢沢さん。こちらが購入者の内藤さんご夫婦です。」
50代の上品なご夫婦だった。
「素敵なお家ですね。大切に住まわせていただきます。」
私は深く頭を下げた。この家には良い思い出もあった。新しい家族が、幸せに暮らしてくれることを願った。
午前11時、売買契約が完了した。4500万円が私の口座に振り込まれ、家の鍵を内藤さんに渡した。
「今日からここは、内藤さんのお家です。」
私は最後に一度だけ振り返り、三年間の思い出に別れを告げた。
午後1時、私は新しいマンションに到着した。最上階の角部屋から、街が一望できた。
ここが、私の新しい城だ。
—
午後6時、達也から電話がかかってきた。
「母さん、今どこにいるの?家の鍵が変わってるんだけど。」
「あら、もう帰ったの?」
私は落ち着いた声で答えた。
「何が起きてるんだ?玄関に『内藤』って表札があるぞ。」
「ああ、それは新しい所有者の名前よ。」
「は?何を言ってるんだ。」
達也の声が震え始めた。
「家を売却したの。今日の午前中に。」
電話の向こうで、達也がまなみに事情を説明する声が聞こえた。
「なんですって!」
まなみが電話を奪い取った。
「お母さん、どういうことですか?勝手に家を売るなんて!」
「勝手に?この家の名義人は私で、法的に何の問題もありません。」
「でも、私たちが住んでいるんですよ!」
「だって、私を老人ホームに入れると言ったのはあなたたちでしょう。」
まなみが言葉につまった。
「それに、用済みなんでしょう?用済みの人間に、家は必要ないと思いまして。」
達也が再び電話を取った。
「母さん、冗談はやめてくれ。俺たちはどこに住めばいいんだ?」
「知りません。私には関係のないことです。」
「2000万円返してくれ。それは俺たちの金だ!」
私は冷たく笑った。
「あら、詐欺で訴えられたいの?同居するという約束で騙し取ったお金でしょう。」
「詐欺なんて…」
「昨日の夜、あなたたちの会話を全部聞きました。『2000万円騙し取れた』って言ってましたよね。」
達也とまなみが絶句した。
「録音もしてあります。松尾弁護士にも相談済みです。」
「母さん、そんな…」
「もう『母さん』と呼ばないでください。私はあなたの母親ではありません。」
私は静かに、しかしはっきりと告げた。
「今夜はどこに泊まればいいんですか?」
まなみが泣きそうな声で訪ねた。
「ホテルでも探したらどうですか?ああ、でも老人ホームという選択肢もありますよ。月に15万円の素敵な施設があるそうですから。」
私は、彼らが私に言った言葉をそのまま返した。
「お母さん、お願いです。せめて今夜だけで…」
「無理です。これも、まなみさんが私に言った言葉でした。」
「母さん、本当に困るんだ。」
「私も三年間、本当に困っていました。でも、あなたたちは私の苦しみを笑っていましたよね。」
達也が何か言いかけたが、私は続けた。
「家の売却代金4500万円から、騙し取られた2000万円を差し引いても、2500万円の利益です。三年間の慰謝料としては、安いくらいです。」
「そんな金、どこにあるんだ?」
「土地の値上がりです。経理を35年やっていれば、不動産の価値くらいわかります。」
まなみが最後の手段に出た。
「警察に訴えますよ!」
「どうぞ。詐欺で逮捕されるのは、あなたたちの方ですから。」
私は電話を切ろうとした。
「待って、母さん。」
達也の声が、急に弱々しくなった。
「俺たちが悪かった。謝るから、もう一度やり直そう。」
「やり直す?三年間、私を認知症扱いし、邪魔者とののしり続けた人たちと?」
「本心じゃなかったんだ…」
「本心でした。昨夜の会話で、よくわかりました。」
まなみも泣き声になった。
「お母さん、本当にごめんなさい。私たちが間違っていました。」
「今更、遅いです。あなたたちは私から全てを奪おうとしました。年金も、お金も、居場所も。でも、最後に失ったのは、あなたたち自身でした。」
私は最後の言葉を告げた。
「これが、同居詐欺の報いです。もう二度と、連絡してこないでください。」
電話を切った後、私は新しいマンションのバルコニーに出た。夕日が美しく、街を照らしている。
もう誰にも邪魔されない。私だけの時間が始まったのだ。
—
あれから三ヶ月が経った。私の新しい生活は、想像以上に充実したものになっている。
駅前の高級マンションの最上階。朝日が差し込むリビングで、私は優雅にコーヒーを楽しんでいる。もう誰かの顔色を伺う必要もなく、自分のペースで一日を始められるのだ。
「おはようございます、矢沢様。」
マンションのコンシェルジュの方が、いつも温かく挨拶してくださる。ここでは、私は一人の人間として尊重されている。
週に三回のフラワーアレンジメント教室では、新しい友人もできた。
「あ子さんの作品、本当に素敵ね。35年も働いていらしたなんて、尊敬するわ。」
同世代の女性たちとの会話は、私に生きる喜びを与えてくれる。誰も私を用済みだなんて言わない。
先日、銀行で資産の確認をした。家の売却代金4500万円から新居の購入費2800万円を差し引いても、1700万円が手元に残った。これに加えて今までの貯金が800万円、合計2500万円の資産がある。月18万円の年金と合わせれば、贅沢をしなければ一生困らない。
一方、達也とまなみの現状も、風の噂で聞こえてきた。
あの日、家を追い出された二人は、まなみの実家に転がり込んだそうだ。しかし、狭い2DKのアパートに大人4人での生活は、困難を極めているとか。
「なんでこんなことになったの?」
まなみの母親は、娘夫婦を責め続けているという。
達也は、住宅ローンの残債を抱えたまま家を失った。売却代金は私のものだから、ローンだけが残ったのだ。自己破産しているという話も聞いた。
—
先月、達也から手紙が届いた。
「母さん、本当にごめんなさい。俺たちが間違っていました。あなたは本当に素晴らしい母親でした。それなのに金に目がくらんで、人として最低なことをしてしまいました。一生悔やんでいます。もし許してもらえるなら、もう一度会ってください。」
私は手紙を読んで、少し心が揺れた。しかし、もう決めたことだ。返事は書かなかった。
まなみからも、謝罪の電話が何度もあった。
「お母さん、前に出られない日々です。狭い部屋で、お金もなくて、夫婦喧嘩ばかり。これが罰なんですね。」
でも、私はもう関わるつもりはない。
ある日、フラワーアレンジメント教室の友人が言った。
「あ子さんは本当に強い方ね。息子さんとの縁を切るなんて、普通はできないわ。」
「強いんじゃありません。ただ、自分の尊厳を守りたかっただけです。人間として扱われない場所に、い続ける必要はないと思ったんです。」
友人たちは、深く頷いた。
最近、私は地域のボランティア活動にも参加するようになった。独居老人の見守り活動だ。
「矢沢さんが来てくれると、本当に嬉しいのよ。」
訪問先の80代の女性が、涙を流して喜んでくれた。
「息子夫婦に邪魔者扱いされて、辛い思いをしているの。」
その女性の話を聞いて、私は三年前の自分を思い出した。
「あなたは邪魔者なんかじゃありません。立派に生きてこられた、素晴らしい方です。」
私の言葉に、女性は号泣した。
このボランティアを通じて、私は気づいた。同じような苦しみを抱えている高齢者が、どれほど多いことか。親の財産を狙い、用済みになれば捨てる。そんな子供たちが増えているのだ。
私は自分の経験を、講演会で話すようになった。
「理不尽な扱いを受けたら、我慢する必要はありません。法的に正しい方法で、自分を守ることができます。」
多くの方が涙を流しながら聞いてくださった。
「勇気をもらいました。私も戦います。」
そんな声を聞くたびに、私の選択は間違っていなかったと確信する。
—
昨日、松尾弁護士から連絡があった。
「矢沢さん、実は達也さんから相談がありました。詐欺罪での告訴を取り下げてもらえないかと。」
「告訴はしていません。」
「ええ、でも可能性があることを伝えたら、震え上がっていました。」
私は複雑な気持ちになった。息子を犯罪者にはしたくない。でも、許すことはできない。
「このままで結構です。ただし、二度と接触しないことを条件にしてください。」
「わかりました。」
電話を切った後、私は亡き夫の写真を見つめた。
「あなた、私は正しかったでしょうか?」
写真の夫は、優しく微笑んでいるように見えた。
今朝、新聞を読んでいると、高齢者の財産を狙った家族内詐欺の記事が載っていた。被害額は年間数百億円にも上るという。
私のケースは、氷山の一角なのでしょう。でも、私は戦った。そして、勝利した。
69歳にして、私は本当の自由を手に入れた。誰にも支配されず、誰にも否定されず、一人の人間として生きる自由を。
達也とまなみには、感謝さえしている。彼らの裏切りがなければ、私は一生、奴隷のような生活を続けていただろう。今の幸せな生活は、皮肉にも彼らのおかげでもあるのだ。
私は今、心から幸せだ。毎日が充実していて、生きている実感がある。フラワーアレンジメント、ボランティア、友人とのランチ、読書、散歩。全てが、私の時間だ。
時々、達也との楽しかった思い出が蘇ることもある。小学校の運動会、中学校の卒業式、大学合格の日。あの頃の達也は、確かに優しい息子だった。でも、人は変わるのだ。いや、もしかしたら最初から本性を隠していただけかもしれない。
私は過去を振り返らないことにしている。大切なのは、今とこれからだ。
来月で70歳になる。人生100年時代、まだ30年もある。この30年を、誰のためでもなく、自分のために生きていくつもりだ。
矢沢あ子の人生は、69歳から始まったのだ。



