「お父さんが息を引き取った」という母の知らせを受けた瞬間、私はただの子ではなくなった。葬儀の後、兄が突然、遺言書を見せてきた。「遺産は全部、俺のものだ。母さんはこの家から出て行け」。母は呆然としていた。確かに、あの遺言書は本物に見えた。でも、私は父の気持ちを知っていた。父は死の間際、何かを託したかったんだ。そして私は、ある決断をした。兄には何も言わずに。今、私の最初の一手が彼をどん底に突き落…

「お父さんが息を引き取った」という母の知らせを受けた瞬間、私はただの子ではなくなった。葬儀の後、兄が突然、遺言書を見せてきた。「遺産は全部、俺のものだ。母さんはこの家から出て行け」。母は呆然としていた。確かに、あの遺言書は本物に見えた。でも、私は父の気持ちを知っていた。父は死の間際、何かを託したかったんだ。そして私は、ある決断をした。兄には何も言わずに。今、私の最初の一手が彼をどん底に突き落...

「ひ雪、お父さんが息を引き取ったわ。」

「そうか。間に合わなかったか。」

「なんとかあなたにも看取ってほしいってお医者さんたちは頑張ってくれたけど、無理だったみたい。」

「そっか。まあ、それはしょうがないな。俺も仕事があるし、なかなか対応は難しいよ。」

「お父さんもそんなことは気にしてないわ。しばらくあなたたちと一緒に暮らせただけで、幸せだったと思うから。」

「そうだな。とりあえず病院には向かうから。」

「うん。お願いね。それと、これから先のことを話し合っておこう。」

「ごめん。まだちょっとショックが大きくて。」

「そんなことを言ってる場合じゃないだろう。父さんのためにも、俺たちがしっかりしないと。」

「そうね。ごめんなさい。葬儀のこととかは母さんに任せるよ。俺もひろ子も、決まったら手伝いくらいはするから。」

「分かったわ。それが終わったら、遺産の話をちゃんとしような。」

「遺産?そんなのは別に話し合うことじゃないでしょ。私たちで分けるんだし。」

「やっぱり、母さんはそう思い込んでたんだな。」

「何それ?」

「父さんから俺は遺言書を預かってたんだ。大事に保管しておいてくれって言われてな。」

「どうしてあなたなの?私は何も聞いてないわ。」

「大事な遺言書だからね。心から信頼できる人に預けたんだよ。」

「ちょっと待って。私が何をするって言うのよ。お父さんが残した遺産を独り占めするつもりだったんじゃないか。」

「バカ言わないで。私がそんなことするわけないでしょ。」

「でも実際に父さんは俺に遺言書を預けてくれたんだ。その中身も、俺は教えてもらっている。」

「なんて書いてあるの?」

「遺産の全てを俺に相続させる、ってさ。」

「な、どうしてお父さんはそんなことを?」

「これが父さんの正直な気持ちだったってことだろ。今まで散々父さんを食い物にしていい暮らしをしてきたんだから。遺産くらいは俺たちに渡してくれよ。」

「そんなことしてないわ。私はお父さんと2人で支え合ってやってきたのに。」

「そう思い込んでたのは母さんだけってことだ。」

「嘘よ。」

「とりあえず葬儀だけはちゃんとやってくれよ。遺産がもらえないからって適当にするなんて許されないからな。」

「そんなこと言われても。」

「金で動くような人間にはなるなよ。」

「お父さんをしっかりと天国に送り出したいとは思ってる。だから葬儀はちゃんとやるわ。でも遺言書のことについては、またゆっくりと話をさせてもらうから。」

「金に執着するなよ。」

「お金じゃないわ。気持ちの話をしてるのよ。」

30分後。

「藤田さん、お久しぶりです。実はつい先ほど、夫が天国へと旅立ちました。」

「え、達彦さんが入院をしているとは聞いてたんですが。」

「生前、夫と仲良くしてくれて、本当にありがとうございました。」

「いえ、それはこちらのセリフですよ。普段の私にも達彦さんは優しく接してくれました。当時引っ越してきたばかりで知り合いのいない私には、達彦さんの存在はとても大きかったんです。本当にこの度はご愁傷様でした。」

「正直、まだショックから立ち直れてない状態なんです。色々と、知りたくもないことを知ってしまったので。」

「そうなんですか。」

「はい。これは夫婦のことなので、もちろん深く聞いたりはしません。ただ、これだけは伝えておきます。達彦さんは、いついかなる時も奥様に対して感謝の気持ちを持っていましたよ。」

「本当でしょうか?私はもう、夫の気持ちが分からないです。」

「それは本当です。私の前では、話すたびに奥様の話をされていましたし。」

「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。実は、藤田さんに連絡したのは、夫からの要望だったんです。」

「そうだったんですか。」

「あの世に言った後のことは、藤田さんに任せておけばいいから、と。」

「なるほど。そういうことだったんですね。」

「奥様は、聞いてらっしゃらなかったのかな?」

「何でしょうか?」

「10年前に達彦さんが、今回とはまた別の大病を患われたことは覚えてますか?」

「もちろんです。あの時も私は夫との別れを覚悟しました。ただ、手術がうまくいって回復したんです。だからこそ、今回もと信じていたんですが。」

「心中お察しします。ただ、その時に達彦さんから、あるものを預かっていたんです。」

「あるもの?」

「おそらく、そのことを達彦さんは言いたかったのでしょう。」

「それって何ですか?」

「詳しい話は、葬儀を終えてからにしましょう。まずは達彦さんを天国に送り出さないと。」

「そうですね。では、明後日が通夜になりまして、その翌日が葬儀となっておりますので。」

「分かりました。必ず参列させてもらいます。」

一週間後。

「母さん、いるの?通夜も葬儀も終わったんだし、話し合いをしましょうよ。」

「話し合いなんて必要ないよ。遺産は全て俺たちのものになる。その家も金も、全部俺のものだ。遺言書にはそう書いてあるんだよ。母さんに遺言書は渡したはずだぜ。」

「やっぱり、あの遺言書には納得できないのよ。親戚やお父さんの仕事仲間と話して確信したの。お父さんが私を排除するようなことをするはずないって。」

「じゃあ、その遺言書は何なんだよ。俺は直接父さんから渡されたんだぞ。」

「他に何か話は聞いてないの?」

「あなたに遺産を全て渡す理由があるの?あるとしたら、母さんに一銭も渡したくないってことだと思うぜ。」

「そんなはずは。」

「だから、もうこの家は俺たちのものだ。邪魔者はさっさと出て行ってもらえるか。」

「え、私を追い出すつもりなの?」

「当たり前だろ。父さんが亡くなって遺産も手に入ったし。ババアは不要だよ。ってか、きつい言い方するならババアは出ていけ。縁も切るから。」

「どうしてそんなひどいことを言うの?私のことをババアなんて言ったことなかったでしょ。」

「腹の中ではずっと思ってたんだよ。さっさとお前ら2人と縁を切りたいってな。父さんがあの世に行ってくれたから、あとはお前と縁を切れば、俺は晴れて自由の身だ。親という呪縛から解放されて、ようやく人生を謳歌できるぜ。」

「あなた、そんな風に思ってたの?」

「そうだよ。親父があの世に行くのを心待ちにしてたんだ。そのために実家に帰ってきたんだから。」

「お父さんのことを心配して帰ってきてくれたんじゃなかったの?」

「そんなわけねえだろ。本当なら10年前にあの世に行ってたはずなのに、生きながらえやがって。まあ、その分資産も溜まってるだろうから、よしとしてやるか。」

「お父さんが亡くなったのを喜ぶみたいな言い方しないで。」

「実際に喜んでるんだから、仕方ないだろう。とにかくその家はもう俺たちのものだから、さっさと出て行けよ。」

「なんで私が。」

「まあでも、さすがに俺もいきなり追い出すようなことはしねえよ。新しい家が見つかるまでは、そこにいていいぜ。特別に許可してやる。ただし期限は、俺とひろ子が海外旅行から帰ってくるまでだ。」

「海外旅行になんて行くの?」

「そうだよ。親父が亡くなったお祝いでな。これから大金も家も手に入るし、バーっと遊ぼうって話してたんだ。」

「最低。お父さんはいつまでもあなたたちのことを思っていたのに。」

「そんなの関係ない。それじゃ、俺たちはもう空港に向かってるから、さっさと引っ越し先を見つけておいた方がいいぜ。」

「それがあなたたちの本音ってわけね。」

「そうだよ。今まで猫かぶってるのだかったぜ。」

「分かった。あなたたちの好きにしたらいいわ。」

「そうか。じゃあ、さっさと出て行ってくれよ。」

「後悔しないでね。」

「ねえよ。」

5分後。

「お母さん、家を出る前に、その家を掃除して綺麗にしてもらっていいですか?」

「なんで私がやらないといけないのよ。」

「今まで散々その家にお世話になったんでしょ。単なる専業主婦なのに、いい家に住ませてもらって。その感謝とかないんですか?」

「だとしても、あなたたちに言われる筋合いはないわ。」

「恩知らずのお母さんなら、さっさと出ていきそうだなと思ったので、言ってあげたんですよ。そんなの不要よ。家を出る時は、ゴミは全て捨てておいてくださいね。お母さんの私物なんて、1つも残さないでください。私たちがこれから生活する上で不必要なものがあると、すごく不快なんで。そこはお願いしますよ。」

「ああ、そう。分かったわよ。綺麗に掃除をしておいてあげるわ。」

「ありがとうございます。それじゃあ、もう2度と私たちに関わらないでくださいね。」

「ええ、そうさせてもらうわ。」

2週間後。

「おい、これはどういうことだ?」

「何よ、いきなり。」

「家はどうした?海外旅行から帰ってきたら、家がなくなって売り地になっていたぞ。」

「そうそう。家を解体して、更地にしたのよ。そうしないと、買い手がつかないって不動産屋さんに言われたからね。」

「はあ?なんでお前がそんな勝手なことをするんだ?あそこは俺の家だぞ。」

「何を言ってるの?違うわよ。」

「相続したら、俺のものになるんだよ。」

「バカねえ。本当にあんたは何も知らないんだから。」

「どういうことだ?」

「あの家は私のものなのよ。」

「はあ?」

「お父さんが10年前に大病を患った時に、私に名義変更をしていたの。これからは私が管理をすることになるから、ってね。だから、あれは相続の対象じゃないの。」

「そんなの聞いてないぞ。」

「そりゃ、いちいち言う必要ないもの。名義人が誰であろうと関係ないと思ってたから。でも、言わなくてよかったわ。じゃないと、本気で奪われた可能性もあるから。」

「これからこの家はどうなるんだ?」

「家はもうないじゃない。土地は、誰かが買ってくれるわ。私はもう不動産屋さんに売ってるから。それで、ある程度のお金をもらってる。」

「なんでそんな勝手なことをするんだよ。」

「元々老朽化も激しくて、リフォームするかどうか悩んでいたのよ。でも、あなたたちに奪われそうになったから、それならもう壊して売っちゃった方がいいと思ったの。」

「そこまでしなくてもいいだろう。」

「あなたは、私が家の名義は自分にあるって説明すれば、それで納得した?無理やりにでも、私から家を奪おうとしたんじゃない?私は身の危険を感じたから、家を処分して、別のところに引っ越したの。もちろん、どこにいるかは絶対に教えないわ。」

「ふざけるなよ。」

「ちなみに、あなたたちの荷物は全てトランクルームに預けてあるからね。鍵が必要になったら、藤田さんに連絡をして。連絡先は、私が教えるわ。」

「藤田って、父さんが仲良くしてたあの人か?」

「そうよ。手続き関係のこととかは、藤田さんが代理人となってやってくれるから。手続き相続よ。それが大事なんでしょ。」

「なんでそいつが司法書士をやってるんだよ。」

「だから、相続周りのことは全部任せてあるから。分かったよ。とりあえず、そいつの連絡先を教えてくれ。」

5分後。

「藤田さん、トランクルームの鍵をくれよ。母さんから話は聞いてるだろう。」

「ああ、分かった。トランクルームの住所を送ろう。そこで鍵を渡すよ。それと、相続のことなんだけど、いつになったら俺は金を受け取れるわけ?親父の資産だよ。全額俺のものになるんだ。」

「残念だけど、そういうわけにはいかないんだ。」

「はあ?」

「君は遺言書を捏造したね。そんなことは絶対にやってはいけないことだよ。」

「捏造だと?どこにそんな証拠があるんだよ。」

「私が本物の遺言書を管理してたからだよ。」

「なんだと?」

「10年前に達彦さんが病気で入院をされた時に、私は直接、遺言書を預かっておいてくれとお願いされたんだ。おそらくは、その時に死を悟ったんだろう。ただ、無事に治って元気になられたんだけど、遺言はずっと管理をしていたんだ。だから、君が達彦さんから渡された遺言書は、確実に偽物なんだ。」

「あいつ、先に書いてやがったのか?」

「そうだね。中には、遺産は君と奥さんで半々にするように、としっかりと書いてあった。だから、君が全額もらえるというのはありえないんだよ。」

「マジかよ。」

「それだけじゃない。まだ伝えないといけないことがある。」

「もういいよ。半分でもいいから、さっさとしてくれ。」

「ちょっと待ってくれ。」

「黙れ。これ以上あんたと話すことなんてない。さっさと俺の口座に半分の金を振り込め。それで、この話はもう終わりだ。」

翌日。

「お母さん、お願いがあるんです。一度、私と会ってくれませんか?」

「え?なんでよ。あなたとも縁を切ったんじゃないの?」

「あんなの本気で言ってるわけないでしょ。私はお母さんのことを心から大切だと思ってるんですよ。一緒に住んでる時も、本当にお世話になったと思ってるんですから。」

「じゃあ、なんであんなことをしたのよ。」

「ひろ子から命令されたんですよ。生活費を減らさないといけないって言われて。私は本当にちゃんと抵抗をしたんですよ。」

「でも、そんな話を誰が信じるって言うのよ。命令されてたにしては、随分とひどいことを言ってきたわよ。あれが演技だとしたら、あなたは今すぐに女優になった方がいいわ。そっちの方が普通に稼げると思うから。」

「お母さん、私は真剣に言ってるんです。」

「私はあなたたちに関わりたくないわ。ひろ子が何をしてくるか分からないもの。身を守るためにも、距離は置かせてもらいたい。」

「分かりました。じゃあ、2人だけで会いましょう。私も、正直あいつが怖いんです。遺産が全額もらえないって分かってから、すごく不機嫌になってて。今、私たちはホテルで生活をしてるんです。そこのレストランで会いましょうよ。ひろ子は仕事中なので、安心して会えますよ。住所を送りますね。」

「そう。わざわざ教えてくれてありがとうね。」

「早くお母さんに会いたいんですよ。」

「でも、どうせ金の無心をされるだけだからね。」

「いや、お金とかじゃなくて。」

「そうなの?でも、借金はどうするの?あなた、借金でもあるの?」

「家を解体する時に、荷物を全てトランクルームに預けないといけなくて、整理してる時に督促状を見つけたのよ。」

「しかも、かなりあったわ。あなた、消費者金融からそれなりの額を借金してたみたいね。今までこんなに督促状がうちに来てたなんて、全く気づかなかったわ。」

「あれを見たの?どうせ遺産が入ったら返済に当てようとでも思ってたんでしょ。でも、それが難しそうだから、私に泣きついてきたわけだ。」

「だって、今のひろ子にはどうしても言い出せなくて。」

「でも、私はあなたに力を貸したりしないわよ。」

「どうしてですか?遺産も入ってきたし、家を売ったお金だってあるんでしょ?それで半分くらいしてくれてもいいでしょ?」

「嫌よ。赤の他人のために、どうしてそんなことをしないといけないの?」

「必ず返します。だから、とりあえず貸してください。」

「返せるの?」

「当てがあるんです。」

「そうだったら、直接伝えた方がいいわ。」

「どういうことですか?」

「家を解体する直前くらいに、取り立ての人がうちにやってきたのよ。あなたが返済をしないから、直接取り立てに来たみたい。それで、事情を話して、連絡先だけ交換しておいたの。その人に、あなたの泊まってるホテルの住所を送っておいたわ。だから、詳しい話はその人としてよ。」

「え?なんでそんなことをするのよ。」

「返せるんでしょ。だったら、私じゃなくて、まずは借りてる会社に返すべきよ。」

3日後。

「母さん、藤田さんの連絡をどうして無視するの?」

「もうあいつと話すことなんてねえんだよ。」

「遺言のことは、ちゃんと話してないんでしょ?」

「したよ。半分しか受け取れないんだろう。あのバカ親父が。なんで半分しかくれないんだよ。」

「そういうルールだから、仕方ないのよ。」

「マジでつまんねえな。親父として、ちゃんとしたことをしなかったんだから、せめて遺産くらいは全部くれよ。」

「何を言ってるの?お父さんは、あなたのためにできることをやったわ。」

「あいつが金持ちだったら、俺は仕事もせずに楽して生活ができたんだ。そんな環境くらい用意しろって言ってるんだよ。」

「バカ言わないで。そんなに金持ちになりたいのなら、自分で努力すればいいだけでしょ。」

「そういうのはめんどくさいんだよ。」

「もういいわ。あんたなんて、息子でも何でもないんだから。好きなようにしなさい。」

「そうさせてもらうよ。あと、さっさと半分の遺産を俺によこせ。投資でもして金を増やすつもりなんだ。早くしろよ。」

「どうしてあんたが遺産を受け取れるのよ。」

「はあ?俺は息子だぞ。縁を切ったから受け取れないとか思ってるの?法律を勉強しろ。」

「法律を勉強しないといけないのはそっちよ。相続欠格って知らないの?」

「なんだよ、それ。」

「遺言書を捏造したり偽造したりした人間は、相続権を失うっていう法律よ。あなたはまさにそれをやったでしょ。だから、あなたは遺産を受け取る資格はないの。」

「はあ?バカなことを言ってんじゃねえよ。」

「バカじゃないわよ。藤田さんはこのことをあなたに伝えようとしていたのに、全然取り合ってくれないから、仕方なく私が伝えさせてもらったわ。」

「嘘をつくな。そうやって遺産を独り占めするつもりか。」

「ふざけないで。そんなわけないでしょ。ルールに則ってやってるだけ。あんたは自ら遺産を受け取るチャンスを失ったの。そのことを自覚しなさい。」

「いや、ちょっと待ってくれよ。俺、金がねえんだって。遺産が入ると分かったから、海外旅行でかなり羽目を外しちゃったんだよ。もうそれで貯金がなくなってるんだ。」

「そんなの知らないわよ。バカなことをするから悪いんでしょ。」

「頼むよ。母さんの方でなんとかしてくれ。半分は俺にくれよ。じゃないと、マジでピンチなんだ。」

「私がそんなことするわけないでしょ。」

「なんでだよ。息子だぞ。家族じゃないのか。」

「あんたは、その家族であるお父さんが死んだことを喜んでたでしょ。そんな人間を、私は許すつもりはないから。」

「私だって、最初は遺産に手をつけるつもりはなかった。あなたたちと一緒に暮らしてるんだから、あなたたちが好きなことに使っていいと思ってた。私はもう家があって、あなたたちと一緒にいられたら、それでいいと思ってたからね。お父さんだって、きっとそういう気持ちがあったと思う。でも、あんたたちはそんな私たちの気持ちを踏みにじった。そんなことをする人間を、手助けしたりなんてしないわ。」

「頼むよ。見捨てないでくれ。」

「嫌よ。これでお別れよ。あんたたちという呪縛がなくなったから、これから私は人生を謳歌するつもりでいるの。お願いだから、邪魔だけはしないでね。」

それから。

息子の浩之と嫁のひろ子は離婚したそうだ。借金があることがバレて、浩之に捨てられたらしい。浩之は一人暮らしを始めて、夜中まで働き詰めでお金を稼いでいたようだが、手元にお金があると返済もせずにギャンブルに注ぎ込むんだとか。もうここまで来ると、中毒だ。

本当に痛い目を見ないと治らないと思うので、放置するしかない。

ちなみに、ひろ子は遺産が入らなかった分を投資で取り戻そうと息巻いていたらしいが、楽して儲けられるという怪しい仮想通貨に手を出して、最終的には貯金もなくなってしまったと聞いた。楽して儲けようとするからそんなことになるのだと、いい加減に学んでほしい。

一方の私はと言うと、新しい家で新生活を始めている。息子夫婦を失い、夫もいなくなってしまったが、一人でも強く生きていこうと思っている。なぜなら、どんな辛い環境でも頑張って立ち向かっていった夫の姿を見ていたからだ。こんな逆境で挫けていては、夫に笑われてしまう。だから、こんな時こそ笑顔で元気に生きていきたいと思う。

Thumbnail